『種原迅vs虎田達也』
警視庁庁舎十二階。
迅の解放に成功し、任務達成に向かっている御園や迅を襲った衝撃。
突然の出来事に、達也や『死人形』を操るAOA隊員たちにも、混乱が見える。
「なに…今の…」
達也に刺された傷が痛むのだろう。御園は少し上ずった声で呟く。傷の患部から、血がドクドクと流れる。
能力で確認しても良いのだが、意識が霞みがかってきている今の御園に、遠くの状況を把握することはできなかった。見えるのは、近距離のみ。
「多分だけど、モノリスが壊された」
御園を抱きかかえた迅は、冷静にそう答える。余談を許さない状況だと知った御園は、驚いた表情を浮かべたが、その表情は痛みによって苦悶へと変わった。
「だから、ここでゆっくりはしていられない。さっさと決着をつけよう」
迅はいったん御園を降ろし、自分の上着を脱ぐ。御園の、出血が止まらない背中の刺し傷を圧迫するように巻き、止血を図る。患部に服が触れた際、御園の顔が強張る。
「御園も早く治療しないと危ないし、街も危ない。御園、恭介に通話繋げるか?他に手が空いている人がいるなら、その人にも」
そう言われた御園は、指を動かし、恭介と、外で待機している朝陽に通話発信する。今、迅が使っている携帯型ブレイナーは、通話機能を備えていない。誰かと通話したければ、誰かのブレイナーとインカムを使うしかないのだ。
『はい』
『茜屋です。御園先輩、どうかしましたか?』
応答した二人に、迅は早急に用件を伝える。
「俺だ。種原だ。御園や二人のおかげで助かった、ありがとう。あとで何かしら礼はする。とりあえず今は、俺の言う通りに動いてほしい」
『今、十二階に向かってるところです。AOAの死人形が待機してるので、今から倒していきます』
『礼は、こっちで選んでもいいですよね?で、どのように動けば?』
「朝陽は、モノリス破壊で侵入した異常患者の殲滅に向かってくれ。その後の指示は、椎名さんに仰いで」
『先輩たちの援護はいいんですか?』
「俺と恭介でなんとかする。今は市民の安全が最優先だ」
『了解』
迅の指示を受け、朝陽は異常患者殲滅へと向かった。
「わたしも…えん、ご…するよ…」
今にも消えそうな、覇気のない瞳で、〈シムナ〉を構えて御園は言う。
「御園は撃たなくていい。あまり無茶はするな」
当然の如く、迅は首を縦には振らなかった。
「御園は、俺の真後ろの状況を教えてくれ。なるべく早く終わらせて、治療させてやるからな。恭介、こっちはあんまり話し込んでる暇はない。死人形との戦る前に、救護班を派遣してもらってくれ。そして死人形が片付いたら、俺の援護を頼む」
『わかりました。なるべく急ぎます』
恭介と朝陽との通信が切れ、迅は目の前にいる達也に視線を向ける。
「この状況を、なんとかできると思っているのか。多勢に無勢もいいとこだ」
大勢の死人形を連れた達也が、呆れたように深く息を吐いた。
達也の言う通り、この状況で迅と御園に勝機は薄い。恭介が間に合ったとしても、形勢逆転とまではいかないだろう。
だがそれは、迅の強さが「並」だった場合のみ。
「確かに、数の面では勝てないし、御園を担いだ状態で全員と相手できるかはわからない。だが、お前には勝てる」
〈デュランダル〉を左手に構え、迅は自信ありげに笑った。
「…舐められたものだな。では、本当に勝てるのか、見せてもらおう」
片手剣〈如月〉を握りしめ、達也は右手を挙げる。
「かかれ!」
達也の号令と共に、死人形たちが一斉に迅と御園に迫り始めた。数十人の死人形はあっという間に二人を包囲する。
「うしろのが…詰めてきてる…」
迅の死角の状況を、朦朧とする意識の中、御園が伝える。
重傷の御園を担いでいる以上、激しい動きはできない。長期戦はもってのほかだ。公安局の救護医療課が到着しても、戦闘が終わっていなければ御園が危ない。戦闘は、数分以内に終わらせる必要がある。
「御園、しっかり掴まってろよ……〈デュランダル〉-‘’エクスカリバー’’」
迅に命じられた魔剣は、聖剣へと姿を変える。神々しい光を纏いし剣は、その刀身をさらに伸ばした。
「はあぁぁぁッ‼」
クルリと一回転、眩い光の刃が、綺麗な円を描く。迅が振るった光の刃は、群がる死人形の頭部を通過した。
