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異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第二章 魔女の呻きはキィキィと
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魔女の呻きはキィキィと 1

 プロアニア王国。華の都を擁する古代からの超大国カペル、偉大なる東方の守護者エストーラ、毛皮と氷雪の国ムスコール大公国に囲まれた技術大国。魔術不能が多いエストーラよりも遥かに魔術不能の多いプロアニアの主要な技術は、魔術解を満たすことで魔術回路を発動させる法陣術と科学技術である。

 これらの技術が示すのは、彼らは才能よりもより平均化された能力、即ち知識と勤勉さを重んじるという事だ。科学の領域は一般化に成功すればその後の発動にはある程度の知識だけで一定の効果を得られる。この、平均化された能力により、プロアニアは、熟練の技術と知識をかき集めた成り上がりの大国となったのである。


 山岳地帯が面積の四分の一を占めるバーデンブルク地方は、プロアニアの中枢である北方地帯と比べると、技術的には優れた地域ではない。南北を通る陸路としての賑わいは、この大山脈スエーツ山脈までは届くことは無く、この狭く整備されていない山道がそれをよく示している。然しそれはこの国の技術力の高さを示すものでもあった。


「さぁ、見えてきましたよ。是非拍手のご準備を」


 獣道から合流した、波打つような山道の向こう側に、暗い洞穴のようなものが見える。その穴は入り口を材木で支えられ、自然にはない正確なアーチを形作っている。人工的に作られたものであることが分かる。


「これは、坑道……?」


「我がプロアニア最高の叡智、ダイナマイトを使用して切削したトンネルです」


 エルヴィンは自慢げに言った。


「ダイナマイト……!」


 僕は思わず顔を顰める。僕はまだ幼いが、無知ではない。ダイナマイトとは、かねてよりプロアニアの強力な兵器とされる爆弾という炸裂する火器の一種だ。プロアニアでは少なくとも一世紀以上前から一般的に認知されていたものだが、各国がその存在を知ったのはつい最近の事である。

 爆発のメカニズムも一世紀近く前に行われた四か国戦争の戦果として持ち帰った火器から発見されたようだ。爆弾の開発はエストーラも長く勤しんでいるが、プロアニアの技術には遠く及ばないという。そして、その被害の甚大さもまた、エストーラでは有名である。

 原料となる硝石を意図的に開発できるプロアニアと異なり、エストーラはその方法を全く知らず、これも技術の進歩が遅れる一因になっていることは疑いないだろう。

 いずれにせよ、ダイナマイトと言えばエストーラ人にとっては恐怖の対象でしかないのである。


 僕の心中を察したのか、エルヴィンは困ったように笑っておどけてみせる。


「あんまり、怖がらないでください。私達はトンネルを作ることも含めて、平和的に利用しているのですから。有事の際だけですよ、あれが邪悪になるのは」


 僕は唸る。エルヴィンの言うとおり、大体のものが有事の時だけ危険なものとなるのである。しかし、一度受けた評価を変えるのは、とてつもなく難しいことも事実なのである。


 馬車は速度を上げてトンネルへと近づく。仮にこの中にダイナマイトがあり、僕を陥れるとしたら、最早逃げ場などない。急速に凍り付く背筋とは裏腹に、馬車の速度はどんどん速くなっていく。

 やがて洞窟が目の前までやってくると、僕は言いようのない恐怖に襲われてヤトを抱きしめた。

 それを目の端で見ていたエルヴィンが悲しそうな愛想笑いを上げる。


「えぇ、まぁ。入ってよろしいですかね……?」


 トンネルの前で速度を緩めた彼は、僕を見つめる。無言の圧力というには些か優しすぎる視線を受け、僕はこの緊張感自体が錯覚であることを理解した。


「大丈夫です。……行きましょうか」


「はい、暗くなりますよ」


 エルヴィンはカンテラに蝋燭を入れ、これを荷台の梁に取り付けられたフックにひっかける。銅製の薄いカンテラがこすれ合うことによって、鎧の音とは違った金属音がトンネルの中に響き渡る。初めての洞窟抜けに、僕は思わず息を呑んだ。


 前方が見えないほどの真っ暗なトンネルの中には、車輪の音と蹄の音が高らかに響く。

 僕は御者台に乗り、ヤトを抱きながら蹲り、目を瞑る。それはあるいは祈りの様なものであって、トンネルの深淵を走る馬車がどれ程安全と言えるのかについてエルヴィンに訊ねる余裕もあまりなかった。


 しかし、暫く走るとトンネルの壁際に電灯が灯り始め、日中と言えば大げさだが、夕刻と言うとやや明るい道が始まる。僕は出口を求めてぐるぐると視線を回し続ける。それが大層面白かったのか、エルヴィンは耐えかねて吹きだしてしまった。

