『彼』
「行くぞ…『金剛蛇』」
将馬の命令によって、彼の持つ突撃銃の銃口が、黄金色に輝き始めた。
未知の攻撃に備え、警戒態勢をとる御園と恭介。
将馬は、突撃銃を、まるで鈍器を振るうように構えると、危険を察知した恭介が叫んだ。
「伏せて!」
言葉に身体が反応し、御園も恭介と同時に態勢を低くする。その直後、二人の頭上を光線が、扇を描くように疾走する。
光線が触れた壁部は黒く焦げ、ジリジリと黒煙を上げている。
「なに…今の……」
「今のあの銃は、銃じゃないってことです」
将馬が『金剛蛇』と呼ぶその銃は、まるで鞭のように光線を放った。無差別に周囲を巻き込むその攻撃をかい潜るのは容易ではない。ほぼ質量がない光の攻撃を感じ取るのも、いくら恭介の【音響世界】があっても不可能だ。
だが、質量は全く変わらない銃器を振り回すのだ。ただの銃乱射よりは、モーションの大きさによる隙ができる。刀一本の恭介なら、近づくのは簡単。
「作戦を変える必要は、多分ないです。このままいきましょう」
「そう。なら、このままで」
作戦の確認をとった後、恭介は将馬の懐めがけて動き出した。来させまいと、将馬も『金剛蛇』で対抗しようとする。が、恭介の背後に控える御園が、『金剛蛇』を振るった直後の隙を狙っている。下手に動けなくなった将馬は、銃身で恭介の刃を受けるので精いっぱいになっていた。
完全に、御園・恭介のペース。だが、このままの状態が続くとは、御園も恭介も思ってはいない。この状態が続くのは、『金剛蛇』が通常射撃と併用できない場合だけ。
「クソッ…離れろ!」
突撃銃の銃口から光が消え、将馬は二人まとめて始末しようと、辺りに銃乱射を行う。
恭介は能力を使って巧みに受け流し、御園はすぐ横の壁を壊し、そこへ避難して難を逃れた。
やはり、『金剛蛇』と通常射撃は併用可能なようだ。
「はあぁぁッ!」
銃乱射がリロードのために止んだ。近接戦闘型の恭介は、ここぞとばかりに将馬へ斬りかかる。将馬は『金剛蛇』を使おうとしているのだろう。銃器を振りかざしている。
光線の鞭がくると予想した恭介は、銃身と胸がすれすれで掠らないように攻撃を回避。だが、
「うぐッ…!」
恭介の刃と、将馬の銃器が擦れあい、小さく火花を上げている。恭介は床に押し付けられたような状態になっており、力を緩めれば銃器で殴られてしまう状況だ。恭介の延長能力がなければ、確実に頭部を殴られていただろう。
「河辺君!」
御園の放った弾丸を避けたことで、ようやく将馬から恭介は解放された。崩れかけた態勢を整え直し、将馬の方を見やった恭介は、次の瞬間には叫んでいた。
「篠宮先輩!」
将馬の標的となっていたのは、御園。援護という邪魔者を、排除するつもりなのだろう。
だが、動揺する恭介と裏腹に御園は、
「…チェックメイト」
将馬の目を見て、笑った。そして、
ドン!
銃声が鳴り響き、辺りに鮮血が飛び散る。被弾者の持つ銃が、床へ落下する。
「な…ん、だと…?」
自分の背中を摩り、大量の血がついた手を見て、呻いた。
「最初から…狙撃…狙…い、だったのか…」
床に伏している将馬は、遠のく意識の中でかすれ声を出した。
「朝陽ちゃん、命中だよ」
『これくらい、余裕です。御園先輩には当たりませんでしたか?貫通弾だったんですけど』
「大丈夫。弾道は予想してたから」
そう。将馬を撃ったのは御園ではなく朝陽。ずっと警視庁庁舎の外から、狙撃のチャンスを窺っていたのだ。
朝陽が放った貫通弾は、文字通り窓ガラスを抜け、防弾スーツをも突き抜け、将馬の身体を貫いた。
「河辺君も、大丈夫?」
「はい。問題ないです」
「なら急ごう。こんなところで時間を取られてる場合じゃないから」
御園と恭介は、上階へと急いだ。
★
国防庁・応接室。
公安局と警視庁が交戦中の今、この間ではとある密会が行われていた。
「よく来たね博士。さぁ、掛けてくれ」
向かいのソファに、北条恒盛大臣は客人を促す。
博士と呼ばれた一人の老人の訪問客は一礼すると、北条の指すソファに腰を下ろした。
「まさか、君が我々の味方についてくれるとは思っていなかったよ。鳶浦博士」
「状況が変わりましてね、今まで彼についてきましたが、私の正義感はそれを許容できなくなりました」
鳶浦由鐘は微笑んでから言い、北条の秘書に出されたコーヒーを啜る。
