『種原 迅』
対峙する迅と異常患者。
異常患者である男性から漏れる殺気は、野生そのもの。
〈デュランダル〉の刃を異常患者に向け、戦闘の構えを取る。
逃げ纏う人間たちや道行く車を襲っていた異常患者も、迅からの殺気に気付き、次の標的を迅と定める。
道路の真ん中で始まる一騎打ちに、人々は物陰から迅と異常患者を見ている。
「あの子って環境管理課の子?」
「"リジェクター"持ってるし、そうなんじゃね?」
「でも環境管理課の人間って腕章つけてなかったっけ」
彼方此方から声が聞こえてくる。迅にはそれが不快に感じた。
「見てる暇あったら逃げて欲しいんだけどな。なんのために俺が戦おうとしてんだよ」
ブツブツと、迅は正論を述べる。だが、聴いている人などいない。
周囲の視線に不満を抱く迅に、異常患者は容赦無く襲いかかってくる。
「…くっ……!」
間一髪で、迅は異常患者の拳を回避した。
先読みに似た特技で、突撃してくるのはわかっても、体がそれに対応しきれなければ意味がない。
だが、今ので学習した。新型細胞異常発達ウイルス【GW-01】によって異常発達した細胞を持つ異常患者は、脅威的な身体能力を持つのだ。
それだけわかっていれば、対応するのは迅にとっては容易い事。
一度攻撃を回避すれば、攻撃モーションを終えていない異常患者は迅の剣技の餌食となる。
次に異常患者が迅にお見舞いしたのは、一撃必殺の鉄拳の嵐だ。迅は〈デュランダル〉の峰で鉄拳を捌きながら、異常患者の隙を伺う。だが、捌いているだけでは埒があかないので、迅は〈デュランダル〉をクルリと九十度回転させ、異常患者の腕を思いきり斬った。
キィイン!
だが、その刃は見事に弾かれ、その反動で迅は両腕を挙げた状態になってしまう。異常患者がこの隙を見逃すはずもなく、迅は腹部に強烈な拳を受け、数バウンドしながら地面を転がる。
「なん、だ…あの、硬さ……」
何度か噎せながら、迅はヨロヨロと立ち上がる。
異常患者の体は〈デュランダル〉の刃を通さなかった。
【GW-01】によるものなのだろう。身体能力だけでなく、体の強さも常人よりかなり増しているようだ。
このままでは、〈デュランダル〉の刃は異常患者の体に通らない。策なしに斬りかかっても、こちらがやられるのは時間の問題だ。
「くそっ…どうすればいい」
必死に策を練る迅だが、しばらく異常患者の攻撃を凌いでいるだけになってしまっている。
迅は思考速度を極限にまで速め、異常患者の弱点を探す。
謎の男が打ち込んだウイルスによって、男性は異常患者化してしまった。異常患者となった男性の筋肉や肉質は、まるで鉄のように硬くなっている。
迅は探す。異常患者の脆い部分を。どんなに筋肉が強化されても、必ず何処かに剣が通る脆い部分があるはず。そして……
「…見つけた」
異常患者の弱点を見定め、迅は横に飛び退いた。そして、異常患者がこちらを向くタイミングで、剣先を異常患者に向けて突進する。
「ぐおぉぉぉ……!!」
〈デュランダル〉の刃は、異常患者の鳩尾の部分に深く突き刺さり、貫通していた。苦痛に呻き声を上げる異常患者。
そう。迅が異常患者の脆い部分と推測したのは、鳩尾だ。誰でも鳩尾にパンチを食らえば、普通の打撃よりも痛みを強く感じるように、異常患者もそうなのではないかと、迅は考えたのだ。
それに、この異常患者は元々人間。いくら強化されようが、脆い部分は脆いままなのだ。
「どうだ……!!」
ここまで見事に刺されれば、先ほどまでのように元気には動けまい。と、思った矢先。
「…ぐあぁぁぁぁあ!!!」
異常患者は雄叫びを挙げ始めた。元々人間だったはずの異常患者は、完全に野生化してしまっている。
異常患者は大きく腕を振りかぶると、迅の胸部に鉄拳をお見舞いした。迅は数十メートル後方に飛ばされ、コンクリートでできた建物の壁をも貫通し、地面に倒れる。
大きな血塊を吐き出し、迅はなんとか立ち上がる。だが、直ぐによろめいて膝をついてしまう。
飛ばされた際に〈デュランダル〉を手から離してしまい、今は手元にはない。〈デュランダル〉を目視した時には既に遅く、こちらに歩み寄る異常患者の背後に〈デュランダル〉は転がっていた。
全身に力が入らず、立ち上がる事すら困難で、武器もない。絶体絶命の危機に陥ってしまった。
歯軋りをして睨みつける迅に、異常患者はトドメを刺そうと腕を振り上げる。
迅は死を覚悟し、瞼を閉じた。
が、鉄槌が迅を襲う事はなかった。代わりに、何かが何かを殴りつける音が迅の耳に飛び込んでくる。その後に、「よしっ!」という男の声。
