昇格試験ダンジョン(その3)
第3階層
転送先から見た光景は、第1・第2階層と打って変わって何処までも広がる草原だった。遠くには鬱蒼と茂る森が見えている。
現在この光景を見ているのは、私とマツリ、メザイヤさんとトーガ君、カラリスさんとマルコス君の6人。トーガ君とマルコス君は、マツリと同じFFランクで、今回Eランクに上がる試験の真っ最中みたいだ。そして、たまたまあった縁で、現在マツリと仮のパーティを組んでいる。このパーティの構成は、各人のスキルの構成上、マツリが盾役、トーガ君が攻撃役、マルコス君が後衛の魔法職になっている。
「3人の役割も決まったところで、まずは連携の訓練だね。」
「そうだな。」
私の発言に、カラリスさんが頷いた。
「なぜ?」
マツリが、率直な疑問を呈する。
「そりゃあ、ついさっきまで顔も知らなかった者たちだ。そんな者たちが、いきなり戦闘して連携が取れると思うか?」
「…思わない。」
マツリは納得したみたいだが、後の2人はまだ納得していないようだった。なので、私は、2人に懇切丁寧に説明していく。
「まず君たちに質問です。この中で、今いるこの6人の戦闘能力をしっかりと認識している人はいる?私は、あなたたち2人の能力は全く知らないわ。何故ならば、あなたたちとは、1度も同じ戦場で戦ったことはないから。敵としても、味方としても。
ここまではいい?」
「「…はい。」」
2人が頷くのを見て、私は話を続ける。
「では、この状況下で、私たちがまず初めに何をしないといけないのか、わかる?」
「…まずは、味方の戦力の把握では?」
マツリがおずおずと手を挙げて答えた。
「正解。
まず初めに、私とメザイヤさん、カラリスさんは、戦闘時にはいないものとしてカウントしておきなさい。そのあと、マツリたち3人が、何ができて何ができないのかをしっかりと確認しなさい。
それが終わったら、1度連携の確認をしないといけないわね。」
何処までも続く草原を、斥候を兼ねているマルコス君が広範囲探査魔法をかけて警戒している。広範囲と行っても、せいぜい直径500mほどだが、視認できない場所にいる魔物を探し出すにはちょうどいい距離だろう。
まず最初に現れたのは、体長2mほどある巨大な鼠の団体さんだ。さあ、3人のお手並み拝見と行きましょうか。
ガクガクと震えながらも、マツリが鼠に挑発をして自身の周りにかき集める。マツリが鼠と乱戦をしている横から、トーガ君が魔物を1匹ずつ倒していく。後方では、マルコス君が何かの魔法を発動しようと待機している。だが、なかなかタイミングがつまめずに魔法を放つことができない。そうこうしているうちに、戦闘が集結してしまった。
マツリはすぐに、鼠の解体にかかっているが、トーガ君とマルコス君は、…周りを警戒するといったこともなく、ぼ~~とその光景を眺めているだけだ。私とメザイヤさん、カラリスさんは、その光景を見ながら雑談をしている。その間マツリは、次々と鼠を解体していき、空間保管庫の中に放り込んでいく。どのように解体し、何処の部位がなんに利用できるのかは、『職人の王者』の恩恵でわかるので解体の速度も素晴らしく速い。
その後、十数度の戦闘の後、4階層へと向かう転送陣の前に来た。ここまでの戦闘後、マツリはせっせと解体に勤しんでいたが、2人は、そんなマツリをただぼ~~と眺めているだけで、手伝う素振りすら見せない。「解体なんかしていないで、さっさと先に進むぞ」と、顔にすら出ている。そんな光景を見ながら、私とメザイヤさん、カラリスさんは、
「あの2人。何をしているんでしょうかね。」
「さあな。…しかし、ただ眺めているだけはいただけんな。」
「そうよね。ここまでずっとただ眺めているだけですものね。2人は、自分たちの職業、解っているのでしょうか?」
「…解っていないだろうな。さらに言うならば、ダンジョンに潜った際、討伐報酬を貰うには、何をしないといけないのかもわかっていないだろう。」
「このままだったら、少しお説教をしないといけないね。」
その後、連携もうまく取れるようになり、第3階層、第4階層とサクサクとダンジョンの攻略は進み、現在は、第5階層にいる。目の前に広がっているのは、何処までも続く海原である。現在は周囲4キロほどの島の上。ここからは、船でも造って海に出ないといけない。島には森があり、船にする材料がいくらでもあるからいいのだが。
