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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
AOA編
38/63

『女の子はね』

翌日。

波乱の幕開けのなった夏休みも二日目、今度こそ、迅と御園がお出かけする日だ。

御園はこの日が楽しみで昨夜はろくに眠れていない。だが、寝不足にはなっていない。眠気よりも欲求が(まさ)っているのだ。


「ふんふ〜んふっふふ〜ん♪」


洗面所の鏡の前で、御園はリズミカルに弾みながら身支度を整える。


「お、御園。なんか気合入ってるな。あんま気負わなくていいんだぞ?」


洗面所の前を通りかかった迅が、立ち止まって御園を見つめる。

迅の服装は、白のポロシャツにベージュのロングジーンズという、シンプルなものだ。


「こ〜ら、そこの青年。女心がわかってないぞ?」


どこからか、姉の鏡の声が聴こえてくる。


「女の子はね、初デー……」


「鏡さんッ!!!!」


顔真っ赤っかの御園が、声を張り上げて鏡を黙らせた。息を荒げながら、御園はしばらく呆然としていると、我に帰ったのか、


「ご、ごめん!!大声だしちゃって……」


驚いた様子で御園を見ていた迅に、彼女は何度も頭を下げて謝罪した。だがそれにしても、頭下げすぎである。


「わかったわかったから!頭下げるのやめろって!」


この時、迅はデジャヴを経験した。以前にも、同じように頭を下げる誰かに、それをやめさせたことがあるような………恭介だ。

思ったことをすぐに口にしてはいけないことくらい、迅もわかっていた。でも、この時の迅は、完全に無意識だった。


「御園って…恭介に似てたりしてな」


ピタリ………

御園の動きが、瞬時に止んだ。前髪に隠れ、目の様子は伺えない。

だが迅は気づいた。気づいてしまった。

女の子は頭を下げて謝る時、両手を前に組んでいるもの。御園の組まれていたはずの両手がいつの間にか(ほど)かれ、あらん限りの力で握り締められていることに。

迅がそれに気づいてすぐに、御園の身体はプルプルと震え出した。


ヤバい………


不意に投下してしまった大型爆弾が、今すぐにでも爆発しそうだ。


「じょ……」


否、爆発した。


「冗談でも、もうそんなこと言わないでよね!!?」


爆風が及んだのか、鏡は部屋に逃げ込んだ。


「絶対に!絶対に!似てないんだからね!!」


この後、迅は深々と謝罪した。



迅と御園の休日は、最悪のスタートを切ってしまった。やはり、嫌いな人間と似てると言われると、心底嫌なのだろう。でなければ、あんなに怒ったりしない。

迅は何度も謝り、御園も許してくれたのだが、なんとなく話しかけづらい。「まだ怒ってたらどうしよう」という不安が、迅の口に封をして開けさせてくれないのだ。

遊園地へ向かうモノレールの中、迅は悩んでいた。


「あの……種原君…?」


迅の隣に腰掛ける御園が、迅の肩を人差し指でトントンと、優しく叩く。

迅は恐る恐る、御園に視線を向ける。


「あのね…もう怒ってないから…大丈夫だよ?怒らせちゃった相手には話しかけづらいのは、わかるんだけど…」


御園は、ションボリとしてしまった。このままではいけない。御園は全くもって悪くないのに、御園まで罪悪感を感じてしまっている。


「このままだと気まずいままだし、遊園地もつまんなくなっちゃうから……ね?」


御園は首をカタッと傾けて、ニッコリと微笑んでみせる。

正直、最後の「ね?」は何が「ね?」なのかわからなかったが、今は御園の笑顔に救われた。

女の子に救われるとは、男として情けない。


「そうだな…悪い、御園」


頭を掻いて苦笑いを浮かべ、迅は御園と目を合わせる。


「「あっ……」」


すぐに、二人とも目を背ける。第三者から見たら、バカップル全開である。


「う…うん……楽しもうね!」


恥じらいを隠しながら、御園は再び笑った。その笑顔はまるで、女神のよう。


「お、おお!思い切り楽しもう!!」


二人の乗るモノレールが、遊園地の最寄り駅への停車をお知らせしたのは、それから数分後のことだった。



「あぁ〜遊園地行きたいです…」


公安局環境管理課一係。レベル5のエリートが揃うこの課のエリアを、少女の願いが駆け抜けた。


