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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
AOA編
46/63

『Project Aegis』

信樹の言う実験とは、いったい何なのか。被験者とは誰なのか。あらゆる疑問符を頭上に浮かべた三郷は、目の前のウィンドウを指でスワイプし、被験者リストを閲覧する。

会ったこともなければ、名前すら聞いたことがない被験者のデータが続く中、聞き覚えと見覚えのある名前を見つけ、三郷の指は止まった。


「『シノミヤ ミソノ』….お姉ちゃん….?」


実の姉のデータに釘付けになる三郷に、信樹は語りかける。


「そのリストに載ってる被験者で現在まで生きているのは六人。内四人は私と鉄二、雷杜に五海だ」


「私以外、全員?」


信樹は頷いて肯定し、さらに続ける。


「そして残る二人の内の一人がお前の実の姉、篠宮御園だ」


「….お姉ちゃんが…被験者….?」


御園のデータページに目を奪われたまま、三郷は衝撃の事実に驚嘆する。

御園と三郷の両親はこのことを教えてくれなかったし、御園も教えてくれなかった。もしかすると、御園自身も知らなかったのではないだろうか。

情報を得れば得るほど、三郷が疑問に思うことは増えていく。


「その..免疫作成実験って…何なんですか?」


三郷はまず、その実験そのものについて問うた。すると信樹は、「話すと長くなるぞ」と面倒くさそうな顔で三郷を見る。が、諦めなさそうな彼女を見て、信樹は口を開いた。


「わが社の新型細胞異常発達ウイルス【GW-01】の開発は、十年以上前から行われていた。ウイルスを作ってはネズミやハムスターを使って実験を行っていたが、それで満足できなかった当時の研究者たちは、人体実験のデータを欲するようになった」


三郷は口を挟まずに、黙って信樹の言葉の続きを待つ。


「だが当然、死ぬかもしれぬ人体実験の被験者になる人間はいない。そこで研究者たちが目を付けたのが、経済状況が芳しくない家庭の子どもだ」


小説や漫画でよくある話だ、と思いながらも、三郷はハッと思い出す。

三郷と御園の家庭は経済的に危機を迎えた時期があった、という話を聞いたことを。


「わが社はその家庭を訪ね、多額の金額の支払いと引き換えに、息子・娘の身柄を預けてほしいという話を持ちかけた。第三者からしたら、どれだけの金をもらえても断るべきなのだが、これが人間というものなのだろう…ほとんどの家庭が子どもをわが社に預けたのだ」


「…じゃあ、私たちの両親も….」


三郷は、今は亡き両親の非道な決断に悲観する。


「君たちの両親は違うぞ。君たちの両親は金の支払いを断り、代わりにわが社に試験・面接なしで就職させる、という条件で君の姉を献上したんだ」


「…それでも、実の娘を売ったことに変わりはありませんよ」


そう言い返された信樹は返す言葉に迷い、話を続けることで誤魔化すことにした。


「私や鉄二たちを含め、被験者はおよそ五百人。その被験者全員に行われたのは、【Project(プロジェクト) Aegis(イージス)】と名付けられた人体改造実験だった。その内容は、人体をあらゆるウイルスにも適応する身体にする、というものだ」


「あらゆるウイルス….それって、例えばインフルエンザウイルスが体内に入っても、症状が出ないで潜伏期間を終えることができる免疫力を付ける、ということですか?」


「うーん…少し違うな」


惜しい、とでも言いたげに、信樹は三郷に向けて言葉を続ける。


「簡単に言えば、体内に入ったウイルスを取り込み、自我を消滅させずにウイルスの効力を身体能力に反映させる、というのがこのプロジェクトの概要だ」


「それって……」


三郷の記憶に、それと似た映像がフラッシュバックされる。一か月前、公安局本部を襲撃した際、雷杜や鉄二が使っていた注射薬だ。投与してから数十分は、常人とは桁外れの身体能力を発揮することができる。言ってしまえばドーピングだ。だがあの薬は、「神」になり得る者、つまり有能者(アダプター)を探すために、信樹らが一般人に投与していた物と同じなはず。だとしたら、雷杜たちも異常患者(グローバー)になっていてもおかしくないのだが…….


