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Tokyo Adaptor  作者: 四篠 春斗
配属編
10/63

『篠宮御園』

「公安局環境管理課に入った?しかも一係って……」


迅の姉である(かがみ)が、箸で摘まんでいた肉団子をポロッと皿に落とす。彼女の眼差しは、向かいに座る弟に向けられている。


「また…私のため?」


小さな声で、鏡が問う。


「うん」


「この前剣道やめて剣術始めたばかりでしょ?」


「高校入る時に剣術始めたから問題ないでしょ。何度も入退部繰り返してるみたいに言うなよ」


「でも…長続きしない子だと思われ……」


「やめないよ」


鏡の言葉を遮って、迅は断言した。


「姉ちゃんを守るために公安に入ったんだ。やめるわけない」


鏡は、迅の目を見て、異論を唱えることはできなかった。敵を威圧するような覇気を纏った迅の視線が、鏡にそれを許さなかったのだ。


「でも…答えを出す前に相談して欲しかったかな」


鏡がこう言うと、迅は急に弱った表情になる。


「それは…ごめん」


自分の非を認め、素直に謝辞する迅。

その様子を見た鏡は、堪えきれずにクスリと笑う。


「フフフ…迅って、可愛いのね」


「……は?」


「がんばってね」


「…え?」


「公安のお仕事、がんばってねって言ったのよ?」


鏡は、さっき落とした肉団子をもう一度摘み、口の中に入れた。

迅の摘まんでいた肉団子が皿に落ちる。もう少し反論されると思っていた迅は、戸惑いの顔を浮かべる。


「お姉ちゃんは、迅がやるって決めたんなら、それを応援するだけよ。がんばって、お姉ちゃんを守ってね?」


鏡は、まるで天使のような笑顔を咲かせた。その笑顔の花に、実の弟である迅も、しばらく見惚れてしまう。


「……迅?」


鏡が迅の顔を覗き込む。


「え?あ、いや。なんでもないよ。それよりも、ありがとう。頑張るよ、姉ちゃん」


「…うん!」


迅は、ホッと一安心する。とりあえず、鏡に環境管理課への配属を認めてもらうことができた。これで気兼ねなく公安関連の話題を持ち出せる。


「それで早速なんだけど、明日俺のパートナーの公安局員がウチに来るから。来るって言っても俺のこと迎えに来るだけだから、そんなに準備とかしなくてもいいんだけど」


「明日?明日は学校でしょ?」


「同じ学校なんだ。同級生だよ」


「あー、なるほど」


大食いだが太らない体質の鏡が、口いっぱいにご飯を頬張る。その食べっぷりに恐れ入った迅は、苦笑いを浮かべた。

とりあえずひと段落、と言ったところだろうか。

勝手に公安局入りを決めたのは良いものの、鏡が素直にYesと言ってくれるかどうかは定かではなかった。最悪、鏡が公安局入りを取り消してしまう可能性もあったはず。

だが、鏡は公安局入りを許してくれた。それも仕方なくではなく、応援までしてくれている。

迅は、居間の壁に立て掛けてあるギターケースを見やる。そのギターケースには、もうひとつの相棒〈デュランダル〉。


「よろしくな。これから」


迅は小さく微笑んだ。

ボソボソと音を聴いていた鏡が、不思議そうに迅を見つめている。


「どしたの?」


「いや、なんでもない」


迅は楽しそうに、再び満面の笑みをこぼした。



「種原君には、明日から御園とペアを組んでもらう」


その言葉を聴いた瞬間、御園の思考回路はメチャクチャになる。

言葉の意味を理解するのに、どれだけの時間を要しただろう。そして理解した途端、自然と声を張り上げていた。


「えぇぇぇ〜〜〜っ!!⁈」


全員の視線が御園に集まる。

顔は真っ赤に熟れてしまい、御園は勢いよく顔を隠す。

蒼夜(そうや)や海斗、朝陽や椎名がフムフムと頷き、輝夜(かぐや)は「やっぱり」と、何かを再確認している。

そんな中、一人歩みを進めてこちらに近づいて来る男が。

男は御園に手を差し出すと、


「じゃあ、改めて、よろしく」


男=種原迅は、ものすごい純粋な笑みで御園に視線を向けている。こちらの心情を理解している顔ではない。

学校で迅は、先読みに至る能力を持っていると噂されているが、この様子では信じ難くなってしまう。

そして何より、御園にとって迅とは……


「し、椎名さん?!ど…どうして私とたた種原君なんですか?!」


直後、椎名は質問の意図を汲み取れずに首を傾げ、迅は少し悲しそうな顔をした。おそらく、嫌われていると思ってしまったのだろう。


むしろ、逆なのだが………


「いや、篠宮、今ペアいないだろ?だからだ」


サラリと答える椎名課長。この横には迅も立っている。鈍感コンビだ。ある意味一番お似合いだろう。

だが、そんな事を言えるはずもなく、


「朝陽ちゃんとか!ペアいないですよ!?」


と、返す御園。


「は?ちゃんといるわよペアは!何言ってるんですか御園先輩!」


先輩は付けるけど、敬語とタメ口が混ざった口調の朝陽が即座に返答、それに続いて、インカムから声が聴こえてくる。


『ホントだよぉ〜。この可愛いスーパープログラマー、三枝茂祢(さえぐさもね)の事を忘れるなんて、ひどぉ〜い』


「あ……」


茂祢の声を聴き、そう洩らす御園。

三枝茂祢(さえぐさもね)は、公安局屈指のハッカーで、朝陽のホログラム作戦の手助けをしている。朝陽は自分のホログラムは自分で操作可能だが、場合によっては茂祢がする事もある。また、他の人間のホログラム作成なども担当する、凄腕のロリ美少女らしい。だが、重度の引きこもり症で、部屋から一歩も出てこないため、御園はまだ顔を見た事がない。ちなみに歳は十五歳だそうだ。