「お前はただ種原君と篠宮さんを尾行したいだけだろう」


「……そうですけどぉ……」


「そうなのかよ」


やる気ナッシングの妹・輝夜(かぐや)にツッコミを入れる兄・蒼夜(そうや)と、ツッコミに対する輝夜に更につっこむ海斗。

時刻は午前九時を指したばかり。もうすぐ朝礼が始まろうとしている。

いつもは学校で朝礼に出席しない輝夜、海斗、朝陽も、夏休みの今は早朝出勤だ。

先ほどの三人の会話に入らなかった茜屋朝陽(あかねやあさひ)も、気怠そうにデスクに突っ伏している。


『ふっふっふ………』


全員のデスクに備わったパソコンのスピーカーから、中学生くらいの少女の高らかな笑い声が聴こえてくる。


『輝夜先輩♪この私、三枝茂袮(さえぐさもね)が、先輩の願いを叶えて差し上げます』


いつもの伸ばし口調ではなく、キリッとした口調の茂袮を、椎名が窘める。


「監視カメラのハッキングは許さんぞ」


それを聴いた茂袮は、また高らかに笑い始めた。


『ふふふ……まだまだですね〜椎名さん……監視カメラのハッキングなんかしませんよぉ〜犯罪ですからねぇ〜』


「……じゃあ…どうするのよ」


口を開いたのは朝陽。体制は相変わらず、机に突っ伏したままだが。


『朝陽先輩を遊園地に行かせればいいのですよぉ〜』


次の瞬間には、朝陽は立ち上がっていた。


「はぁ!!?何言って……私、巡回あるんだけど!?」


ただならぬ動揺の仕方をおもしろがりながら、茂袮は朝陽を言い負かす。


『だって〜朝陽先輩の今日の巡回区域には、遊園地もあるんですも〜ん』


引きこもりの茂袮が、どんな顔して言っているのかはわからないが、絶対に勝ち誇った顔をしているのは間違いない。


「そうだな…遊園地は人も集まるし、異常患者(グローバー)が出てもおかしくない。茜屋、行くべきだ」


「椎名さんまで…!!」


椎名にまでそう言われ、朝陽は裏切られた気分になる。そんな朝陽に追撃をかけるのは、蒼夜。


「でももし、茜屋さんが遊園地に行って、二人が仲良くしてるところを目撃したら、茜屋さん、多分篠宮さんに嫉妬しちゃうね」


「なんでですか!?なんで私が嫉妬しなきゃいけないんですか!?」


「だって…朝陽……」


トドメを刺したのは、輝夜。その顔は、笑いをこらえようとしているが、まったくこらえることができていない。


「先月、迅さんに褒められた時…うっとりしてましたもん」


「うあああああぁぁぁッッ!!!」


朝陽が、沸騰した。沸騰どころの話ではない。噴火した。怒りではなく、恥ずかしさのせいで。

輝夜が言っているのはおそらく、先月の迅vs朝陽の模擬戦のことだろう。結果は迅の勝利だったが、迅は御園の作戦を、後で褒めていた。


「う、ううっとりなんかしてないわよ輝夜!!ほ、褒められて嬉しくない人なんかいないじゃない!!」


「おやおや?朝陽はもう、いつの話なのか察しがついてるみたいですね?やっぱり、印象的だったとか?」


「輝夜ぁぁぁぁぁッッ!!!」


朝陽の恥辱に満ちた奇声が、部屋中に響き渡る。

この猪狩(いかり)輝夜、狙われたら勝てる気がしない。密かにそう思う男性陣。女性である朝陽でもああなのに、勝てるわけがない。


「助けて…海斗先輩」


まだ何も言っていない海斗に、朝陽は救いの手を求めた。


「裏切られた女性ほど、屈辱的な顔をするものだ」という、海斗の心に潜む闇が、海斗に朝陽を裏切らせる。


「いっておいでよ。遊園地」


悪意に満ちた笑みを浮かべる海斗。


とことんいじられまくった朝陽、とうとう「被イジリ容量(キャパシティ)」が限界を迎えたのか、彼女は泣き出してしまった。


「そんな…海斗先輩まで……」


一同の視線が、海斗に集中する。


「あ、泣かせた」


と、蒼夜が。


「ペナルティを課そうか」


と、椎名が。


『女の敵ですね』


と、茂袮がスピーカーの向こうから。


「あ〜あ、海斗さん……」


と、輝夜がため息を。


「え、なに?俺だけのせいなの?それは違くない?ねぇ皆さん、ねぇ?」


シーン……

海斗に聴こえたのは、朝陽が鼻を啜る音のみ。海斗の命乞いは、儚く終わった。





To be continued……

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