おそるおそる目を開けると、目の前に大きなハンマーを持った少年の姿が。少年の持つハンマーの槌部分には、公安局の紋章が描かれている。
「おい兄ちゃん、大丈夫か…って、種原⁉」
異常患者にやられたせいか、視界が霞んで見える迅は、話しかけてきている少年の顔を捉えられない。だが、声は聴いたことがある。ぼんやり見える制服も、迅の高校と同じものだ。
「えっと…潟上か…?」
「おう、その潟上だぜ。お前、目ェ悪かったっけ?」
「悪いな…今だけは。フラフラする」
壊れた壁の瓦礫に体重を預けながら、立ち上がろうとする迅を、潟上という少年は咄嗟に支える。
「無理すんなって。手当ならしてやっから」
「でも、まだ異常患者が……」
迅は、再びこちらに向かってくる異常患者を指差す。だが潟上は余裕の笑みを浮かべ、
「大丈夫大丈夫。あとはあいつがやってくれるから」
「……あいつ?」
潟上はコクリと頷くと、異常患者騒動を見物する野次馬たちに向けて声を挙げた。
「異常患者からなるべく遠くに離れてください!今すぐ!!」
潟上がそう言うと、異常患者に近い位置にいると判断した者たちが後退していく。
異常患者がいるのは、片側5車線の道路のど真ん中。人々は皆、両側の歩道の建物寄りに避難している。
「OK」
潟上が、耳に付けたインカムにそう声を吹きこむ。
すると次の瞬間、異常患者の心臓を、光の線が貫いた。
ブレもなく、完璧に、何者かが放った光線は心臓を止めた。
異常患者は呻き声を上げながら倒れ、そして動かなくなる。
潟上は、迅をそっと地面に預けると、
「ちょっとここで待ってろよ。後始末してくっから」
亡き異常患者の元へと向かって行った。
潟上は異常患者の遺体に触れる事もなく、ただ数秒だけ見つめ、インカムに指を当てた。
「本部、こちら潟上。異常患者抹消完了。回収班の派遣を要求します」
『ご苦労。無事で何よりだ。帰投してくれ』
「あ、ちょっといいですか、椎名さん」
途切れそうな会話を、潟上が繋げる。
『どうした?』
「今朝言ってた、〈デュランダル〉のオンライン接続の件についてなんですが、見つかりましたよ」
『おお、そうか!見つかったか!直ぐに持ち帰ってくれ』
「いえ、見つかったのは〈デュランダル〉だけではありません」
潟上の発言に、通信相手の椎名という男は困惑した様子で、
『どういうことだ?』
と、問い返す。
「〈デュランダル〉だけじゃなくて、適合者も見つかったという意味ですよ」
潟上は迅の元に戻ろうと歩きながら、男子には似合わないウインクを迅に向けて見せる。迅は、「俺?」と自分の顔を指差す。
『適合者?〈デュランダル〉のか?』
「はい」
これまた公安局環境管理課にとっては朗報らしい。椎名は少しテンションが上がり高ぶる声で潟上に告げる。
『では、〈デュランダル〉とともにその適合者も連れて来い』
「了解っす」
2人の通信は終わった。潟上は迅の顔を見てニッコリ笑うと、
「そういうことだから」
「俺の意志は?」
迅は深くため息をついた。だが迅は、質問があったのを思い出し、潟上に訊ねた。
「お前、管理課の人間だったんだな」
迅は、潟上、本名:潟上海斗とは面識があった。同じ高校に通う高校二年生で、迅と同じクラスなのだ。
「まあね」
「で、俺は今からそこに連れてかれるのか?」
「そゆこと」
どうやら問答無用のようだ。これ以上何か言っても仕方ない気がしたので、迅は姉の鏡に短く「帰るの遅くなるかも」という趣旨を伝えるメール本文を打ち、送信した。
「ところでさ」
迅が再度問い掛ける。
「さっきの異常患者にトドメさしたあの光線…撃ったのはだれだ?」
それは素朴な疑問だった。あの時、異常患者にトドメを刺したのは海斗ではない。
「ああ…あいつならあそこに…」
迅は、海斗の指差すファストフード店と洋服店の間の路地を見た。だが、そこには誰もいない。
「あれっ?」
海斗が頭上にハテナマークを出現させる。
「あれあれ〜?」
「先に帰っちまったのか?」
「いやいや、それは……」
「…あ、でも、俺は結局知らない人なんだろうし、訊いてもあまり意味なかったな」
「いや、お前知ってる人だから」
「……は?」
迅はポカンと口を開ける。
「だから、お前が知ってるやつなの」
「………」
「ま、詳しいことは本部で話そうか。どうせあいつも本部に来る事になるだろうし」
「…お、おう」
この戦いと出会い。このふたつによって、迅の人生は大きく変わっていくことになるのだが、それはまだ、知る由もない。
To be continued……