表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
AOA編
51/63

『選択』


「決心はついたかい?」


茅場美耶(かやばみや)にそう問いかけられたのは、現在捕虜とされている上条あひるだ。朝陽の弾丸によって穿たれた腹部には包帯が巻かれており、今もベッドの上で安静にしていなければならない。

そんな彼女は今、新しく密かに発生した事件の詳細を聞き、美耶に選択を迫られていた。

事件の内容は、警視庁AOAが、観月祭を訪れた客を人質に取り、公安局員一名を誘拐した、というもの。

東京マークツリーの観光客を殺害したあひるにとって、そのようなことは極めてどうでもいいことであったが、この事件がきっかけで、あひるは今、究極の選択をしなければならなくなったのだ。


「本当に…私が公安に協力すれば、これ以上異常患者(グローバー)が増えることはなくなる可能性が、高くなるんですか?」


「ああ。すぐには無理だろうが、君が研究に協力してくれれば、異常患者(グローバー)の増加を止めることができる」


まさに、究極の選択と称しても良いほど、今のあひるは悩んでいた。

あひるから大切な人を奪った能力者、公安局では有能者(アダプター)と呼ばれる連中も、異常患者(グローバー)あるらしい。

確かに、有能者(アダプター)を根絶やしにすることで、かたき討ちがしたい。だがそれでは、今後も異常患者(グローバー)の発生と共に、有能者(アダプター)も増えてしまうのは回避できない。

だが、公安局に協力すれば、今、存在している有能者(アダプター)を根絶やしにすることはできないが、今後の異常患者(グローバー)有能者(アダプター)の増加を食い止めることができる。

これまでのあひるならば、迷わず前者を選んでいただろう。だが、今はそういうわけにもいかなかった。なぜなら……..


「私は人工生命体(ホムンクルス)で…..有能者(アダプター)?」


美耶に告げられた言葉が、あひるの思考を困惑させていたのだ。

あひるの経歴は奇妙なもので、六年前に秋田に在住していたことはわかるものの、それ以前の記録がまるでないのだ。引っ越しを繰り返すような家庭でなければ、秋田に住んでいたであろうとは推測できるが、あらゆる情報がデータ化されて保存されるようになったこの時代、生年月日の記載すらないのは不自然なのだ。それに加えて、あひる自身も六年以上前の記憶が全くない。

このことから、美耶はあひるが人工生命体(ホムンクルス)ではないかと推測した。人工的に生み出された生命には、あらゆるプログラムを行うことができる。記憶の植え付けも、もちろん可能だ。六年前に秋田に住んでいて、大感染(パンデミック)後に東京へと越してきて、有能者(アダプター)に肉親を殺された、という記憶を植え付ければ、AOAが有能者(アダプター)を抹殺するために彼女を利用するのは容易い。

あまりにも合点がいくこの話によって、あひるはAOAを信じることができなくなっていた。本来なら、生みの親である警視庁の組んだプログラム通りに動かなければ、そこで人工生命体(ホムンクルス)の存在意義は消滅してしまう。だが公安局は、新たな存在意義を示してくれている。

そして、自分も有能者(アダプター)であること。今まで知りもしなかった事実。

選ぶべきなのは公安局に協力する、という選択肢。あひるでもそれはわかっていた。

有能者(アダプター)がかたき討ちのために有能者(アダプター)を殺す、身勝手な話である。

だが、世話になった人たちを容易く裏切ることも、あひるにはできなかった。

しかし、AOAも公安局員を捕虜としてしまった以上、あひるとその公安局員を交換することで、平和的に解決される可能性がある。それでは、今は平和的でも、将来的には平和的ではない。

こうなれば、いや、はじめから、選ぶべき選択肢は決まっていた。


「決心はついたかい?」


再度、美耶に問われる。

あひるは目を閉じ、しばらくの間それを続けた。そして、しばらくした後、


「決めました」


この選択が、今後の未来を大きく左右する。



警視庁庁舎にある監禁部屋。

迅はイスに座らされ、手足をイスに結び付けられ、身動きが取れない状態にされている。

そんな状態の迅に、大河は容赦なく暴力を振るう。


「さぁ吐け。俺の部下は元気か?公安に能力者はどれだけいる?ひと月前、公安局本部を襲った集団は何者だ?」


思い切り殴ったことにより、イスごと倒れてしまった迅の首をつかみ、大河は声を荒げて訊ねる。


「ハァ…何度も言わせんなよ….そんな簡単に…吐くわけねぇだろ….」


ドンッ!


