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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
配属編
13/63

『退いてください』

ビルとビルを転々と飛び回りながら、東京湾の方角へと逃げて行く謎の人物。見た目から、男だとは判断できるが、素性は一切不明。

その男、御園と海斗も追いかける。


「逃がさねぇぜ!!」


脚力増強シューズ〈ラビット〉を駆使し、着実に対象に近づいている海斗。彼の周囲に、御園の姿はない。

男は何度か振り返りはするものの、攻撃をする素振りは全く見せない。あくまで海斗や御園を撒くのが目的のようだ。

男が、幾度目かの跳躍をした直後、海斗は(ふところ)からレーザー拳銃を取り出し、男に向けて発砲した。

海斗の武器はハンマー型の〈ウコンバサラ〉のみだと思い込んでいた男は、そのレーザーに反応できず、左腕に被弾する。余裕を持って飛躍していたため、ビルの屋上に着地はできたものの、その減速を利用して、海斗は一気に追い詰めた。


「どうする?投降するか?」


〈ウコンバサラ〉を構え、海斗は問う。

が、男は答えない。それどころか、再び逃走を始めようとしている。

投降の意志は、ない。


「…やれやれ」


海斗が呆れ、ため息を吐く。その海斗の耳すれすれを、一発のレーザー弾が通り抜ける。

そのレーザー弾に気づくのが若干遅れた男は、間一髪で避けはしたものの、海斗に背を向ける形で動いてしまった。

海斗にその隙を逃す手は無く、容赦せずに〈ウコンバサラ〉を振りかざす。


「"オプレッション"………」


海斗が発したそのフレーズに、男は聞き覚えがあった。

つい先ほど、巨大タコに海斗が使った形態だ。あれを喰らえば、麻痺状態に陥ってしまう。


「喰らうわけには……!!」


男は背後を確認せず、焦って横に跳躍した。


「なーーんてな」


海斗の嘲笑と共に、男は左肩の痛みに襲われた。その痛みは、海斗の持つ〈ウコンバサラ〉によるものではない。先ほどの狙撃と同じ人物によるものだった。

男は辺りを見渡すが、狙撃手は見当たらない。


「ナイスだぜ、御園たん」


海斗がニコニコと笑っている。

男は絶体絶命のピンチ。海斗と御園はどんどん追い込んでいく。


「さぁ、投降しろ」


そう言って、海斗が詰め寄った次の瞬間、


「ぐっ……ッ!!」


男は海斗の腹に、思い切りパンチを繰り出した。海斗は思わず後ろに退がってしまう。

その隙に、男は逃走してしまった。


「くっ…待て!!!」


海斗の叫ぶ声だけが、虚しく東京の空に溶けていった。



異常患者(グローバー)へと化した親友、殿町優斗(とのまちゆうと)の抹殺指令が出た。

もう、ついさっきまでの殿町優斗に戻る事はない、そう判断されたのだ。


もう、この世に必要ないバケモノだと………


迅も充分すぎるくらいに理解していた。

たった一人のバケモノを放置して多くの犠牲者を出すより、そのバケモノを排除して被害ゼロにした方が、当然良い選択なのだ、と。

でも、それでも、迅には友人を殺すという決断ができなかった。

こんな事もあると、覚悟していたはずなのに。


迅は、自分がまだまだ弱いと確信する。


戦闘力の高さと精神の強さが、常にイコールで結ばれるわけではないことも。

気づくと優斗は、校舎の壁の塗装工事のための足場を崩し、鉄柱を一本抱えた。そしてその鉄柱を、容赦無く、無差別に振り回す。

狂気の優斗に怯えた生徒たちが、悲鳴を上げながら逃げまとっている。


「…くそッ……!!」


もはや、選択の余地はなかった。


「〈ラビット〉-三重(トリプル)