 蝋燭の明かりを頼りに周囲を見渡せば、その洞窟が如何に綺麗に作られているのかを理解できる。

 岩肌は多少ごつごつしているものの、アーチ状の輪郭だけは徹底的に維持されており、支えとなっている梁と定期的に中心に現れる柱も崩壊を防ぐために一役を担っているらしい。この支柱は中央にあり、左右の通路はちょうど馬車が二台分通ることが出来るように余裕を持って作られている。プロアニアが如何にその汗と財産を投げ打ってこの道を作り上げたのかが分かる。


 僕は改めて顔を上げ、きょろきょろと周囲を見回した。明るさもさることながら、驚かされるのはこのトンネルの所々ですれ違う監察官の存在である。彼らは僕らの乗る馬車を認めると必ず呼び止め、身分証明を行おうとする。

 それに対してエルヴィンは胸ポケットから小さな双頭鷲の紋章が描かれた板を取り出し、さらに人相を証明するための絵画つきの役職証明書を見せた。

 それを確認すると、監察官は頭を下げ、エルヴィンの馬車を通すのである。


 熟練の者でなければ、国章が描かれた身分証明書など賜る事は出来ない。エルヴィンが国家のスパイであり、しかもそれなりの地位がある人物であることは概ね間違いないと言っていいだろう。


 改めて僕がこれから向かう場所に着いて想像を膨らませていると、洞窟の中に大きな交差点が現れる。交差点の中心には手信号を用いて馬車の往来を制御する人物がおり、手で方向を示し、右折車両は通れ、左折車両は通れ、直進車両は通れといった指示を出す。

 そのジェスチャーに感心していると、エルヴィンはくつくつと笑い出した。


「ね?凄いでしょう?我々プロアニアは、通商にも力を入れようとしているんですよ」


「これ程管理された道路を作る理由は何ですか?」


 交通整理員の分かりやすいハンドサインに従い、僕を乗せた馬車はゆっくりと動き始める。エルヴィンは馬車を発進させ、嬉しそうに頷きながら答えた。


「プロアニアの人間は機械的でせっかちな人が多い。それ故に無秩序であると交通が滞ったり、衝突事故が起こったりと大変なんですよ。ですから、あえてルールで縛りつけることで、機械的で規則的な人々を整理するようにしたのです。あと、こうして整備したことによって、密入国者を発見しやすくなるというのもありますね」


「……なるほど」


 プロアニア人の勤勉さは諺になるほど有名だが、これを実際に応用し、規則化と取り締まりの双方を強化するというのは、流石としか言いようがない。僕は素直に感嘆を示し、遠ざかる交通整備員を見送った。彼らの汗は、オレンジ色のあかりに照らされて輝いていた。


 長いトンネルを抜けると、山間の小さな駅に辿り着く。まるで中庭のように光の差しこむこの駅には、大量の馬車が停留しており、中には紋章を高らかに掲げる二頭立ての見事な馬車もあった。

 エルヴィンは出口にいた監察官の指示に従い、入り口に近い場所に馬車を止める。


「公務で来ている役人は一番出口から遠い場所に止めさせられるきまりなんですよ……」


 彼はそう僕に耳打ちし、微笑んだ。僕は呆れた笑みで返す。


 頑丈な支柱と梁、定期的に設置された照明、仄暗く赤茶けた岩肌に囲まれたトンネルと比べると、久しぶりの山の空気は非常においしかった。霧を纏った山道の心地よく冷たい風や、横切るライチョウのカエルのような暗い声が微かに聞こえる。

 のどかという表現が相応しいであろう、華やかではないがとても居心地のいい雰囲気に、僕は満足を込めた深呼吸をする。


 ライチョウは僕を見つけるとすぐに飛散してしまった。僕は多少落胆こそしたものの、満足して踵を返す。


 見下ろす美しい山の連なりはライチョウの領域というのであれば、此方は人間の領域である。件のライチョウを指さしていたらしい一人の貴族は火器をおろして残念そうに空を仰ぐ。僕は口の中に苦いものが充満するのを感じ、足早に広場に向かった。


 貴族達の歓談から推察されるのは、彼らの登山の目的は狩猟のための旅行であるという事で、ライチョウという低地では珍しい動物を手に入れようと考えているらしい。恐らく彼らは、ヤーコプ兄さん同様に剥製にして持ち帰るのだろう。

 人間の娯楽の為に犠牲になる動物というのは、例え狩猟と絶滅が致し方ないとしても、僕の中に憎悪の念を沸き立たせる。そして、それに慣れてしまっていた無邪気な自分に対する嫌悪も果てしなく、僕は震える手をしっかりと握り、その場を通り過ぎた。


「ライチョウは雄の夏毛が特にいい。頭部の赤が実に鮮やかではないか」


 そんな言葉をすれ違いざまに聞いた僕は、一体どんな表情をしていたのだろう。いずれにせよ、様々な思いが、僕の中に渦巻いていた。


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