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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
AOA編
41/63

『緊急停止』

「では彼氏さんに抱きつくように、彼女さんは彼氏さんの太ももに座ってください」


先に地べたに座り、足を伸ばしていた迅の太ももに、御園が係員の指示通りに腰を下ろす。

身体の至るところが触れ合っているので、二人は顔を真っ赤に染めてトマトみたいになってしまう。


「では、行きますよー!」


ギュッ。


係員が声をあげた瞬間、御園は迅に思い切り抱きついた。直後、迅の背中は、係員によって押され、ちょろちょろと水の流れる滑り台を勢いよく滑走する。

二人がやっているのはウォータースライダー。この【エリアシー】の名物アトラクションだ。

全長は二百メートルを超え、急カーブの多いこのスライダーのラストは、スキージャンプ台のように跳ね上がるようになっており、皆が激しい水飛沫を上げながらプールへと落下する。


「おぉぉぉぉぉッッ!!?」


「きゃあああああッッ!!」


二人の断末魔が、飛沫を上げる水の音と共に、園内へと響き渡る。

右…右…左…右…左へ急旋回…

直線という直線がほとんどない蛇行に、二人は完璧に振り回されていた。

だが途中からは慣れ始めて、迅は激しいカーブの連続を楽しめるようになっていた。

御園も途中から叫ぶのをやめていたが、それが慣れなのか、声にもならないくらいにビビってしまったのかは、わからない。

が、迅を抱きしめる強さが一段と強くなったことから考えると、後者なのだろうとは、推測できる。


「ヒャァッホウ!!」


最後の大ジャンプ、はしゃいで声を出していたのは迅だけだった。



「無理。あんなの無理」


ウォータースライダー終了後、御園が漏らした一言である。迅はこれにより、御園が絶叫アトラクションなどの、高速で駆け降りる系のアトラクションが大の苦手だと把握した。


「も、もう一回行ってみるか?二回目は楽しいかもだぞ?」


半ば八つ当たりに近い御園の愚痴を聞いた迅は、彼女の機嫌を直すために、こんなことを提案してみる。


「イヤだ」


予想の範疇だ。そして、もう策はない。

最初に無理と思ったアトラクションは、二回目で初めて面白さに気づけるというのが、迅の幼い頃の記憶にあったため提案してみたものの、御園は、もう一度ウォーターに乗ること自体を許容できないご様子。

迅は再び、「次どうするか」で悩んでしまう。

このエリアにある、スプラッシュ系のアトラクションも、御園は無理であろう。かといって、「帰る」という選択肢を選ぶにはまだ早い気がする。

残された選択肢で、御園の機嫌を回復させる方法は………

思考を重ねる迅。御園も、そこまで激昂しているわけではないのだが、苦手な絶叫アトラクションに二回も乗せてしまった罪は重いだろう。強がって乗った御園も御園なのだが。

そこまで怒ることでもないのに、不機嫌な御園を訝しげに見ながら、迅は小さく勇気を出す。


「…よしッ!」


「…エッ?えっ!?」


頬を膨らませて怒っていた御園が、目を見開いて驚愕する。

無理もない。御園は突然、迅にお姫様抱っこをされているのだから。


「ちょ…種原くんッ!!?」


周りからの凡ゆる視線を肌で感じながら、御園は赤面して呼びかける。

迅は御園の呼びかけには応じずに、御園を抱えたままプールへと飛び込んだ。プールの底に足がついたのを確認し、ゆっくりと御園を下ろす。が、腰を抜かして水の中へと崩れ落ちてしまう。迅が慌てて支え、御園はようやく自力で立てるようになった。