大河は迅の顔を、壁に叩きつける。小さくうめき声をあげて、迅はグッタリと姿勢を崩す。


「調子に乗るなよガキが…能力者のくせに、律儀に情報守ってんじゃねぇ」


「へへ….かたき討ちのために数十人の関係ない人間に手ェかけるような….ケホッ….もはや人からかけ離れた思考回路持ってるヤツに言われたかねェ」


顔中、痣、血だらけの迅が、睨みながら大河をあざ笑う。

さらに拷問を続けようとする大河に、迅はさらに言い放つ。


「…ガキにバカにされたくらいで取り乱すとか、沸点低すぎ。あと、やりすぎると俺死ぬよ?情報なんも引き出せないけどいいの?」


今すぐにでも殴り飛ばしたくなるような、そんな迅の笑みに覚えた怒りをグッと抑え、大河は出しかけた拳を退いた。


「それに…公安局(ウチ)は捕虜交換には応じない」


「….それは、貴様が決めることではないだろう」


「あぁ。そしてAOA(あんたら)も…捕虜交換をするつもりはない」


大河はキッと、迅を睨み付けた。そんなものに物怖じせず、迅は霞みかけている意識下で口を開く。


「…そんなことしたら、プラマイゼロで終わっちまうからな」


大河が歯軋りをする。


「あんたらの目論見(もくろみ)は、捕虜交換を持ちかけたが応じてもらえなかったので攻撃した。結果、公安局は崩壊した。的な感じだろ」


倒れたイスに縛られたまま、迅は得意げに唇を曲げる。そんな迅を起こし上げると、大河はこれ以上、拷問を続けることはなかった。


「大した推測だが、もしそれが正しければ、お前は死ぬということになるが」


大河の言う通り、公安局が捕虜交換に応じなければ、迅はAOAによって抹殺されることになる。


「確かにそうだな…でも、これが正しい選択だ」


「…バケモノが正義の味方気取りか….ご立派だな」


「言ってろ。化けの皮を剥がされんのはAOA(あんたら)だ」


大河は迅の言葉を聞くことなく、監禁室を出た。

監禁室の外には、黒髪が逆立ち、まるで怒っているかのような感じの少年が、大河の退出を待っていた。


「...遅ェよ大河さん。待ちくたびれたぜ」


鷹城(たかじょう)…別に待っててくれと頼んだわけじゃないが」


偉そうに腕組みして物を言う鷹城レイジを、大河は軽くあしらう。


「それより、大河さんよ、アイツとオレをバトらしてくれよ」


「ダメだ。一応大事な捕虜だからな。まだ駄目だ」


「いいじゃねェか。どうせ殺すんだろ?遅かれ早かれってヤツだろ」


「もし、お前が負けたらどうするつもりだ?」


「ハッ、そんなことはあり得ねェ」


大河の問いを、レイジは即答で否定する。一瞬も迷うことなく自信満々で。


「勝負に100パーセントはない。お前が『うたせ網』の使用に長けてるのは分かるが、油断は戦闘に損しか齎さない。今のうちに捨てろ」


「...アンタの言うことはいつも正論だ。でも心配御無用。俺は負けねェ」


油断を捨てる気のないレイジに見かねた大河は、深くため息をつくと、口を開いた。


「慌てるな。遠くないうちに、お前の好きなように戦わせてやる」


そう言う大河の目は、倒すべき敵を、しっかりと見据えていた。





To be continued……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