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第7話

いつもの日常。 戦闘訓練中にヨモギ達を訪ねてきたのは意外な男であった。

 ガツッ。

 キィンッ。

 ッカカ。

 硬いものと堅いものがぶつかる音が響く。

 合間柔らかいものへの打突音も含め。

「っはぁ……はぁ……」

 すっかり荒くなった呼吸を整えようと背を丸め、左手を開いた膝に付くのは修練者という肩書きが最もよく映える少年、ヨモギであった。

 それまで黒髪を乱しゼェハァと乱れていた呼吸を一喝。自分自身にかそれとも目の前の相手に対してか。

「痛い!」

 右手は杖をついていた。その杖は本身の刀であり、地に突き刺し少年は身を預けている。

「そりゃあ痛いに決まってるさ。打ってるんだからアタリマエだろう」

 ケロリと言ってのけたのはヨモギの友人にしてこの世界での剣士、ディルである。

 緑色の髪を二本のおさげに結った姿は少女そのものだが、大剣を担ぎ腕力を誇張している姿は現実的ではない。

「いくらこの世界『リースト』がファンタジーの世界だって言っても、打てば痛いし振れば疲れる。アタリマエさ」

「そんなこと言ったって……」

 ヨモギはこの至極もっともな理を理解したつもりだったが、彼の心根としては文句も言いたくなるようである。

「ボクだって分かってるよ。でも、ゲームの世界でこんな……」

 唇を尖らせて不平を言う。

「まぁ、オマエさんの言わんとすることも分かるがねぇ」

 ヨモギがディルと剣術の稽古をしていた横、柳の若木の陰で刻みタバコをふかしていた男が言う。氷色の髪と白粉を塗った肌が特徴的な、一見女性に見える彼の名はイシン。

「『ナンデボクダケ』って言いたいんだろう? それこそワタシ達にもどうにもできないことさ」

 イシンはタバコの火をふかしながら身を預けていた柳の木を揺らす。

「オマエさんはいつの間にか、この世界『リースト』にいた。このゲームの世界たるココに、だ。ワタシたちは単純にパソコンの前に座ってゲームをしているにすぎないが――ヨモギ、オマエさんは実際に痛みも疲労も感じる。そんでこの世界に生きているんだ。ってな」

 同意と共にヨモギは乱れた黒髪を整え、背でひとまとめにする。

「んで、なんでこの電脳世界に入り込んでしまったか調べても良く分からない。ってのもアタイ達はわかってる」

 ディルは肩に担いでいた大剣をガスっと音を立てて地に突き刺す。

 その音質が語るのはその大剣が金属の本身ではなく木製の練習用の模造品だったということだ。

 あれがホンモノだったら、とヨモギは先ほどまで何発も打たれた自分の身体の痛みと熱を帯びた個所に手を這わせる。

「そうさ、こうなったらボクはもうこの世界で生きてやるんだ。だからこうして痛い思いをしながらも戦う練習をしてるんだからさ」

「ハイ、よくできました」

 イシンはぱちぱちと手を叩く。

 ヨモギにはこれに対して、フンッと鼻を鳴らす。

「それじゃあ、今日の練習はこのあたりで……」

 拍手の音が止まる。

 次に聞こえたのはヨモギの肩にポンと手が置かれた小さな、それでいてヨモギにと手はイヤな音だった。

「まだ終わらないねぇ。次は私の番だからねぇ」

 ヨモギの額から汗がひく。

「い、いやだ! ディルもそうだけどイシンの稽古が一番痛いんだから!」

 自分の刀を放り出して逃げだそうとする少年と、その肩を万力のような握力で握りとめ、脚をも止めさせるオトコ。

「これこれ、逃げるのはまだしも己の相棒である武器を投げ出すのは感心しないねぇ」

 イシンはヨモギの肩の肉を掴んだまま引きずり、彼に刀を拾わせる。

「最後に自分の身を守ってくれるのは仲間ではなく自分。そしてその自分が振るう剣と信念なんだから、武器は大切にしなきゃ」

 選手交代とディルは木陰に座り込む。

 だってー、とブスくれるヨモギは改めて刀の柄を握りなおす。

 刀のハバキには何かが模様が彫ってあるようだが良く分からない。

 ヒュン、と振り払うと重量感と共に空を切る気持ちの良い音がした。

 ヨモギは自分が剣の達人になったかのような気持ちになれることからこの動作を気に入っている。

「そういえばこの刀は貰いものだけどイイものなの?」

 ゼーンゼン。

 ディルとイシンの声が重なる。

 ガックリ、とした感情を首の上下で表すヨモギ。

「じゃあ、ディルのその大剣は?」

 これかい? と緑の瞳を己の大剣、今度は本物のそれに向けるディル。

「こいつはそんなに高価なものじゃないんだ。アタシが昔から使ってる相棒みたいなもんさ。整備も欠かさないから、武器としての能力はそれなりさ」

 彼女が木陰から伸ばした大剣。金属独特の光沢は手入れ用の磨き油によって鈍い光を強調させる。良く見れば傷や刃零れはあるものの、今までの彼女の戦闘経歴からすればそれも当然であろう。

