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国外任務と相棒

 ミシェルという少女は、知識に対して貪欲だ。

世の全てではないにしろ、誰かの秘密を知りたいと、常日頃から考えている。

別に知って、脅迫や弱みを握ろうとか、そういう風に考えていない。

これが、ミシェルの生き甲斐なのだ。


 噂が好きなのは、生来の性格のようなもの。

間違った情報でも噂なら噂として流すし、守秘義務の範囲で情報の伝達を行っている。

逆に、正しい噂と間違った噂の両方を聞けば、出来る限り正しい方の噂を流す。

もちろん、職務権限の範囲内ではあるが、ミシェルはお喋りが大好きであった。



----


 ある晴れた日の午後、私は『任務』の指示の為、珍しく『第二特殊作戦室』という、本来所属する部隊の召集に参加することになった。

(以後、『第二特殊作戦室』を略して『第二特室』と呼称するが)

呼び出されたのは、第二特室の専用室ではなく、共有スペースに設けられた『会議室』であった。


 コン、コン、コン、コン。

 ドアを四回ノックし、私は任務の詳細を聞くために、会議室の戸を開く。

 

「室長。"メリー"准尉、参上致しました」


「"メリー"准尉、入りなさい」


 第二特室では、上司を呼ぶ際にも、名前や階級を着けて発言する事はない。

そして隊員である私は、室内に部隊員以外が居る場合において、あらかじめ決められた『コードネーム』を名乗ると決められている。


 ビシッと、気をつけの姿勢のまま、視界の端の方に見知った人物をみつけつつも不動に構える。


「貴女、エミリー?」


 ここには何故かミシェルが居て、私の事を注視してくる。

 自然を装いながら、私は首を傾げて、そちらに目を向ける。


「私はメリーと申します。階級は准尉です」


 敬礼。それもエミリーの時とは違う所作で、二人に向かって礼をする。


「それは失礼しました、メリー准尉。私は情報部所属、ミシェル少尉です」


 室長の方へチラッと視線を向けるが、別に何かを言ってくる気配もない。

一瞬だけ、視線を合わせてくるが、それは咎めるようでもなければ、探るような視線でもない。

手元にあった資料をエミリーに手渡してくる。


「ふむ、来て早々だが本題に入ろう。ミシェル少尉」


 この場で、一番階級が高いのは室長、その人である。

それは、誰もが言わずとも理解していることであり、情報部と名乗った『ミシェル少尉』も、情報を扱う部門に所属する以上、暗黙的に理解している。


「メリー准尉。准尉には、少尉と共に、隣国の『亡命』希望者を奪取し保護。わが国までの護衛をして欲しい。その人物は幽閉状態にあり、保護の際にはかなりの抵抗が予想される」


 護衛、そう聞いてエミリーは眉をひそめた。

私の能力は殺害や現場単位の隠蔽に特化しており、出来ない訳ではないが、一流の諜報官に比べれば、市井への潜伏や、要人との密会は不得手と言わざるを得ない。

そして、その要人の保護と護送など、専門外と言ってもいい。


「任務に関する発言と、質問をよろしいでしょうか」


「許可する」


「室長もご存知とは思いますが、私はそういう任務には向きません。命令であれば遂行致しますが、最善を期すのであれば、そちら向きの人物が居るはずです。それでも私に任務をする意図をお聞かせ頂きたく」


