私は少ない知識で無双する
2章:私は少ない知識で無双する
魔法の存在する世界に転生した。
私は、前世ではそれほど「ファンタジー」に詳しくは無かったが、アニメや漫画、映画などでその存在を多少なりとも知っていた。
この世界には、魔法があった。
それは、喜ぶべき事なのか、それとも忌むべき事なのか。
はたまた、どちらでも無いのか。
少なくとも、生まれる世界を選べないのだから、判断しようもない。
ひとつ言える事がある。
魔法だろうと、科学だろうと、等しく発達した分野では、差異は存在しない事だろう。
人が空を飛ぶのに、飛行機を使うか、それとも魔法を使うかの違いだろう。
もちろん、出来る、出来ないの難易度は、全てにおいて違うのかもしれないが。
「人を殺すのにも、ずいぶん慣れちゃったな」
自室で、小さく呟いた。
鏡の前に立ち、自分の姿を改めて眺めながら、少し悲しげな表情を作る。
すると、鏡の前の少女もまた、深い青色の瞳に悲しみを湛えて見つめ返してくる。
茶色の髪を肩の辺りまで伸ばした、16歳の少女がそこには居る。
黒を基調とした衣装で、皮で出来た防具を身につけている。
薄く、それでいて防水性の高い、黒いマントを身にまとい、腰には短めの剣を挿している。
変装の仕上げとばかりに、私は自身の頭へ手を伸ばし、髪に魔法を掛けていく。
色は、漆黒のような黒。
化粧台の引き出しを開け、薬液の入ったケースを開けると、そこには瞳を黒く見せるための『カラーコンタクト』があり、それを目に入れる。
ひやりと、一瞬だけ異物が目に入る感覚を受けるが、それもすぐに体温に解けて違和感がなくなる。
これにも、万一強く目を見開いても落ちないよう、一時的に定着する魔法を掛ける。
私はその場から自身を透明化させ、消える。
空気の流れを操って光の屈折を操作し、熱も影すらも出さないよう、最新の注意を払いながらテラスへと向かう。
テラスへと続く大きめの『窓』を明けると、静かに閉めて日が暮れてきた町に繰り出す。
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(私が、この世界に降り立った時)
らしくもなく、私は自身を省みていた。
暗殺家業が板につくまで、私は胃の中のものを吐き出す事は無かったが、前世で培った『倫理観』が、いつまでも罪悪感をもたらし続けていた。
私は、前世は17歳でこの世を去った。
もう、前の生のことは、あまり思い出さないようにしている。
だけど、ふとした拍子に、前世の記憶を思い出さざるを得なくなるし、楽しいような、苦いような、どちらとも着かない感傷が心の中を支配する。
(私が、魔法に魅了されるのは、時間がかからなかった)
6歳に時、初めて見たのは『軍人』が使う魔法だった。
別に、子供ながらの好奇心なんて、持っているつもりはなかった。
初めて見たのは、手から炎を出し、魔物を焼き尽くさんとする攻撃魔法だった。
それは幻想的に思え、同時に敵を焼き尽くさんとする『狂気』が見て取れた。
相手を害する為に作られた魔法が、優しい色なんてするはずはない。
しかし……、一番心を引いたのは、人が魔法だけで『空を飛ぶ』姿だった。
空を飛ぶ魔法、そして両手には狂気をまといながら、敵の命を奪おうとする軍人の姿が。
私には、英雄の姿に見えて、同時に私もああ在りたいと、そう考えた時から、私の進路は決定していたのだと思う。
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世界には魔物と呼ばれる存在が居て、この世界にはそれらに立ち向かう職業が2種類あった。
ひとつは「冒険者」で、ひとつは「軍人」である。
冒険者は魔物討伐や未踏破区域の探索、又は一般人は立ち入れない場所へ行き、生活に必要な素材を獲得し戻ってくる。
魔物とは、魔法を使う動物のことであり、それだけで危険度は分かると思う。
危険な仕事だけに、報酬は高く設定されており、間違っても安い報酬で買い叩かれるようなことにはなっていない。
一方で、軍人は民間人を守るため、都市防衛や市街に現れてしまった『魔物』と戦闘する事がある。
