『延長能力-オーバーアビリティ-』
Happy Hallowe'en‼!
御園と共に自宅を出発し、学校への通学路を歩く迅。自宅から学校まで近いため、自転車や電車を利用する必要もないため、姉・鏡しか働き手がない今、経済的にも助かっている。
「……………」
「……………」
出発したは良いものの、会話が今のところゼロ。女子との付き合いが不得手の迅は、とりあえず先ほど言われた延長能力について訊ねることにした。
「あ、あのさ…さっき言ってた延長能力って…」
「…………」
御園は反応しない。最初は突然話しかけられて驚いてしまったのかと思ったが、横にいる御園は、スマートフォンの画面に夢中になっていた。
近年は"ブレイナー"が主流になり、スマートフォンを使う人はかなり減ったのだが、用途によっては使いやすいなどという理由で、今もスマートフォンを利用する人も、数多くいる。
「おーい、御園?」
御園はスマホに夢中で気付かない。
迅は、何をやっているのか気になり、そっとスマホの画面を覗いた。
「あ、ナンプレか」
「ん?ひえぇぇぇっっ!!?」
「え…えええぇっ!?何?今の反応!?」
流石に耳元で囁かれたら気づくのだろう。至近距離に迅の顔がある事に驚き、御園は変な声を上げた。
御園の過剰な反応には迅も驚いたが、心を落ち着かせるために話題を転換する。
「…ナンプレ好きなの?」
「ナンプレ…知ってるんだ」
「そりゃもちろん。俺も結構やってたからね」
ナンプレ。正式名称はナンバープレイス。9×9のマス目があり、縦列、横列、九つに分けられた3×3のマス目の中に1から9の数字を重複しないように配置するパズルだ。
雑誌やネット上で公開されているナンプレは、もともといくつかのマスに数字が入っていて、それをヒントに全てのマスを埋めることでナンプレが完成する。
どうやらそのナンプレに夢中になり、迅の声が耳に届かなかったらしい。
「それ、そんなにムズいのか?」
「え?あ…うん。私も結構得意なはずなんだけど、その問題は難しくて……」
「ちょっと貸してみ?」
「え…うん」
御園は、迅にスマホを渡す。迅は数秒だけ画面を見つめると、すぐさま画面に指を当てて数字を入力し始めた。それも、迷うことなく、止まることなく。
「ほい、できた」
一分かかったのだろうか。そのくらいの速さで、スマホは御園に返ってきた。
画面には、CREARの文字が浮かんでおり、その表示を消すと、ひとつも間違いなく数字が当てはめられたナンプレが完成していた。
「え…え?できちゃった…の?」
御園が信じられないといった様子で訊ねてくる。
「う、うん...あ、もしかして自分でやりたかったか?だとしたら...ごめん」
「ううん...気にしてないけど...難易度マックスの問題だよ?」
「…そ、そうだったの?」
言ってしまえば、迅にとっては先ほどのナンプレは簡単だった。一目見ただけで、どんどん頭の中でナンプレが完成していき、完成してしまったのだ。
そんな事を思っていると、御園がスマホを制服のスカートのポケットにしまい、真剣な眼差しで迅を見つめた。
「種原君。延長能力って知ってる?」
「へ?」
唐突な問いに、迅は素っ頓狂な声を出してしまう。先ほど迅が持ち掛けた話題であることは、言わなくてもいいだろう。
「…噂話程度になら」
「そっか…なら、教えてあげるね」
御園は優しく、小さく微笑んだ。
「延長能力。都市伝説とまで言われてるけど、本当に延長能力は存在してて、それは人間の能力の延長線上に位置する、人間の限界を超越した能力の事を言うの。一般に存在を明らかにしてるわけじゃないから、知らない人も多いんだけどね」
それが、都市伝説とまで言われる理由である。
「人間の能力の延長線上……」
「そう。例を挙げると、耳が異常に良かったり、記憶力が異常だったり、周囲の気配に極度に敏感になったり、私の場合は、目が異常に良いんだ」
迅は家での御園をセリフを思い出して、「そういえば」と口を開いた。
「俺の家でもそんな感じのことを言ってたね」
「…私の延長能力は【万里双眼】って呼称で呼ばれてるの。大体一キロくらい先の看板の文字をなんとか読めたり、異常患者のウイルス体内侵食率も、一目で大体読み取れるんだ」
「…要は、超視力ってこと?」
「簡単に言えばそんな感じ」
迅はようやく、家でのあの言葉の意味を理解した。御園は鏡を見て、ウイルスの体内侵食率が高めなのを見抜いたのだろう。だとすれば、一刻も早く検査を受けされなければならない。
