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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
AOA編
40/63

『心情の変化』

お化け屋敷がダメだと発覚してから約三十分後。迅と御園は、『ウィンドラッシュコースター』から少し離れた屋内アトラクションを訪れていた。

『アブソリュートエスケープ』という、厨二病的な名前のこのアトラクションは、絶叫系というよりはゲーム、自動的に進むカートに乗りながら、カートを襲ってくるエネミーを銃で撃つ、というものだ。エネミーにレーザー弾丸を当てる毎に、得点が加算されていく。

スタートしてしばらくは難易度ノーマルの設定で、難易度が変位する際、指定された得点を獲得できていないと、そこでアトラクションは終了となる。設定上は、エネミーにやられて帰らぬ人となってしまう。

つまりこのアトラクションは、得点を重ねれば重ねるほど、長く楽しめるアトラクションというわけだ。進めば進むほど、難易度は高くなるのだが。このアトラクションに設定されたストーリーは、迷い込んでしまった洞窟から、迫り来るエネミーを倒しながら脱出するというものなので、長くても洞窟の出口まで、楽しめるというわけだ。

そのアトラクションで今、篠宮御園は無双していた。

まだ始まったばかりの難易度ノーマルゾーンだが、際限なく現れるエネミーを今のところ全滅させ、とんでもない得点を重ねている。指定されたノルマなど、始まって二十秒しないうちにクリアーしていた。


「スゲー………」


ただただ感嘆する迅。カートは二人乗りで、迅にも銃は渡されているのだが、迅が発砲する必要は、全くと言っていいほどなかった。

レールは三列に並んでいて、三組同時にアトラクションはスタートする。迅や御園と同時に始めた他の客は、なかなかエネミーにレーザー弾丸を当てることができず、「下手くそ〜」なんて言い合いながら笑っている。

だが御園は無言。言ってしまえばガチでやっている。ここまで集中されては、迅も話しかけづらい。今まで出ていないという満点獲得者に、御園はなれるかもしれないのだ。いや、なるのだろうが、邪魔してはいけない、と、迅は思う。


「あ〜終わっちゃった〜」


難易度ノーマルのゾーンが終わった。三組中一組が、ノルマを達成できずにここでゲームオーバー。迅と御園は言うまでもなく、次のゾーンに突入だ。得点は満点。

ゾーン間移動のインターバル。御園はようやく集中を切って息を吐いた。


「さすがだな。俺の出番がなかった」


御園の射撃能力の高さに、迅はただただ恐れ入った。

御園は突然慌てた表情を浮かべて、


「あ!ごめんね‼私ばっかり楽しんでて……」


「気にすんなよ。それより、どうせなら最後まで満点取ってくれよな」


確かに御園だけが楽しんでいるように見えるが、御園の射撃を見ているのも、中々楽しいものだ。なにより、高校生にもなって、そんなことで怒ったりしない。


「わかった」


御園は可愛らしく笑顔を浮かべると、再び銃を構えた。次のゾーンへと入ったのだ。ここからは難易度が上がる。

BGMが変わると同時に、エネミーがカートに迫ってくる。一度に出現するエネミーの数も当然増え、それに伴って次に現れるエネミーとの時間差がほとんどなくなっている。事実上、撃ち損ねれば敵はどんどん増えていくということになる。

だが、御園にはそんなものは関係なかった。

撃ち損じなどとは無縁の彼女は、このエリアも満点で通過。続く最終エリアも、取りこぼしなく、見事満点で洞窟から脱出に成功した。


「『アブソリュートエスケープ』オープン以来初!!満点を獲得したお客様です!!」


出口で待ち構えていたのは、このアトラクションのスタッフ総員、といったところだろう。責任者らしきスタッフが代表して、御園に記念品を手渡しする。

その後、記念写真を撮られ、なんとアトラクションの出口に貼り付けられると聞き、迅は映らなきゃ良かったと、心底思ってしまった。なんせ満点を取ったのは、御園なのだから。



その後の迅と御園は、コーヒーカップやメリーゴーラウンドといった、定番中の定番アトラクションや、『ウィンドラッシュコースター』には劣るも、十分楽しめそうなジェットコースターなど、【エリアランド】にあるアトラクションの大半を踏破し、レストランで昼食を摂った。今は、【エリアシー】に向かっている最中だ。

【エリアシー】、沢山のプールがエリアを占める。水の都ならぬ、水の遊園地だ。

水着のレンタルも行っていて、あまり水着を持っていない人に優しいプールと言えよう。とは言っても、訪れる客のほとんどは、荷物になる水着を持参せず、レンタル水着を着用しているらしいのだが。

【エリアシー】への入場を済ませた二人は、まずレンタル水着のある場所へと向かう。

しっかりと分けられてはいるものの、男物と女物の水着は同じフロアに置かれていた。そこから繋がる更衣室は、流石に男女正反対の位置にあるが。


「じゃあ、それぞれで水着を選んで、プールでお披露目ってことでいいか?」


妥当な考えだ。御園はうんうんと頷いた。

迅に水着を選んで欲しいという気持ちはあったが、好きな人に選んでもらった水着を着る、というのは恥ずかしくて、御園にはまだハードルが高かった。

迅と御園は、男物エリアと女物エリアの境目で一度別れると、各々の気に入った水着を探しに足を進めた。



男子更衣室からプールへ繋がる扉をくぐり、迅はだだっ広いプールへと足を踏み入れた。


「うぉ〜〜こりゃ広いな」


咄嗟に出てきた感想は、とても素直なものだったと、自分でも思う。

エリアのほとんどがプールだとは聞いていたが、まさかここまで広いとは思っていなかった。水の総量はどのくらいなのだろう…そんな疑問が芽生えても、おかしくはないだろう。