両者、実入りだけで言えば、圧倒的に冒険者に軍配が上がる。
冒険者は自由に仕事を選べるし、難易度が高くなれば当然報酬もあがる。
軍隊がそれらに従事するには、損耗率もコストも掛かりすぎるので、国に仕官している軍人が行うことはほぼ在り得ない。
その上、冒険者は一攫千金の手段と考えられる事が多く、まして戦闘訓練を受けたことの無い民間人ばかりとあって、数年で多くの若者や冒険者が死んでいく。
性質上、それも致し方ないとは言える。
軍隊とは、冒険者が数人で動くのに比べ、アリのように数十、数百、数千の『数』で行動する。
まるで『軍隊アリ』(Army or Soldier Antと呼ばれるアリ)のように、単体では皮を多少食いちぎる程度の力しか持たないアリが、数万、数十万という大群で持って、獲物に食いつき骨の髄まで食い尽くしてしまうように。
冒険者が、少数で多大な力を示す『猛獣』だとすれば、軍隊は多少踏み潰されようとも『猛獣』を食い殺す『アリ』であると言えるだろう。
閑話休題。
10歳の誕生日、私は家を出た。
別に、両親と決別していないし、説得して自分で家を出た。
まず私が行ったのは、誰に対しても門徒を開いている『軍隊予備学校』だった。
魔法や剣術、行軍の仕方まで、戦闘の訓練を受け、そのままエスカレーター式に軍属として仕官することになる。
だが、そこで学んだ魔法は、前世で慣れ親しんだ『物理』や『科学』の定理が抜けていた。
例えば、この世界では、炎を出すことの意味を考えていなかったりする。
私自身は詳しくは無いが、炎とは可燃物が、燃焼……急速な酸化反応を起こす際、光や熱を伴う現象のことだと記憶していた。
正しいかどうかはともかくとして、現象そのものを『神の奇跡』として、深くは追求されずに来た。
魔法は、現象を『より詳細にイメージ』する事で、魔力(生物や無機物の、万物が持っているとされる、霊的な力のこと)を、如何に効率よく現実に投影出来るかで、優劣が決まってくる。
(だから、私は詳細にイメージした。そしたら、私は燃焼する対象を魔力で補うことで、望む現象をコントロールする術を見出した。炎に関わらず、水も空気でさえも)
そこからは、私は戦闘能力において、一歩も二歩も秀でる存在となった。
例えば、訓練でも『酸素を焼き、二酸化炭素濃度を高くする』事で、外傷をほぼ与えずに、無力化する事ができる。
二酸化炭素中毒者が訓練で出たが、この世界には『治癒魔法』というご都合魔法があり、それら後遺症すらも直す事ができた。
最初は、その魔法を使った後に、一瞬だけ後悔したが、なんともなかったのは幸いだった
魔力は、イメージを補完する役割を負ってくれる。
例えば、酸素濃度のみを燃やす炎をイメージする時、魔力では『酸化』に必要な『トリガー』と、可燃物のようなものを魔力によって補完するだけで良い。
現象のみを起こそうとすれば、文字通り『奇跡』として、魔力が現象を代替してくれるが、その奇跡を起こす為の変換効率は、著しく低下する事になる。
ならば、知っている方が遥かに小さい魔力で、大きい現象を発生させることができる。
(秀でた戦闘能力を有し、日本人譲りの協調性もあわせれば、どこの組織が目を着けても不思議はなかったかもしれない)
だが、目を着けたのは、特殊部隊の隊長だった。
私の技術の『隠密性』や、普通の魔法のような『派手さ』が無いことが、目をつけられる要因になったと思う。
人を殺した。
入隊してすぐ、私は死刑囚の死刑執行という、人を殺す訓練を行った。
諜報や潜入、暗殺に用いられる毒の種類や判別法、そして脱走兵の追跡など、おおよそ真っ当な訓練は受けなかったと記憶している。
(国家に対して忠誠を誓った訳じゃない。だけど、最初にトリガーを引いてから、私の人生はもう後戻りできない所まで来てしまったのだと思う)
―楽しい。
(なぜなら、人を殺すことを、楽しいと思ってしまったから。軍隊に入り、人を殺すことに快感を得てしまったから)
そして、今日も人を殺す。
心では罪悪感を得つつも、息を吸うよりも簡単に、人を殺して快楽を得ている。




