告発
「どうか我が父の罪を国王陛下にお伝えいただきたいのでございます」
鬼気迫る少女の様子に、目の前に座る青年は目を見開いた。向かい合って座る二人ーー侯爵家令嬢シェイラ・イングラムと公爵家嫡男レオンハルト・スペンサーは、親同士が決めた許嫁の関係にある。16歳を迎えたばかりの少女と22歳の青年の婚姻は一ヶ月後に迫っていた。
半刻前、レオンハルトのいる公爵家を訪れたシェイラの顔色は、青を通り過ぎて真っ白だった。驚くレオンハルトに人払いを願い、通された応接間でシェイラが告白したのは驚くべき内容であった。
「わが父、ジョン・イングラムは、国王陛下を弑してベンター殿下に実権を渡すつもりです」
ベンターは、現国王の甥に当たる人物である。一部の貴族の間では野心的な人物だと噂されていた。その男が王位の簒奪を狙っているという。その後、シェイラは国王暗殺計画に関わっている貴族の名を数名あげ、陛下の御身を守って欲しいとレオンハルトへ告げた。
「このことが明るみになれば、君も無事では済まない。わかっているのか?」
国家反逆罪は死罪。個人の罪が家族にまで及ぶことはないが、現当主が国王暗殺計画に関わっていたとなれば、爵位も領地も剥奪されることになる。
レオンハルトの言葉にシェイラはゆっくりと頷いた。
「はい。覚悟しております」
貴族令嬢として何不自由なく育ってきたシェイラが、好奇の目に晒される生活に耐えられるのだろうかとレオンハルトは思う。
「だが、なぜ私に?」
「どこに父の息のかかった者がいるのか分かりません。私にとってレオンハルト様が最も信頼できる方なのです。私では国王陛下にお声を掛ける機会などありませんし、公爵閣下は陛下の信も厚いと伺っております。それにーー」
「それに?」
言い淀むシェイラに先を促すと、やや躊躇った後に口を開いた。
「公爵家が罪を暴けば、我が家とのつながりを疑われることもございませんでしょう」
目の前に座る少女をレオンハルトは意外な思いで見つめた。これが、自分の知るシェイラなのだろうか、と。
6年前、親同士が決めた婚約者と顔を合わせる機会は毎月一度だけ。恋人のように頻繁に会うわけではなかった。当時10歳の少女に恋愛感情を持てという方が無理な話だ。それでもレオンハルトなりに誠意を持って接してきたし、シェイラの穏やかな人柄に触れてきたつもりでいた。これまでレオンハルトは、シェイラをつつましく淑やかな女性だと思ってきた。だが、父親の罪を告発する彼女はまるで別人のように瞳に強い意思の光を湛えている。加えて実家が爵位剥奪の危機に瀕しているにも関わらず、レオンハルトの家に累が及ばぬよう配慮までしているのだ。
「このような形でご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません。婚約解消の公表はスペンサー家のご都合の良いように行ってくださいませ。謂れのない噂話をされご不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、どうかお許しいただきたく」
頭を下げるシェイラをレオンハルトが止める。「君が謝る必要はない」と告げると、シェイラはレオンハルトを見つめ、そっとその手をとった。これがレオンハルトに触れることのできる最後の機会だと感じながら。
「ありがとうございます。レオンハルト様はやはりお優しいですね。このような最後になってしまいましたがーーずっと、お慕いしておりました。どうか、お元気で」
そう言って、シェイラは柔らかく微笑んだ。いつかレオンハルトがシェイラを思い出す時、その記憶が笑顔のものであるようにと願いながら。