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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
配属編
14/63

『悲劇の翌日』

東京第三高校で起きた悲劇から一夜明け、この日、三高では昨日(さくじつ)犠牲になった殿町優斗(とのまちゆうと)に黙祷を捧げるため、全校集会が開かれていた。

あの後、優斗は猪狩兄妹によって命を絶たれた。

無惨に横たわる優斗の遺体を見た迅は、呆然とただ立ち尽くしていた。

御園や海斗が迅に声をかけてくれていたそうだが、迅にはその記憶がない。それほどまでに、優斗という友を失ったショックは大きかったのだ。

全校生徒の中に混じり、昨日のことを思い出してしまった迅は、目に涙を浮かべる。


『黙祷』


教頭の合図で、全校生徒が黙祷を始めた。

迅も当然、瞼を閉じた。目を満たしていた涙が溢れ出て頬を伝う。


「……ごめん」


迅は今にも消え入りそうな、この静寂な空間にも流れない声で、そっと床に涙を落とした。



全校集会が終わった。

この日は生徒たちの精神状態を考慮して、授業はなしでこのまま放課、ということになった。

無論、迅は御園や海斗と共に公安局へと向かわなければならない。街の防衛任務は、言ってしまえば年中無休だ。


「よし、行こうぜ。種原」


「……あ、ああ」


いつも元気な海斗も、今日はさすがに元気がなかった。それもそうだ、海斗も優斗とは仲が良かったから。

廊下に人がたくさんいるなら、騒がしくなっているのが通常の光景だが、今日はとても静かで、足音しか聴こえない。

その廊下を人をかき分けながら進み、迅や海斗とは違うクラスにいる御園と合流して、三人は生徒昇降口へと足を進める。

その時、


「ちょっと待てよお前ら」


男子生徒に呼び止められ、三人は足を止めて振り返る。

そこには、男女十名ほどの生徒が立っていた。


「…何か用?」


海斗が訊ねる。


「お前ら、公安の人間なんだろ?」


男子生徒Aが、鋭い目でこちらを睨みながら問いてくる。


「…そうだけど」


「お前らのせいだ……」


少し俯きながら、拳を震わせて男子生徒Aは口を開く。


「お前らが雑魚だから、殿町は死んだんだ!!!」


それはもう、嘆きの叫びだった。

迅たちは何も言い返せず、ただ次の言葉を待った。


「お前らが早く処置してれば、殿町を殺さずに済んだかもしれないのに!!」


男子生徒Aは、迅の胸ぐらを掴み、大きく揺さぶりながら大声を上げた。


「お前らが…お前らが殿町を見殺しにしたんだ!!お前らが…!!!」


男子生徒Aは、そのまま迅を殴り飛ばした。迅はその勢いで、五歩ほど後退する。

他の生徒たちも、海斗と御園を囲み、一斉に殴る蹴るの暴行を始めた。

それぞれが、思い思いの気持ちを吐き散らしながら。

迅は、その暴行に一切抵抗しなかった。どんなに顔面を蹴られても殴られても、鼻血が出ようが目が痛かろうが、迅は抵抗しなかった。


だって、この生徒たちの気持ちは充分にわかるから。


友人を失うことがどれだけ辛いことか、よく知っているから。


白眼と黒眼の色が逆転してしまった異常患者(グローバー)を回復させることは、今の医療技術では不可能だ。一度失われた自我は、元には戻らない。

でも、これは言い訳にしかならない。優斗を助けることができなかったことへの、醜い言い訳だ。

もしかしたら、優斗が助かる結末もあったかもしれない。なのに、助けることができなかった。

生徒たちの暴行はまだ続いている。海斗や御園も、殴られたり蹴られたり、髪を引っ張られたりしている。


でも、だれも抵抗しない。


周りでは、「あれ酷くない?」「やり過ぎだろさすがに」などと話す声がちらほらと聴こえる。


「何が公安だ!!使えない脳なしの雑魚の集まりだろ!!」


「罪を償えや!!!」


「あんたらなんか死んじゃえ!!」


暴行を続けながら、生徒たちは迅たちに罵声を浴びせ続ける。

まわりの野次馬たちは、「うわうわうわ」「さすがにかわいそう」なんて抜かしている。


「オイ!!!何をしてる!!?やめんか!!!」


野次馬を押しのけ、騒ぎを聞きつけた男性の体育教師が駆けつけて来た。


「貴様ら…!!どうなるかはわかっているな!!?」


暴行を行っていた生徒たちは動きを止め、ようやく迅たちは解放された。だが、暴行によって受けた傷は、それぞれは小さいが数が多く、結果として大きなものとなってしまっている。


「どうせ殿町のことで、その三人を責めていたんだろう」


体育教師は即座に図星を突く。


「公安が動いてくれなければ、その三人があの巨大タコを倒してくれなければ、もっと犠牲者が出ていたかもしれないんだぞ。お前らが死んでいたかもしれないんだぞ。それをわかってこんなことをしていたのだろうな?」