「ふーん。じゃあイシンの杖はどうなの?」

 開けた場所、先ほどディルと稽古をしたその場で今度はイシンが立っている。細身の彼がヨモギに向けるその杖は、彼の身長よりも長く、先端が鉤状に丸まっている。少年の鼻に向けられたそれは木製にもかかわらず、身を打ったときの痛覚は下手な金属よりも鋭いのを覚えていた。

「ワタシの杖は自分で柊の古木を削って作ったものでねぇ。しなりと強度が自慢なのよ。この世界じゃ自分で自分の武器を作るヒトも少なくないんだよ。それか、思い入れのある武器をずっと使うか、だねぇ」

「へぇ~…… こー、いわゆる伝説の武器とかはないの?」

 イシンとディルは同時に首をかしげる。

「ないわけじゃあ、ないんだけど……」

「ど?」

「まずは数が少ない。それに……」

「それに?」

「「高価い」」

 …………そうだった。

 ヨモギは思い出した。この世界、リーストでの自分たちの立場を。

 木を切り、獣の毛を刈り、薬草を集め、自分たちの必要なものは極力自分たちで手に入れる。収穫物を売ってもその額はたかが知れており、豪奢な生活とは無縁である、と。

「あ~……」

 ばつの悪さを間延びした声で濁していると、快活な声が仲間の帰還を告げた。

「たっだいま~」

 オカエリ、おかえりなさい、と振り向いた先には女性が二人、荷物を抱えて帰ってきた。

「あんな! あんな!! 地図が売れたんや! 珍しいやろ~」

 ほぉ~、と感嘆の息を洩らす戦闘員二人。

「いまどき地図が売れるなんて、珍しいこともあるんだ」

「せやろ? しかもダンジョンのやで」

 声高々に自分のセールスの結果を自慢するのはフェアリーのアティ。その身長は人の肩に乗る程度のモノで、常に薄く発光している。葉っぱで出来たワンピースを着ているその姿は正に妖精そのもの。彼女もまた、プレイヤーの一人であり、当然ゲームのキャラクターとしてプレイしている人がいる。

「そっか、アティの仕事は案内者ナビゲーターだったっけ」

「せや。ウチら観測の能力が高いもんがつくる地図はけっこうな値で売れるんやで。たまーにしか売れんけどな」

 ヘヘン、と小さなハナをならすアティ。

「そんで、その地図の売れたお金は?」

「それが……」

 はっきりとしない口調で申し訳なさそうに両手の荷物を見せたのは一行の料理番、ゼラであった。柔らかい赤髪とフリルのついたメイド服でいつもやさしげなその表情の女性である。

 ゼラが見せた革袋の中身は食料品とそれと同量の菓子の類であった。

 ディルは呆れたような声と共にアティを睨む。

「なんや! ウチが稼いだお金や。ウチの食べたいもんを買ってもええやろー」

 自分の稼いだ金を自分のために使う。間違ってはいない。間違ってはいない、が……

「ったく、おこちゃまなんだから……」

 アティの体躯はニンゲンのそれと比べて明らかに劣る。が、その胃袋はヒトを凌駕する息にあったのだ。

 これまでも、ヨモギは彼女が口から異空間に繋げて食料を流し込むさまを見てきたが、今回の食料品もそうなる運命をたどるのだろうか、と半ば笑いにも似た表情を浮かべてしまう。

「ま、まぁボクもお菓子貰うし、みんなも、ね? 食べるじゃん?」

「いーよなー、おこさまは……」

「全くだ。やっぱりヨモギもそれなりの年齢ってことかねぇ」

 自分がお子様扱いされた、となんんとはなしに感じ取ったヨモギ。思わず反射的に反論してしまった。

「そ、そんなことないよっ!? ぼくは……」

 なんのかんのと騒いでいる面々、そこに一人のオトコが近寄るのも気が付かなかった。

「じゃあ、○○○とか×××を△△△して――」

 思わずディルやゼラ、アティは身の毛を逆立て、頬を赤らめる。

 イシンに至っては眉をひそめはしたが、そこまでのダメージを受けてはおらず、声の主を即座に特定した。

「なぁにしてんだい、ザッソ。何の用だねぇ?」

 ヨモギの背後からピーという規制音満載でまるで息をするかのごとく白昼堂々とセクハラをしてのけたのは以前ヨモギも街で出会った動かない芸をする人、ザッソであった。

 でっぷりとした腹、目元を奇抜なマスクで隠した彼は、出現と同時に聞くにも耐えない卑猥な単語を並べてみたが、ヨモギにはその単語の意味するところが一つも理解できていない様子であった。