「彼の意見には、私も同意していたのだが…残念だ」
「最近は、目的を見失っている節が見受けられますからね」
二人の言う『彼』は、犬飼大河を指す。
「確かに我が国は、軍事技術は他国に勝るとも劣らないが、兵士の戦闘力は、劣るところがある。それを補う策として、延長能力に目を付けたのは、評価すべき点なのだろうな」
北条は、大河が述べていた意見を、改めて総評する。
大河の意見は、現在の日本の軍事技術は、他国に劣ることはないが、交戦権を放棄しているため、兵士一人ひとりの戦闘能力は劣っている、というものだ。
国の防衛のためだけに使われる軍事力のため、軍艦や戦闘機で応戦し、兵士の上陸を許さない防衛戦を行っていく、というのが今までの方針だった。そのため、軍艦・戦闘機は、年々性能を上げている。だが、アメリカやヨーロッパ諸国では、兵士が装備する、アームドスーツの開発が進んでいるらしい。もし、アームドスーツの量産化が進めば、戦闘機や軍艦で間に合うレベルではなくなる恐れがある。
日本の科学・医療技術は世界トップレベル。世界の国々が、その技術を欲しないはずはない。
現在の最高政府機関『世界連合』は、全世界の各技術をほぼ同等レベルにまで揃え、そこからの発展は各国が各自行うという方針を取っている。世界各国が同じスタートラインに立ち、そこから進めないのは自己責任、ということだ。技術のグローバル化を禁じられた今、世界では技術を巡る戦争が相次いでいる。
当然、方針を改めろ、という意見が続出するが、世界連合のトップに君臨するのは、ヨーロッパ州に属する数十ヶ国をひとつにまとめた大国『欧州連合国』。高い技術を持つ国々が結集され、負けを知らない軍事国が、世界連合を仕切っている。技術欲しさに攻め入る国々を一蹴してきた欧州連合国は、現在の方針に問題はないと、数多にあった批判を帳消しにした。
そう、現在の世界は、欧州連合国が治めていると言っても過言ではない。
もし、その欧州連合国が、日本が唯一勝っている医療技術を奪いに攻めてきた場合、日本に勝ち目はない。
少しでも勝ち筋を作るために、大河は地上戦・白兵戦での戦力強化を勧めたのだ。まだ日本人しか持つ者がいない、延長能力に目を付けたのも、なんらおかしなところはない。だが、
「なぜ、自我のない兵器にこだわるのか。そこが理解しかねる点、だな」
「支配する自信がないからですよ」
北条の抱いていた疑問に、由鐘は即座に断言した。
「延長能力を持たない自分が、延長能力部隊を指揮する自信がないんですよ。そもそも、上に立つ資格すらない」
「…….」
「だから能力者に濡れ衣を着せた事件を起こし、能力者に関する情報を募った。あらゆる能力者を捕まえ、殺し、クローンで量産する。そのクローンをまた殺し、死体を使って『死人形』を量産する。もうこれは、虐殺行為です」
「だが君は、その虐殺行為に協力していた」
「それは、単なる実験だと思っていたからです。『自分に従順な能力者は、本当に戦力になるのか』という」
「後からとってつけた言い訳にしか聞こえないが」
「好きに言って頂いて結構です。今の私は、犬飼大河に協力するつもりは一切ありません。これは本心です。これまでの愚行への刑罰は受けます。私はこれから、日本政府に全力で協力する、という旨を伝えるべく、ここを伺ったのですから」
そう言い切る由鐘の眼差しから、北条はそれは本当に本心なのだろうと悟った。
「いいだろう。君を歓迎する。だがその前に、罰は受けてもらう」
いきなり百パーセント信用するつもりは、北条にはない。AOAでの罪を償うところから、由鐘には行ってもらうつもりだ。
「ありがとうございます、大臣」
北条に、深々と頭を下げる由鐘。北条はそれを数秒見つめた後、秘書に連行を命じた。
しばらくして、誰もいなくなった応接室で、北条は胸ポケットから取り出したインカムを耳に装着し、通話モードを起動する。
「準備はできているな、’’Example’’部隊。たかが最新装備をしているだけのAOAに、能力者チームの公安局が負けるということはないと思うが、万が一に備えて待機だ。何か状況に変化があれば、随時報告しろ。私が指示を出す」
公安局と警視庁の闘争に、第三勢力が介入する。
To be continued……
プロット変更が必要な感じなので、更新ペースはかなり遅めです
ごめんなさい