生徒たちは黙り込んでしまう。


「まあ、理由はどうあれ大問題だ。この恥知らず共が」


体育教師は大きくため息を吐く。

周囲の生徒たちは、「退学だろ退学」「また学校来ても無視無視」などと会話を交わしている。

そこに再び、体育教師の怒声が響き渡る。


「お前らも同罪だ馬鹿野郎共!!こんな集団暴行をただ傍観していたのだろう!!?誰も止めに入らずに黙って見ていたのなら、貴様らも同罪だ!!!」


辺りはシン、と静かになる。

体育教師はクルリと向きを変えると、迅たちの元へ歩いてくる。


「大丈夫か?さぁ、保健室に行こうか」


先ほどの激昂とはうって変わって、優しい口調だった。

三人は体育教師に続いて、生徒たちの渦を抜け、保健室へと向かった。



「じゃ、行ってくるね〜」


迅の姉・(かがみ)は、手を振りながら救護医療課の待合室へと入っていった。

ここは公安局救護医療課。文字通り、怪我の治療や検査を行う場所だ。ここには通常の救急患者も運ばれてくるが、メインは異常患者(グローバー)関連の患者だ。ウイルスの体内侵食率の計測は、ここでしか行えない。

迅は、鏡を体内侵食率の計測のためにここへ連れてきたのだ。先日、御園に忠告を受けたために念のため。

待合室に入る鏡に手を振っていた迅だが、正しく言えば、すれ違ったのだ。迅も午前の暴行による怪我の手当をしてもらっていて、終わったタイミングで鏡も来た、と言った感じだ。

迅の顔には絆創膏が至るところに貼られており、一見喧嘩直後のヤンチャ野郎にしか見えない。

時刻は午後三時になるといった頃、迅はまだ済ませていない昼食を摂るべく、食堂へと向かった。

通常、昼の開店は午後二時までなのだが、午前の暴行事件の事を知っていて、顔の絆創膏や袖から覗く包帯を見た食堂のおばちゃんが同情したのか、特別にこの時間の食事を許可してくれた。

迅は電子メニュー表でオーソドックスにカレーをチョイスし、届くまでの間座って窓から眺められる景色を見ていた。

すると、聴き覚えのある声が迅の鼓膜を揺らした。


「種原君?」


声の主は、御園だった。御園も、顔じゅうに絆創膏を貼っている。

御園も迅と同じ理由で、食事の許可を得たらしい。

何を頼んだかはわからないが、注文を終えた御園が、迅から遠くもなく近くもない席に腰を下ろした。絆創膏だらけのその頬は、心なしか赤らんでいるように見える。

食堂に沈黙が流れ、まるで誰もいないかのような空気が漂う。

さすがにこのままだと居ずらいので、迅がなんとか話を切り出してみる。


「御園…怪我、大丈夫か?」


「え?…うん、大丈夫」


会話終了。

これはまずい。そう思いかけた時、今度は御園が口を開いた。


「た、種原君こそ、大丈夫?」


「あ、ああ…こんなのへっちゃらだぜ!」


虚しい沈黙が流れ始めた。

なんだ、へっちゃらだぜ!って。

迅は顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏した。

その沈黙はそのまま流れ続ける。迅も御園も、「何か話題を!」と模索する中、厨房から、


「青春だねぇ〜」


と、おばちゃんの声が聴こえてきて、


「「違います!!!」」


見事なハモりで全否定した。

おばちゃんの爆笑がこだます中、御園が口を震わせながら迅に問いかける。


「こ、これからって種原君、何か予定ある?」


ここまで言ってから、御園はハッと気づく。

これではまるで、デートに誘っているかのようではないか。

当然ながら、御園にそんなつもりはなかった。これから迅が何をするのか、ちょっと気になったから、訊いてみただけなのだ。


「俺?俺は飯食ったら"延長能力(オーバーアビリティ)認定"なるものをやるらしい」


鈍感種原君は、御園の質問に誤解せず、しっかりと回答した。御園は複雑な気分だ。


「そ、そっか…"延長能力(オーバーアビリティ)認定"かぁ。私もやったなーそれ」


ここで混乱してもアレなので、御園は冷静に返す。


「やっぱりやったのか。どんな事するんだ?その認定って」


「うーん…その能力によるんじゃないかな?私は一定距離離れたところから文字見せられて、その文字が段々小さくなっていくっていうのをやったよ」


「へぇーそうなのか」


「種原君は多分、難解ナンプレとかやらされるんじゃないかな?」


「ハハハ、認定する人が御園みたいな趣味なら、そうなりそうだな」


「それってバカにしてる?」


「してないしてない」


「バカにしてるでしょー⁉」「してないってば」というやり取りを聞いていたおばちゃんが、カレーとミートソーススパゲティを持ちながら、


「若いねぇ〜〜」


と、微笑んでいた。

その時、局内放送を知らせるメロディが鳴り響いた。


「ん?」


「なんだろうね」


二人の疑問の声の直後、スピーカーからは聞いたことのない人物の声が聞こえてきた。


『ごきげんよう、公安局局員の諸君。私は名を一瀬信樹(いちのせのぶき)という。今、公安局本部の局内ネットをハッキングし、こうして話をさせてもらっている』


「なっ!?」


「ハッキングだと!?」


迅と御園は揃って驚愕の声を上げる。

強力なセキュリティを誇る公安局本部のネットワークが、何者かによってハッキングされたというのだ。実に信じ難い事実だ。


『今日は…まだ真実を知らない者たちに真実を教えてやろうと思ってね、こんな事をさせてもらったよ』


「真実…?」


迅が顔を顰めて繰り返す。


『端的に教えよう。この東京は、"実験台"なのだ』


一瀬信樹と名乗る男は、高らかにそう言葉を紡いだ。





To be continued……

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