「ほほぅ、やっぱりお前はバンビーノってわけか」

 バンビーノ、それが自分に対して向けられた言葉であり、決して良い意味ではないとも理解できたヨモギはグイ、と顔を近づける。

「な、なんだよ。いきなり現れて、いきなり……ば、バカにして!」

 マスクの下から少年に向けられる眼光は意外にも真っ当なモノに見てとれた。

「まぁ、そんなバンビーノには――」

 それ以上のセクハラは許すまい、とディルの大剣が鼻先へ、ゼラの包丁が口元へ、アティの針がこめかみに、イシンの杖が首元に、それぞれぴたりとつきつけられる。

「わかったよ。」

 ザッソは4つの武器を向けられても尚、挨拶の意味で諸手を上げるのみで恐れを抱いた訳ではなさそうだった。

「それで? 動かぬ芸人のアンタが一体なにしに来たんだい? こんな冒険者の酒場にさぁ」

 店の中からノグリフのツッコミが聞こえた気がした。

 ――酒場じゃねぇ、宿屋だ。

 皆それは知ってはいるし、いつものこと、と聞き流した。

「ん~、久しぶりにこのリーストにきた新人にまた会いたくなってな。それと、ゲキダンのお前らにちょっと『仕事』をな」



「おぉ……おおきな、枯木?」

「ん~、まだ樹としては生きてるはずだ」

 ヨモギが見上げたのは大きな大きな樹「であった」もの。

 太陽を冠するほど大きなそれは中ほどからボキリと威勢よく折れた跡があり、折れた上部は既に朽ち果てていたようだ。残った下部はいくつか枝を有し、そこには緑の葉が申し訳なさそうに生えている。

