『P&R』
無残に横たわる女性の遺体。人々を送り届けるモノレールの車内は、至る所に血痕があり、殺伐としている。
腹に三本のナイフを刺された恭介が、窓から飛び入ってきた男女二人に目を奪われる。
首の飛んだ仲間の亡骸から、その男女に視線を移す男二人。
彼らの視線の先には、一本の剣を持った少年と、銃を握った少女が立っている。
「しのみ…や…せ…ん…ぱ……」
「無理して喋んなくていいから。大人しくしてて」
意識が朦朧として、まともに声を発することができない恭介を、御園は冷たく宥める。御園なりに、優しくしているつもりなのかもしれないが。
「一人の能力、使えなくしてあるみたいだ。よくやったよ、河辺くん」
恭介に目は向けないが、迅が優しいトーンで声を掛けた。迅の敵を見据える視線は、真剣そのものだ。
「首にあれだけの傷を負って動けるとは….御園、やっぱあいつら…..」
「うん。種原君の推測が当たってると思う」
「それなら…とりあえずは躊躇しなくても大丈夫ってことか」
迅が〈デュランダル〉を、御園が〈シムナ〉の銃口を男二人に向けた。
「一気に決めるぞ….’’エクスカリバー’’」
腰を落とし、迅は勢いよく男二人へと突撃する。使用者である迅の命令を受けた〈デュランダル〉は、刀身に眩く異彩な光を放つ。
まだ能力を使える男が、衝撃波を起こそうと息を吸う。
「危ない!」
恭介はあらん限りの声を出して叫んだ。迅は騒音完全除去装置を装着していない。御園も同様にだ。あのままでは、衝撃波をもろに食らってしまう。
恭介のそんな心配を他所に、迅は止まらない。迅と男の距離が三メートルにまで迫ったところで、
迅は姿勢を低くし、衝撃波を起こそうとする男を通り過ぎる。
「今だ!御園!」
視界から迅が消え、男の視界に次に現れたのは、用意万端の御園だった。
「OK」
〈シムナ〉から放たれた光の弾丸は、男の喉元に命中する。首から息が漏れ出し、それとともに血が溢れ出てくる。
衝撃波の延長能力を封じられた二人は、ナイフを抜いた。だが、
「チェックメイトだ」
二人の身体を聖剣が、無慈悲に両断する。
宙を舞った二つの胴体は、赤い飛沫を上げながら落下していき、動かなくなった。
あっさりと、決着は着いた。
一対三だったとはいえ、歯が立たなかった挙句、犠牲者まで出してしまった恭介は、自分の未熟さを嫌というほどに痛感した。自分が勝負を挑む相手を間違えていた、ということも。
「ふぅ….終わったね」
「ああ。犠牲者が出たのは…残念だったけど」
それぞれのリジェクターを格納し、迅と御園は安堵の息を吐いた。ことの顛末を椎名に伝えるべく、インカムに指を置く二人に、恭介が弱々しく問う。
「あ…あの….殺して…よかったんですか…?」
「ああ。それに、お前も殺そうとしてただろ」
そう言われた恭介は弱ってしまうのだが、恭介がそういう疑問を抱くのも無理はない。
公安局環境管理課の使命は、異常患者の無力化、もしくは殲滅。だがそれは、完全に自我を消失した異常患者に行える処置であって、自我のある、意志を持った異常患者に、本部の許可なしに行うことはできない。延長能力を持つ有能者も同様だ。
「問題はない。あいつらは一人の有能者のクローン体を殺して作られた『死人形』。つまり操り人形なんだよ」
「そう。顔立ちが三人共まったく一緒だから、間違いないよ」
三人の遺体を見比べて、御園が同調する。一人は御園が顔を吹き飛ばしてしまったので、ほとんど原型をとどめていないのだが。
「…そう…ですか…..」
納得した素振りを見せる恭介だったが、納得と同時に新たな疑問が芽生えてしまった。
「じゃあ…有能者のクローン体でその操り人形を作ったのは誰なんですか?」
当然の疑問だった。人権問題に発展しかねない行為が行われていると知ってしまった以上、それを行っている人間、もしくは組織について知りたくなってもおかしくはない。
「….それは後で話すよ。関わっちゃった以上、教えないわけにもいかないし」
御園が、少し冷たい態度で言う。だがそれは口調だけで、表情は重傷の恭介を心配しているようだ。
「お前はまず、そのケガの治療が先だ。ゆっくり休んで早く治したら、教えるから」
その言葉に、恭介はひとまず頷いた。自分のケガが酷いということは自覚しているので、従うしかなかったのだ。
その後、蒼夜と救護班が到着し、恭介は本部へと搬送された。遅れて警視庁AOAもやってきたが、解決済みの現場とその有様を見て悔しそうな顔をしていたが、大人しく乗客の誘導へと当たった。