「そうだな……」


 室長は、そう言うとミシェルの方に目配せする。

ミシェルは視線に頷き、それと同時に室長の会話が再開される。


 曰く、情報部より、戦力の支援を求められたということ。

別に工作作戦において、異なるセクション同士の作戦が指揮されることは、無い話ではない。


 だが、そこでエミリーが選ばれた理由については、情報部より要望があったらしい。

隊員は若い女性である事が望ましく、少数でも戦力として申し分ない人物を……との事だ。

女性である理由は、亡命する人物が高貴な身分な女性であること。

若い人物且つ、少数で移動するのは、一番疑われ難いとの判断らしい。

既に、陽動で別部隊が動いており、本命を撹乱するための工作も動き始めている。


 聞く限り、それなりの手勢が動き始めているのが見て取れる。

同時に、よほどの身分の者が、亡命劇をしようとしているらしいと分かる。


「承知致しました」


 理由に少し強引なものを感じたエミリーだが、それは言わない約束である。

上官からの任務、詳細を聞いてしまった今となっては、拒否する事も異議を挟むことはできない。


「出発は明日09:00、集合は町外れの時計塔。最低でも半月は掛かる任務であるが、道中は冒険者を装って行動しろ。これが、その為の『身分証』だ」


 そう言って渡されたのは、名刺サイズの金属板で、そこには私の名前(メリー)や年齢など、偽装された情報が一通り揃っている。

私は、初めて冒険者の身分証を触ったが、特に感慨はなかった。


「話は以上だ、メリー准尉、確認はあるか?」


「ありません」


「では、本日はこれにて解散だ」


 身分証の下、そこには人の居る場では話せない『命令書』が付属していた。

渡す際、マジックのように手元へ潜り込ませて来たのは、極限まで薄い紙を小さく折り曲げて作られた書状。


----


 当然、上官の元へ行く時点で、変装を行っている。

それに、『会議室』へ呼ばれる際には、声は小さめで、息遣いを工夫して普段より違う声に聞こえるようにしている。

 誤魔化せたとは断言できないが、向こうだって私の存在を断言は出来ないだろう。

仕事の記録を調査したところで、私は昨日から既に外出の任務についている。

彼女が、その外出任務先にまで調べの手を伸ばせば分からないが、そちらだって私の代わりの人物が、仕事をしている。


「エミリー!待った?」


 どうも、この友人は私の事を徹底的に疑っているらしい。

それも、わざとらしく名前を言ってくる内は、もしかしたら断言できていないのかもしれない。

仮に相手が既に確信してたとしても、それで「YES」と言ってしまえば、言質を取られてしまう。

それは、一番やってはいけないことだ。


 手を伸ばせば触れられる距離に来たところで、私はミシェルの方へ向き直り、そして言葉を発する。


「昨日も言いましたが、私はメリーです。どなたと間違えているかは存じませんが、そんなに似ているのですか?その方と」


「声や髪とか、いろいろ違いはあるけど、雰囲気とか顔の輪郭が似ているの。誤魔化さなくても大丈夫だよ?私とエミリーの仲じゃない」


「だから違うと言っています。しつこいですね」


「後ね、貴女を指名したのは、私なの。私って、こういう真実を知ったりするのが生き甲斐だからね。それに、今回は特に危険な任務だから、『噂の魔法使い』が居そうな部署を指名して、趣味と実益を兼ねた人選を選んだつもりだよ」


「おしゃってる意味は分かりませんが……?」


「もう……強情だなぁ……。ま、今はそういう事にしておきましょうか。メリーさん?」


 私は不機嫌な視線をミシェルに向けつつ、話はそれで終わりとばかりに歩き始めたミシェルを追って歩いていく。

それに、階級ではなく、さん付けでの会話が、今後の会話方針を暗に告げてくる。


 今回、隠蔽行動の殆どは、このミシェルに任せればいいらしい。

上司から、別途でもらった命令書には、暗号で秘匿された任務の詳細スケジュールが記載されている。

 また、昨日の場で「エミリー」と呼ばれた件については、今語ったようにこのミシェルが裏で、私と会いたいと工作まがいの事をしているらしい。

彼女だって仮にも暗部に属する人間であるので、名前くらいは知られても仕方ないが、それを自ら肯定し言質だけは取られないようにと、書かれていた。


 それに、今回は比較的若手で任務を遂行するようにとは、上層部の方から出た方針でもあるらしい。

きな臭い事に、今回の工作の情報は既に敵方に漏れている可能性が高く、本来なら中止レベルの案件らしいが、私なら生き抜けるだけの技量があるだろうと、消去法の人事だと言う。

 ミシェルの裏については、上司の旧知の人物が糸を引いているらしく、そこが裏切る心配は皆無だが、それより上の指示が、どうも怪しいらしい。

だが、拒否するほどの理由もなければ、出来ない状況であるので、まずは生きて帰ってくるようにと記載されている。


「ねえ、メリーさん?」


「なんでしょう」


 私たちは今、『冒険者ギルド』という、冒険者の仕事を斡旋する施設の、受付に来ている。

こういうのは、形だけでも『依頼で行動している』事を示すためらしい。


「隣町までの、キャラバン(隊商)の護衛という依頼、受けましょう」


 報酬は一人当たり、生活する上での、5日分の宿賃と食費程度だった。

今は昼前であるが、なんとも好都合なことに、本日の午後に出発の依頼だ。

それを受付に持っていくミシェルは手際よく、その依頼を受けて召集場所に向かっていく。


 そして、私たちは移動を開始した。



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