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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
AOA編
48/63

『観花祭』

警視庁舎、六階。

このフロアに、対有能者(アダプター)部隊AOAの拠点がある。

戦闘能力に長け、有能者(アダプター)への憎しみや恨みの情を持つ者が集まる、言ってしまえば仇討ちのための組織だ。

そんなAOA拠点に、メンバーは全員揃っていた。ただ一人、上条あひるを除いて。


「アヒルが捕まっちゃいましたけど、どうするんです?犬飼さん」


女の子仲間を気遣うように、橘羊(たちばなよう)は尋ねる。だが、犬飼大河(いぬかいたいが)の返答は慈悲がなく、冷たいものだった。


「足手まといはいらん。上条の戦闘能力を俺は認めていたが、どうやら過大評価だったようだ」


大河のその言葉に、一同は言葉を失う。だが、異議を唱えることもできなかった。

大河はAOA一の戦闘能力を持つ二刀流の剣士だ。弱肉強食のこの組織で、戦闘力が上手の人間に意見するのは、タブーとされているからだ。

同様に、足を引っ張ることも、格上の相手への反逆を意味する。


「だが、口実には使えそうだな。これを機に、公安に宣戦布告でもするか」


そう呟く彼の目は、もの凄い殺気を放っている。

大河は、有能者(アダプター)が起こした事件で家族を亡くしている。その時に芽生えた復讐心が、有能者(アダプター)全員に向いているのだ。


「あの、犬飼さん」


羊の問いかけに、


「犬飼と呼ぶなちびっ子。で、なんだ?」


大河は軽く罵倒して返す。


「公安に乗り込むのなら、アヒルの奪還を考えても良いのでは?」


大河にとって不要な人物の名が出たことで、彼は少し表情を強張らせたが、小さく息をついてから口を開いた。


「…そうだな。口実に使おうとしていたワケだし、上条を救出する方向で行くか」


珍しく、意見を曲げてくれた大河を見て、羊をはじめとするメンバー全員が笑顔を見せる。

大河は手を「パチン!」と叩き、メンバーの視線を集める。


「我々AOAはこれより、公安局に宣戦布告をする。宣戦する理由は、知っての通り上条の返還だ」


「…しかし、それでは公安が返還に応じれば、平和的に解決されてしまうのではないでしょうか?」


虎田達也(とらだたつや)の指摘に、大河はコクリと頷く。


「虎田の言う通り、このままでは公安が平和的解決の手段をとる可能性が高い。だから宣戦布告の前に、公安が我々と戦う理由を作らなければならない」


そう話す大河は、悪いことを考えている顔だった。この場合、『悪いこと』ではなく、『卑劣な手』と表現するべきなのだが。


「簡潔に言えば、人質を取り、解放要求を拒否。そうすれば、公安は嫌でも戦いの道を選ぶだろう」


ふと浮かべた大河の笑みに、羊たちは背筋を凍らせた。

そして、我が体長ながら思う。


犬飼大河は、恐ろしい人間なのだ、と。



夏祭り当日。

幸い、天候にも恵まれ、絶好のお祭り日和といったこの日の東京。

とあるマンションのとある一室、鏡の前で念入りに身なりを整える御園は、夜が訪れるのが待ち遠しくて落ち着かない様子だ。

この日行われる祭りは、『観花(みはな)祭り』と呼ばれている、東京最大の夏祭りだ。

今は多くの屋台や、花火大会、大感染(パンデミック)によって壊滅してしまった地域の伝統芸能など、たくさんの催しがあるが、開始当初は花火大会のみだったので、『観花(みはな)祭り』と呼ばれているらしい。

都内から沢山の人が集まり、ワイワイ盛り上がる楽しい行事だ。高校生である御園が盛り上がらないはずはない。たとえ、祭りの会場に出向く理由が任務だからでも。


「浴衣着れないのは残念だけど….任務だから仕方ないよね」


水色のTシャツに白のミニスカートという、機敏性を重視したスタイルの御園は、小さく息をつきながら呟く。

祭り会場に行くのは、あくまで任務。椎名から多少のエンジョイは許されてはいるが、浴衣姿は『多少』の域を軽々と超える。

服装については観念した御園は、洗面所を出て、迅の部屋の前で立ち止まった。服装の感想を聞こうと、扉をノックしようとした時、


ピリリリリ


迅の部屋の中から、自宅用コンピュータの着信音が聴こえてくる。

自宅用コンピュータは、固定ネットワーク回線のみに接続できるコンピュータだ。従来のコンピュータ同様、インターネットやテレビ通話、メールなどが可能だ。

これらの機能はブレイナーにも搭載されているが、ブレイナーはブレイナー専用ネットワーク回線にしか接続できない上、料金が固定ネットワーク回線よりも高いため、自宅でブレイナーを使う人はあまりいない。

ブレイナーのフォーンナンバーやメールアドレスは、自宅用コンピュータでも使用でいるので、使い分けてもなんら問題はない。

その自宅用コンピュータの着信音が聴こえるということは、当然誰かから電話がかかってきているということだ。

迅にも友人がいるし、今日は観月祭り。迅にもお誘いの電話やメールが来るのは当然だ。

御園も、普段は気にすることでもないのだが、今回気になってしまったのには、理由があった。


「また着信…..しかも、出ない….」


解せなそうに、御園が呟く。

この日、迅のコンピュータにはかなりの着信が入っていた。それも、十分に一回のペースで。最初にかかってきてから、もう二時間は経過している。なのにまだ、着信は続いている。