「種原君………」


「………ゴメン」


本気で怒ったトーンで口を開いた御園に、迅は本心からの謝罪をする。

しばらく、怒った顔をしていた御園だったが、少し経って、


「ぷっ……」


と、噴き出し、笑い始めた。迅にはその理由がわからず、頭上ではてなマークを踊らせていた。

困惑する迅を見兼ねた御園が、笑った顔を崩さぬまま更衣室を指差して言った。


「そろそろ帰ろっか」


「え、もう帰るのか?」


「ウォータースライダーで二時間くらい並んだからね。あまり遊んだ感じしないのはわかるんだけど、もう夕方だよ?」


御園に言われて初めて、迅は空が橙に染まり始めているのに気づいた。あまりにも夢中になると、時間の感覚もなくなってしまうというのは、よくあることだが。

遅くなると、帰ってから姉の(かがみ)が騒ぎそう…なんて考えた迅は、御園の提案に首を縦に振った。


「そうだな。長く入ってても風邪引くし、帰るか」


意見を一致させ、二人は身体から水を滴らせながら、それぞれの更衣室へと向かった。



「……買い過ぎたかな」


モノレールの中、膝の上に置いた紙袋を覗き込み、河辺恭介(かわべきょうすけ)は衝動買いしてしまったことに後悔の念を漏らす。

実は河辺恭介、重度のアニメオタクなのである。「コミックやラノベ(げんさく)よりもアニメ!」がモットーで、彼はコミック・ラノベを一切持っていない。正真正銘のアニオタだ。

だが、コミックやラノベを買わなくても、アニメのグッズなどには目がなく、欲しいものがあれば即購入してしまう。


「"アニ倉"行くと必ずなんか買っちゃうんだよなぁ……」


紙袋と財布を交互に確認し、財布がすっからかんで紙袋がパンパンなのを改めて確認すると、恭介は再度ため息をつく。とあるまる子ちゃんのナレーション風に突っ込むなら、「だったら買わなければ良かっただろう」と、なりそうだ。

因みに"アニ倉"とは、"アニメ倉庫"というアニメグッズ専門店の正式名の略である。昔は秋葉原にしかなかった店なのだが、最近は東京の至る所にアニ倉は存在する。

恭介は最寄りのアニ倉に行った帰宅途中、というわけである。


「ホント…ダメだな、俺…」


恭介はストレスが溜まると、何かにそれを思い切りぶつけなければならなくなるという、精神的疾患がある。メンタルが弱い、とも言う。今回のストレス発散方法は、衝動買いだったのだ。


「…なんで勝てないかな……」


ブツブツと、一人で呟く恭介。

恭介は昨日、大口を叩いて迅に模擬戦を申し込み、無様に敗北を喫してしまっている。その敗北の原因がわからず、苛立ちを募らせた恭介はアニメグッズ爆買いへと走ったのだった。


「十分使いこなせてると思うんだよな……延長能力(オーバーアビリティ)も『キテン』も…」


環境管理課のメンバーたる者、常日頃持ち歩かねばならないリジェクター。恭介は自分のリジェクター『キテン』に触れながら、敗因を探る。が、敗因の"は"の字も知ることはできなかった。

恭介の所属する新宿支部の面々も、何故か恭介を避けたり、素っ気ない態度を取ったりするのだ。恭介はそれをいつも、実力者への嫉妬と解釈している。


「新宿のエースがオタクなんて…誰にも知られたくないな。自重しよ」


一人苦笑いを浮かべる恭介。

モノレールは何回か停車をし、次の停車駅が終着駅となった。

恭介の家からの最寄り駅は終着駅なので、恭介もそこで降りることになる。乗り換え等は必要ない。

すっかり夕暮れとなり、空は橙に染まり、陽は水平線の彼方へと沈みかけている。そんな景色を眺めていた恭介に、このモノレールに乗り合わせていた全ての乗客に突然、恐怖が襲いかかる。


「助けて!」


隣の車両から、女性の悲鳴が聴こえてくる。その悲鳴を聞き逃さなかった恭介は、買ったアニメグッズを座席に置き、『キテン』を手に取り、騒然とする車両へと走った。

するとそこには、三人の男が一人の女性を人質に取り、首元にナイフを突きつけていた。


「や…やめろ!!その人を解放しろ!」


恭介の張り上げた声に、男たちは応答しない。この暑い季節に目出し帽を深々と被り、サングラスとマスクをするという、典型的な不審者の格好をする彼らは、女性を解放する素振りを見せない。