「一応は、有名な大樹だったんだが、いつぞやの天災で折れた『ことになってる』んだな。」

 ディルの説明の言い回しに違和感を覚えるヨモギ。

「『ことになっている』?ってどーいうことさ」

「身も蓋もない言い方やけど、そういう設定なんよ。せやから、ここは最初っからそういうダンジョンなんよ」

「だんじょん…… ザッソさんはダンジョンに冒険に来たかったの?」

 背の高い大樹を仰いでいたヨモギは、依頼人であるザッソに振り向いた。

「ん~、まぁ正解、にしておくかな」

 そういってザッソは木に生い茂ったツタを掴むとスルスルと登って行った。

「んじゃ、依頼人様に付いて行こうかねぇ」

 イシンも杖を帯にさしツタを登って行く。他の面々も同様に。アティに至っては翅を使ってひらひらと上昇して行き、ヨモギもそれに続いた。

 暫くすると、木の枝の傍に大きなウロがあった。

 ヨッと。

 一行はそのウロに何の迷いもなく滑り込んだ。

「こ、ここってダンジョン……なんだよね? この先って……」

「ま、入ってみぃな」

 アティに押されるままにウロに身を投げ込んだヨモギ。中は暗く、滑り台のようにその身は重力に任せて下へ下へと滑降していく。

「こ、これって長くない? 登った分より落ちてるみたいな気がするけど――」

 ドスン。

 勢いが付いた分、ヨモギがゴールへ到着したときの衝撃もそれなりのものだった。

 尻もちをついた少年を待っていたのは闇の中の灯り。目をこすり確認するとそれはランタンの灯であった。

「いらっしゃいませ」

 かけられた声の方を向くと、にこやかな男がカウンター越しに立っていた。

 薄明かりの中でも男の恰好、黒を基調としたその衣装は何かの本で読んだあの職業のそれであった。

「ここは?」

「ここはダンジョンの入り口にあるBar『ブラゥ・ウォルトル(蒼い根っこ)』です。ボクは店主にしてバーテンダーのインディゴです。ようこそ、おいで下さいました」

 どうぞ、と勧められるままにヨモギは椅子に腰かけた。

 薄暗く湿った空気と、それに相反するかのようにパリッとした身なりと家具を揃えたこの空間。ヨモギが座った席の隣をインディゴが手に持ったランタンで照らす。

「おつかれさまでした」

 ひらひらと手を振って迎えたのはゼラであった。

「あ、あれ?」

「なんや。夢でも見てたかのような顔しよって」

 アティもディルも、イシンもそこにいた。

「ど、どういうこと?」

 まぁまぁ、とヨモギがなだめられていると、インディゴが液体の満たされたグラスを差し出してきた。

「ウェルカム・ドリンク『大樹の雫』です。アルコールは入ってないのでご心配なく」

 カクテルグラスを満たした薄緑色の液体に、自身の喉の渇きを思い出したヨモギはスルリと飲み干す。

 ふぅ、と一息吐いたところで辺りを見回すと、結構な広さの空間であった。壁には苔と根っこで覆われていたが、点在するランタンでぼんやりと見通せるほどの明るさだった。

 高価そうな調度品と湿度を持った空間のミスマッチであった。

 テーブル席では他の客が店主インディゴの作るカクテルと会話を楽しんでいた。

 赤い生地に白いラインの入った、いわゆるジャージのような服を着た物や、傍らに狐のモンスターをペットとして侍らせた調教師、その横では自分の身体と同じ大きさの酒樽に直に口を付けて酒を飲む少女もいた。

「いらっしゃーい」

 気が付くとヨモギに声をかけてきたのは人語を話すクマであった。

「あ、きみは……」

「やだなぁ、シェイドオブミストルにもいたし、この前は墓場で一緒に戦ったじゃないですか」

「たしか、リリオさん……だっけ?」

 名前を呼ばれたクマはニパっと人懐っこく笑う。

「せいかーい。こっちの酒場ではアルバイトもしてるんですよ。おかわりはいかがですか?」

 器用に頭に乗せたトレイからオカワリのグラスと空になったヨモギのそれを交換するクマのリリオ。彼女もまたプレイヤーのひとりであった。

「ありがと」

 ――ゴホン。

 咳払いという耳へのノックに振り向いたヨモギ。カウンターの端っこでザッソが、これまたうまそうにカクテルを啜っていた。

「とりあえずは、依頼完了だな。せんきう、な」

 ザッソから渡された、恐らくは報酬の貨幣の入った革袋を受け取ったディル。

「コイツ、ザッソはこの店の店主インディゴと古い仲でねぇ。久々に酒が飲みたいから護衛のためにって、ワタシたちに依頼にきたのよ」

 ふーん、とヨモギは納得した部分もあり――

「それよりさ……」

 納得できていないことを吐露した。

「なんでボクだけお酒じゃないの?」

「なんでって……」

 ヨモギは見比べていた。己のグラスに入っていたドリンクと、皆の目の前にある色とりどりのカクテルたち。その違いはアルコールであった。

 どうもヨモギとしては自分だけがアルコールを勧められなかった、当然のようにジュースを出されたことに不満を持っていたようだ。

「バンビーノだからさ」

 ザッソがいつの間にか咥えていた葉巻をくゆらせながら言う。

「なんで? ボクだって、ちゃんと戦えるし、そりゃあまだちょっと頼りないかもしれないけど……」

「自分の身を守れるのか? そのための武器と信念を持っているのか?」

「ぐっ……」

 ザッソの眼光と言葉がヨモギの心を鋭く射ぬく。

 しばしの沈黙。

 壁の苔から垂れる露がピチョンと音を立てるのみであった。

「確かに、ボクの能力や力量じゃあ、頼りないかもしれないけど、武器だってほら、こうして剣術で戦えるし、信念だって……」

「練習が嫌で放り出す刀をか? バンビーノだな」

 なんだってんだよ!

 立ち上がったヨモギ。その勢いでカウンターに置いてあったグラスがバランスを崩して落ちた。

 ――あ!

 グラスは湿り気のある地面に落ちることなく、インディゴの素早い動作でキャッチされた。

「ゴメンナサイ……」

 いえいえ、とインディゴは優しくヨモギに笑顔を向ける。

 そんな最中、またも来客を告げる滑降音が。

「いらっしゃ――」

 インディゴの出迎えをさえぎって騒がしい笑い声が上げられた。

「マジだよww こんなとこで酒場なんて出てるよ」

「マジかw ほんとだ! ウケるわー」

 ヨモギの耳にも新しい喋り方をする男たちは、いままでのゲキダンの者たちでも、街で出会ったザッソやイワトラ達とも違う感情を抱かせた。

「おおおぅ、アンタらがゲキダンのひと? こんなとこでww よーやるねーw」

 男たちは奇抜な髪形に派手派手しい装備品、ヨモギの見たことのない高価そうな武器を持って店内、というか空間の中を闊歩する。

 にやついた彼らから向けられる視線や言動、笑い声をゲキダンの面々はいつものこと、と黙殺を決めていた。

 只一人、この世界の新入りを除いて。

「ねぇ、なにしに来たの?」

 苛立ちの感情を押し殺そうともせずにヨモギは連中に声をかける。

「ん~、べーつにー?ww このダンジョンに探検に来たんだよ。そしたら、ププッw こんなとこで酒場ごっこしてるじゃん? いや、スゲーなーってさww」

「人のことをバカにしにきたの?」

「いやいや、単純にスゲーなーっておもうよ? ゲキダンの人っておこちゃまだなーってw」

 連中の一人、蛍光色の頭髪をした男が嘲り笑うように応える。

「お子様なんかじゃない!」

 ワナワナと怒りに震え、ヨモギは歩み寄る。

「じゃ、勝負してみるか?」

 しょうぶ?

