嵐が丘
「大雨洪水警報」
別に見たいわけでもないけどついていたテレビ画面に時報が入った。
「大雨洪水警報」
私のこの瞳には、たくさんのものが映る。
私のこの耳には、たくさんの音が聞こえる。
だけどもう、私の心には何一つ入ってはこない。
何一つ響くことはない。
「大雨洪水警報」
窓の外は嵐。
昼間はあんなに優しかった風が、今では音を立てて吹いている。
雨の粒が窓に当たっては落ち、落ちてはまた当たっていた。
まるであの大きな空が、泣いているように私には思える。
あの風も雨も。
声をあげて、涙を流して…
声を枯らし、泣き叫んで…
「ごめん…」なんて、そんな言葉はいらない。
そう思うのなら、私を受け入れて。
そうじゃないなら、そんな優しさはいらない。
君を好きになったのは、ずいぶん昔のこと。
だけど君を好きだと思ったのは、いまこの一瞬。
またその次の一瞬。
そうやって重なっていく毎日だった。
君のその優しい所を好きになったというのに、君の一番嫌いな所もそんな優しい所なんて…
「矛盾」という言葉は、恋愛のために生まれた言葉だって言ってもきっと過言じゃない。
本当に私がいらないと思ったんなら、そんな風に優しくなんてしなくていいんだよ。
私を突き放していいよ。
無理に笑わなくていい。
傍にいてくれなくていい。
その優しさがこんなにも私を苦しめていること、君はきっと一生分からない。
泣いて泣いて泣き叫んで、それでも君には届かなくて…
それでも今の私には、君しかいなくて…
もう、何が悲しいのか苦しいのかも分からなくて、一体どうして涙を流しているのかさえも分からない。
君を想うと苦しくて、切ない。
その時、電気が消えた。
それまで映っていたテレビも消え、私は一人暗闇の中しゃがみ込んでいた。
停電だ。
そこは、光りも音も何一つない世界。
ただ、窓の外では空が泣き叫んでいるだけだ。
「真っ暗だなぁ…」誰からも返事が返ってこない私のその言葉は、やがて独り言となり消えていく。
ブーブーブー…
嵐の音の中、携帯電話のバイブの音が微かに聞こえた。
私は携帯に手を伸ばし電話を開いた。
光りも音も何一つない世界に、そんな微かな音が生まれやがて光りが差し込んだ。
「大丈夫?」
「大雨洪水警報」
窓の外は嵐。
私は君の優しい所が一番嫌い。
「電気がつくまで電話してよう。付き合うよ。」
だけど、そんな優しい君だから私は君から離れて一人になることが出来ないでいる。
いっそこのまま電気がつかなければいい。
いっそこのまま大雨洪水警報が解除されず、窓の外が嵐のままでいい。