激痛の果てに手に入れたもの
昼も夜も絶え間なく襲う激痛から解放され、全く力の入らない手で木酌を持ち、掬った聖水を何度も飲みます。喉の渇きを潤した後、一人静かな空間で私は思いにふけります。
耳を触る両手に感じる感覚は、しっかりと長く尖った耳を感じさせてくれています。体つきを見れば、尖った耳以外は、これと言った変化はないように思えます。聖水に移る私の顔が、何処となくミヤビちゃんやマツリちゃんに似ているような気がします。後で知ったのですが、この『エルフ薬』の元となったモノ(アスカさん曰く遺伝子と言うらしい)は、ミヤビちゃんとマツリちゃんから採取したものだそうです。元の体をベースに、薬の中の遺伝子を取り込むため、2人にそれとなく似ていても不思議ではないそうだ。
「わたくし…。とうとうエルフ(と人間のハーフ)になったんだ…。」
なんだかうれしくて、切なくなってきます。そんな時間は、目の前の鉄扉が開かれることで終わりを迎えます。
まぶしい光の中で、最初に部屋の中に飛び込んできたのは、お父様でした。その後ろには、お母様と弟の姿もあります。
「エリザ、無事か?」
開口一番、お父様は、私の無事を確認してきました。私は、耳を弄っていた手を、そのまま耳を覆い隠すようにしています。
「はい、この通り無事…です。今は何もする…気力はありませんが…。」
「そうか!無事か!…ところで、…成功したのか?」
「…ハイ、大成功です。」
私は、耳を覆っていた手を離し目の前の鉄格子を握ります。手を離した瞬間、エルフ族の象徴である長く尖った耳が姿を現しました。
「おおー!!!」
その場にいた全員から、感嘆の声が上がりました。本当に種族が変更するとは、露にも思っていなかったからです。実験体となった私でも、いまだに信じられません。
「それよりもあなた、いつまでもエリザを檻の中に入れておかないで、外に出してあげましょう。」
お母様の言葉で我に返ったお父様は、自らの手で私を拘束している枷を外していきます。1日ぶりに檻から出された私は、自分の力で歩くこともできずに、毛布に包まれた状態でお父様にお姫様抱っこされています。
「今日はゆっくりと休みなさい。明日には、アスカ殿に連れられて迷宮都市に向かうんだろ?」
「…ハイ、そうすることにいたします。」
私は、お父様にお姫様抱っこをされたまま自室のベッドへと向かい、ベッドに入った途端そのまま意識を手放しました。
私が目を覚ましたのは、西の空に太陽が沈みかけている時間でした。
むくりとベッドの上で起き上がる私を、侍女の1人のサーシャが発見します。
「エリザ様、起きられても大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとう、サーシャ。まだ少しふらふらするけれど、もう大丈夫よ。」
私は、カラ元気をサーシャに向けます。
「だめですよ、エリザ様。カラ元気なんか出しても、それ以上は動くことができないんでしょ?」
「ばれてたか!サーシャにはかなわないな~。」
「それは当たり前ですよ、エリザ様。エリザ様は生まれた時から専属侍女である私には、エリザ様のことならば、王妃様よりも理解しているつもりです。
さあ、明日のためにも、今日は英気を養っておきませんと、アスカ様の顔を見れなくなりますよ。身支度は明日の朝にいたしましょう。」
「そうさせてもらうわ。喉が渇いているから、聖水をくれないかしら。」
「そう言えば明日の朝までは、聖水以外お口にできないのでしたね。」
そういいながらサーシャは、ベッドサイドに置かれているコップに聖水を注いでくれて、私の口元まで持ってきてくれます。今更気づいたのですが、今の私は薄い下着を1枚だけ羽織っている状態です。この格好は、いつも私が寝るときの格好ですね。誰か…と言うか、サーシャしかいませんね。
「着替えさせてくれたのはサーシャね。ありがとう。」
「いくら自室とはいえ、いつまでも裸のままではお風邪をひかれてしまいます。昨日は薬の処方のため、裸で1日過ごすのは仕方がなかったのですが。あのような冷えた空間で、1日裸で過ごされていたためか、ずいぶんとお体が冷えておりました。そのため、この部屋も暖かく保っております。」
サーシャの言う通り、この部屋の温度はとても暖かいです。私は、そんな気遣いに感謝しつつ、明日のために英気を養うことにしました。まだベッドから動くことができないため、出来ることはそんなにもないのですが。