それだけなら、何か重要な連絡を取り合っている、という風にも解釈できるのだが、迅はこの二時間の着信に、一度も応答していない。気になってしまうのも無理はない。

それに加え、先日公安局で見せた浮かない表情。何を思っていたかは分からないが、明らかに夏祭りを嫌がっていた。何度か理由を訊いてみたものの、誤魔化されてしまうのがオチだった。それと、関係あるのだろうか。


「おお、御園。いたのか」


御園が考え込んでいるうちに、迅が部屋から出ようと扉を開けていた。二人は鉢合わせたかのように、驚いた表情を浮かべる。


「あ、ああ…うん。準備できたか訊こうと思って来たら、丁度出てきたから…」


鉢合わせた感を強めるために、御園は咄嗟に嘘をつく。


「そっか。時間かかってごめんな。ていうか、準備は結構前から終わってたけど、クラスメイトから今日の祭りどうするかってメールが鳴りやまなくてな」


頭をポリポリと掻きながら、迅は苦笑する。


「….そうなんだ」


迅の言葉を百パーセント信じることはできなかったが、御園は深追いはしなかった。これから二人で行動するのだ。下手に問い詰めて、関係が悪くなるのは好ましくない。


「あ、私、最初の三十分くらい任務外れてもいいかな?クラスの友達とお守り買おうって話になっててさ」


少し沈黙ムードが漂った空気を、御園が少し話題を反らして立て直す。


「あ、ああ。いいよ。せっかくのお祭りだし、楽しむときは楽しんだ方がいいよ」


迅が笑顔で承諾する。おそらくこの笑顔は、心からの笑顔。御園はそう思った。だが、そう思うのと同時に、迅を心配する気持ちもまた、強くなっていた。



時間は流れ同日午後五時。

今は水質の問題上、遊泳や漁業が禁止されている東京湾の周りに、沢山の屋台の明かりが連なっていた。とはいっても、屋台と湾の間には堤防があり、その堤防より湾側はバリケードで封鎖されているため、人々が侵入する可能性は低い。

日本のお祭り文化において、屋台は必要不可欠だ。科学技術が進歩した今でも、昔ながらのお店が営業の準備を整えている。

観花祭りの開祭式まで約三十分。だが、開祭式の会場にはまだ一般客の姿は少ない。メインイベントである花火大会を絶好のポジションで見たいという人が、ブルーシートなどを敷いて陣取っているくらいだ。おそらく他の人も、花火大会に合わせて来るのだろう。

立ち入り禁止のバリケードの前に腰を下ろし、迅と御園は会場を見渡していた。


「焼きそばのいい匂いがしてくるな….腹減ってきた」


「種原君、任務で来たこと、忘れてないよね?」


「張り切って準備してたやつに言われてもなぁ….」


「うぅ…..」


なんてたわいもない会話を交わしながら、二人は徐々に増えていく一般客の監視を行っていた。

お祭り気分を味わいたいが、背負うギターケース、抱えるエナメルバッグに入れられている〈デュランダル〉と〈シムナ〉の存在は、その気持ちを少なからず阻害していた。


「そういえばね、前話した昇格戦。今年は例年より早めにやるらしいよ」


祭り会場に視線を向けたまま、御園は唐突に話題を切り替えた。


「いつもは十月ごろなんだっけか」


「そそ」


「でも、俺らにはほとんど関係ないだろ?トーナメントで勝ったヤツの相手するだけだから」


お気楽な口調で迅が言うと、御園が首の向きを迅の方へと変えた。


「違うよ?それはチーム戦の話。個人戦はレベル5もトーナメントに参加するんだよ。優勝できなければ降格」


以前説明された昇格戦についての追加要素に、迅はハテナマークを頭上で踊らせている。


「え?昇格戦にはチーム戦と個人戦があんの?」


「あれ?言ってなかったっけ?」


迅が首を横に振る。御園は記憶を遡り、迅に昇格戦の話をした日まで戻る。そして、


「やっぱり話したよ?種原君が忘れただけでしょ?」


「….そう言われると言われたような気が….すみません。もう一度説明をお願いします」


「まったく…思考速度は異常でも記憶力は劣化してるの?」


「決してそんなことは…..」


「じゃあもう一回説明するよ?昇格戦はね…..」


苦笑を浮かべながらため息をつき、御園が改めて昇格戦について説明しようと口を開くと、直後に御園のブレイナーが着信音を発した。


「あ、友達が着いたって。ごめん種原君、続きは後ででもいい?」


気付けば、会場では開祭式が始まっている。花火を見に来る人が到着してもいい頃だ。


「あ、ああ。ゆっくりして来いよ。一時間くらい一人で巡回してるから」


「ごめーん!ありがとー」


御園はそう言って会場へ続く堤防の斜面を駆け下りる。

家では「三十分くらい」と言っていたクラスメイトと過ごす時間を、迅がさりげなく「一時間くらい」と、倍にしてくれていたことに、御園は気付かなかった。

迅はそのことに苦笑し、「まあいいか」と苦笑を普通の笑みに移した。

だがその笑みも、徐々に薄れていく。

祭り会場やその周辺に、人が増えていくに連れて………。





To be continued……

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