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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
配属編
29/63

『勘弁してくれ』

東京都内のとあるビルの屋上。

心地良い初夏の風を全身に浴びながら、鉄二(てつじ)たちは"上"から言い渡される処分を待っている。

処分が下るにしろ下らないにしろ、ここ数日で三度も事件を起こしている。公安局もバカではない。そろそろ次に備え始めている頃だろう。一度ブランクを開けるには、今がベストのタイミングだろう。

今、風に吹かれているのは、鉄二、雷杜(らいと)三郷(みさと)五海(いつみ)の四人だ。全員の処分については、信樹(のぶき)が代表して聞きに行っている。

誰も口を開かず、ただ風の音だけが耳に入ってくる中、屋上の扉が開かれる音が、新鮮な感覚を与えながら鼓膜を震わせた。


「…終わったのか。信樹」


「ああ。一ヶ月謹慎だそうだ。謹慎と言っても、表の顔の方を一ヶ月手伝え、と言われたが」


屋上にやって来た信樹が、早急に概要を皆に告げる。

とても嫌そうな、浮かない顔をして、信樹は腕を組む。処分の内容を聞いた他のメンバーも、拒否できるのなら距離したい、そんな感情をむき出しにしていた。


「手伝いって確か…雑用だったよな」


「もはや手伝いじゃないですよね、アレ」


「ただただコキ使われるだけだからな〜」


「怪我がヒドいって嘘つこうかしら」


鉄二、三郷、雷杜、五海が、この場に"上"がいないのを良い事に、愚痴をこぼす。

信樹たちに下ったのは「表の顔」、つまり企業詳細を公に明かしている方の仕事を手伝うという事だ。だが、手伝うとは言っても、素人にできる事は限られているため、やらされるのは掃除やらゴミ捨てやらの雑用ばかりなのだ。


「まぁ、ここの所、作戦は失敗続き、公安も我々の動きを警戒してる。一度間を開けるには良い機会だろう」


信樹が、沈んだ空気を少しでもポジティブな方向に持っていくために、笑顔を必死に作った。だが、空気はあまり変わらない。皆、これから始まる地獄の一ヶ月を前に絶望しているのだ。

