『俺たちだって』
迅の延長能力の詳細が判明した翌日、通常通り学校の登校日だ。
迅は御園と、まだ慣れない「いつも通り」の生活を過ごそうとしていた。が……
御園が一言も話しかけてくれないのだ。迅から話しかければ返事はしてくれるのだが、なんだかその声には棘がある気がしてならないのだ。
「あの…御園…?」
「……何?」
「その…怒っていらっしゃる?」
「ううん、怒ってないよ」
怒ってるじゃないですか!
心の中でそう叫ぶ迅。
御園に何かしてしまっていたのだろうか。自覚はないが無意識に、という事もある。
必死に考えていると、御園がため息を大きく、それもわざとらしく吐いた。
「【超速演算】があっても、わからない事ってあるんだね……」
その声は呆れていた。
そんな事言われても、迅にはさっぱりわからない。疑問符ばかりが頭上を漂う。
「……鈍感」
御園は歩く速度を速めて通学路を歩く。
「あ、待てよ御園‼」
その後を、迅が慌てて追いかけた。
何かまずい事したのかな…
鈍感迅君はそんな事を考え、とりあえず澄まない空気を良くしようと、話題を反らす。
「そ、そういえば御園さ、なんか変わったよな」
「…へ?」
「ああ、いや、まだ二、三日前は御園、俺の事みたら逃げたり隠れたりしてたじゃん?それが最近ないなーと思って」
御園の顔が、みるみる赤くなっていく。そして顔が爆発しそうなくらい熱そうだ。
が、どういうわけかその顔は直ぐに治まり、
「…頑張ってたのにな……」
と、御園は呟いた。御園は思う。
【超速演算】などという大層な延長能力を持つくせに、なぜ私の気持ちはわからないのだろう、と。
迅の延長能力は情報があってはじめて使えるようになるらしいのだが、迅には「恋愛」に関する情報が皆無だという事なのだろうか。恋愛経験がない、という事なのだろうか。
勇気を出して「好きです」アピールをしていた自分が、恥ずかしくなってくる。
「どうした?御園」
「何もわかってませーん」という顔で、迅が御園の顔を覗き込む。
いつもの御園なら真っ赤っかになっているところだが、不思議と今はそうはならず、御園は半ば迅を無視して、
「……鈍感」
と、再び呟いた。
そうこうしているうちに、二人は東京第三高校へと到着した。校門に吸い込まれていく生徒たちに混じり、迅と御園も校庭へと入った。
いつも通り、玄関で靴を履き替え、教室へと向かう。その途中、二人は背後から掛けられた声に止められる。
「ちょっと待ちなさい。公安の二人」
二人が振り返ると、そこには一人の金髪女子生徒が立っていた。その女子生徒は竹刀を持ち、肩を竹刀でポンポン叩きながら二人を睨みつけている。
「何か用かな?」
相手の目付きからして、平和的な用ではないのはわかっているが、迅はそれを隠しつつ問い掛ける。
「種原は知ってるだろうけど、そっちの女は私の事知らなそうだから一応名乗っとくわ。私は白雪絵怜奈、種原のクラスメイトよ」
絵怜奈は一呼吸置いて、
「つまり、優斗と同じクラスだった」
絵怜奈のその言葉に、御園は身震いさせる。
優斗とは、殿町優斗のことだ。先日、異常患者の〔フェーズ3〕となり、抹消された。
「あんたらのせいよ……」
「…………」
「あんたらがタラタラしてるから、優斗はバケモノになっちゃったのよ‼」
また、このパターン。
御園はつくづく思う。これが、公安に勤めていていちばん嫌なことだ、と。
「私なら、直ぐに終わらせられた。あんな巨大タコ一瞬で仕留めて、優斗も手遅れにならない内になんとかできた」
「「……………」」
「なのに…なのにあんたらは、できなかった。無能役立たず弱者ノロマ税金泥棒公安局員よ、あんたらと、もう一人加えた三人は」
絵怜奈は、迅と御園をありったけ罵る。
正論を述べられていると思ってしまった御園は、何も言い返せずに立ち尽くしてしまった。そんな中、迅が口を開いて絵怜奈に問い掛けた。
「えーっと、白雪さん?訊くけどさ、殿町の件で文句があるなら、なんでこの前の暴行事件に絡まなかったの?」
迅はそう問い返す。
すると絵怜奈は、一瞬「何質問し返してんのよ」と言いたげな目をしたが、その後に答えた。
「暴行なんて、ホント一般的な庶民がやる事よ。あんたも訊けば良かったじゃない」
「なんて?」
「『じゃあ、お前らが戦ってたら優斗を百パーセント救えたのか?』ってね」