迅は跳躍し、〈デュランダル〉で鉄柱を止める。だが、異常患者(グローバー)となってしまった優斗のパワーは、人間の域を超えている。迅は完全にパワー負けしていた。

迅は、"エクスカリバー"だけは発動させたくなかった。

目の前の親友を助ける方法を、打開策を、長けた思考能力で必死に練った。

だが、何も思いつかぬまま、迅はジリジリと押されている。

優斗に目をやる。

彼の目は、もう白黒が反転していて、夥しい量の汗が肌から噴き出ている。

荒く細かい呼吸。急激な体の発達に、本人自身が対応できていない証だった。

おそらく優斗は、放っておいても死ぬ。迅が戦うことで変わるのは、その死に何人が巻き添いを食うか、ということ。


もう、殿町優斗は助からない。


否定したくても、迅にはできなかった。


何度も何度も、この現実だけが、脳裏に浮かんでくる。


優斗が助かるという理想は、脳裏には浮かばない。


認めたくない現実と同時に、優斗との何気無い思い出が蘇ってくる。


初対面の時から慣れ慣れしくて、授業中も騒々しくて、休み時間も甲高い笑い声を教室に響かせていた。

迅の誕生日を祝ってくれた。別に教えていたわけでもなく、優斗が迅と同じ中学の生徒に聞き出して、プレゼントを誕生日にくれたのだ。誕生日がクリスマスだったということもあり、優斗がくれたのは、少し高そうなマフラーだった。そのマフラーを、迅は寒ければ使っている。

時にケンカもした。言い争った。どうでもいい理由で、どうでもいいことで言い争った。でも、最後は二人で笑っていた。


殿町優斗との思い出は、かけがえのないモノだ。それが今、迅が優斗を刺す事によって、壊されてしまいそうな気がする。


その迷いが、躊躇が、迅の判断を鈍らせていた。


「くッ……殿町ィ!!!」


迅が叫んだその瞬間、優斗の体は空を切り、グラウンドで何度かバウンドした。


「種原君、交代だ。ここは俺達が引き受ける」


蒼夜(そうや)さん…」


迅の目の前に立っていたのは、武装をした猪狩(いかり)蒼夜だった。

パンチを繰り出した体勢からみるに、優斗を殴り飛ばしたのは蒼夜だろう。


『種原。お前は逃げたヤツを追え。東京湾に向かって逃走中だ。潟上と篠宮に加勢をしろ』


「…でも……」


「今の迅さんには、あの異常患者(グローバー)は殺せません」


兄・蒼夜の隣に立ち、迅に向けて言葉を発したのは、妹・輝夜(かぐや)だ。


「''普通の人間''は、友達を簡単には殺せません。そんな簡単に割り切れるモノではないでしょう?それが、どんなに割り切らなくてはならないことでも」


迅は、何も返せない。的を射ているからだ。


「迅さんの気持ちはわかります。だから、今は退()いてください。たとえ自分で()らなくても、見ているだけでも気分は悪くなります。今、朝陽(あさひ)ちゃんに、生徒達を見えないところに連れていってもらってますから」


迅は、その言葉に従うしかなかった。コクリと頷いて、優斗が視界に入らないように、迅は背を向けた。


「種原君」


蒼夜が迅を呼び止める。

蒼夜は、迅の方は向かずに、優斗だけを見つめたまま、


「これが…俺達の仕事だ。覚悟を決めないと、死ぬよ」


「……はい」


迅は、〈ラビット〉を使って、後ろは振り返らずに、飛んだ。

心を切り替えて、いや、切り替えたつもりで、迅はインカムに問いかける。


「椎名さん、状況は?」


『何も変わってない。逃走方向は依然東京湾の方角、こちらと戦う素振りは見せていない』


迅はその報告に、疑問を抱いた。


戦う素振りは見せていない?


なぜ、戦わないのだろう。


優斗にウイルスを撃ち込むという行動を起こした時点で、迅達と戦うハメになることは明白。まさか、戦っている間に逃げられると思ったのだろうか。

いや、もし御園と海斗があの場に残って優斗と戦っていたとしても、猪狩兄妹や朝陽が追っ手となるはず。結果としては今の状況と変わらない。


なのに、なぜ…?


数で劣っているから?


他にも、なぜ屋上を転々と逃げる必要があるのだろう。普通に街中を逃げれば、無差別に人間を異常患者(グローバー)化させて追っ手の足止めをすることは十分に可能。なのになぜ、人の少ない、もはや早朝に人はいない屋上を逃げるのか。

人目を避けるのは、自分の顔が割れるのを防ぐためか。それなら合点がいかなくもないが………


「…ん?」


迅の頭に浮かんだひとつの可能性が、迅を小さく唸らせる。


人目を避ける?


数で劣っている?