「言っただろう?私たちも被験者だった、と。私たちはその実験に成功し、どんなウイルスをも自らの身体能力向上に使えるようになった。お前の姉・御園も、成功した内の一人だ」


その言葉の後に間を置かず、


「これは実験の第一段階。だがこの段階で生き残ったのは、たったの七人。他の被験者は皆、驚異的な人体改造に耐え兼ね、命を落とした」


「そ..そんな…..」


たくさんの人間が、実験で命を落としたという事実に驚く三郷だったが、今自分たちがやっていることも同じだと思うと、他人事ではなくなる。


「生き残った被験者に行われた次なる実験は、延長能力(オーバーアビリティ)の発現だ。最初の段階をクリアした時点で、この後【GW-01】を投与されても、〔フェーズ3〕になることはない。〔フェーズ5〕か有能者(アダプター)のどちらかだ。結果、成功したのは六人、〔フェーズ5〕になったのは一人、残りの一人は…不明だ」


「不明?」


そう問い返す三郷に、信樹は被験者リストのページをめくり、ある少年のデータを見せた。

被験者の名前は、『咲原駿(さきはらしゅん)』。もし、今も生きているなら十七歳、姉の御園と同い年だ。

データには家族の名前も記されており、この咲原駿という少年は、父・母・二つ年上の姉が一人の四人家族のようだ。


「この少年の両親は君の両親同様、自らの雇用と引き換えに息子を献上したのだが、少年が第一段階をクリアした翌週、息子を連れて両親は逃亡した。わが社は総力を尽くして探したが、あらかじめ偽名や戸籍の書き換えを済ませていたらしく、発見することができなかったんだ。君の両親も、同じように逃亡を図るのだが、それはもう第二段階を君の姉がクリア後だった。覚えていないか?なぜかわからないが住む家を転々としたことがあるだろう?」


三郷はコクリと頷いた。


「君の両親は娘二人をうまく隠し、わが社の追っ手によって捕縛された。死んではいないが、もう君らのことは覚えていないそうだ」


聞き捨てならないセリフに、三郷の顔色が変化する。


「覚えてないって…..まさか、拷問を….」


「まあ、そうだろうな」


軽々と肯定され、怒りの情を覚えた三郷だったが、P&R社には命を救ってもらった恩があるため、表情には出せずにいた。ひとまず今は、ずっと死んだと思っていた両親が生きていた、ということが何よりの便りだ。


「第二段階を突破した五人から御園を除いた四人は、最終段階へと突入した。最終段階といっても、やることは第二段階となんら変わらず、【GW-01】の投与だ」


三郷の両親の話をあっさりと切り上げ、平然と信樹は続けた。


「『神』になるには、延長能力(オーバーアビリティ)を手に入れ、その能力を『覚醒』させなければならない。だが、能力を『覚醒』させられる人間はごく稀にしかいないそうだ。最終段階へ進んだ私たちも、能力を『覚醒』させることはできなかった。四人中ゼロだ」


「ちょっと待ってください。『覚醒』って…..」


解説もなく、知っていることが前提とされてしまい、三郷は少し慌てながら説明を求めた。


「ああ、すまない。君は知らなかったな。『覚醒』とは、延長能力(オーバーアビリティ)が派生したものだ。より優れた能力に進化することを、我々は『覚醒』と呼ぶ。能力を『覚醒』させることができれば、『神』になる準備はほぼ整っていると言える」


「『覚醒』した時点で『神』になれるわけではないんですね。どうすれば『神』になれるんですか?」


「……」


三郷の問い返しに、信樹は口を閉ざした。別段、言いにくい、といった様子ではなさそうな顔をしている。信樹は情けなさそうに、ゆっくりと口を開いた。


「それはまだ…誰も知らない。だが、わが社の手の内にある被験者は全員、能力の『覚醒』の域にすら到達できなかった。免疫作成というひと手間を加え、より確実に有能者(アダプター)の被験者を集めて行われた【ProjectAegis(プロジェクトイージス)】も、このままでは失敗に終わってしまう。だが、」


「…だが?」


「まだ、希望はある。君の姉・御園だ。わが社の支配下を離れたが、彼女は確実に『神』へと近づいている」


「なぜ、そう言い切れるんですか?」


その問いに信樹は、得意げな笑みを浮かべて返答する。


「四年前に起こった大感染(パンデミック)。あれを引き起こしたのはわが社であり、御園を『覚醒』させるのが目的だったからだ。そして大感染(パンデミック)が起こると同時に、私が視ていた彼女の未来は確定した」


大体見当がつく信樹の言葉を、三郷は黙って待つ。

三郷がP&R社の非道な計画に協力しているのは、他でもない姉・御園のためだ。大感染(パンデミック)で生き別れた大好きな姉とまた暮らせる可能性がある内は、三郷はこの計画に協力するつもりでいる。


「三郷。君の延長能力(オーバーアビリティ)は【万里双眼(マイルズスコープ)】だったな?かつての御園も、君と同じ能力だった」


「『かつて』は….?」


信樹は首を縦に振り、言葉を紡ぐ。


御園(かのじょ)自身もまだ気づいていないかもしれんが、今の御園(かのじょ)の能力は…...」





To be continued…


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