『心情の変化』
お化け屋敷がダメだと発覚してから約三十分後。迅と御園は、『ウィンドラッシュコースター』から少し離れた屋内アトラクションを訪れていた。
『アブソリュートエスケープ』という、厨二病的な名前のこのアトラクションは、絶叫系というよりはゲーム、自動的に進むカートに乗りながら、カートを襲ってくるエネミーを銃で撃つ、というものだ。エネミーにレーザー弾丸を当てる毎に、得点が加算されていく。
スタートしてしばらくは難易度ノーマルの設定で、難易度が変位する際、指定された得点を獲得できていないと、そこでアトラクションは終了となる。設定上は、エネミーにやられて帰らぬ人となってしまう。
つまりこのアトラクションは、得点を重ねれば重ねるほど、長く楽しめるアトラクションというわけだ。進めば進むほど、難易度は高くなるのだが。このアトラクションに設定されたストーリーは、迷い込んでしまった洞窟から、迫り来るエネミーを倒しながら脱出するというものなので、長くても洞窟の出口まで、楽しめるというわけだ。
そのアトラクションで今、篠宮御園は無双していた。
まだ始まったばかりの難易度ノーマルゾーンだが、際限なく現れるエネミーを今のところ全滅させ、とんでもない得点を重ねている。指定されたノルマなど、始まって二十秒しないうちにクリアーしていた。
「スゲー………」
ただただ感嘆する迅。カートは二人乗りで、迅にも銃は渡されているのだが、迅が発砲する必要は、全くと言っていいほどなかった。
レールは三列に並んでいて、三組同時にアトラクションはスタートする。迅や御園と同時に始めた他の客は、なかなかエネミーにレーザー弾丸を当てることができず、「下手くそ〜」なんて言い合いながら笑っている。
だが御園は無言。言ってしまえばガチでやっている。ここまで集中されては、迅も話しかけづらい。今まで出ていないという満点獲得者に、御園はなれるかもしれないのだ。いや、なるのだろうが、邪魔してはいけない、と、迅は思う。
「あ〜終わっちゃった〜」
難易度ノーマルのゾーンが終わった。三組中一組が、ノルマを達成できずにここでゲームオーバー。迅と御園は言うまでもなく、次のゾーンに突入だ。得点は満点。
ゾーン間移動のインターバル。御園はようやく集中を切って息を吐いた。
「さすがだな。俺の出番がなかった」
御園の射撃能力の高さに、迅はただただ恐れ入った。
御園は突然慌てた表情を浮かべて、
「あ!ごめんね‼私ばっかり楽しんでて……」
「気にすんなよ。それより、どうせなら最後まで満点取ってくれよな」
確かに御園だけが楽しんでいるように見えるが、御園の射撃を見ているのも、中々楽しいものだ。なにより、高校生にもなって、そんなことで怒ったりしない。
「わかった」
御園は可愛らしく笑顔を浮かべると、再び銃を構えた。次のゾーンへと入ったのだ。ここからは難易度が上がる。
BGMが変わると同時に、エネミーがカートに迫ってくる。一度に出現するエネミーの数も当然増え、それに伴って次に現れるエネミーとの時間差がほとんどなくなっている。事実上、撃ち損ねれば敵はどんどん増えていくということになる。
だが、御園にはそんなものは関係なかった。
撃ち損じなどとは無縁の彼女は、このエリアも満点で通過。続く最終エリアも、取りこぼしなく、見事満点で洞窟から脱出に成功した。
「『アブソリュートエスケープ』オープン以来初!!満点を獲得したお客様です!!」
出口で待ち構えていたのは、このアトラクションのスタッフ総員、といったところだろう。責任者らしきスタッフが代表して、御園に記念品を手渡しする。
その後、記念写真を撮られ、なんとアトラクションの出口に貼り付けられると聞き、迅は映らなきゃ良かったと、心底思ってしまった。なんせ満点を取ったのは、御園なのだから。
★
その後の迅と御園は、コーヒーカップやメリーゴーラウンドといった、定番中の定番アトラクションや、『ウィンドラッシュコースター』には劣るも、十分楽しめそうなジェットコースターなど、【エリアランド】にあるアトラクションの大半を踏破し、レストランで昼食を摂った。今は、【エリアシー】に向かっている最中だ。
【エリアシー】、沢山のプールがエリアを占める。水の都ならぬ、水の遊園地だ。
水着のレンタルも行っていて、あまり水着を持っていない人に優しいプールと言えよう。とは言っても、訪れる客のほとんどは、荷物になる水着を持参せず、レンタル水着を着用しているらしいのだが。
【エリアシー】への入場を済ませた二人は、まずレンタル水着のある場所へと向かう。
しっかりと分けられてはいるものの、男物と女物の水着は同じフロアに置かれていた。そこから繋がる更衣室は、流石に男女正反対の位置にあるが。
「じゃあ、それぞれで水着を選んで、プールでお披露目ってことでいいか?」
妥当な考えだ。御園はうんうんと頷いた。
迅に水着を選んで欲しいという気持ちはあったが、好きな人に選んでもらった水着を着る、というのは恥ずかしくて、御園にはまだハードルが高かった。
迅と御園は、男物エリアと女物エリアの境目で一度別れると、各々の気に入った水着を探しに足を進めた。
★
男子更衣室からプールへ繋がる扉をくぐり、迅はだだっ広いプールへと足を踏み入れた。
「うぉ〜〜こりゃ広いな」
咄嗟に出てきた感想は、とても素直なものだったと、自分でも思う。