「じつはさ、俺たちはこのダンジョンにまだ見つかってないお宝があるって情報を仕入れてきたのさ。そのために物資やら地図やらを買ってな。そのお宝を先に見つけた方が勝ち……ってのはどうだい?」

 あ、とアティがスズランの蜜の入ったジョッキから口を離す。

「ソッチら、ウチから地図買った人たちやんなぁ」

 そーそー。

 男たちの内の一人、顔中にピアスをした彼はアティに近づき、大袈裟に手を取ってブンブンと降る。ベロリと出した下にまで銀色の鋲が打ってあり、唾液でぬらりと滑った光を放っている。反動でアティはくらくらと頭を揺らす。

「あんがとねー。おかげで準備がはかどったよ」

 どういたしまして、とそっけなく答える妖精。

「んじゃあ、オレはチグリス。相棒はムスク大佐だ。全員で行くにはこのダンジョンはちょっと狭いだろう? 2on2で行こうや」

 話とルールを勝手に進める蛍光色の男はチグリスと名乗った。腰に二本の剣を差しているところをみると近接戦闘を得意とした戦士の様だ。

 相棒と紹介されたのは顔中にピアスをした男。ムスク大佐と呼ばれたベレー帽をかぶった舌ピアスの不気味な彼はポケットの多い軍服を身にまとい、後方支援を得意としているように見受けられた。

「じゃあ、こっちも二人だな。アタシとヨモギでいこう」

 カツン、と口を付けていたエールの瓶を置くとディルは腰を上げた。

 それまでの怒りの矛先を探していたヨモギの肩に手を置く。手には服越しにもその熱を感じ取った。ディルは熱を帯びた少年に耳打ちする。

「油断するなよ」

 最初はその意味が分からなかったが、刀を腰にさしなおした少年は二人の男に言われるがままに位置についた。

 Barの空間の先、地下へと降りる植物性の階段、根っこで出来たソレの前に足をかけると、インディゴの掛け声がした。

「それでは、位置に付いて……」

 チリリン。

 スタートの合図はベルだった。

 ヨモギは見事な反射速度で階段を――

 すってん!

 踏み外した。

 勢い余りその横に立っていた大剣を背負った少女まで巻き込んで。

「いたた……なに? どういうこと?」

 ヨモギの足下には先ほどまでは無かった筈の潤滑性に優れた油がまかれていた。

 ヌルヌルとしたそれに足を取られている隙にその横をするりと抜けていくチグリスとムスク大佐。

「いやー、運が悪かったね。足下が悪かったなんてww んじゃ、お先ー」

 ヨモギが立ち上がって足の裏の油をこすりとったころには二人は既に階段を降り切っていた。

「なんだあいつら! こんな、こんな……」

「仕方ないさ。油断したヨモギが悪いってことよ」

 イヤに達観したディルと、その様を見て酒の肴にしているイシン達。

「なんで? 悔しくないの?」

 ぱんぱん、とホコリを払うディルは大剣を背負いなおして言った。

「この世界じゃ、直接相手に攻撃、刃を向けなければイタズラ程度のことなら引っかかる方がマヌケってもんさ。さ、まだ追いつけるよ」

 納得し切れていない少年は、少女の差し出した手を取り迷宮への階段を駆け足で降りて行った。

「さぁて、俺らは酒でも飲んで待ってるかなー。おーい、サケサケw」

 ハイ、とインディゴはチグリスたちの仲間にもにこやかに給仕を再開したが、その内の一人の懐に油の瓶があったのを優しげな瞳は捉えていた。

 


 ガシュッ。

 ズバッ。

 薄暗い地下への道で刃物が振るわれる音。

 ディルの大剣はこの植物の根のダンジョン特有の虫や木の精といったモンスターをなぎ倒す。ヨモギも遅れてはいたが、確実に敵を屠る地力をつけていた。

「はぁ……フゥ……」

 息の乱れもそれまでの戦闘訓練のおかげか大したものではなかった。

「この調子なら、あいつらに追い付くのも早そうだね」

 ゴシャっ。

 人の血を吸おうと口吻を伸ばしてくる虫のモンスターに大剣を叩きこみながらディルも歩を進める。

「ん~、だといいんだけどなー」

 ――と、いうと?

