『種原迅vs茜屋朝陽』
迅が連れて来られたのは、戦闘訓練室のようなだだっ広い部屋ではなく、ベッドがふたつ並んだ小さな部屋だった。それぞれのベッドに、頭に装着するスキャナーが置かれている。
ツインテールの少女、茜屋朝陽は無言でベッドに横たわると、スキャナーを頭に装着して瞼を閉じた。迅もそれにならって、スキャナーをかぶる。
スキャナーを装着してしばらくすると、脳内に仮想世界が展開された。仮想現実世界というやつである。
自分が脳内で操るアバターを見下ろしてみる。
先ほど、迅は仮想現実でのアバター作成のために、全身をスキャンされた。その時のデータを元に作られた迅のアバターは、現実の自分と本当に瓜二つだった。これがニセモノとは思えない。
そんな感情に浸っていると、どこらからか声が聞こえてきた。
『種原君、聴こえるかな』
声の主は椎名だ。
「はい。聴こえます」
『よし。ではこれから、君の配属テストについて説明する』
迅は無言で、続きを待った。
『君にはこれから、その仮想現実の世界で模擬戦を行ってもらう』
「はい」
『ルールは簡単、視界内に表示されているHPゲージがゼロになったら負けだ』
迅は、視界の左上に表示されているHPゲージを見ながら、椎名の説明に耳を傾ける。
『本来なら君の身体能力も数値化してアバターに反映させたかったんだが、さすがにそれは短時間ではできなくてね、種原君の使うアバターの身体能力は、今回は君の年齢の男子の平均データを反映させている。君の本来の身体能力より劣るかもしれないが、勘弁してくれ』
自分の持つパワーや速度、反射神経などを使えないのでは、戦闘に支障をきたす可能性が大だが、無理を言うわけにはいかない。
『茜屋はあらゆる手段で君を殺しにかかる。君はそれを凌ぎ、見事茜屋を殺してみろ』
抜き打ちのテストにしては無茶振りが過ぎると思うが、迅はニヤリと笑んだ。
「上等」
『よしその意気だ。では、君の武器について説明しよう』
「お願いします」
『君の武器は〈デュランダル〉のみだ。戦闘を手助けするオプションツールとして、脚力増強シューズ:通称〈ラビット〉、ハンドガンを装備可能だ。ちなみに朝陽は、好きなオプションツールを使える。君の不利な状況での対応力も、同時に見せてもらおうか』
迅は腰に備えた〈デュランダル〉と、履いている〈ラビット〉、ジャケットの内ポケットに入っているハンドガンを確認する。
『ハンドガンは君の持っている銃のイメージ通りに使って構わない。弾はレーザー弾で、威力は低いが弾数はバッテリーが尽きるまで無限大にある。人を殺す分には十分な殺傷性もある』
「ほうほう。弾は無限か」
『次に〈ラビット〉についてだが、その靴はさっきも言った通り脚力を増強するシューズだ。現実に存在するぞ。"ブレイナー"と連携して、君が望む分の脚力を増強してくれる。限界はあるが、なかなか限界まで脚力を上げるやつはいない』
"ブレイナー"とは、脳波信号をキャッチしてスキャンするスキャナーだ。首に装着することで、脳波をスキャン、手首に付けたリングに入っているメモリーから、ユーザーの望む情報を視界に直接表示するという、最新技術を用いて作られたものだ。
この〈ラビット〉は"ブレイナー"と連携して、ユーザーの脚力を増強してくれるのだ。どのくらい増強されるのかは、ユーザーの意志次第。
『最後に〈デュランダル〉についてだ。〈デュランダル〉は全部で二つの形態を持っている。まず一つ目は"アタッカーモード"だ。〈デュランダル〉を起動したら、すぐにその形態になるはずだ』
迅は〈デュランダル〉を起動してみる。
「〈デュランダル〉起動」
起動時音声の後、確かに〈デュランダル〉は"アタッカーモード"になった。どこにカメラがあるのかわからないが、現実世界の椎名が、「よし」と言って話を続けた。
『"アタッカーモード"は普通の剣と同等の性能しか出せない。ただ単に対人戦をするならこの形態がベストだろう』
迅はこの状態の〈デュランダル〉で異常患者と一戦交えている。この形態が剣士の腕次第というのも、経験から解る。