「でも、なんで今それを?」
「種原君は…多分延長能力を持ってるから」
「……………」
沈黙が生まれる。迅の顔はだんだん驚いた顔に変わっていき、まだ半信半疑といった様子だ。
「…信じられないって顔してるね」
「そりゃあそうだろ…いきなりそんなこと言われてもな……」
「でも、種原君の思考速度は異常だよ?未来予知に至る思考能力なんて、聞いたことないし」
やはり、自分の先読みのような能力は異能らしい。迅は信じられなくても納得せざるを得なかった。
御園は学校への通学路を歩きながら、さらに続ける。
「ついでに、異常患者の事も教えておくね」
「ああ」
「まず、異常患者には、三つのパターンがあるの」
指で三を作り、御園は説明を続ける。
「一つは、ウイルス【GW-01】が体内に侵入すると、侵入したウイルス量に応じた変化が起きるパターン。十人が異常患者化したら、半分以上はこのパターンになるね。特徴として、白目と黒目の色が逆転して自我を失っちゃうの。公安では〔フェーズ3〕って呼んでる」
先日、迅が交戦した異常患者は、おそらくこの〔フェーズ3〕なのだろう。
「二つ目は〔フェーズ5〕、体内侵食率が上がっても自我を失わないパターン。体内侵食率が七十パーセントまでなら自我を消失せずに眼球の色も変わらない。でも、ひょんな事で何が起こるかわからないから、要観察が必要なの。種原君のお姉さんは、この〔フェーズ5〕に分類されると思うよ」
なんで〔フェーズ4〕はない?と、思ってしまった迅だったが、あくまで呼称であり、そういうランク付けをした上での呼称ではないと考え、スルーしておく。
「で、あとひとつは?」
迅が人差し指を立てて問う。
「三つ目は、侵入したウイルスが身体のどこかの神経細胞と合成し、その神経が通う部分の能力のみを異常発達させてしまうパターン。このパターンはウイルスが細胞に溶け込んでしまうから、ウイルスの体内侵食率は必ずゼロって測定されて、自我も失わないの」
迅はピンと来て、「あっ」と声を漏らす。
「心当たりがあるでしょ?」
「それって……延長能力の事か?」
御園はコクリと頷く。
「そう。延長能力の所持者、有能者って呼ばれてるんだけど、その有能者こそ、このパターンに当てはまるの」
「…つまり、有能者は異常患者って事か?」
「うん。そうなるね」
迅がふむふむと納得し、それを見て御園が微笑む。が、迅が突然御園の方へと顔を向けた。御園は驚き、迅から一歩離れてしまう。
「な…なにかな?」
「そういえば御園さ、昨日までは俺とまともに会話してくれなかったのに、今日は結構話せてんなぁと思って」
「え……」
みるみるうちに、御園の顔が赤く染まっていく。そして聞こえてくる、小さなうなり声。
しばらく、と言っても数十秒ほどだが歩いて、御園は突然歩くペースを速めた。
「ちょ!?御園!!?」
「もうすぐ学校着くから!!」
「いや!意味わかんないから!」
足速に前を歩く御園を、迅が困惑気味に追いかける。あっという間に迅と御園の通う高校の校門が見えてきた。
そのとき、
「きゃあぁぁぁぁあっ!!!!!」
学校の校庭から、数人の女子生徒の悲鳴が聴こえてくる。
迅と御園は、金網フェンス越しにグラウンドに視線を向ける。
「なっ……!!?」
「なんでこんな所に異常患者が⁉」
学校の校庭に堂々と姿を見せているのは、ウイルスによって異常発達してしまった、巨大なタコ。
相当量、もしくは高濃度のウイルスを打ち込まれたのだろう。通常の数十倍の大きさになってしまっている。
巨大タコは、無差別に生徒を襲っている真っ最中だった。
「御園‼」
「うん!!」
二人はフェンスを飛び越えて校庭に入ると、それぞれケースにしまっていた武器を取り出し、起動を命じた。
「〈デュランダル〉起動!!!」
「〈シムナ〉起動!!!」
二人の武器が、音声と共に起動される。
そして、それにほぼ間を入れず、
「〈ラビット〉!六重!!」
迅は巨大タコに向けて跳躍した。
物凄いスピードで空を切る迅は、その勢いに乗ったまま、巨大タコに強烈な蹴りをお見舞いする。
新手からの痛打に、呻き声をだす巨大タコ。
着地した迅は、起動した〈デュランダル〉の刃を巨大タコに突きつける。
「おいおいタコさん、ここにお前のいるべき場所はないぞ」
その迅の横では御園が、拳銃型"リジェクター"〈シムナ〉の銃口を、巨大タコに向けていた。
To be continued……