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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
配属編
3/63

『まだまだ足りない』


「なんだ……これ」


落ちている剣を拾い上げ、ボソリと洩らす迅。

殺傷性ゼロの刃のない剣は、いかにもハイテク技術を用いられたような近代的な見た目をしている。

見る角度を変えながら眺めていると、迅は見覚えのあるロゴを発見した。


「このロゴって確か……公安?」


見たことのあるそのロゴマークは、現在この都市・東京を異常患者(グローバー)から守る部隊が設けられている機関、公安局のものだ。

異常患者(グローバー)との戦闘を専門に行う部隊・環境管理課のロゴマークこそが、刃のない剣の柄に描かれていた。

環境管理課は、対異常患者(グローバー)用に開発された最先端武装"リジェクター"を用いて異常患者(グローバー)を鎮圧もしくは抹消する部隊だ。

隔離都市であるこの東京の中には、いくつかの公安局支部があり、各支部に環境管理課は存在している。だが、公安局本部に設けられた環境管理課のメンバーは、選りすぐりのエリートが集まっているという。

そのような戦闘のプロが扱う武器がこんなところに落ちてるのは、明らかに不自然だ。


「なんでこんなもんがこんなところに……」


迅は呻りながら首を傾げる。

改めて剣に目を向け、至る所を確認する。

そして、柄の底の部分に、電源スイッチのようなものがあるのに気付き、迅は試しにスイッチを押してみる。


「…あれ?」


スイッチを押してみたものの、なんの反応もないため、迅はもう一度押してみる。だが、結果は同じだった。どうやら故障しているらしい。


「どうしたもんか……今すぐ公安まで届けに行くか…」


そう考えた迅だったが、路地を出てすぐに待ち構えている人集りを見て、それを断念せざるを得なかった。目的地である公安局本部は、その人集りの向こう側にあるのだ。

人混みが苦手な迅は、刃のない剣を竹刀が入ったバッグに入れ、ため息を吐いて路地を出た。



すっかり陽も暮れ、満月を薄い雲が霞がけている夜、迅は自宅マンションの玄関扉を開け、我が家へ帰宅した。





「おかえり、迅。今日は遅かったのね」


台所からヒョコッと顔を出したのは、迅の姉である(かがみ)だ。

迅よりふたつ歳上で、インテリメガネ美女として、中学・高校と男子にモテていたと、迅はクラスで聞いたことがある。

中学で生徒会長を務めたことで学校間で話題となり、当時の迅のクラスメイトの耳にまで届いたようだ。


「ああ。選挙演説で人が多くてよ。遠回りしてたらいつもの電車間に合わなくて……」


「迅は人混み苦手だものね。それで、今日の剣術部の練習はどうだったの?」


どうやらカレーを作っているらしい鏡は、鍋を混ぜ回しながら迅に訊ねる。


「相葉先輩と田所、あと藤田と一戦ずつやって全勝。強すぎるって妬まれたよ」


苦笑いで、肩にかけた鞄を下ろす。その時迅の顔からは、苦笑いは消えていた。


「……まだまだ足りない。大切なモノを…姉ちゃんを守り抜くには、まだまだ力が足りない」


鞄を床に落とし、迅は拳を握りしめる。


「私のためにそこまで頑張らなくて良いのよ迅。あなたは充分強いじゃない。この前の都大会だって優勝したんでしょ?」


「…俺は優勝したいわけじゃない。姉ちゃんを守るために、剣道部をやめて剣術部に入ったんだ。剣道より実践的な剣術を習うために。結果なんて、その副産物に過ぎないんだ」


迅が荷物を自室に置いて居間に戻ってくると、食卓には既にカレーライス二人前とサラダが準備されていた。

迅と鏡はお互い向き合うように席につき、二人同時に「いただきます」を言って、スプーンを握った。


「お父さんとお母さんの事…迅は気にしなくて良いのよ。お父さんとお母さんが死んだのは、私のせいなんだから……」


そう言う鏡の首元から、激しく付けられた生々しい傷痕が顔を覗かせている。

その傷痕を見た迅は、あの日の凄惨で残酷な悲劇を思い出す。

四年前、《大感染(パンデミック)》の際、謎の細胞異常発達ウイルス【GW-01】によって、日本は瞬く間に蹂躙された。

野生の動物、飼育された動物、そして人間。あらゆる生物が化物と化し、健常な人間たちを襲ったのだ。

当時、埼玉県に住んでいた迅と鏡とその両親も、異常患者(グローバー)となってしまった人間や動物たちに襲われた。

たまたま家族で動物園に遊びにきていたのが、運の尽きだったのかもしれない。手のつけようのない動物たちから、当時小学校六年生だった迅は逃げまとうことしかできなかった。

逃げる迅たちに襲いかかったのは、二頭の虎だった。

息遣いが荒く、更に鋭くなった牙と爪を光で輝かせる二頭の虎は、迅と鏡に飛びかかった。

愛する子供たちを守ろうと、迅と鏡の両親は二人を突き飛ばし、代わりに虎の牙の餌食となり、喉笛を噛み切られてしまった。

目の前で両親を亡くし、嘆き叫んでいた迅に再び襲いかかる二頭の虎。

両親の死で頭がいっぱいで、二頭の虎が襲いかかって来ているのにすら気づいていなかった迅は、今度は姉である鏡に守られてしまった。

鏡も首を噛まれたが、幸い急所は免れた。だが、もう一頭に噛まれた腹部の傷が深く、首元の傷によって呼吸が安定せず、手負いの体で泣き叫ぶ迅と共に安全な場所に逃げた後、鏡は意識を失った。

迅と鏡が敵前逃亡できた理由は、出動していた自衛隊が到着し、二頭の虎を鎮圧してくれたかららしい。

迅は、その時の記憶が曖昧だ。刺激が強すぎたためか、自分が襲われそうになっていたという記憶がない。気がついたら、鏡が横で倒れていた。

謎のウイルスが齎した災厄は、異常患者(グローバー)が嫌う成分を含んだ材質で作られたモノリスによってある程度沈静化し、モノリスで囲まれた東京の中で、あの悲劇を生き延びた人々が今を生きている。

一命は取り留めた鏡だったが、首元と腹部には大きな噛まれた時の傷が残ってしまった。

迅は鏡の痛々しい傷痕を目にした時、固く決意した。

強くなる。今の何十倍も何百倍も強くなって、姉ちゃんを必ず守り抜いてやると。

小学四年生の時に始めた剣道をやめ、中学校からは剣術部に入った。

練習して練習して練習して練習して、今や迅は日本一の剣士だ。だが、迅はその結果には微塵も興味を抱いていない。


ただ、強くなるだけ。


迅は今も、強さだけを追い求めているのだ。


「姉ちゃんを…もうあんな目には遭わせたくないから」


迅は小さくつぶやき、黙々とカレーライスを口に入れる。


いつもなら明るい話題も飛び出すはずの食卓。

その後、二人は一言も口を開かずに、迅が先にカレーライスを完食し、席を立った。


「ごちそうさま」


迅は皿を片付けて、自室へと入って行った。

鏡はその姿を、じっと見つめていた。

いつも口にする、「姉ちゃんを守る」という言葉。

結果よりも強さを求める。

そして、いつもよりも大きい、竹刀が入ったバッグ。


「背負い過ぎよ…迅」





To be continued……

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