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第6話

ヨモギは自分が何者で、この世界の理を知るためにある人物を訪ねる。その知識人から提案されたピクニックの先でヨモギを待っていたものとは……

 カツ――カッパン。

 カツ――カッパン。

 昼を少し回ったころであろうか、宿の裏で木材に鉈が振り下ろされる音がする。

 仕事として割り当てられた薪割を何とか滞ることなくこなせるようになっていた。

「これも……この薪割の作業すらゲームの中のひとつのミニゲームなんだっていうんだからなぁ……」

 薪割。

 ヨモギは回想していた。先日の墓場で初めて体験した大勢による戦闘の後、その戦闘に参加した者らが勝利と結束に歓喜し宴を開いている最中だった。皆一様に戦利品を、戦闘を楽しみ、酒と料理を楽しんでいた。

 そして仲間から告げられた真実についてである。

…………

……

「いいかヨモギ。端的に言えばこのリーストはゲームだ。『リースト・オンライン』というネットゲームの世界なんだよ」

 そんな身も蓋もない……

 ヨモギのツッコミはグイと盃をあおるイシンに向けられた。

「そーなんよ。まぁ、言ってしまえば仮想現実ヴァーチャル・リアリティの世界って訳やな」

 また古めかしい言葉を……

 ヨモギの独白が向けられたのはミルクに口を付けている妖精アティであった。

「しかしですね、その仮想現実の世界リースト・オンラインは、何年も前に公式のサービスが終了しているんです」

 じゃあなんで、みんなその「ゲーム」を続けられているのさ……

 ヨモギの問いは料理を乗せた皿を持ってきたメイド、ゼラの言葉に対してだった。

「そう、そこさ。アタシらプレイヤーにもそこがわからない。でも現に今こうして生活プレイできているんだよ。『公式』のサービスが停止していてもなお、システム的な整備、新しいアイテムやモンスター、ダンジョンなんかの要素は更新されるし、生活プレイの幅は増えて、リアルな自由度は上がっているのさ。でもな……」

 でも……?

 ヨモギが言葉尻をそっくりそのまま引用したのは、運ばれてきた料理にフォークを刺し、一息に言葉を連ねた剣士ディルであった。

「それでも多くのプレイヤーはこのリーストから去って行ったのさ。クエストっていうミニゲーム、グラフィックは最新であるほかのゲームには敵わないし、このリーストには家庭用ゲームにある様な進めるべきストーリーもエンディングもない」

 それが、ヨモギにはピンとこなかった。

「なんでそれで、人がいなくなるの? こんなにもこの世界は魅力的なのに……」

「そう思わなかった人もいるってことさ。そして、ヨモギ。あんたが感じている世界=みんなが感じている世界って訳でもないみたいだよ」

 ヨモギの頭頂部に疑問符が浮かぶ。

「たとえばこういう事さ」

 そういってイシンは手にしていたキセルをふかす。プッという軽快な音と共に火種が吹き出し、ヨモギの額に着地した。

 アツッ――!

「なにするんだよ!」

 ヨモギは火種を払いのける。熱による痛みを訴え、立ち上がってイシンを批難した。

「そう、それよ」

 ?

「その『痛み』ってのが私たちにはないものなのさ。ダメージとして数値化されたグラフィックを見ることはできても感覚としての痛みはないのよ。それが不思議でねぇ。」

「痛みどころかモノに触った感触も、ご飯を食べた時の味もあるんだ。それってみんなはどうしてたの?」

「数値を見て、そういう『フリ』をしてたんだよ。そういう演技だね」

 ここに皆が「ゲキダン」と揶揄された所以があったのだ。

 自分の感覚が他の者には感じ取れていないものだった。そうした差異にヨモギは嘔吐感にも似た違和感を感じた

「と、するとや。ヨモギには五感があるってことになるな」

 ウーム、と唸る一同。

「ど、どういうことだってばよ」

「いいか? 五感があり、眠たいだの腹が減っただのっていう感覚があるってことは、本当のヨモギの肉体はどこにあるんだ? アタイたちは言ってしまえばパソコンの画面の向こうにいる実際の肉体がキーボードを打っているに過ぎないんだよ」

 そう、このリースト・オンラインとはパソコンのネットゲームの中でも初期のものであり、パソコンの画面に映る非ポリゴン、三次元的な視覚を有するものですらなかったのだ。

「つまり、感覚があるってことは、この世界で傷を負ったり、もしかして――死んだりしたら……」

 ここまでの説明でやっとヨモギは背にぞっとする冷たいものが感じられた。いや、この感じた冷たささえも何であるかはわからないが。

「どうしよう……」

「どうしようもできないっていうのが現実リアリティなんだろうけど」

 けど?