絵怜奈のこの言葉を訊いた途端、迅は大きくため息を吐き、絵怜奈に背を向けた。
「行こうぜ御園。もう、こいつと話しても意味がない。時間の無駄だ」
突然の迅の行動に、御園と絵怜奈が驚きの表情を見せる。
「え!?種原君!??」
「ちょっとあんた!!まだ話は終わってないわよ!!?」
去ろうとする迅は足を止め、振り返って絵怜奈をギロリと睨んだ。
「じゃあお前、今度異常患者が現れたら、救って見せろ」
「……え?」
「今度誰かが、犬が、猫が、何かが異常患者になってしまったら、お前がそうなる前の状態に戻して見せろ」
絵怜奈は、何も言えずに立ち尽くしている。
「『私なら直ぐに終わらせられる』んだろ?公安局もまだ成功していない事を、やって見せろ」
迅は、怒っていた。御園も初めて見るくらいに、激昂していた。
暴れたり、わめき散らしたりしない、冷静な激昂だ。
「さっき…お前は訊いたな。『お前らが戦ってたら優斗を百パーセント救えたのか』という質問をなぜしなかったのか、って」
「……したけど」
「じゃあお前にこの質問をしてやる。お前が戦ってたら優斗を百パーセント救えたのか?」
「救えたわよ」
「理由は?根拠は?その訳のわからない自信はどこから湧いてくる?」
絵怜奈は、今度は即答できずにいた。即答できなかったということは、理由も根拠も、自信の出処も、わからないということ。
「…なんで暴行された時、その質問をしなかったか。それは、あいつらの言ってることが正論だったからだ」
頬に残る痣を摩りながら、迅は重く口を開いた。
「もっと早く巨大タコを倒していれば、もっと早く敵の存在に気づいていれば、優斗は死なずに済んだかもしれない。これは、友人を失ったあいつらの願望ではなく、正論だ。もっと早く巨大タコを倒して、優斗にウイルスを撃ち込まれる前に敵を見つけていれば、優斗の死は防ぐ事ができた。俺たちが力不足だったから、それができなかった。それは認める」
「……ふん」
絵怜奈が、勝ち誇ったように鼻で笑う。
「でもあいつらは、お前と違って根拠のない事は言わなかった。だから反抗できなかった。だから殴られても抵抗できなかった。あいつらの気持ちは…よくわかるから。同情できるから」
絵怜奈の笑みが、消えていく。
「お前が俺たちと同じ立場に立ったとしても、俺たちより上手くやれる保証はないし、はっきり言って無理だ」
「なッ………!!?」
「バカにしないで」と言いたげに、絵怜奈が詰め寄ってくる。だが迅は怖気づかずに続ける。
「考えろよ。完全に異常患者化したヤツを健常な状態に戻す事ができるなら、公安はこんな物騒な武器を作ったりしない」
迅は、肩に背負うケースの中にある〈デュランダル〉を指差す。
「異常患者が出たら、麻酔銃かなんかで眠らせて捕らえれば一件落着なワケで、環境管理課なんてのも要らないかもしれない」
絵怜奈はとうとう俯いてしまう。
それでも迅は、お構いなしに続けた。
「それでもこの武器が必要ってことは、それができないってことなんだ。全ての異常患者を救うことは、まだできないんだ」
迅は、ほんの少しだけ間を開けて、
「…俺たちだって、優斗を救いたかったさ」
と言って、絵怜奈に背を向けて去って行った。その後ろを、御園が絵怜奈を気にしながらついて行く。
その後ろ姿を、絵怜奈はただ黙って見つめていることしか、できなかった。
★
「種原君…言い過ぎだよ」
絵怜奈の元を離れた後、御園は迅に言った。
「かもな。でも、本当に腹が立ってさ」
迅の声は、少し小さかった。
「あいつも、優斗の事を大切に思っていた。それは俺も同情できる。でも、軽々しく『救えた』とか言われるのは、俺は嫌だ」
「でも、白雪さんって、剣道部の主将だし……」
「ああ。もしかしたら、異常患者を俺よりも速く倒す事ができるかもしれない。でも、それと『救える』かどうかは、別の話だろ」
御園は黙って迅の言葉を待つ。
「これは『強い』とか、そういう問題じゃない。医療とか化学の進歩の問題だ。そこを、履き違えて欲しくなかったんだ」
その言葉を聞いて、御園は思った。
いや、前から知っていた。今、再確認したのだ。
迅は、思っていた通りの……
「種原君って、優しいね」
御園は迅に、小さな笑顔を浮かべて笑顔でそう言った。
To be continued……