「…仕方ない」


ケースから『キテン』を取り出し、恭介は起動を命じた。


「『キテン』起動」


【ユーザー音声認証。河辺(かわべ)恭介の音声データと一致、河辺恭介を確認しました。『キテン』起動完了】


起動音声と共に、格納されていた鋭利な刃が姿を現す。

戦闘体制に入った恭介を、人質の女性を取り押さえる男以外が警戒し睨みつける。


「はああぁぁぁぁあッッ!!」


『キテン』を振り上げ、恭介は男たちに斬りかかった。が、恭介の刃は、男がポケットから取り出したナイフによって、いとも簡単に受け止められてしまう。

刃と刃の擦れ合う音をあげる恭介と男。パワーで押し切ろうとする恭介に、もう一人の男が容赦無く蹴りを入れた。


「クハッ…!」


喘ぎ声と共に、恭介は座席シートに叩きつけられる。二人目の男によるナイフの追撃を『キテン』で受け止めながら、恭介はなんとか体制を整える。

今すぐにでも人質の女性を救出したい恭介だが、女性の首元にナイフがある以上、下手に動くことはできない。不利な状況ではあるが、二対一のこの状況のまま、増援を待つのが適策だ。

だが、現状維持は男たちにとっても好都合。このままモノレールが走り続ければ、じきに駅へ到着する。駅には当然、他の一般客が大勢いる。そうなれば、被害は拡大する一方だ。

恭介にできることは、なんとか車掌にモノレールを止めないよう頼むか、まだ駅に着かない今のうちに停車させるかのどちらかだ。後者を選ぶなら、今すぐにでも動かなければならない。


迷っている暇は……ない。


「…『キテン』-"オロチ"」


恭介の命令と共に、『キテン』の刃は漆黒の光を纏い、細かな黒い光の粒子を、放出し始める。


その様はまるで、呪われた妖刀。


「〈ラビット〉-二重(ダブル)


脚力増強シューズ〈ラビット〉で上げた脚力で、恭介は二人の男の間を抜け、女性を人質に取る男へと詰め寄る。二人の男とすれ違う際、恭介は瞬間的に『キテン』を振るっていたため、二人の腹部から鮮血が噴き出した。


「その人を…離せ‼」


反射的に女性を盾にする男。それに構わず刃を薙ぎ払おうとする恭介に、女性が恐怖に満ちた奇声をあげる。


周囲の人々も、先の出来事を想像し、目を閉じる。


が、皆が予想していた展開には、ならなかった。


恭介の刃は、女性の首すれすれで止まっていた。


否、女性の首を避けるように、刃が変形していた。

そしてその刃は、女性を人質にしていた男の顔に、深々と刺さっている。

恭介のリジェクター『キテン』に備えられた蛇行刀身機能"オロチ"。刃を蛇のように、自由自在に変形させることができる。変形するとは言っても、長さは変わらないため、近距離でしか使うことはできないが、「刀は一直線」という一般常識を覆すことで、相手の錯乱を狙うことも可能だ。相手が"オロチ"の事を知っていても、使用者の使い方次第で戦法はいくらでもある。


「終わりだ」


再度『キテン』を構え、男にとどめを刺し、女性を解放しようとする恭介。この

時、既に勝ちを確信していた。


だが、次の瞬間、


車内の空気が、波を起こした。


激しい轟音に耐えきれず、モノレールの窓ガラスが割れる。


激しい轟音に耐えきれず、たくさんの人が気を失う。


モノレールが緊急停止する。


徐々にスピードを落とすモノレールの中、恭介も地面に倒れ、耳を抑えていた。


モノレールが完全に停止する。


たくさんの人が失神し、立ち上がれずにいる中、恭介と戦っていた男三人は、悠々とその場に立っていた。





To be continued……

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