「極低い賭けだけど、わかる奴がいるかもな」

 ディルの言葉にイシンの顔色が変わる。

「もしかして、ディル……『紅い魔女』のことかね?」

 こくりと頷く。

「はぁ……アイツだけはマズイと思うんだが……まぁ他に手もないしねぇ……」

 どうやらディルとイシンの間で話はまとまったようだ。

「ゼラやアティはその……『紅い魔女』の事は知っているの?」

「知っとるけど……」

 けど?

「ゴーヨクでセーカク悪くてなぁ」

「ホントに?」

「そこまでじゃないと思いますが、アタシもチョット苦手な方なのです」

 ヨモギの想像では大鍋でグツグツと怪しい液体を煮込む、おとぎ話に出てくるような魔女のイメージが描かれてしまった。

「んじゃ、仕方ない。明日にでも魔女のところに向かうとするかね」


 翌日ヨモギが薪割を終えたところで話は冒頭に戻る。

ディル達からはその薪割すらも、『というアイテム』を使用し、『木材というアイテム』に使用することでこなす作業という名のミニゲームなのである、と伝えられた。

ヨモギたちが目の前にしたのは古めかしい屋敷だった。まず目についたのは、恐らくレンガ造りであろう屋敷の壁と言わず屋根までをも覆うおびただしいまでの蔦の量であった。

「ふえー、なんていうか幻想的って言うの? 流石にファンタジーらしい建物だねぇ」

「そういわれると、こんな建物ってリアルじゃ、そうないかもね」

「それにこの屋敷は、時期になるとスゴイのよ」

 スゴイ?

