『レベルと昇格戦』
VR運転室。
アバターを使った、仮想現実世界を舞台にした模擬戦を行う為の機器が置かれたこの部屋に、迅と御園は二人きりで入っていた。
迅はベッドに横たわり、頭に装着するヘルメット型の機器を持ったまま、御園に訊ねた。
「なぁ…"レベル"って、なに?」
成り行きと勢いでこうなったものの、ここに至るまでの御園と恭介の会話には、迅にとって意味不明なワードがいくつか登場していた。
まずはそのひとつである、"レベル"について、迅は訊ねたのだった。
「んーと…少し長くなるけど、いい?」
御園が考慮しているのは、これから恭介とやる模擬戦(という名の喧嘩)だろう。
「喧嘩をふっかけてきたのは向こうだ。少しくらい待たせても良いだろ」
「そ、そう。なら」
御園はコホンと気を取り直して、人差し指を立てた。
「"レベル"っていうのは、各リジェクター適性値を度数ごとに分けて、ランク付けしたものなんだ」
迅が、ふむふむと頷く。
「最低レベルは1、最高で5。最初はみんな、初めての適性値測定で出た適性値をもとに、レベルが判別されるの」
説明はまだ続く。
「でもね、適性値測定は、公安局に入って直後の測定をやった後は絶対にやらないの」
ここで初めて、迅に疑問が芽生えた。
それもそうだ。御園の言う事を要約すると、公安局入り直後の測定で出た適性値をもとにレベル判別されて、その後は絶対にやらない。つまり、最高のレベル5以下の者には、上のレベルに上がるチャンスがないということだ。そもそもの目的が街の防衛とはいえ、目指すなら上を目指したいのが人情だろう。
「それで、上のレベルに上がりたい人の為にあるのが、昇格戦」
「昇格戦……」
「そう。昇格戦」
また新しいワードが出てきたが、迅は御園の次の言葉を待った。
「正式名称も覚えやすくて、適性レベル昇格トーナメント。各リジェクターのレベル5以外の人が参加して、トーナメントで優勝したら、レベル5の人に挑戦する権利が与えられるんだよ」
「それで勝てば、レベル5昇格ってわけか」
「そういうこと」
競わせて個人のモチベーションと戦闘力を上げていくシステム、というわけで、中々うまいやり方をするな、と、迅は思う。
「それで、各レベルで人数が決まっててね、レベル1は何人でもいいんだけど、レベル2はトーナメント一回戦を突破した人。レベル3はトーナメントでベスト8に入った人。レベル4はベスト4入りした人だけなんだ」
「レベル5は?」
「各リジェクターに一人だよ」
「一人!?」
「そんなに驚くほどじゃないよ。種原君だってレベル5だし」
室内に、沈黙が走った。少し経ってから、迅が小さく声を上げる。
「え…?俺、レベル5なの?」
困惑気味の迅の問いに、御園はコクリと頷いて軽く答える。
「そうだよ。環境管理課一係に配属されるのは、レベル5の人間だけって決まってるんだもん」
なんじゃそりゃあ。
迅の思考がゴチャゴチャに回転して、わけがわからなくなる。
レベル5だけが一係に配属されるということは………
「御園も……レベル5?」
「うん」
「朝陽も?」
「うん」
「輝夜も?」
「うん」
「潟上も?」
「うん。みんなレベル5」
なるほど。つまり環境管理課一係のメンバーは、皆エリートというわけだ。
「御園は、そのレベル5昇格戦で挑戦されたこと、あるのか?」
「あるよ。勝ったけど」
だろうな、と、迅は苦笑い。負けていたら、今、一係にはいないだろう。
他のメンバーも、レベル5の座を守ってきたのだろう。
「輝夜ちゃんは延長能力がアレだから、特別枠で一係に配属されてるんだけどね。その代わり、定期的な適性値測定をやってるんだ。〈シャムロック〉の適性値はダントツトップなんだよ?」
例外もあるよ!みたいな感じで話す御園を見ながら、それはそうだろ、と納得する。
輝夜の能力は絶対服従だ。彼女の声を聴いてしまえば、もう昇格戦どころの話ではない。規格外な存在だろう。
昇格戦参加ができないとはいえ、適性値がダントツトップというのは見事なものだ。
「じゃあ、茂袮は?」
迅はふと浮かんだ、引きこもり少女の名前を出した。
三枝茂袮は、リジェクターを持っていない(多分)。なのになぜ、一係にいるのだろうか。顔は見たことないけど。
「茂袮ちゃんはね、公安局一のプログラマーだから。椎名さんが『お前使える!』って一係に勧誘したんだよ。電脳女王なんて呼ばれたりしてる」
「引きこもり女王様か……ハハ」
「種原君…そんなこと言っちゃダメ」
御園も苦笑する。だが、茂袮にはぴったりの別称だと、二人は思ってしまったのも、また事実。
「レベルについてはこんなところかな。理解した?」
「ああ。あ、もう一ついいか?」
「なに?」
「お前と恭介って、なんで仲悪いんだ?」
訊いた途端、御園の表情が激変し、先ほど恭介を罵倒しまくっていた時の顔になった。
迅はそんな御園に少しばかり怖気づくも、御園から視線は逸らさない。
「仲悪いんじゃなくて、私が一方的に嫌ってるの」
先ほどの御園と恭介のやり取りを見るに、確かに恭介が御園のことを嫌っているようには思えない。迅のことは散々言っていたが、御園のことはなに一つ言っていなかった。
「ちなみに、なんで?答えた…」
答えたくないなら答えなくてもいい、と言いかけたところで、御園が迅の台詞を割って答える。
「性格が嫌いなんだ。自分が勝てないのを能力のせいにして、自分自身の能力を磨こうとしない。それで負けたら、誰かに八つ当たり」
「うわぁ……」
恭介は、典型的な嫌われる性格をしているようだ。こういうヤツは大体、強くなったらなったで嫌味ったらしく自慢してくるのだ。要は、救いようのない性格の持ち主だということだ。
「いや待て。性格も腐ってるとは思うけど…能力?」
恭介は、延長能力を持っているということなのだろうか。
「恭介も延長能力を持ってるの。その能力に頼りきりのせいで勝てないのに、それを能力のせいしてる。別の人が使えたら、恭介なんか瞬殺されるよ」
今の御園の言葉から、分かったことが二つ。
一つ、恭介はなんらかの便利な延長能力をもっている。
二つ、御園は嫌いなヤツを、呼び捨てにする。それも、本人のいないところで。
「ついでにもう一個。恭介のリジェクターは?」
「刀型リジェクター〈キテン〉」
刀。恭介は、迅と同系統の武器を使うようだ。なら尚更、負けるわけにはいかない。
「ん…あれ?〈キテン〉って…見たことないな……」
そんなリジェクター、初耳だ。
環境管理課一係のメンバーで、使っている人は見たことがない。
茂袮のように、〈キテン〉のレベル5の人は稀にしか姿を見せないのだろうか。いや、茂袮のような内側の役割の人ならともかく、外に出て戦う人間が、そんな気まぐれでは使いものにならない。
では、誰なのだろうか。
迅の脳内での疑問を察したかのように、御園はゆっくりと口を開いた。
「〈キテン〉のレベル5は…椎名さんだよ」
To be continued……