 ヨモギが疑問を口にしようとしたときだった。

 ガッションッ!

 足下からいきなり現れた大きなあぎと。その口にヨモギの足が挟まれた。

「うわ! うっわわ!」

 バタバタと暴れるヨモギ。

「噛まれた! イタイヨ!」

 コツン。

 大剣の腹でヨモギの頭を小突くディル。

「おちつけー。只の虎バサミだ。それも歯の無い、な」

 ん?

 と、落ち着いて足下を見る。

 金属製の口は確かに刃を有する歯はなく、身体的外傷はなかった。

「どういうこと? これもダンジョン特有のトラップってこと?」

 ぽりぽりと後ろ頭を掻きながらディルは片手で虎バサミをはずす。

「これは――ヒトが仕掛けた罠だろうな。おそらくはアイツら、のな。ご丁寧に犯罪フラグの立たない程度の罠だ。刃が付いていないところがその証拠さ」

 ガシャン、と金属のバネをはずして己の脚の無事を確認すると、フツフツとあの男たち、蛍光色の髪とピアスの男たちへの怒りが再燃してきた。

 如何にこれが罪にならぬものとは言え、許せない。そんな感情がヨモギの心情であった。

「急ごう!」

 ん、と同意しディルも先を急いだ。

 幾階層か地下へと進む。

 すると、いきなり様相が変わった。苔と土と根っこのはびこったダンジョンから、ヨモギが階段を降り立った先は灯りの灯った石造りのフロアであった。

「ここは……ん?」

 そのフロアの先、金属製と見受けられる扉の前で見たことのある男が二人、立っていたのだ。

「あんたらは――」

 おーぅ、と手をひらりとさせて応えたのは、これまでヨモギに対して罠を仕掛け嫌がらせをした結果、先にこの深部へとくることのできたチグリスとムスクであった。

「いやー、待ってたんだ。キミたちのこと」

「なんで? さっさと宝物を取りに進めばよかったじゃないか」

 それまでの鬱憤をチグリスたちに吐き捨てるように、ヨモギは精いっぱいの悪態をつく。

「そーれがさー……」

 と、ムスクは咥えていた噛みタバコを吐き捨てる。

「この扉、開かないんだよね。そんで良く調べたらさ『四人で押さないと開かない』ってことらしいんだよ。まったく、ここまでトラップまでしかけ……」

 オイッ、と脇を小突かれ口に手を当てる。

「ふーん、で、開けたら宝物があるの?」

 タブンナー。

 ヘラヘラと笑う二人に、ヨモギだけではなく、ディルも信用を置けないようであったがヨモギとディルの二人だけでも扉を開き先へと進むことはかなわない。

「んじゃ、一回休戦、てことで」

 しかたなし、とヨモギも彼らに対する負の感情を呑み込んで扉に手をかける。

 重い質量の扉が石造りの床を擦る音。錆びついていた二枚がもったいぶってその道を開く。

 ここでヨモギはディルに耳打ちする。

 ――このままじゃ、またコイツらに先を進まれるよね。僕らの方が身体が小さいんだから、個の隙間に……ネ?