夏休み二日目に起きたこの事件は、公安局環境管理課にとって百点満点は与えられない形で、幕を降ろした。
★
日本国内の大手医療品メーカー【P&R】。
この会社の本社、一般には地下五階まであるとされているが、実際には地下十五階まで存在する。
地下六階以下で行われているのは、新薬の開発。だが、市販される予定の新薬の開発ではない。
ここで開発されているのは、人間を人工的に異常患者化させる薬の開発だ。人間の細胞を急激に成長させる新型細胞異常発達ウイルス、通称【GW-01】を利用し、投与することで生物を人工的に異常患者へと変貌させようとしている。
当然、この開発・研究についてはP&R社社員の中でもごく一部の人間しか知らない最重要機密事項となっている。公にすれば、これまでの市民の異常患者化の実行犯がP&R社であることがばれてしまう。
そんな研究所のある一室で、五人の男女がソファやイスに腰を掛けている。
壁に備え付けられたテレビ画面を見つめ、一瀬信樹は呟いた。
「昨日の今日で、AOAが動いたか….これで未来は確定したな」
テレビに映るのは、この日に起きた、有能者が犯人とされる二つの事件についての報道だ。
一件はモノレールの車内で、もう一件は東京のシンボルマークとも言える観光スポット『東京マークツリー』の展望台で発生し、東京マークツリーで起きた事件は、犯人グループによる、客を巻き込んだ自爆で幕を閉じたとされている。
「胡散臭ぇな….自爆はあり得ねぇだろ。地上五百メートルの展望台に、その展望台を吹き飛ばすほどの爆弾を持ち込めるわけがねぇ」
「水素を大量に持ち込んで火を付ければ可能かもしれないけど…それよりも、昨日警視庁が延長能力の存在と、これまでの事件との関係を明らかにしたばかりっていうこのタイミングで、犠牲者を出すほどの事件は起こさないわよね。普通」
報道を見た荒浜鉄二と天童五海が、思い思いに呟いた。
確かに、二人の言う通りである。普通の思考回路が通っているならば、このタイミングで事件を起こそうという発想はない上、自爆テロというのも無理がある。
過去に有能者が事件を起こした理由の大部分は、自分の特異すぎる能力を周囲が受け入れてくれず、社会から追放されたから、というものだ。要するに、社会の有能者に対する認識を改めてほしいという願望が、空回りした結果なのだ。社会の認識を改善し、有能者が過ごしやすい社会を作る。つまり、有能者が生きていなければ目的は達成されない。自爆テロを行う理由が全く持って、皆無なのだ。
この違和感に、どれだけの人間が気づけるか。これが問題となる。
「AOAは、その普通の思考回路を持たない人間による犯行、とでも言って白を切るつもりでしょうね。もともと警視庁に疑いの目は向かないし」
篠宮三郷が見抜いたように言う。一連の事件が、警視庁による犯行であると。三郷の横に座る四谷雷杜が、少しチャラチャラした口調で続く。
「それより~どうすんの?下手に俺らも動けなくなってるんだけど」
雷杜の言う通り、有能者に関わる裏の仕事を行う五人は、今回の事件によって有能者に対する市民の評価が下がった影響で、簡単には動けなくなってしまった。市民がみんなピリピリしているため、市民の異常患者化の実行も危険を伴う。
鉄二、三郷、雷杜、五海は、一斉に信樹へと視線を向ける。
「….学生の夏休みが終わるまでは、様子見としよう。別に街で遊んできても構わん。何か動きがあったら随時連絡する。では、休暇を楽しんで来るといい。ペナルティから解放されたばかりで、身体は疲れてるだろうからな」
信樹のこの言葉で、この場は解散となった。雷杜が「休みだー!」とはしゃぎながら退室し、鉄二と五海も嬉しそうな笑みを浮かべながら部屋を出る。
それにつられて、自然に笑顔になっていた御園は、ふと信樹の方を振り返り、足を止める。
視線の先にいる信樹は、三郷も見たことのない資料に目を通していた。
「信樹さん、その資料は……」
三郷の声で顔を上げた信樹は、目の前のウィンドウを、「これか?」と指さした。
コクリと頷く三郷を見た信樹は、ウィンドウを三郷が見やすいように向きを変える。
「これは十年ほど前に行われていた、【GW-01】免疫作成実験の被験者リストだ」
「免疫…作成実験?」
初耳のワードに、三郷は首を傾げた。
To be continued…...