『何があっても』
迅の握る剣が、神光の如く、眩い輝きを放ち始める。
御園の握る銃の奥では、身体を貫通させる凶弾が、弾頭を輝かせている。
公安局出入口付近を埋め尽くしていた粉の煙幕も、徐々に晴れ始めている。
煙中で戦いを続けていた海斗と鉄二、出入口付近で交戦していた輝夜と三郷は、予想外と作戦通り、各々の感情を抱いて迅と御園の方に目を向ける。
鉄二の攻撃をもろに受け、しばらく倒れたままだった蒼夜も、ようやく立ち上がり、鉄二との戦いに回帰する。
三郷を除く相手には、こちらが二対一と、数では優勢だ。ここで三郷に対しても二対一の状況にすれば、敵の勝つ可能性は限りなく低くなる。見ていればわかる。皆、とても強いから。
そう思った絵怜奈は、瓦礫の中から立ち上がろうと力を入れる。だが、全身にまったくと言っていいほどに力が入らず、すぐに尻もちをついてしまう絵怜奈。
「どうして……どうしてよ!!?」
どうしてと叫びながらも、絵怜奈は力が入らない理由に心当たりがあった。
五海に操られていた時、絵怜奈は"投薬"によるドーピングが施されていた。おそらく、その薬の効果が切れたための副作用によるものだろう。
絵怜奈は悔しそうに、力の入らない拳をありったけ握りしめた。
迅&御園vs雷杜は、迅によって開始のゴングが鳴らされた。
迅の最初の攻撃を、二本のナイフをクロスさせながら受け止めた雷杜は、"投薬"によってドーピングされた筋力で、思い切り押し返す。
「〈デュランダル〉-"エクスカリバー"」
二本のナイフと共に、ジリジリと刃と刃がこすれ合う音を出しながら、〈デュランダル〉は最強の姿へと変形する。
刀身に帯びた曙光の如く輝くその光は、こちらを押しかけていた雷杜を逆に押し返し、
「〈ラビット〉-二重」
〈ラビット〉によって増強された脚力で、迅は雷杜の腹を蹴り飛ばした。
壁に叩きつけられ、背中を強く打った雷杜は、大きく咳き込む。頭に着けていた騒音除去装置も、そのはずみで外れてしまっている。
「今のは"さっき"のお返しだ」
雷杜を見下しながら、鬼の形相で睨む迅。"エクスカリバー"の光が、怒る迅を顔を一部分だけ照らす。
「お前らは…俺の癇に障ることばかりしてくれるな...」
「はて…なんのことかな…?」
悪びれる様子もなく、雷杜は怖気づかずに鼻で笑ってみせる。
「殿町を殺した事、絵怜奈に手を出した事、そして」
聖剣の刃を雷杜に突きつけ、迅は続けた。
「御園に…手を出そうとしてる事」
その言葉を聞いた御園が、ほんわかと頬を赤くしたが、後ろにいる御園を、迅が見ているはずもなかった。
「俺はもう…目の前で誰かを失いたくない。死なせたくない。奪われたくない。たとえ死なないとわかっていても、敵に奪われるのだけは、絶対に嫌だ」
迅の言葉を聞きながら、雷杜がまだ少し苦しそうに立ち上がり、ナイフを持って身構えながら迅に問う。
「なら…どうするの〜?」
人を舐めたような、語尾を伸ばす雷杜の話し方に苛立ちを覚えながら、迅は〈デュランダル〉を振り下ろした。
雷杜のナイフとの衝突音が、威風をあたり払って、公安局内に響き渡る。
「守るさ…何があっても、御園は俺が守る。ピンチなら助けに行く。絶対に…御園を死なせたり、奪われたりしない…!!!」
雷杜のナイフを弾き、迅は後方に少し跳ぶ。
「〈ラビット〉-三重」
壁面に着地し、増強された脚力で壁を蹴った迅は、勢いを殺さずに〈デュランダル〉を振るう。
雷杜がギリギリナイフで防ぐが、相殺できなかった速度に押され、壁を破壊して瓦礫の中に転がる。
完璧に相手ペースとなり、この場の打開策を練る雷杜だが、彼の着けたインカムから、一瀬信樹の声が雷杜の耳に届く。
『全員、直ちに撤退しろ』
「なッ……?」
『君達が今いるのは敵陣だぞ。長引けば長引くほど脱出は困難になる。そうなる前に撤退しろ。三郷の姉は、今回は諦める』