エリアのほとんどがプールだとは聞いていたが、まさかここまで広いとは思っていなかった。水の総量はどのくらいなのだろう…そんな疑問が芽生えても、おかしくはないだろう。
「キャー!」という悲鳴に反応し、声のした方向を見ると、高さ三十メートルほどの高さから水面に伸びるウォータースライダーを水飛沫を上げながら滑り降りる二人組の女子の姿があった。ウォータースライダーのラストは、スキージャンプ台のようになっていて、二人の女子はコンマ数秒宙を舞い、再び激しい水飛沫を上げながらプールへと落ちていった。
【エリアシー】での人気アトラクションは、びしょ濡れ必須のスプラッシュ系のアトラクションがあるようだ。私服が濡れる心配がないからか、コースターが屋内では水の嵐、屋外へと出て迎えるラストは急勾配を駆け降りるらしい。
他にも、流れるプール、バンジージャンプなんかもできるらしい。
バンジージャンプと言っても、命綱はなく、高さ十メートルの高さからプールに飛び込むという度胸試しアトラクションなのだが。
備え付けられた園内マップを見ながら、【エリアシー】のだいたいを把握した迅は、辺りを見回しながら御園を待つ。
「遅いな……まだ迷ってるのか…着替えに手間取ってるのか?」
どちらにしても、フォローにはいけない。女性は準備に時間が掛かるもの。よく聞くフレーズ、今朝も言われた言葉を思い出しながら、迅は気長に待つことにした。
「種原君」
だが、それほど待たずして、迅は掛けられた声に顔の向きを変えた。振り返ると、そこには水着姿の御園が立っていた。
「…………」
振り返り、御園の姿を見た迅は何も言わないまま立ち尽くしている。御園の可憐な姿に、見惚れてしまっていたのだ。
黙り込まれてしまった御園は、顔を赤らめて目を逸らす。
「や、やっぱり変だよね……似合わないよね……」
「いや……似合うよ」
御園の言葉に、迅は即返事をしていた。
「すごく似合っててかわいいから…そ、その…見惚れてた」
言ってる迅も恥ずかしくなり、途中から御園から目を逸らしていた。それくらい、御園の姿は魅力的だったのだ。
御園が選んだのは、黒を基調としたバンドゥビキニ。肩紐のない、淵がレースで飾られたセパレート。そこそこ大きい御園の胸は、少しばかり盛られて更に大きくなっているように見える。
「…………ありがと…」
耳まで真っ赤にして、御園は前髪に顔を隠すように俯き、周りの騒ぎ声にかき消されそうなくらい小さな声で言った。客観的に見たら、迅と御園はバカップルにしか見えない。
「お、おう……」
あんなにも照れられると、褒めた迅もなんだか恥ずかしくなってくる。迅も俯くと、自分の身につける水着が目に映る。「あの時、紺にして良かったぁ」と、水着選びの時、赤の水着と紺の水着で悩み、紺を選んだ自分を、迅は細やかに讃える。もし赤を選んでいたら、大人っぽい水着を選んだ御園と一緒にいると、自分が子供っぽくて恥ずかしい気分になりそうだ。
迅は顔を上げ、コホンとわざと咳き込み、「気を取り直して」みたいな雰囲気を醸し出す。顔は赤いままだが。
「じゃあ、泳ごうか。御園」
迅は【エリアランド】に入った時みたく、御園の手を取ろうとした。だが、御園の手に触れる直前に、迅の手は動きを止めた。
恥ずかしい、と思ったのではない。今そう思うなら、【エリアランド】の時もそう思っているはず。
なら、一体…………
「あぁ……」
御園にも聞こえないくらい小さな声で、迅は納得した。
以前からにわかに感じていた、自分の御園に対する心情の変化。
今の気持ちがなんなのか、迅は理解した。
理解はしたが、まだ認められない、迅がまだ未熟ゆえに、認められない気持ち。
そうか…俺は………
ギュッ
迅の思考を止めたのは、御園の手を取ろうとしていた迅の手を取った御園だった。
両手で迅の手を握った御園は、迅の顔を覗き込んだ。迅の思考を止めることが、自分の損に直結しているとも知らずに。
「どうかした?」
御園に手を取られ、ハッとした迅は、僅かながら赤らんでいた頬を、顔を背けて隠そうとする。
「な、なんでもない」
「え?ホント?」
自分の気持ちを打ち明ける絶好のチャンスかもしれなかったが、迅はまだそれをせず、今思いついたような言い訳をする。
「さ、さっきもだったけど…普通に女の子の手を触っちゃってたから…御園、イヤかなって思って」
すると御園は、クスリと笑う。まるで、「嘘つくの下手だね」と言われているように、迅には感じられた。
「そんなことないよ。むしろ反対…嬉しかったよ」
「…ホントか?」
「うん」
御園にそう言ってもらえ、迅の気持ちは少し、楽になった。それと同時に、「いつか…ちゃんと話さないとな」という思いが芽生える。
だが今は、後回しにしよう。
まだ、迅は自分自身に納得できていない。
難しく考えすぎ、と言われるかもしれないが、迅はもう、大切な人は失いたくないのだ。
守り通して初めて、迅は自分自身を認められる。
気持ちを打ち明けるのは、それからだ。
だから今は………
「よしっ!!泳ごうぜ御園!!」
握られた手を御園の手から脱出させ、すぐに御園の手を取り、迅はプールへと駆け足で進む。先ほど手を繋いだ時よりも、強く、握り締めて。
御園は、自分の手を引く迅の背中を見つめながら、小さく、迅に聞こえないくらいの声で、囁いた。
「あなたのことが…好きです」
To be continued……