敵の逃走方向は東京湾。


大感染(パンデミック)以降、東京湾での漁業は壊滅、つまり朝のこの時間帯に、東京湾岸に人はいない。


そこでなら顔は割れない。思う存分戦うことができる。


つまり、敵の狙いは……


「御園!!海斗!!追うのをやめろ!」


迅は思い切り叫んだ。


『種原君…どうして?』


『なんでだ種原。ここで逃がしたら……』


「これは罠だ」


迅がキッパリと断言する。


「敵ははじめから、俺達に勝てないことを折り込んで逃走している。だがその勝てないと割り切れた理由は実力ではなく、数だ」


迅の憶測に過ぎないが、敵ははじめから、迅達には勝てないと踏んでいたのだろう。もし、やり合えていたとしても、後から援軍がくれば一貫の終わり。

迅は端的に、結論を述べる。


「敵の逃げた先に、援軍がいる。そこで数の不足は補える。このまま追ったら敵の思う壺だ」


敵は逃げている男を囮にして、御園や海斗を誘い込んでいるのだ。このまま追って行ったら、おそらく勝ち目はない。


「でも…追えって言ったのは種原君だよ?」


御園にそう返され、迅は少し弱った顔をする。


「状況が変わったんだ。頼む、信じてくれ」


ひと呼吸おいて、


「もう…仲間を失いたくないんだ……」


少し枯れた声で、迅は嘆願した。


切実な願いだった。


しばらくの間沈黙が流れ、椎名が口を開けた。


『撤退しろ、潟上、篠宮。敵が逃げてくれるのなら、今はそれでいい。まさか今までの事件が全て、その男一人の仕業、ということもないだろうしな』


椎名が御園と海斗に命じた。

迅は安堵の息を吐く。


『篠宮、了解』


『……潟上、了解っス』


二度(にたび)、安堵の息を吐く。

知らないビルの屋上で、迅は腰を抜かして尻もちをついていた。



東京湾。

ひと気が全くなく、波の音が鮮明に聴こえてくる朝の時間。

こ静寂な時を過ごせるこの時間に、人の話し声が聴こえるのはごく稀である。


「あら、戻ってきたのは雷杜(らいと)だけ?公安の子達はどうしたの?」


髪が長く、長身の女が、建物の屋根から飛び降りる男に問いかける。男は撃たれた左肩の痛みに悶絶しながら、女へと歩み寄る。


「いたたたた...いや〜それがねー五海(いつみ)ちゃん、途中から追ってこなくなったんだよ〜」


「その"五海ちゃん"って呼び方、気持ち悪いからやめてもらえるかしら」


「まぁまぁ、いいじゃないの〜」


「嫌よ」


四谷雷杜(よつやらいと)天童五海(てんどういつみ)の言い合いをよそに、別の少女が建物の屋根に飛び乗って、雷杜が来た方角を見つめた。


「ホントに誰も来ないみたい。来るどころか帰って行ってる」


三郷(みさと)、よく見えるな」


「だって延長能力(オーバーアビリティ)だもん」


「……知ってるよ」


清廉純白そうな少女・三郷が、いかにも強そうな身体つきの大男に真面目に返す。

そこは可愛い反応を求めていた大男は、残念そうにインカムを指で叩く。


「おーい信樹(のぶき)。公安の連中は撤退したそうだ」


『そうか。ごくろうだったな鉄二(てつじ)。帰って来ていいぞ』


「…良いのか?追って来てたの、捕縛対象だっただろう?」


鉄二が、インカムの向こう側にいる信樹に問いを投げかける。


『ああ。捕縛対象が追って来ることも、撤退することも、全部予知通りだ』


「予知通り?じゃあお前、無駄になることを解ってて俺らをこんな朝っぱらから働かせたのか?」


鉄二が解せなそうに言う。


『ハハハハ、悪い悪い。戻ったら今日は自由にして良いから』


「そうですかい。ならそうさせてもらいますよ」


ハァー、と、鉄二はため息を吐く。


「で、予知通りって事は、この前言ってた、『興味深い新人が公安に入る』っていうのも、予知通りか?」


『ああ。予知通りさ』


「その新人さんは、今回絡んで来てたのか?」


『ああ、活躍していたよ。実に興味深い』


信樹は楽しそうに笑いながら、余裕そうにしている。

鉄二は海を眺めながら、ポケットから煙草を取り出して、口に咥える。


「てことはその新人も………」


ライターで煙草に火をつけ、鉄二は思い切り副流煙を吐き出した。





To be continued……

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