信樹はコホンと咳払いをして、声を張り上げて皆に喝を入れる。


「ダラしないぞ貴様ら!これは貴様らがしくじった罰なんだからな‼しっかりしろ!」


「……………」


余計に沈んでしまった。

それもそうだ。誰でも怒られればそうなる。

いや、今のは喝を入れたのだ。怒ってなどいない。つまり皆は、「ハイッ!!」と力強く返事をしなければならないのだが………


「……………」


ダメだこりゃ。

信樹は諦めて、屋上の淵に付けられた鉄柵に寄りかかる。

その直ぐ下、ビルの壁面には、このビルに入っている企業名が示されている。


【P&R】


それは、今や数多く存在する医療品メーカーの中でも一目置かれる、業界トップの大企業である。



公安局本部、局長室。

広い洋風な内装のこの部屋には、いかにも高価であろうテーブルとソファ、そしてその奥には、一人で使うには十分過ぎるほど大きなデスクがある。

そのデスクに備えられたリクライニングチェアに、灰色の髪の夫人が腰をかけている。

そのデスクの前に、椎名は姿勢良く起立している。

椎名が局長室を訪れた理由は、先日の公安局襲撃事件についての報告のためである。それと、もうひとつ。


「今回の事ではっきりしたことがあります」


「言ってみたまえ。伸明(のぶあき)君」


局長は、リクライニングチェアの背もたれに体重を預け、掛けていた眼鏡のレンズを拭きながら、椎名伸明(しいなのぶあき)の言葉を待った。


「敵の狙いは…篠宮御園です」


瞬間、局長の手が止まった。


「それは事実かね」


「はい」


「そうか……やはり」


手の動きを再開させ、あまり感情を見せずに呟く局長。冷静にもほどがあると、椎名は思う。


茅場(かやば)局長。本当によろしいのでしょうか?」


「…何をかね?」


問い返され、椎名は口ごもりながら、再度問い直す。





「…あの二人(・・・・)に…このまま黙っていて、よろしいのでしょうか…?」


問われた茅場局長は、呆れたように息を大きく吐き、レンズを拭き終えた眼鏡を掛ける。


「教えた所で、何かが変わるのか?」


「……いえ」


「なら、別に言わなくても良い事だろう」


茅場はあっさりと、そう言ってのけた。その隠し事が、命に関わる事だとわかっているはずなのに。

茅場はクルリと椅子を回転させ、椎名に背を向けると、出て行けと言わんばかりに右手を払って見せた。

椎名は無言で一礼し、部屋を出る。

一人となった局長室で、茅場美耶(かやばみや)は、聴こえるはずのない椎名に向けて、一言発した。


「いずれ…自分で気づく時が来る」


その声は当然の如く、椎名には届いていなかった。



週末の休みが明けた月曜日。公安局襲撃事件など知ったこっちゃない、とでも言うように、東京第三高校は通常通り登校日だ。

でも、迅と御園にとっては、今日から新しい"通常"が始まるのだ。

いつもは、迅の住むマンションの入口で、御園と合流して学校に向かっていたのだが、今日からは違う。

今日からは、同じ家から学校に向かうのだ。


「じゃあ、行ってくる」


「い…行ってきます」


同じ学校の制服を身に纏い、迅と御園は玄関扉を開け、外へと出る。その二人を、(かがみ)がニコニコと手を振りながら見送る。


「行ってらっしゃい」


ここからは通常通り。いつものように学校に向かい、クラスが違うので校舎内で別れ、それぞれの授業を受け、放課後にまた生徒昇降口で合流し、公安局に向かう。

と、言った風に迅はいきそうなのだが、御園はなんとなく、そうではない気がする。

無理もない。突然、男の家に居候しろと言われて、まだ三日目なのだ。むしろ、もう慣れている方が怖い。

今日はあまり会話をしないまま、二人は学校に到着した。いつも通り、靴を履き替えて教室に向かう。

だが、二年生の階に来た瞬間、迅と御園は悟った。通常通りではない、と。


「ねぇ…種原君」


「ん?」


「なんかみんな、ニヤニヤしてない?」


「ああ、俺もそう思ってたとこだ」


「どうしたんだろう……」


そう。明らかに、生徒たちがおかしい。迅と御園がこの階に来て、それに気づいた途端、皆がニヤニヤしながらコチラを見ているのだ。

バカにしているわけではないのだろうが、何か気になる。

だが、見られていると思うのは自意識過剰かもしれないので、直ぐさま、何かあったの?と、訊ねるのはやめることにした。

とりあえず、いつも通り御園と別れ、迅は自分のクラスの教室に入った。すると、


「お、来た!!」


一瞬で、迅はクラスメイトたちに包囲されてしまった。全くわけがわからない。


「種原!お前……」


俺、なんかしたっけ?

そんな疑問が脳裏に浮かぶ中、クラスメイトの男子が口にしたのは、予想もしていなかったことだった。


「篠宮さんと同棲してるってマジかよ〜〜!!?」


「……あ?」


ちょっと待て。何故その事がもう知れ渡っているのだ。

迅は慌てて否定しようとするが、事実なので躊躇ってしまう。

だが、これで納得がいった。二年生の生徒たちがニヤニヤしていたのは、迅と御園が同じ家に住んでいる事を知っていたからだ。


しかし…一体誰が………


潟上(かたがみ)が教えてくれたんだよ。お前と篠宮さんが付き合ってて、しかも同棲までするほどラブラブだって!!」


キャーー!!と、女子が騒ぎ始めた。

いろいろと話が盛られている。それに犯人は海斗だったとは……

ふと見ると、海斗は窓際の壁に寄りかかって、こちらにVサインを送ってきた。ちなみに少し離れた所に、白雪絵怜奈(しらゆきえれな)が興味なさそうに、紙パックのオレンジジュースを飲みながら、こちらを見ている。


おのれ…潟上海斗。覚えておけ…


呪いのように、心中でそう唱える迅。

おそらく今、御園のクラスでも同じ事が起きているに違いない。それに御園の場合、混乱して何も答えられなくなる可能性が大だ。

迅を取り囲む生徒たちの声を他所に考え事をしていると、一人の男子が迅の肩を叩いた。


「で、どうなのよ?お前ら、付き合ってんの?同棲してんの?」


核心に迫ってきた。

どうするべきか。御園と同居しているのは事実だし、いずれバレる事だから認めても良いとして、付き合っているのかは、どう答えるべきか。

事実のまま、付き合っていないと答えると、なぜ同居しているのか問い詰められるし、御園が悪い奴らに狙われてるから匿ってる、なんて言ったら、付き合ってるのを誤魔化してるとか言われたり、バカにされて笑われたり、もしかしたら皆に心配をかける事になるかもしれない。それは、避けたい。


「あ、ああ…付き合ってるんだ、俺たち。それに…いぃ、一緒に住んでる……」


こうなれば仕方ない。御園には、後でしっかり事情を話さなければならないが、否定した時にどうなるかを考えたら、こちらの方が安全だ。


「うおぉぉッ!!マジで付き合ってのか!!」


「しかも同棲もマジかよ!!」


「種原君!!もう…………したの?」


「キャーーーー!!!!」


教室中が大騒ぎになってしまった。騒ぎを聞きつけた他のクラスの生徒も、この教室に来て騒ぎ始めている。

まさか迅がこうするとは思わなかったのか、海斗はあんぐりと口を開けている。

絵怜奈は平静を装っているが、飲んでいるジュースが気管に入ってむせたのか、目には涙があった。思い切り気管に入り、結構苦しんだようだ。

生徒たちの興奮が収まらない中、迅は廊下に立ち、教室の中を見つめる御園の姿を、目の端で捉えた。

御園は顔を紅に染めて、膝をガクガクさせている。


「御園ちゃんったらマジマジと種原君の事見つめちゃって……」


「本当に…種原君のことが大好きなのね」


付近にいた御園のクラスメイトの女子が、頬を赤らめながらからかうと、「んんっ」と声をあげて、御園の顔が爆発したように、さらに赤くなる。

あの調子では、迅が事情を話すまでもないだろう。


「ゴメンな……御園」


小声で謝罪するが、その声は騒ぎに呑まれ、儚く散る。

迅は、騒ぎまくる生徒たちの輪の中で、心の底から思った。


「勘弁してくれ………」





To be continued……

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