表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界動物記 ‐あるいは、もう出会えない君たちへ‐  作者: 民間人。
第六章 虹と大空を手に入れて
134/176

虹と大空を手に入れて 8

 人間の社会は得てして、誰かの犠牲によって成り立っている。ノースタットで舞踏会が開かれるためには、穀倉地帯で小麦を育てる農奴が必要不可欠だ。ゲンテンブルクで投資家が工場を運営するには、安月給の出稼ぎ労働者の犠牲がつきものだ。そして、このムスコール大公国では、大福祉国家運営の為の一方策として、奴隷制度が存在するらしかった。

 分別のない箱入り息子だった僕であっても、奴隷などどこの国にもある、そう理解もしていたし、それを特別嘆こうともしなかった。しかし、いざ奴隷市場の前に立ってみると、それはそれは異様な光景に映った。

 人が売られている。家畜と同じように、それなりに高価な価値を与えられて。言葉の衝撃と、実物の衝撃はかなり異なってみえるものだが、これ程衝撃的な光景を前にすると、喜怒哀楽も吹き飛んでしまう。

 青年や少年は結構な頻度で売れていく。保証書付きの奴隷認可証を交付された購入者は、手錠を付けたまま、奴隷の手に繋がれた縄を引く。項垂れる小汚い奴隷は寒さに身を震わせ、彼の後に付き従う。それが三時間で七件、金額にして概ね5500金リーブル、値入など知りようもないが、恐らく貴族並みの年収だろう。身の毛もよだつその光景を、誰も疑問にも思わない。次々と売れていく高価なコボルト奴隷などは当然の顔をして主人に付き従うし、奴隷側にも自分を人と見なすような素振りが見られない者がある事に驚く。自然と冷や汗をかき、背中がべたつく。体が芯から冷え込むためか、怒りの為か判然としない身震いが起こる。


「はぁい、皆様、間もなく休憩時間となります。奴隷はまだまだいいものが居りますので、押さず、焦らず、お待ちくださぁい!」


 奴隷の数が半分になると、奴隷商人は大きな声で叫ぶ。その言葉と共に、使用者と思しき身なりの良い人の波が一気に引いていく。彼らは必要に応じて奴隷を買うのだろう、帳簿や、手形を確認しながら、二人ペアになって色々と話し合いながら、大衆食堂へと向かう。僕は黙って奴隷商人達が席に着いて白パンを齧るのを見守る。


「やっぱり殺処分ですかねぇ」


 一人が腰をおろすと同時にため息を吐く。もう一方は少し首を傾げ、唸り声を上げた。


「奴隷維持費も馬鹿にならんしなぁ。補償金の方がまだマシかもなぁ……」


「女奴隷でももうちっと年が上なら娼館にでも売りつけられるんだがなぁ」


「まぁ、おまけみたいなもんだ。顔はそれなりだし、飢饉の子売りの中では、まだいいほうだと思うぜ?兄ちゃんはそれなりに売れたからなぁ」


「どこだったけか?ウラジーミル?」


「いんや、フズルーチ」


「そしたらいい毛皮のコート着せられてんのかなぁ」


 二人はしみじみと語り合う。訛りや方言と思しき言葉は聞き取れなかったが、内容は何となく把握できた。そして、彼らは当然のように奴隷を売っていて、それを商品としか見ていないのだという事もわかった。


「ちょっと、どうしたの?探したじゃない!」


 フランが僕のもとに駆け寄る。かなり焦っていたのか、息を切らせている。僕はフランの白い肌を見る。少女の青白い肌と比べて、ほんのりと紅が乗っている。唇も綺麗なピンク色だ。それはとても健康的で、同時に憎らしいほど美しかった。僕は黙って指を差す。フランは呼吸を整え、眉間にしわを寄せながら僕の指の先を見た。


「奴隷商ね……。もしかして、それが?」


 フランは驚きと呆れの混ざった声で聞き返す。僕は眉を寄せ、視線を逸らせた。


「……ありふれている事は分かっているよ。分かっているけど……」


「気持ちは分からなくはないけれど、それは私達にはどうしようもない事だわ。どこにでもいるってだけじゃなく、それだけ大規模になるとムスコール大公国の法律を完全に変えなければいけなくなるわ」


 僕は少女を見つめる。身震いをし、体を極限まで縮こませて、虚空を見つめている。どこに視線があるでもなく、どこにでも視線が向いているようにも見える。


「一人だけでも、救えないかな……」


 フランは小さく息を吐き、視線を反らした。


「それは、強欲な願いね。でも、不可能ではない。奴隷商を推奨してもいいのならばね」


 奴隷制自体への反逆は、僕には踏み込みづらい問題だ。この国の問題であるし、何よりもコボルト騎兵と言う自由奴隷の存在を認めてきた国の皇子だったからだ。では、コボルトは奴隷にしてもいいのか?という問いに対しては、フランの言うとおり、どちらも同じなのだから、差別的であってはならない。家畜との大きな違いは、彼らは僕達と同じほどの知的能力を持っていて、家畜と違って喜怒哀楽がこの上なくはっきりとわかってしまう事だ。それが一層僕が問題を解決する事を難しくさせる。


「ねぇ、ちょっと、直ぐに調べて欲しいんだけど。神聖文字に関しては、フランの方が解読早いから」


 僕はフランに向き直る。フランは大きなため息を吐き、僕の鞄から辞書と公国六法を取り出す。


「……わかったわ。『法律の範囲内で』解決しようってことね」


 できない事は出来ない。僕はそう言う弱さしかない。でも、出来ることはやりたい。それが根本的な解決にならないとしても、僕にはそれしか出来ないから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