現在私たちがいるのは、そんな島にある砂浜だ。第4階層から転送されてきた場所は、島の森の中にある遺跡風の建物だった。そして、砂浜に出た途端、海の中からいきなりシャチに似た魔物(全長約30m)が襲ってきたのだ。それを何とか倒し、現在は、砂浜でマツリが解体に勤しんでいる。それを横目に、ぼ~~と突っ立っているだけのトーガ君とマルコス君。
空は、黄昏時になりつつあるが、2人は、まったくと言っていいほど動かない。血だらけになりながらシャチの解体をしているマツリの横で、2人は何やら雑談をしながらマツリの解体を眺めているだけだ。
「マツリの解体が終わったら、少しお説教が必要なレベルだね。これは。」
20分ほどで、マツリはシャチの解体を終え、血だらけになった全身を、水魔法でもって洗い流していた。その後、マツリは、解体したシャチを空間保管庫に放り込み、転送されてきた場所にあった遺跡に歩き出した。その際、道すがらの木になっている果物などの木の実や、道端に落ちている枯れ枝などをせっせと回収しながら歩いているのだが、トーガ君とマルコス君は、そんな事すらしていない。
遺跡に到着すると、マツリはさっさと夕飯の準備に取り掛かる。出てきた食事は、マツリ1人分のみ。一応、分量としては3人分あるみたいだが。ちなみに私たち3人の食事は、しっかりと調理費を2人からもらい私が作っている。
「俺たちの分は?」
トーガ君がそんな事をマツリに言った。マツリはその言葉を聞くと、おもむろに右手を出した。2人は、自分の食器をマツリに出すが、
「食器じゃなくて、お・か・ね。1人1食5000レシアね。食べたければ払ってちょうだい。」
トーガ君とマルコス君は、マツリの放った言葉に「何故?」といった顔つきになる。1食5000レシアはぼったくりのような気もするが、今まで2人の行動を見てきた限り、ぼったくられても仕方がない気もする。
少し助け船でも出してあげましょうか。
私とメザイヤさん、カラリスさんは、3人を集めて説教を開始する。主に、トーガ君とマルコス君にだ。説教担当は、何故か私だ。
「まずは、戦闘に関していえば、とりあえずは及第点を上げましょう。ところでマルコス君。」
「ハイ、なんでしょうか?」
「ここに来るまでのすべての戦闘の後、トーガ君とマルコス君はなぜ、マツリのお手伝いをしなかったのですか?」
「「マツリちゃんの手伝い?」」
2人の声がハモった。どうも、解っていなかったようだ。私とメザイヤさん、カラリスさんは、大きくため息を吐いた。
「おまえら、戦闘後、マツリちゃんは何をしていた?」
あまりの体たらくぶりに、メザイヤさんが半分キレかけている。
「倒した魔物を捌いていたみたいですが…。」
「そうだな。魔物を捌いていたみたな。それと、浜辺からここまでは、マツリちゃんは、枯れ枝や果物などを採取していたな。では、なぜそんな事をしていたのだ?」
その質問には、2人とも?マークを頭上に大量に浮かべている。
「まず、基本的なことを聞くけど。あなたたちの職業は何?」
私は、溜息を吐きながらこう質問する。これに答えらなければ、この子たちの試験は、ここで終了だ。
「「…冒険者です。」」
大丈夫なようだ。では。
「冒険者の収入の方法は?冒険者、いや、行商人なども含めて、野営する際の心構えは?」
「…雑用依頼や最終依頼などは成功報酬、魔物の場合は、討伐報酬と素材の売却金ですか。
…野営する際は、その場に居合わせた者たちが協力することでしょうか。」
「それであっています。高ランク冒険者の私たちは、今回の場合は空気みたいなものなので関係ないですが、あなたたちは、一緒に行動を始めてから今まで、いったい何をしてきましたか?先ほど倒したものは一体何だったのでしょうか?」
その質問に、はっとした顔になる2人。
「一緒になって魔物を倒してきました。」
「そうですね。では、そのあとは?今の今までマツリ1人が、血だらけになりながらも魔物を解体していました。さらに言えば、夕暮れ時になり、ベースキャンプを見つけ、その道すがらにも、必要となりそうなものを回収していましたね。
