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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
AOA編
31/63

『夏休み』

「ふあぁ〜………」


起床して開口一番の大あくびで、朝から日差しが厳しい今日がスタートした。

昨夜、少し夜更かししたせいか、若干寝不足の迅はベッドから起きるのが酷そうに寝返りをうつ。

ふと見た時計は、午前八時を示している。いつもなら、「遅刻遅刻!」と、焦って飛び起きても良い時間帯だが、そんなことはしない。


なぜなら…………


「今日から夏休みだし…今日非番だし………寝てよ」


そうだ。夏休みなのだ。全学生の思い出の制作期間。サマーバケーションが始まったのだ。

海に行ったり、山に行ったり、夢いっぱいの夏休みだが、ここ四年の夏休みはそうはいかない。

海は原則遊泳禁止だし、山なんて東京にはない。かと言ってカブトムシやクワガタがいそうな木々があるわけでもなく、小さな池や沼があって、釣りができるわけでもない。できるのは、河川敷で野球やらサッカーやら、身体を動かすことくらいだろう。

言ってしまえば、東京の夏はつまらない。だから迅は、外へ出ずにインドアライフを送ることを選択したのだ。

迅は枕元にある、エアコンのリモコンを手に取ると、ほとんど見もしないで冷房のボタンを押し、エアコンを起動させる。

そしてリモコンを枕元に戻し、二度寝の体制に入る。

ああ、なんて心地良いのだろう。吹き出される冷たい風は、タオルケットすらかけないでベッドに執着する迅を再び夢の世界へといざなう。

だが、夢と現実の境界で、迅は現実に引き戻された。


「いつまで寝てるの種原君。早く起きて」


「ん……姉ちゃんか……?」


(かがみ)さんじゃなくて御園です。ほら、朝ごはん下げちゃうよ?」


迅が抱きしめていたタオルケットという名の睡眠領域が、御園によって破壊された。

御園は迅から引っぺがしたタオルケットを握りながら、尚も起きようとしない迅を見てため息をつく。


「種原君て…朝に弱すぎじゃない?」


「…そんな事はない…いつもは目覚まし時計が起こしてくれるから……」


「ああ…そうなの……」


確かに、目覚まし時計で起きられるなら、そこまで朝に弱いわけではないのかもしれない。本当に弱い人は、目覚まし時計を無意識に止めてまで寝ている。

だが、それが起きなくても良い理由になるはずもない。御園にとって、今日は一日千秋の思いで待っていた、アレの日なのだから。無論、夏休み開始の日ではない。

でも、御園によってはとても大事な日。楽しみ過ぎて昨夜なかなか寝られなかったくらい。

でもこうして早く起きられたのは、それも楽しみで仕方がなかったから。


「起きてよ種原君!約束、忘れたとは言わせないよ!」


約束。このワードにピンときたのか、迅はむくりと起き上がると、まだ寝ぼけ気味の表情で呟く。


「渋谷に買い物……御園と…」


御園は顔を赤くして、迅から目を背けた。わざわざ約束の内容を口に出さなくても良かったが、覚えていてくれたのは、素直に嬉しい。


「ほら、早く顔洗ってご飯食べて。買い物の時間なくなっちゃうよ?」


「……おお」


迅はゆらゆらと洗面所へと向かう。

冷たい水道水で顔を洗い、眠い目を完璧に覚醒させると、タオルで顔を拭く。

これはいつもやっていることだ。日課、慣習である。ずっと前から変わらない。

だが、約一ヶ月前に変わったことがある。御園が迅の家に住む事になったのだ。

理由は明解、一瀬信樹(いちのせのぶき)らが御園を狙っているため、御園を守りやすくするためである。

理由があるとはいえ、女子が男子の家に住むのにはやはり抵抗があり、御園も最初は緊張しまくりで会話も不自然な感じになってしまっていた。迅にも、緊張がなかったと言えば嘘になる。

でも一ヶ月が経ち、この生活にもある程度慣れてきた御園は、引っ越す前のように普通に話す事ができている。先ほどのように迅の事を起こすのも、いつの間にか御園の役目になっていた。と言っても、迅が起こしてもらったのは今日が初めてなのだが。