 ――それもそうだけど、ここの試練はそれだけじゃ……

 ヨモギはディルの手を取り、先に扉の中に滑り込んだ。

「今度は僕たちの番さ!」

 勇んだヨモギをチグリス達は見送った。

「ハーイ、イッテラッシャイ♪」

 この笑みにディルの危機管理能力が警鐘を鳴らした。

 扉の中で待っていたのはさらなる扉と、2人の騎士であった。

 彼らは待っていたのだ。自分たちの夕餉がやってくるのを。

 緑を基調とした甲冑。その兜の中には人ならざる、猟犬の顔が舌なめずりをし、ダラダラとよだれを垂らしているではないか。

 手にはなにも持っていない。武器を持つ必要がないほどの大きな鉤爪をカチカチと鳴らす。

「こんばんは……って挨拶してる場合じゃぁ無い、よね?」

 そのようだ、とディルが背から大剣を構えたその数拍の内に、魔の手が伸びてきた。

 ハウンドの遠吠えと共に騎士たちはヨモギとディルを獲物と認識して襲いかかってきた。

 キィンッ。

 カカカッ。

 ヨモギも鞘から刀を抜き放ち、応戦する。

 猟犬の爪は鋭く早い。正確にヨモギの急所を狙ってくる。己のツルギで、己のワザで自分自身を守るのに手いっぱいである。

 猟犬は爪だけではなく、牙も、尻尾も、その全てを捕食のためにヨモギに向けてくる。

 そんな防戦をなんとか繰り広げていると、その脇をササッと抜けていく男が二人。

「お、おい! 助けてくれよ!」

 走り抜けた先、そこは宝物へと通じるであろう扉の前だった。

「いやー、お前らがオトリになってくれたおかげでガーディアンと戦わずにお宝ゲットだぜwサンキュウデース♪」

 奴らは知っていたのだ。

 守護者と呼ばれるボスモンスターが宝を守っていたことを。

 そして、その労をヨモギたちに押しつけて自分たちは楽が出来ることを。

「ガンバッテクダサーイ♪」

 ガキィンッ。

 ガーディアンの大きな鉤爪の一撃を刀で受け止めるヨモギ。

 ギリギリと自分の眼をくり抜こうと近づいてくるソレを精いっぱいの腕力で遠ざける。

 ちらりと見た先ではチグリスたちが宝物の待つ部屋への扉の中に滑り込み、後ろ手に閉めている最中であった。

「あ、アイツラァ……!」

 ギシリと歯を食いしばりながら怒声を洩らす。

「ヨモギ! 今は目の前の敵だけを見ろ。よそ見してると死ぬぞ!」

 猟犬の騎士の斬撃を重量級の武器、大剣で器用に受け流すヨモギの戦闘の師、ディルは叫ぶ。大剣はそのサイズ故に重い一撃を狙って行くのがセオリーであるが、彼女に至っては軽量級の手数である。

 ヨモギも意識を尖らせ、自分の目の前の魔物に向き直る。

 鈍く唸る音は獣の爪と人の刃の擦れるソレ。

 少年が反撃のための力を溜める。息を深く吸い、下腹部、丹田に気を練る。イシンから教わった呼吸法で、己の膂力、反射、全てを高めるのだ。

 ビシィッ。

 しなやかな音と共にヨモギの体勢が一気に崩れる。猟犬の長い尻尾が足首に巻きつき、引きずり倒したのだ。

 クバァッ!

 餌にありつくことを確信した犬畜生は、大きく口を開き、すでに肉を咀嚼する準備を始めた。

 兜の中の猟犬の顔、その目がイヤらしく笑みに歪んだ。

「ヨモギィッ!」

 ディルの声。

 馬乗りになっていた騎士は甲冑を鳴らしヨモギに覆いかぶさった。

 ディルが己の目の前の犬の首を跳ね飛ばし、駆け寄った。

 だいじょうぶ!?

「もちろんさー」

 存外ケロっとした声が帰ったきた。

 ディルが蹴飛ばすと、猟犬は既に息絶えていた。

「あら、勝てたんだ?」

 ナントカネ、と身体を起こしながらヨモギは言う。

「こいつが襲いかかってきたときに、コイツの柄を地面に突き立ててさ。結局自分の勢いで自分の腹に刀が付き立てられたってことさ」

 騎士の腹から背にかけて、ヨモギの刀がざっくりと突き立っている。

 甲冑すら貫いた、自分の愛刀を引き抜き血のりを飛ばす。

 鞘へ切っ先を滑り込ませる。

 ハバキに彫ってある模様、それが収まりきると、ヨモギはフゥと息を吐く。

 納刀の動作はゆっくりと、自分が倒した相手への礼儀のように感じていた。

 ある種の精神統一であろう。

 キッと見据えた先、次なる場への扉であった。



 パタパタパタ……

 軽快な足音、木の根っこで出来た階段を上る音。

「お、帰ってきたね? おかえ……り……?」

 そこでアティの出迎えの声が尻すぼみに終わる。

「タダイマサーンw あれ、出迎えはこれだけっスか?」

 アティ達が待ちわびた人とは見た目も性根も違う男が二人。

「チグリスよー、無理もないさ。オレらはここのゲキダンの皆さま方には嫌われてるもんな」

 ふぅ、と大袈裟に肩をすくめて見せる二刀の剣士チグリス。

「まーなー、お宝もゲット出来ちゃうし? いやー、ごっちゃんですww」

 宝の箱を脇に抱えたチグリスとムスクの下卑た笑い声がBarの中に響いている。

「で、一緒に行ったヨモギたちは?」

 イシンは酒の入った盃を傾けながら声をかけた。

「あー、あのボウズたち? さぁねぇ♪ 知ったこっちゃないさ。それより、おれらの仲間はどうした?」

 イシンは座ったまま、チョイチョイ、とひとさし指で視線を誘導する。

 ん~?