「キャー!」という悲鳴に反応し、声のした方向を見ると、高さ三十メートルほどの高さから水面に伸びるウォータースライダーを水飛沫を上げながら滑り降りる二人組の女子の姿があった。ウォータースライダーのラストは、スキージャンプ台のようになっていて、二人の女子はコンマ数秒宙を舞い、再び激しい水飛沫を上げながらプールへと落ちていった。

【エリアシー】での人気アトラクションは、びしょ濡れ必須のスプラッシュ系のアトラクションがあるようだ。私服が濡れる心配がないからか、コースターが屋内では水の嵐、屋外へと出て迎えるラストは急勾配を駆け降りるらしい。

他にも、流れるプール、バンジージャンプなんかもできるらしい。

バンジージャンプと言っても、命綱はなく、高さ十メートルの高さからプールに飛び込むという度胸試しアトラクションなのだが。

備え付けられた園内マップを見ながら、【エリアシー】のだいたいを把握した迅は、辺りを見回しながら御園を待つ。


「遅いな……まだ迷ってるのか…着替えに手間取ってるのか?」


どちらにしても、フォローにはいけない。女性は準備に時間が掛かるもの。よく聞くフレーズ、今朝も言われた言葉を思い出しながら、迅は気長に待つことにした。


「種原君」


だが、それほど待たずして、迅は掛けられた声に顔の向きを変えた。振り返ると、そこには水着姿の御園が立っていた。


「…………」


振り返り、御園の姿を見た迅は何も言わないまま立ち尽くしている。御園の可憐な姿に、見惚れてしまっていたのだ。

黙り込まれてしまった御園は、顔を赤らめて目を逸らす。


「や、やっぱり変だよね……似合わないよね……」


「いや……似合うよ」


御園の言葉に、迅は即返事をしていた。


「すごく似合っててかわいいから…そ、その…見惚れてた」


言ってる迅も恥ずかしくなり、途中から御園から目を逸らしていた。それくらい、御園の姿は魅力的だったのだ。

御園が選んだのは、黒を基調としたバンドゥビキニ。肩紐のない、淵がレースで飾られたセパレート。そこそこ大きい御園の胸は、少しばかり盛られて更に大きくなっているように見える。


「…………ありがと…」


耳まで真っ赤にして、御園は前髪に顔を隠すように俯き、周りの騒ぎ声にかき消されそうなくらい小さな声で言った。客観的に見たら、迅と御園はバカップルにしか見えない。


「お、おう……」


あんなにも照れられると、褒めた迅もなんだか恥ずかしくなってくる。迅も俯くと、自分の身につける水着が目に映る。「あの時、紺にして良かったぁ」と、水着選びの時、赤の水着と紺の水着で悩み、紺を選んだ自分を、迅は細やかに讃える。もし赤を選んでいたら、大人っぽい水着を選んだ御園と一緒にいると、自分が子供っぽくて恥ずかしい気分になりそうだ。

迅は顔を上げ、コホンとわざと咳き込み、「気を取り直して」みたいな雰囲気を醸し出す。顔は赤いままだが。


「じゃあ、泳ごうか。御園」


迅は【エリアランド】に入った時みたく、御園の手を取ろうとした。だが、御園の手に触れる直前に、迅の手は動きを止めた。

恥ずかしい、と思ったのではない。今そう思うなら、【エリアランド】の時もそう思っているはず。


なら、一体…………


「あぁ……」


御園にも聞こえないくらい小さな声で、迅は納得した。

以前からにわかに感じていた、自分の御園に対する心情の変化。

今の気持ちがなんなのか、迅は理解した。

理解はしたが、まだ認められない、迅がまだ未熟ゆえに、認められない気持ち。


そうか…俺は………


ギュッ


迅の思考を止めたのは、御園の手を取ろうとしていた迅の手を取った御園だった。

両手で迅の手を握った御園は、迅の顔を覗き込んだ。迅の思考を止めることが、自分の損に直結しているとも知らずに。


「どうかした?」


御園に手を取られ、ハッとした迅は、僅かながら赤らんでいた頬を、顔を背けて隠そうとする。


「な、なんでもない」


「え?ホント?」


自分の気持ちを打ち明ける絶好のチャンスかもしれなかったが、迅はまだそれをせず、今思いついたような言い訳をする。


「さ、さっきもだったけど…普通に女の子の手を触っちゃってたから…御園、イヤかなって思って」


すると御園は、クスリと笑う。まるで、「嘘つくの下手だね」と言われているように、迅には感じられた。


「そんなことないよ。むしろ反対…嬉しかったよ」


「…ホントか?」


「うん」


御園にそう言ってもらえ、迅の気持ちは少し、楽になった。それと同時に、「いつか…ちゃんと話さないとな」という思いが芽生える。


だが今は、後回しにしよう。


まだ、迅は自分自身に納得できていない。


難しく考えすぎ、と言われるかもしれないが、迅はもう、大切な人は失いたくないのだ。


守り通して初めて、迅は自分自身を認められる。


気持ちを打ち明けるのは、それからだ。


だから今は………


「よしっ!!泳ごうぜ御園!!」


握られた手を御園の手から脱出させ、すぐに御園の手を取り、迅はプールへと駆け足で進む。先ほど手を繋いだ時よりも、強く、握り締めて。

御園は、自分の手を引く迅の背中を見つめながら、小さく、迅に聞こえないくらいの声で、囁いた。


「あなたのことが…好きです」





To be continued……

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