その間、あなたたちはいったい何をしていましたか?さっき答えていましたよね。『野営する際は、その場に居合わせた者たちが協力すること』と。あなたたち2人は、それすらしていなかった。あまつさえ、当然のように食事を要求してくる。これでは、食事代を取られても仕方のないことだと思いますよ。」
「でも、それでも!1食5000レシアは高すぎます。」
トーガ君が、5000レシアは高すぎると反論しますが、私はその意見を黙殺します。
「魔物の解体はおろか、食事の準備、野営地の設営すらしなかった者が、よくもそんなセリフを言えますね。それと、こんな場所で、まともな食事が、町で食べるような値段で出てくると思いますか?5000レシアを払いたくなかったら、自分で食料を調達してくることです。
先程、自分たちの口から言いましたよね。冒険者の収入は、『雑用依頼や最終依頼などは成功報酬、魔物の場合は、討伐報酬と素材の売却金』だと。2人は、マツリと一緒に行動してから、それすらもまともにしていませんでしたね。この感じだと、第1階層と第2階層でも、まともに素材の回収はしていませんね。」
トーガ君とマルコス君は、私の言い放った言葉に、反論すら許されず下を向くしかなかった。
「ちなみに魔物の討伐報酬ですが、何処で倒したのかは関係なく、討伐証明部位をギルドに提出すればお金に代わります。さらに、モノによっては、結構な値段で解体した部位が売れるものもあります。
ちなみに第3階層の鼠。皮は服などの素材に、内臓は薬の材料になります。使えないのは、骨と肉くらいなものですね。今さっき倒したシャチは、全身くまなく何かに利用できます。
そもそも、あなたたち2人は、このダンジョン内で倒した魔物。その後どうしてきましたか?ちなみにマツリは、さっきの鼠同様、その場ですべて解体していますよ。」
私の質問に、口を紡ぐ2人。どうも、戦闘していただけで、そこまで頭が回っていなかったようだ。
「あなたたちは、金を溝に捨てていたということですね。ちなみに、このようなダンジョンに潜る場合、魔物を解体して素材を持ち帰らなければ、冒険者には1レシアもお金を貰えません。あなたたち2人は、ここまで時間だけは一端に喰うただ働きをしていたということになります。」
私の言葉を聞いて、愕然とする2人。
「カラリスさんは、そんなこと教えてくれなかった…。」
マルコス君がそんな事を呟きますが、私たち3人は黙殺します。
「ここで問題です。戦闘時は確かに3人でしたが、その後の解体で手伝うことはおろか、周りの警戒すらしなかった2人。10階層にいるボスを討伐した後、マツリが解体した魔物の素材をギルドで売った際、正当な報酬を受け取る権利は、あなたたちにはあるのでしょうか?」
何も言えずに、私の言葉を黙って聞くしかないトーガ君とマルコス君。私は2人に、救いの手を差し伸べる。
「今までの分に関しては、2人には一切報酬は発生しません。これは確定事項であり覆ることはありません。しかし、これからのことについては、まだまだ挽回の余地が残されています。それを生かすも殺すも、トーガ君マルコス君の行動次第ですよ。今日の食事はあきらめて5000レシアを払って食べてください。払いたくなければ、自分自身で用意するしかありませんね。」
新人冒険者にとって、5000レシアは大金だ。下手をすれば、1日の稼ぎに相当してしまう。それを1回の食事代で払うのには、確かにためらう金額だろう。現に私が出した草刈の雑用仕事でも、5000レシアしか払っていない。
あのまずい携帯食料が嫌なのか、2人はなけなしの5000レシアを支払い、マツリから夕食を貰っていた。
今晩も前日同様、私がキャンプ地の周りに結界を張っている。このことは内緒なんだが、メザイヤさんとカラリスさんは、周囲を流れる魔力や空気の流れから、私が決壊を張っていることは感じているらしく、小さな声でお礼を言ってくる。知らないのは、トーガ君とマルコス君の2人だけだ。魔力感知がLv2のマツリですら、なんとなくであるが感じているらしい。
魔法職であるマルコス君は、結界のことは感じ取ってほしかったな。