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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
配属編
28/63

『研究室にて』

どうして…こんなことに………


これは、御園の心の叫びである。

御園が今立っているのは、迅の家の前。玄関扉の前に、大きなキャリーバッグに手を置き、大きくため息をつく。

公安局襲撃事件から一夜明けた土曜、御園は朝っぱらからドキドキしっぱなしだった。なぜなら…


「だって…だって……」


プルプルと肩をふるわせて、御園は目の前の扉の表札を見上げる。


「男の子の家に居候なんてーーー‼」


しかも、御園が好きな男の子の部屋である。ココ凄く重要。御園にとってはテストに出るレベル。

明らか挙動不審になっていると、扉がガチャリと開けられ、中から迅がひょこっと顔を出した。


「まだインターホン押してないのに!!」


「…いや、鳴らさんでも騒ぎ声聴こえてたから…落ち着けよ御園」


少し来るのが早かっただろうか。迅はまだ寝起きの格好だった。寝癖がついていて、まだ眠そうな顔をしている。そんな迅でも、御園には輝かしく見えている。


「まぁ、とりあえず入れよ。外で待たせるのも嫌だし」


「あ…うん。お邪魔します」


迅は御園のキャリーバッグを持ち家に入ると、御園を空いている部屋に案内する。

恋する女の子たる者、好きな男の家は隅々まで目を向けるのだ。御園は迅の家を隈なく、凡ゆるところを見る。


「きゃあぁッッ!!!?」


キッチンの入り口前を通った途端、御園は突然誰かに抱きつかれ、バランスを崩して倒れ、壁に激突した。

痛みに耐えながら、何事かと目を開けると、そこには女の人が。


「いらっしゃい、御園ちゃん」


「言葉遣いと行動のギャップがあり過ぎだろ」


すかさず迅にツッコミを入れられたのは、迅の姉である(かがみ)だ。

花柄のエプロンを身につけ、鏡得意の「お玉持ったままハグ」が、見事に炸裂していた。

迅は深ーいため息をつくと、御園から鏡を引っぺがした。


「悪いな、御園。この大人っぽい言葉遣いのくせに幼稚な女の人は俺の姉の鏡だ。苦労をかけるかもしれないけど…よろしく」


「大人で幼稚な鏡です。よろしく」


「よ…よろしくお願いします」


大人なのか幼稚なのかどっちなのか、最早わからなくなってしまった。

鏡は、居間の隣の部屋を指指すと、


「御園ちゃんの部屋はあそこよ」


「そこは俺の部屋だ」


すぐに訂正する迅。

鏡は笑顔でクルリと反転し、キッチンに戻ろうとする。その間際に、


「今日は御園ちゃん歓迎会をやるから、お姉ちゃん、ひと肌脱ぐわよ〜」


「おうおう…頑張れ頑張れ」


「すみません…気を遣わせてしまって……」


「気にしなくていいのよ」


鏡はキッチンに戻り、調理を再開する。

その間に、迅は御園にトイレや風呂場などを案内し、最後に御園の部屋へと向かった。


「御園の部屋はここな。もともと父さんと母さんの寝室だったから、ちょっとした家具とか、ダブルベッドも余ってるんだ。一人だとデカイかもだけど、使っていいから」


「あ…うん…ありがとう」


そう言って、御園は部屋へと入っていく。キャリーバッグを壁際に置き、部屋をぐるりと見回す。


「ゴメンな、狭い部屋で。何か足りないものがあったら言ってくれ」


迅が申し訳なさそうに、言う。

御園は、身振り手振りで「そんなことないよ」とアピールする。


「私こそ、突然居候なんて…」


「実際、一人暮らしだと危ないしな」


「でも…公安局に居候すれば、問題ないんじゃ…絵怜奈ちゃんみたいに」


「そしたら、この前みたいにまた奴らが公安局を襲撃したら、お前は直ぐに誘拐されちまうだろ」


迅の表情が、固くなる。


「それに」


迅は続けて何かを言おうとしていたが、鏡が背後から覗いているのに気付き、少し躊躇ってしまう。


「それに?」


部屋の中にいる御園は、そんなことを知るはずもなく、迅の言葉の続きを急かす。

迅は一歩御園に近づき、一度深呼吸をして、「それに」の続きを口にする。


「……御園が公安局に住んだら、俺が直ぐに助けに行けない。パートナーなのに、そんなんじゃダメだと思う。だから……ダメなんだ。公安局じゃ」


頬を赤くして、迅は御園に目を合わさないで言った。完璧な照れ隠しだ。

御園はそんな迅を見て、自分の心臓が高鳴っているのを感じた。

ただでさえ迅のことが好きなのに、どんどん惚れていってしまう。要は迅にゾッコンというわけだ。

それを自覚してしまうと、一気に恥ずかしくなってしまう。

御園は、赤くなりそうな顔を、両手でペシッペシッと、叩くと、迅に今日一番の笑みを浮かべた。