「私には茂祢がいるので。それに種原先輩とは組みたくありません」


「種原先輩」だけ嫌々言いながら、朝陽が断固拒否する。迅はもうシュンとしてしまっている。


「というわけだ。御園、これからお前が種原の世話係だ」


合格になった途端、呼び方が変わる椎名が、御園に命じる。


「うう……」


別に嫌なのではない。むしろ嬉しい。だが、嬉しすぎて仕事に支障を来す可能性が大だ。なんとかペア解消を図りたい……と、思っていると、


「椎名さん…彼女、俺とペア嫌みたいなんで、俺も一人で良いですよ」


と、迅が言ってしまった。


「わあぁぁぁぁあ〜〜〜っ!!」


壮絶な罪悪感に襲われた御園は、大声を上げた。


「ご、ごめん種原君!!ペア組もっか!!これからよろしくね?」


急な変わり身に驚いたのか、迅はたじろぎながら縦に数回首を振った。


「お…おう、よろしく」


「う、うん……」


どうしよう……決まっちゃったよ…


御園は困惑と心の高鳴りが入り混じってわけがわからなくなる。今からこんな調子で、これからやっていけるのだろうか。

そんな心配はお構いなしに、椎名は眈々と事を進めていく。


「じゃあ篠宮、明日は月曜日だから学校だろう?種原と二人で登校でもして、公安局環境管理課(ウチ)について詳しく教えてやってくれ」


もう、やるしかない。決まってしまった以上、やると言ってしまった以上、やるしかない。

それにこれはチャンスだ。迅にアピールするチャンスだ。明日から話す機会は山ほどある。たくさんアピールして、きっと迅を……

御園は緊張を気合に変え、小さく「よしっ」と声を出す。

その背後では、


「あのー、俺も一応種原と同じ学校なんですけど……」


「ああ、そうだったな潟上(かたがみ)。忘れてた」


「ひどいっ!!」


というやりとりが交わされていた。



迅の公安局環境管理課一係への配属が決まった翌日の朝、迅の生活はというと、特に変化はなく平常営業だ。夏用の制服を身に纏い、姉の鏡が作る朝食を摂る。

朝の準備を終え、あとは出発するだけとなった頃、インターホンが来客を知らせた。


「はいは〜い」

使った食器を洗っている最中だった鏡が、エプロンで手の水気を取りながら、駆け足で玄関へと向かった。


「お…おはようございます。種原く…じゃなくて、迅さんはいらっしゃるでしょうか…」


「………誰?」


鏡は、目の前に立つ美少女に目を奪われる。

鮮やかな黒髪、藍色に近い眼。着ている制服には、迅と同じ高校の校章が描かれている。

迅と同じ高校の美少女が、迅に用があって朝早くからウチに来た……?


「あ、おはよう御そ……」


「迅とどういう関係なの!?!!」


来客を前に、開口一番これだ。迅と御園は揃って、


「「へ?」」


と、苦笑する。

鏡は目を輝かせ、迅と御園を交互に見やる。

御園を見る目は、まるで御園を品定めするような目で、迅を見る目は、「ようやくガールフレンドができたのね!」という目だ。


