ナオミの異世界音楽団(その1)
アスカとマツリちゃん、ミヤビちゃんがそれぞれ異世界で仕事を見つけ没頭している傍らで、私は私が選んだ職業『吟遊詩人』になり、クエストを受けない日はただ街の片隅で歌いながら物語を語る毎日に嫌気がさしていた。
なぜかと言えば、アスカとマツリちゃんはともかく、ミヤビちゃんが始めた『ミヤビ農園』での売り上げが、私の『吟遊詩人』としての売り上げを超えてしまったためだ。
アスカとマツリちゃんが作っている魔導具(…アスカはそれ以外にもいろいろと作っては、この国の王家や貴族に売りつけている)は高性能であり、1つ1つの値段が高いため、そもそも私の稼ぎとは天と地ほどの差がある。
ミヤビちゃんには負けたくはなかった…。
私も何か作ってみたい…。私には、何ができるのだろう…。
そんなことを考えてた時もありました。
私が持っているスキルの中に『楽器制作Lv10』があったのを思い出してからの行動は早かった。
このスキルは、私が知っている楽器ならば、なんでも製作できるスキルだ。
私は、幼少のころから、いろいろな楽器を触っていた。特にピアノの腕は全国でもトップクラス腕前で、世界中のコンクールでいろいろな賞を受賞した腕前である。
そんなこんなで始めた楽器制作は、最初のころは困難を極めた。理由は、楽器にする材料だ。
木材1つとっても、使用する樹木の種類で全く違う音になってしまうからだ。いろいろと研究して結果、世界樹の森に生えている『ガーディアンツリー』が、最も楽器制作に向いていることがわかった。それで、ガーディアンツリーを狩りに行こうと(私は、世界樹の森の場所を知らない)アスカに相談したら、アスカから大量にガーディアンツリーを貰った。アスカ曰く、空間保管庫の肥やしになっていて使い道がなかったため、丁度いいので私に押し付けたらしい。
理由はどうあれ、貰えるものはしっかりと貰っておきます。
アスカから工房の1つを貰い受けた私は、早速楽器制作に励みました。目指す目標は、教会の壁一面にあるパイプオルガンです。
その前にピアノを作ってまた弾いてみたいなと思ったりもしています。
楽器を作るにあたり、最も大変だったのは『調律』でした。外観はうまく作ることができるのですが、調律がうまくできません。どうせ作るのならば、完璧なモノを作りたいのです。
この世界において、特に『演奏』と呼ばれる行為はまだまだ発展途上にあるらしく、「調律?なにそれ?おいしいの?」の世界です。
実際楽器として存在しているのは、打楽器と木管楽器のみ。調律作業が必要な弦楽器と金管楽器には、こちらに来てからまだ1度も見たことがありません。
その事はどうでもいいとして
調律についてアスカに相談したところ、
「調律、魔法で何とかできるだろう。」
と言いながら、鼻歌混じりで試作品1号ピアノに音程をエンチャントしていきます。鼻歌混じりで行ったことでも、仕事は完璧なアスカです。しっかりと調律されたピアノを、久しぶりに弾いてみました。
試しに弾いてみた曲は、私が得意としている楽曲の1つであるヴ〇ーベン作『ピアノのための〇奏曲 』です。久しぶりに弾いてみたのですが、間違うことなく完璧に弾けました。それから数時間、私の独奏会が始まり、午後のまったりとした時間を工房の皆と過ごしました。
それから数か月後。
私は、その場のノリでオーケストラに登場するすべての楽器を作ってしまいました。弾ける人材が皆無なくせに…。それを見たアスカは、こんなことを言いました。
「せっかく作ったんだから、それを弾く人材でも呼ぶか。」
「呼ぶ?」
私は、その単語に疑問を感じます。
「呼ぶと言ったら少し齟齬があるが…。
実はな。毎日長電話している転生神からの情報でな。私たちが暮らしていたあの町の、今現在の状況を聞くことができたんだ。」
「私たちが暮らしていた町って、確か、謎の大爆発で更地になったんだよね。」
謎の大爆発と、向こうでは言われている『勇者召喚』。数万人が一瞬で死んでしまったこの事件?は、なかなかの反響だったとあとからアスカから聞きました。
「ああ。実はその後、あの町の一体の空間が歪んでしまってな。少しずつ元に戻ってきてはいるが、まだまだ予断を許せない状態らしい。その空間の歪みのせいで、時折、地球のある世界とほかの世界とが何かの拍子で繋がる事があるそうだ。
それがつい先日起きてな。現在、世界と世界の狭間の中を、その時偶然上空を通過した飛行機が通過している最中なんだそうだ。現在その飛行機は、出口を求めて世界と世界の狭間の中を彷徨っているらしい。
この飛行機に少しこちら側から干渉して呼び込もうを言う話だ。
…このままだとどのみち、飛行機の乗員乗客はすべて死んでしまうしな。」
「そんなことできるかどうかは置いておくとして、その話と私が作り出した楽器の話と、どう結びついてくるの?」
「それはな、この飛行機の乗客の中に、どこかの国の有名な楽団がいるからだ。その人たちをこちらに引き込むことができれば、ナオミが作った楽器を使う人材が確保できるだろ?
こちらに引き込む方法は、転生神からすでに聞いている。神がそれを行うのには、少し問題があるようだが、すでにこの世界の住人である私が行うのには、全く問題がないことらしい。その辺の理屈は、知らないほうが身のためだから聞いてはいないがな。」
私はアスカにお願いすることにした。説得は私が白とは言われたが。
そして翌日。
私とアスカは、王都の南に広がるチュートリア大海洋にある少し大きな無人島に来ている。何かあるといろいろと困るので、この島に飛行機ごと呼び込むことにしたのだ。
膨大な魔力を込めて、何やら長い呪文を紡ぎだすアスカ。さすがに無詠唱とはいかないようだ。
空と大地に、対になる感じで幾何学模様の魔法陣が描き出されていく。
「詳細指定型魔法陣起動!指定物召喚!!」
最後の起動言語らしき言葉をアスカが唱えた瞬間、空と大地の魔法陣が光の壁で結ばれ、中から懐かしい形の飛行機が姿を現した。
「ふう~~。今までで一番魔力を使った。」
汗1つかいていないのに、疲れた感じに言葉を出しているアスカ。
「アスカ、いったいどれだけの魔力を使ったの?」
「ん!そうだな。…私が持っている総魔力量の約半分くらいか。
それよりも、無理やり開けた空間を安全に閉じるまでまだ時間がかかるから、それまでに、中の人たちを迎える準備でもしておこう。転生神の話では、世界の間の空間に閉じ込められてから5日間ほどたっているはずだからな。
…とりあえずは、固形物を亡くした温かい食事と飲み物、あとは足を延ばせる暖かい寝床を用意しておくか。」
「空間が安定するまで、どのくらい時間がかかるの?」
「大まかな目安は、魔法陣が消えて飛行機が地面に着地する時だな。あの魔法陣は、空間が安定するまで消えることはない。」
よくよく見てみれば、飛行機は魔法陣が描かれている地面から5mくらい上空を滞空している。
空間が安定するまでの時間、食事や寝床を用意する私とアスカ。
飛行機を召喚して約2時間後、魔法陣が消え、飛行機が地面にゆっくりと着地した。