「うん、ありがとう。種原君」


「お、おお……」


両者、頬をほんのり朱色に染め、お互い顔を見つめ合う。一言も声を発さず、数秒の沈黙が流れる。


あ、今すごく良い雰囲気かも…


御園が、ふと思う。今こそ、告白のチャンスだったりするのだろうか、と。

御園は、頬を先ほどよりも赤く、熟れたトマトのような色にして、マジマジと迅を見つめる。しっかりと、迅の双眸を見つめる。


大きく息を吸って、勇気を出し、覚悟を決め、口を開いた、その時、


「お二人さ〜ん。良い雰囲気の所悪いんだけど、ご飯できたわよ」


エプロンを既に脱いでいる鏡が現れ、良い雰囲気は完全にぶち壊される。


「あ、おう。行こうぜ、御園」


「……うん」


御園は、迅の後に続いて、食卓へと向かう。

せっかく出した勇気と、決めた覚悟が、水の泡となってしまった。

心臓のバクバクも止まらないし、今すぐにでも布団を被りたい気分だ。


「……ハァ………」


迅は、ドッと疲れを感じて、息を漏らす。


種原鏡(たねはらかがみ)


確かに苦労させられそうだ………



警視庁。地下五階。警視庁の人間でも、ごく僅かな人間しか入る事が許されない、超極秘エリア。

そこに、一人の男が入り、コツコツと足音を立てながら、最奥部へと進んでいく。

その道中、通り過ぎる部屋からは人間の呻き声が聴こえてくる。

苦しそうに、何かに抗っている。

そう、ここは研究室。それも、完全な人権侵害に値する、人体実験が行われる研究室だ。

男は、その呻き声などまったく気にせずに、奥へと足を進める。

やがて最奥部に到着、そこにあるのは、扉。

男は、その扉をゆっくりと開け、扉の中のものに恐れることもなく、部屋へと入っていく。


「おぉ、来たか。犬神(いぬがみ)


鳶浦(とびうら)博士。苗字で呼ばれるのは嫌いだと言っただろう。大河(たいが)と呼んでくれ」


中にいた白髪の博士、鳶浦由鐘(とびうらよしがね)に、犬神大河(いぬがみたいが)は不満を垂らす。


「で…用はなんだ?俺も、実験体(モルモット)の呻き声を聴くのはあまり好きじゃないんだが」


大河は、ポーカーフェイスをキープしつつ、小さな弱音を吐く。

由鐘は、「すまんすまん」と言いながら、壁際のスイッチを押す。

すると、手術台真上の蛍光灯が点灯し、手術台に寝かされている、人間のような何かが鮮明に見えるようになる。

その"人間のような何か"はツギハギだらけで、もう生きているようには見えない。


「こいつが例の『死人形(マリオ)』か…」


「そうじゃ。VR(バーチャルリアリティ)世界で動かすアバターの動きを、この『死人形(マリオ)』とリンクさせることで、我々は延長能力(オーバーアビリティ)とやらをこちらの駒として操ることができるのじゃ」


雄弁する由鐘と、人体を手術によって改造され、かなりの筋肉質になっている『死人形(マリオ)』を隈なく見つめる大河。


「この『死人形(マリオ)』が生前から持っていた延長能力(オーバーアビリティ)は?」


「おそらく、超音波に似た波動を声で起こすことができる能力じゃ。かっこいい呼び方とかじゃったら、公安に聞くといい。それと、この『死人形(マリオ)』はまだ生きとるぞ。死んどるのは脳だけじゃ」


「それはもう、死んでるも同然だろう」


大河は呆れながら向きを変え、由鐘の方を向く。


「こいつを使えるのはいつ頃になる?」


「そうじゃのう…まだ肉体手術が完了しただけじゃからの…アバターとのリンクには、もう一ヶ月くらいかかるかの」


「そうか」


大河は再び向きを変え、今度は先ほど通ったばかりの扉へと向かう。

まさに今、帰ろうとしている大河に、由鐘は訊ねた。


「『死人形(マリオ)』が完成したら…どうするんじゃ…?"AOA"隊長さんよ」


「…………決まっているだろう」


長く間を取った後、由鐘の問いを愚問と定める大河。その眼にあるのは、怒り、恨み。


「能力者共を…皆殺しにする」


大河の脳裏に、二年前の悲劇の映像がフラッシュバックする。

せっかく四年前の大感染(パンデミック)を家族全員で生き残ったというのに、その二年後、犬神家は、延長能力(オーバーアビリティ)を持っていたと思われる強盗団に家を放火され、大河を残し、他の家族は焼死した。

あの日、火傷を負っているにも関わらず、炎の海の中に飛び込もうとした自分。そんな自分を止め、残った家族を助けようと火の中に飛び込み、そのまま帰らぬ人となった父を、大河は忘れない。無論、他の家族の事も。


「能力者など…もう人間ではない」


そう言い残し、大河は研究室を出た。





To be continued……

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