「言っとくけどな姉ちゃん、御園とは公安の仕事でペアを組む事になったってだけで、彼氏彼女の関係とかじゃないからな」


誤解を解かねばと、迅が口を開く。それを聞いた御園は、少しばかり落ち込んでいたが、迅が気づくわけがない。


「ふーん、そうなんだ。御園…ちゃんだっけ?迅のこと、よろしくね」


鏡も一応納得したようで、御園ににこやかに語りかけた。


「は、はい。篠宮御園です。こちらこそ、お世話になります。ところで……」


「…ん?なにかな」


話題を切り替えた御園だが、鏡の問い返しに答えるまで、ほんの少し間が生まれた。その()(あいだ)、御園は鏡の首元にある傷痕に視線を向けていた。


「その.....種原君のお姉さんは、四年前の《大感染(パンデミック)》で感染したんですか?」





言いにくそうに紡がれたその問いに、迅も鏡も即座に言葉で答えることはできなかった。

唐突な質問だった、というのもある。だが、今会ったばかりであまり会話も交わしていない、親しくもない状況で、鏡が感染していることに気付いた事への驚きがいちばんの理由だ。



「…してないよ。突然どうしたの?」


ウソをついたのは、鏡だ。確かに感染者当人は、なるべく自分が感染している事は公表したくないだろう。


「ウソをついてもムダですよ。お姉さんは感染していますよね?」


「「…え?」」


そのウソは、御園にあっさりと見破られた。

迅と鏡は困惑し、瞬きの回数が増える。


「こんなこと訊いてすみません。ですが、近日中に検査を受けた方が良いと思いまして....し、失礼しました!じ、じゃあ、行こっか、種原君」


後半は焦り気味になっていた御園は手短にそう言うと、足早にその場を去ろうとする。


「では!お邪魔しました!」


「おい‼待てよ御園!!」


〈デュランダル〉の入ったケースを肩で背負い、迅は御園を制止する。


「近いうちに検査って、姉ちゃん一週間前に定期検診で問題ない数値だったぞ?それに、その前のウソを見抜いたのも、あれって…」


御園は振り返り、迅と鏡に藍色の(まなこ)を向ける。


万里双眼(マイルズスコープ)


そして呟く。


「私の…延長能力(オーバーアビリティ)



通勤・通学ラッシュの東京各駅。

行き交う人々を、金髪碧眼の少年は楽しそうに見下ろしていた。

少年の横には、水槽に入れられた一匹のタコが。


「公安に結構面白そうな新人が入るって信樹の予知、当たってたみたいだね~」


少年は、水槽のタコに手を伸ばし、なんとかつかみ上げる。


「うわぁ……俺タコ苦手なんだよね…食うのも」


ブツブツと言いながら、少年はタコに何やら薬品を注射し始めた。

そして注射を終えると、そのタコを思い切り地上に向かって投げ飛ばす。投げられた先には、ある学校がある。


「さあ、お手並み拝見と行こうか」


少年は不敵の笑みを浮かべて笑った。





To be continued……

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