直後、再び公安局入口付近で、破壊音が轟く。
破壊音と共に入ってきたのは、異常患者と化して凶暴な化け物となったカラス。大きさは、よく見るカラスの十五倍ほどになり、爪や嘴はさらに鋭利になっている。
カラスは、羽音をたてながら公安局内を飛び、交戦中の輝夜と三郷、海斗&蒼夜と鉄二の間を分かち、両者の間に距離を生む。尚もカラスは、迅たちの方へと向かってくる。
『そのカラスが囮になる。その隙に撤退しろ』
「五海ちゃんか!!」
迅がカラスに気を取られた隙に、雷杜はカラスとすれ違い、出入口へとダッシュする。
「五海…【傀儡創主】の使い手か!」
雷杜の後を追う迅と御園を阻んだカラスを見て、迅は気づく。
五海の使う、催眠系統の延長能力【傀儡創主】は、人間以外の動物にも効果があるようだ。その辺にいたカラスを異常患者化させて、能力で従わせているのだろう。
「皆さん!!騒音完全除去装置をしてください‼」
大声で輝夜が叫ぶ。自らの延長能力【絶対王冠】を使って、カラスの支配権を上書きするつもりなのだ。
だが、それよりも早く…いや、速く、迅と御園が動いていた。
御園は〈シムナ〉の銃口をカラスに向け、何発か光の弾丸を放った。全てがカラスの身体に命中したが、あまりダメージは与えられなかった。
通常の光の弾丸では、ダメージが足りないようだ。だが、〈シムナ〉の必殺技である『フォトンシェル』を室内で使うことはできない。なら………
御園は集中して狙いを定め、銃を僅かに横にずらしながら二発、連射した。
放たれた二発の弾丸は、カラスの両眼に命中し、数少ない急所を突かれたカラスは痛みのあまり、大きな隙を作ってしまう。
「種原君!!」
御園は、刀身が異彩の光を放つ剣を構えた少年の名を叫ぶ。
「グッジョブだ御園。あとは任せろ!…〈ラビット〉-二重」
迅は斜め四十五度方向に跳躍、空中を暴れるカラスとのすれ違いざまに、斬る。
カラスは傷口から血を吹き出しながら地面に落ち、そのまま動かなくなった。
能力を使おうとしていたが、それをせずに済んだ輝夜は、直ぐに出入口を振り返る。だが、そこにはもう、雷杜や三郷、鉄二の姿はなかった。
★
迅と御園がカラスと交戦している頃、上階にある環境管理課の部屋には、椎名と朝陽がいた。
朝陽は部屋の窓を開け、窓枠に足をかけて、狙撃銃型リジェクター〈テルシオ〉の狙いを定める。
朝陽がスコープで覗く先には、公安局出入口がある。
敵は異常患者化したカラスを使って迅たちを足留めする間に、脱出しようという算段だ。出てきて少し気が緩んだところを、撃つ。
「いつでもいいわよ…早く出てきなさい」
狙いを、公安局出入口から一歩目の位置に固定し、朝陽は敵が出てくるのを待つ。
それから僅か数秒後、銃槍を持った少女が飛び出してきた。
今!!!
朝陽はトリガーを引き、実弾を放った。朝陽の銃は、光の弾丸だけでなく、手作業で装填することによって、実弾も発砲できるのだ。
「うそ!?」
発砲して間もなく、朝陽は驚きの声を漏らす。
「どうした?茜屋」
椎名も訊ねてくる。
朝陽がトリガーを引いたのと同時に、少女がこちらに向けて銃槍を向け、発砲したのだ。彼女の弾丸は、朝陽が放った弾丸と衝突し、威力を互いに相殺して落下していく。
おかしい。建物から出てきた直後の上方からの狙撃。完全なる死角からの狙撃だったはず。それなのに、あの少女は気付き、しかも弾に弾を当ててみせた。
「どれだけ視野が広いのよ…アイツ」
朝陽は愚痴をこぼし、窓枠にかけていた足を下ろす。
視野が広いというよりは、視力が極端に良い、というべきか。ほぼ太陽が沈んでいる中で、金属の実弾を瞬時に視認したのだから。
「目が良いって言えば………」
朝陽は、視力が極端に良い同僚を一人、思い出す。
「……まさかね」
朝陽は〈テルシオ〉を担ぎ、ううん、と、首を横に振った。
To be continued……