 チグリスが覗き込んだ先、カウンターの角に隠れていたそれは――

「うぉっ! おまえら、なにしてんのっ!?」

 チグリスと共にやってきたいわゆる効率プレイヤーたちが倒れていた。その顔や体の至る所には打ちつけられた痣や傷、装備にも損傷個所があった。

「おいおいおい、どういうことだってば! お前らコイツらにやられたのか?」

 ムスクの問いに、応えるのはうめき声だけだった。

「どういたしまして。礼はいらないヨ」

 なぁにぃ?

 振り向いたチグリス。彼に向けられていたのは視線だけではなく、幾つもの、その場の客たちが手にしたいくつもの武器の切っ先である。

 たじろぐ効率重視のプレイヤー。

「本日の料金、しめて金貨5千枚になります」

 はぁーーー!?

 インディゴの請求にチグリスが盛大に驚く。

「そんな暴利ねーべ!? 高すぎだろJK!」

「お連れ様の飲み代、チャージ料、そして……」

 ここで一気にインディゴの声の調子が変わる。

「オマエラが卑怯な事をして友達が嫌がらせを受けた分だ。払えないならとっとと失せろッッ!!」

 その後はこのプレイヤーたちが倒れた仲間(笑)を連れて早々に逃げて行った。

 暫くして――

 とぼとぼ、と心情をそのまま足音に反映させたヨモギと、グーグーと虫の鳴る腹を抱えたディルが戻ってきた。

「ごめーん……」

 開口一番、ヨモギはそう言った。

「タカラモノ、獲れなかったよー」

 しょげかえった少年。それを迎えた仲間たちは気にするな、どうってことないよ、と口々に慰めの言葉をかける。

 そんな中、ディルはどっかとカウンターの席に腰かけ、インディゴに注文する。

「はー、腹減ったー。マスター特製のオムライス! 大盛りな!」

 承知しました、とインディゴは笑う。

「それで、ほんとうに何にも手に入らなかったんですか?」

 料理を手伝おうとゼラがカウンターの中へ入る。

「ほんとだよ。なーんにも。せいぜい、これくらいさ」

 ヨモギは道具袋の中に入っていたモノを取り出して見せる。

「おー、エエもんやん」

 アティがヒラリと近寄る。それは1輪の花。華美ではないが、しっかりとしたその花はふわりと甘い香りを漂わせ、露に濡れたままの花弁はうっすらと輝いているようにも見える。

「いいもん持ってきたじゃないかね」

「タカラモノのあった台座の隣に咲いてた花だよ? そんなものが?」

 お待たせしました、とインディゴの出した大きな大きなオムライス。大皿に乗ったそれは半熟の卵がトロリと旨そうな一品であった。ディルは手を合わせると大皿の黄色い山にスプーンを突き立てる。

「もが、もがもが」

 口の中のチキンライスが言葉の形を成すことを邪魔する。

 そっか、じゃあ――

 ヨモギは今回の成果、1輪の花を差し出す。

「今回のお礼だよ。戦闘も、この世界のルールも、まだまだだけどこれからもガンバるから」

 ディルの髪にさし、にっこりと笑う。

 少年の思わぬ行動に、赤い米粒のついた少女の頬が紅く染まる。

 ニヤニヤとこのさまを見ていたイシン。そこに今回のことの発端であったザッソが声をかける。

「なぁ、イシン。知ってるか?」

 視線を盃に戻すと、イシンは満足そうに答えた。

「あの花のハナコトバ、だろ?」

「なんだ、知ってたのか。じゃあ、こうなることも……」

 フフン、と鼻を鳴らして答える。

 ザッソは何杯目かの酒を飲み干し、少し遠間のヨモギを見て、

「女に花を贈れれば一人前よ……」

 ん? と振り向いたヨモギであったが、自分をお子様呼ばわりした男の是認の声は雑踏にかき消され届かなかった。



 所変わって、ここはチグリスたちが普段からたむろしている集会場。とある町の裏通りのソコまで逃げてきたプレイヤーたち。

「はぁ……ったく、最後の最後でゲキダンのやつら…… 今度会ったらもっとヒドイトラップしかけてやる!」

「ほんとだよ。お宝が手に入ったからイイものの……なぁ、早く開けてみようぜ」

 まてまて、とムスクは服のポケットから針金で出来た特殊な器具を取り出すと、コリコリリ……と錠前をいじる。

 バクン、と箱を開ける。

「これ……は?」

 中に入っていたのは、金銀財宝でもなく、高価な武器や防具でもなかった。

「なんだこれ……? 花か何かの種か?」

「なにぃ? あれだけ苦労して、花の種ぇ!?」

 あーあー、と喚く一同。

 植物の精が作ったあの枯木のダンジョン、未来へと繋ぐもの、それすなわち彼らにとっての宝とは、人々の心に芽吹かせ、花を咲かせるタネだったのだ。


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