夕食の時間になっても、私は部屋を出ることはしませんでした。皆がおいしく食事と摂っている横で、空腹を我慢して、何も食べないでただ見ているだけの拷問を、わざわざやろうなんて言う考えは持ち合わせていません。お父様たちも、私が目を覚ましたことは伝わっているはずなのですが、私が部屋から出ないことを咎めてくることはありませんでした。
翌日、いよいよアスカさんたちと一緒に、迷宮都市に旅立つ日が来ました。
アスカさんとの待ち合わせは午後2時ごろ。
朝起きてすぐに、サーシャが卵粥を持ってきてくれます。それを朝食として口に入れた後、2日ぶりにお湯に浸かります。入念に体を洗った後、身支度を整えて出発する時を待ちます。
今日の私の服装は、黒色のハイネックのインナーにピンク色のワンピース。その上にピンク色で白のセーラー襟のあるブレザー。ミヤビさん曰く『ハ〇テのごとく!と言うマンガ?で、主人公たちが通う私立白〇学園の女性制服』だそうです。
家族と昼食を摂った後、リムジンに乗り込んで、外周区にある騎士団訓練場にお父様とともに向かいました。お母様は現在、『エルフ薬』を飲んでいるため、私がいたあの部屋の中らしいです。お母様は、これと決めると、いつも行動が速いですね。まあ、その影響と言か癖は、私にもしっかりと受け継がれていますが。
「やはりこの自立走行型魔道馬車と言う乗り物は、とても似り心地がいいですね。いくら舗装してあるとはいえ、王都内でも馬車は結構揺れましたから。」
まったく揺れないリムジンの中で、私はオレンジジュースを飲みながらそう呟きます。馬車の時には、動いている最中に飲み物など飲めませんでした。
「そうだなエリザ。文字を読んでいても酔う心配もないし、文字を書くこともできる。」
お父様は、何かの報告書か指令書かは知りませんが、サインをしながら私の呟きに答えてくれました。お父様が手にしている書類が、私に関係するものならば教えていただけるので、それまでは『見ざる・聞かざる・言わざる』が、世に中を上手に渡っていくためのコツだと、お母様からきつく言われています。
不必要な情報は手に入れてはいけません。
そんなことを考えていると、お父様から3つほどの袋を手渡されました。
「これは何ですか?」
不思議に思った私は、お父様に尋ねます。
「それらの袋の中身は私からの餞別だ。必要かどうかは知らないが、金子を少々入れてある。」
ズシリと一番重い袋数個を開けてみれば、中には銅貨や銀貨がぎっしりと種類別に詰まっています。少々という量ではないような…。
「あとの袋には、新たに発行された身分証と冒険者カードを入れてある。」
「新たに?」
「そうだ。エリザは所属が人間族からエルフと人間のハーフに変わったからな。新たに作り直さなければいけない。お節介だとは思ったが、エリザが寝ている昨日のうちに私が勝手に済ませておいた。」
「とんでもありません。とても助かります。確かに種族が変わってしまったので、新しく作り直さないといけませんね。カズハさんたちも作り直したのでしょうか?」
私は、何故か使えるようになった空間保管庫に、それらの袋を放り込みます。この中に入れておけば、盗まれる事も失くす事もないですからね。
「カズハとは、アスカ殿のとこの奴隷か?確認してみたら、しっかりと作り直しているみたいだぞ。それから、今はもう奴隷ではない。どうも種族が変わったと同時に、奴隷から解放されたみたいだな。」
そんなこともあるんだなと、苦笑しながら答えてくれます。
「そろそろ到着だな。エリザ。」
少し声色が変わったことに察した私は、姿勢を正してお父様と向き合います。
「なんでしょうか?」
「エリザ。怪我は…そもそも魔物と闘いに行くのだから、怪我をするなと言うのは無理な話だが。五体満足で帰って来い。元気な姿を私たち家族に見せてほしい。
エリザが帰ってくる頃には、私たち家族は全員種族が変わっているだろう。うまくいけば、エリザ付きの侍女なども変わっているはずだ。
迷宮都市につき、落ち着き先が決まったら連絡をよこしてきなさい。すぐにサーシャをそちらに向かわせるから。」
「はい解りました。アスカさんにもそう伝えておきます。」
「そうしてもらえると助かる。」
そんな話をしているうちに、騎士団訓練場の門をくぐります。すると、リムジンの窓越しに、巨大な船が鎮座していました。