『次に〈デュランダル〉の真骨頂、"エクスカリバー"についてだ。"エクスカリバー"は刃の延長線上に光の刃を発生させることができる形態だ。最大で刃渡り五十メートルにまで達する。また、常に刃渡り五十メートル分の光を発生させているから、刃渡りが短いほど攻撃威力は上がる。伸縮もユーザーの自由自在だ。良い事ばかりのツケで、バッテリーの消費が大きく、ユーザーの体力もかなり奪う。"エクスカリバー"の使い方には注意が必要だ』
迅は半信半疑で椎名の声に耳を貸す。もし先日の異常患者戦で"エクスカリバー"を知っていたら、おそらくあっさり勝てたであろう。
『これで君の装備についての簡単な説明は以上だ。オプションツールは他にもあるのだが、それは君が仲間になれた後にしよう』
「はい。ありがとうございます」
『ステージは【市街地〈夜〉】だ。では、健闘を祈る』
迅の身体を淡い光が覆い、やがて消える。
迅の操るアバターは、戦いの舞台へと転送された。
★
目を開けると、そこは夜の都会。
あちこちでネオンサインがでかでかと輝いている。
だが、戦いの舞台として作られたステージだからか、人は一人も歩いていない。建物は全てもぬけの殻だ。
だが、あまり風景ばかりに目を当ててはいられない。もう戦闘は始まっているのだ。視界に表示されたレーダーに、朝陽の位置が示されている。
迅はひとまずファストフード店の中に入った。朝陽は長距離射撃を得意としていると、海斗から聞いていた。堂々と道路の真ん中を歩いていては、簡単に狙撃されてしまう。なので迅は、建物の中に入り、射線を切る。
「でも、あんまのんびりはしてられないな…」
射線を切っているので、簡単に狙撃されることはないはずだが、こちらの位置は朝陽もレーダーで確認しているだろう。この場に長居すれば、この店ごと砲撃というのもあり得る。
「あいつは死角からの狙撃を仕掛けたいはず。でもあいつの位置はレーダーでわかるから、弾がくる方角がわかれば、ほぼ百パーセント弾には当たらない。問題は…」
迅の独り言は、そこで誰にも聞き取れないほどに小さな声になった。
迅が悩んでいる問題。それは、どうやって朝陽に近づくかだ。
狙撃系の朝陽に、近接系の迅が近づくのは極めて困難だ。その場に向かっている間に逃げられてしまう。脚力増強シューズ〈ラビット〉を使えば、ビルとビルを飛び越えるのも容易なはず。
だが、朝陽も悩んでいるはず。近接系統の迅が、朝陽の狙撃を警戒して建物に身を隠すことは、容易に予想できる。
迅としては、面と向かっての一騎討ちに持ち込むことができればベストなのだが、朝陽としては死角から一発が理想。
だがお互い、望む展開がわかっている。
つまり勝負が動くのは、どちらかが理想を捨てた時だ。
「よし!」
迅は空っぽのファストフード店から勢いよく飛び出した。そしてそのまま大通りの真ん中に立つ。
「さぁ…撃ってこい」
迅は、あえて朝陽の理想的な展開に合わせた。迅には聴覚情報から、弾の方角を正確に、一瞬で察知する自信があった。長距離射撃なら完璧に避けられるし、もし中距離でも、致命傷にはならない程度に反応はできる。そして〈ラビット〉を使って狙撃場所まで飛ぼう算段だ。もし飛躍中を狙い撃ちされても、〈デュランダル〉ではたき落とせる。
迅は周囲を見渡しながら、銃声を待った。だが、それは中々聴こえてこない。
迅はレーダーに目をやる。近くに朝陽はいる。おそらく狙い撃ちできる位置にいるのだろう。なのになぜ、撃ってこない?
思考速度を極限まで速めて考えても、その理由はわからない。まだ情報が足りていないのだ。
迅は辺りを警戒し、再び建物内に身を隠す。そしてレーダーに視線を向けた、その時、
「なっ……!?」
迅は思わず声を漏らした。レーダーに表示された朝陽の反応が、一気に複数に増えたのだ。フィールドのあちこちに、朝陽の反応がある。
迅が混乱していると、
ズドッ!!
という砲撃音が響き渡る。
「〈ラビット〉!!三重」
迅は咄嗟に叫び、建物から飛び出た。その直後、建物は粉々に大破した。
そして、レーダーに映る複数の朝陽の反応は、迅がレーダーから目を離した間にシャッフルされ、本物の反応がどれかわからなくなってしまった。直前の砲撃はこれが狙いだったのだろう。
「始まったな。さあ、これにどう対応する?種原君」
モニタールームで戦いを見守っていた椎名が、小さく笑む。
モニターに映る朝陽が、レーダーに映る迅の反応を見ながら、嘲笑する。
「さあ、私を見つけてみなさい?種原迅」
To be continued……