中枢を破壊された死人形は活動停止、その場に倒れ込む。迅と御園の前に立っていたのは、迅から少し離れたところにいたため、’’エクスカリバー’’の餌食とならなかった、四人の死人形と、咄嗟に回避していた達也だけ。
完全に不利だった状況は、劇的に変わった。
「先輩!遅くなりました!」
そして、とても良いタイミングで、恭介が十二階へと上がってきた。十一階の死人形は、倒してきたのだろう。
「ナイスタイミングだ。恭介は死人形を始末してくれ。俺はこの片手剣使いとやる」
迅は、御園を壁際に下ろし、「少し待っててくれ」と微笑み、再び達也と相対する。
「時間がないんでね…行くぞ!」
迅と達也の剣戟が始まった。火花を散らす刃と刃が、激しい音を奏でる。
「’’鎖裏刃’’!」
迅の猛攻の、一瞬の隙を狙い、達也が刃を伸ばし、迅を刺そうと試みる。だが迅は、まるで予測していたかのように鮮やかに回避する。
「これを待ってた」
迅は、目の前に伸びる鎖をつかむ。達也は迅の手をほどこうと、剣の柄を振り回すが、うまくいかない。
鎖を縮めるしか手はないのだが、その鎖は迅が握っている。このまま縮めれば、〈デュランダル〉を持つ迅に接近を許すどころか、そのまま斬られて終わりだ。達也にはもう、打開策はない。
「御園が味わった痛み…倍にして返してやる。’’エクスカリバー’’」
今度は刃を伸ばさず、光は刃に集中する。
「クソッ…!」
達也は〈如月〉を捨て、逃走を図る。
「逃がすわけないだろ」
次の瞬間には、達也の視界は赤で埋め尽くされていた。胸から腹にかけて、大きく開かれた傷から、鮮血が噴き上がる。達也はうめき声を上げて、血の海へと倒れる。
「大丈夫か、御園」
達也に勝利した迅は、御園に駆け寄る。
「…うん……だい、じょ…ぶ…」
血が足りないのだろう、顔は真っ青になってしまっている御園が、必死に笑顔を作って答えた。
早く止血しなければ、命に関わる。
「種原先輩!御園先輩は…」
死人形との戦闘を終えた恭介が、心配そうに問いかける。
「出血が多い。恭介の上着を貸してくれ。これで抑えて、少しでも出血を抑えるぞ」
「わ、わかりました!」
恭介に上着を借り、御園の傷に押し当てる。患部に力を加えられた御園が痛そうに顔を歪める。
「ゴメンな御園。もうすぐ救護医療課が来るからな」
迅には、医療の知識はない。この止血の仕方が正しいのか、正直なところわからない。傷口からウイルスが入る、といった話も聞いたことはあるが、迅はまず、出血を和らげるのが最優先と判断したのだ。
「種原!」
それから数分経ち、絵怜奈を含む救護医療課が到着した。御園は直ちに搬送され、迅・御園・恭介が倒した将馬やレイジ、達也も、応急手当を受け、公安局本部に搬送された。
その後、御園の命に別状はないとの連絡を受け、迅と恭介は安堵の息を吐く。
「恭介。本部でも戦闘になったんだろ?どうなったんだ」
「ああ、本部での戦闘はもう鎮圧したそうですよ。AOA隊長・犬飼大河を含む、AOA幹部らしきメンバーも捕縛済み。公安局が完全勝利です」
「そうか…ケガ人は…出たよな」
最初は質問しようと口を開いたが、戦いで負傷者が出ないなんてことはあり得ないと思った迅は、文末から疑問符を取った。
「潟上先輩と輝夜が重傷だそうです」
「そっか…みんなに迷惑かけちまったな…」
「でも、死者は出てません。犠牲者がいなかっただけ良かったじゃないですか」
気落ちする迅を、恭介が励ます。
「…そうだな。お前にも迷惑かけたな。ゴメン」
「いいですよ。俺も先輩に迷惑かけましたし」
「それもそっか」
そう言って、二人は笑い合った。
「さて、帰るか」
「そうですね」
二人は階を下り、ようやく太陽の光の差す、窓のある階へと足を運ぶ。
「あぁ…数日ぶりのたいよ…….」
「?どうかしましたか?」
言葉を途中で止めた迅は、窓の外を見つめている。恭介も、問いの答えを待たずして、外の異変に気付く。
唐突に、太陽の光が遮られた。雲が塞いでいるのではない。
「なんだ…ありゃ…」
東京の西の空、東京に降り注ぐ太陽の光を、謎の巨大な物体が塞いでいた。
そしてそれがなんなのか、迅と恭介は悟った。
「…バカデカい…異常患者….?」
To be continued……