迅は顔を洗い終えて居間へと入ると、姉の鏡が食器を洗っている最中だった。食卓には、迅の分の朝食のみが置かれている。鏡と御園はもう食べ終えているようだ。


「おはよう」


「おはよう。早く食べちゃってよ」


いつも通りに挨拶を交わし、迅は朝食を食べ始める。冷めてしまっているが、早く起きなかった自分が悪いので、迅は文句を言わずに食べ続ける。


「今日は私、検査よね」


皿を洗い終え、後は迅の使っている皿のみとなった鏡が、迅に問いかける。


「ああ。御園が受けた方が良いって言ってたからな」


「御園ちゃんの能力…便利ね」


鏡は羨望の意を込めて笑む。

迅の姉・種原鏡(たねはらかがみ)は、新型細胞異常発達ウイルス【GW-01】を体内に取り込んでも自我を消失しない、稀にいる〔フェーズ5〕だ。

体内にウイルスを宿している故、いつ自我を消失してもおかしくないよう、〔フェーズ5〕の者にはリスト登録と定期検査が義務付けられている。

定期検査の日でなくとも、自主的に検査を受けることも可能で、頻繁に検査を受ける〔フェーズ5〕も少なくない。鏡もその一人である。


「そこまで便利じゃないですよ。私の延長能力(オーバーアビリティ)は」


胸元に青いリボンが付いた白いワンピースを身にまとった御園が、苦笑いに似た笑みを浮かべている。


「私の能力は…見たくなかったものまで見えてしまうので……」


御園の延長能力(オーバーアビリティ)万里双眼(マイルズスコープ)】は強化視力、常人より遥かに優れた視力を持つ力である。


その能力の真髄は、常人には視認できないものまで視認できる、ということだ。


遥か遠くのものを視認するだけでなく、暗いところでも問題なく行動できる暗視、さらには物を隔てた向こう側にある物まで見える透視まで可能なのだ。透視の場合、近い距離にある物しか見ることができないが。

異常患者(グローバー)の体内侵食率も、簡単に診ることができる。


その万能に近い眼は、時に使用者を苦しめる。


「お化け屋敷とか肝試しとか…暗いところでやる事も、私には全部見えますし…隠されている物が、見なきゃ良かったと思う物でも、見えてしまいますし……」


万能な能力は、万能ゆえに万能ではない。


矛盾している、この言葉がふと浮かんだ迅だったが、その矛盾を矛盾とは捉えなかった。


その思考が、迅をひとつの結論へと導く。


万能な能力など、存在しない。


能力に限らず、『万能』など存在しない、という結論に。


優れた能力には、必ず何かに劣る点がある。


迅の持つ【超速演算(アクセルブレイン)】にも、きっと……


残っていた朝食を平らげ、迅は食器をシンクの中に入れ、皿を水に漬ける。


迅は思った。


延長能力(オーバーアビリティ)など、本当は必要ない力なのだ、と………



全員、身支度を終えて家を出発し、鏡の検査のために公安局本部へとやってきた三人。

救護医療課の受付嬢を任されていたのは、ついひと月ほど前に救護医療課入りした、新米の白雪絵怜奈(しらゆきえれな)だ。

ひと月前の事件で、〔フェーズ5〕だということがわかった絵怜奈は公安局に寝泊まりし、放課後はこうして働いているのだ。夏休み中も、やることは変わらないらしい。

本人はすごく楽しそうなのだが、絵怜奈は直接公安局に管理されているのだと思うと、彼女を不憫に思ってしまったりする。


「種原鏡さん。待合室2へお入り下さい」


鏡は迅と御園に小さく手を振ると、待合室へと向かった。

絵怜奈はそれを見届け、すぐに仕事へと戻った。

迅と御園が、彼女の仕事ぶりに少し見とれていると、


「何かしら、ジロジロ見ないでくれる?気持ち悪い」


咎められてしまった。最後の「気持ち悪い」は、明らかに迅に向けられたものだ。迅は胸の前で手を振って、見てない見てないと訴える。

とは言っても、今の絵怜奈の格好は薄い桃色のナース服。しっかりと帽子を被り、さらには白のニーはいソックスと来た。見惚れてしまっても、仕方のない格好をしている。

見た目だけなら金髪超絶美人ナースで、かなりの人気が出そうだが、内面は違う。正確に言えば変えられてしまったのだが。

絵怜奈は輝夜(かぐや)の持つ、絶対服従の延長能力(オーバーアビリティ)絶対王冠(アブソリュートクラウン)】によって、輝夜に対して忠誠心を抱いている。興味があるのは輝夜のみ。他のことは知ったこっちゃない状態なのだ。


「お仕事、頑張ってるみたいだね。白雪さん」


迅に向けられた冷たい視線を逸らすため、御園が苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「まあ、寝食させてもらってるし、これくらいしないと」


相変わらず冷たい反応。なんとかならないのか、と、心底思いながら、迅は絵怜奈を残念そうに見つめる。

これ以上、絵怜奈の仕事の邪魔をするのもいけないので、迅と御園はお(いとま)する事にした。

だが、備えつけられた大きな液晶パネルに映る、警視庁の緊急会見に二人は目を奪われ、足を止める。

おそらく警視総監であろう男が、最近起きた事件を三件、提示する。

一件目は二週間前、とある高級ホテルで発生した事件。

犯人である男は、自らの声だけで物を破壊し、ホテル内で暴れ回ったのだ。駆けつけた刑事たちに、その場で男は殺害された。

二件目は一週間前、東京国際空港で、三件目はとある一般企業の本社で発生し、いずれも声だけで物を破壊する力を、犯人は持っていたという。

明らかに延長能力(オーバーアビリティ)である、と、迅はすぐにわかったが、一般の人々には、延長能力(オーバーアビリティ)は都市伝説程度にしか浸透していない。

警視庁はこれらの事件を持ち出して、何を語ろうとしているのだろうか。

迅や御園が、そんな疑問を抱く中、警視総監は唐突に、端的に、この会見の本題へと入った。


延長能力(オーバーアビリティ)は…存在します』


一斉に数多のフラッシュがたかれ、点滅したように見える警視総監。


そんな記者会見を、迅と御園は、ただただ呆然と見つめていた。





To be continued……

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