「花がねー、キレイなのですよ」

「何の花なの?」

 ヨモギの問いは家主の自己紹介で答えられた。

「ようこそ、ワシの屋敷『ローズ・マンション』へ。ワシが主の……まぁ、好きなように呼んでおくれ」

 そう言って主人である紅い魔女は紅茶のカップを手にしたまま一同に席を勧めた。

 その姿は黒衣に鉤鼻で腰の曲がった老婆とはまったくかけ離れたものだった。

 ビロードのような艶のある金の髪を腰まで下ろし、透き通った肌にドレスと同じ真紅の口紅が妖艶な色香を醸し出していた。

 豪華と言う訳ではないが、洗練された家具や調度品、そして壁や棚には整然と並んだ武器や本、そして訳のわからぬ壺や瓶。

 ヨモギにはそれがどういう経緯でここに集められ、使用されたかを明確に想像は出来なかった。しかしそんな中にもあちらこちらに活けられた赤いバラの数々。

「すごいですねー。魔女さんはバラがお好きなんですか?」

「あぁ、ワシの趣味だよ。キレイだろう? 血の色とそっくりじゃないかね?」

 クスクスと笑いながら魔女は純白のテーブルクロスに映える深紅のバラを撫でて見せる。

 この怪しく、つかみどころがないというよりは近寄りがたい雰囲気にすっかり参った一行。ディルは進められた紅茶に口をつけずに話を切り出した。

 ヨモギと言う新人の存在。

 以前の記憶がないこと。

 ゲームと言うには実際にある五感。

 そしてその五感から生まれる、死への恐怖。

 これらの謎をジッと聞く魔女。そしてそれらの説明をひとつの甘味としてか、一匙の砂糖、シュガーポットの中のそれと共に紅茶に混ぜ、口をつける。

「ふぅむ、面白いことじゃな。ワシもこの世界では長いが、このリーストに『生きる』人というのは……聞いたことがないのぅ」

 ヨモギの顔から、生ける色が消えていく。

「やっぱり、ボクは……こんな…… ディルやイシンの言う博識な人でさえ分からないだなんて……」

 カチン。という音がしたかどうかは定かではない。しかしこのヨモギの落胆――というよりは嘆きが魔女の心の琴線に触れたことは確かなようであった。

「ほ、ホホ……いや、心当たりがない訳じゃないのじゃよ。ただ……のぅ、ディルや?」

「っこの、ゴーヨクマジョが……」

「どういうこと?」

「この魔女さんはな、なにかの報酬、いわゆる『対価』を差し出さんとなーんもくれんのよ。それが呪いであろうが情報であろうがな」

 それまでバラの香りを嗅ぐふりをして、蜜を舐めていたアティが苦々しく言う。

 恐らくはこの屋敷にある様々なものが、その魔女の言う対価として集められたのではないか、ヨモギの率直な意見であった。

「でもですね、その得られるものには確かなものがありまして……」

 ゼラのフォローも場の空気を和ますには至らなかった。

「それじゃあ、ボクはいったい何を払えばいいの?」

 魔女はクスリと笑う。

「ワシに支払うものはなんでもいい。ただし、それはお主にとって、とても価値のあるものでなければならんがのぅ」

「そんなこと言ったって、ボクがもってるお金は少ないし、お宝だって持ってないし……」

 自分のバッグやポケットをまさぐっているヨモギ。指には数枚の硬貨が触れたが、これほどでは……とヨモギは首を横に振る。

「そうじゃのぅ、こんなのはどうじゃ?」

 魔女しなやかな指で壺に刺さっていた紅いバラをつまみあげた。そして紅い大輪をヨモギに向ける、。

「ボク…ですか?」

 コクリと頷く紅い魔女。意地の悪い笑顔を見せる。

ゴクリと唾をのむヨモギ。その目が冗談を言っているモノではないことを直感する。

そこにディルがガタリと席を立つ。

「良いだろう。アンタの言う『価値のあるモノ』払ってやるよ」

 ほぅ? と、魔女は金の瞳をディルに向ける。

「ヨモギの『トモダチ』ってのはどうだい?」

 というと?

「アタシだよ。ヨモギの友達ってことでアタシがアンタのモノになってヤロウっていうんだ」

 ナンダッテー!?

 一同に動揺が走る。

「ディル、オマエさん自分が何言ってるのか分かってるのかね?」

 ワカッテイルトモ。

「ディルさん! いくらなんでもそれは……」

 イインダヨ。

「ディル、よー考えた方がええんと違うか?」

 カンガエタヨ。

 一同が一様に説得する中、ヨモギはポカンと口をあけているばかりである。

「え? なんでディルが……ボクのために……?」

 ディルは魔女の元へ近づく。その途中で座ったままのヨモギの頭にボフっと手を載せた。

「いいんだよ。アタシはアタシの好きなようにするんだからさ」

 ヨモギには何の事だかわからない。まず、彼女がしようとしていることすらわからないのだから。

「さぁ、魔女。アンタの奴隷にでも玩具にでもなってやるよ」

 クスクスと笑う魔女。右手を口元に添えて、上品にふるまう姿は図らずとも魔女らしさを演出しているようである。

「いいだろう、ディル。今日からお主はワシのモノじゃ。さぁ、皆のモノ、これから冒険に出るぞ」

 みなのもの?

 ヨモギが耳に入った言葉を反芻していると、屋敷の中、恐らくは他の部屋からであろう、『皆のモノ』が現れたのだった。

「冒険か!? イイネェ!」

「もー、最近ヒマだったから待ちくたびれたヨー」

「イイデスネェ。今日はどちらまで?」

 一人一人が個性的な面々が中央の応接間に集まった。 片目に眼帯を付けた見るからに海賊と言った風体のモノ、浅黒い肌の蛮族の少女や、派手な衣装の道化師、ヒゲをたくわえた老齢の侍など様々だ。そしてその中にはヨモギの見知った顔もいた。

「お、ディル! イシン! それにヨモギまで、お前ら一体どうしたんだ?」

「レブンコ! ナクサさんまで、どうしたんですか?」

「どうしたって、我々はもともとこの、ローズマンションに常駐しているものでしてね。この前はたまたま宿にいただけですよ」

「おぅ、久しぶりだなヨモギ! メシ喰ってるか?」

 ナクサの説明とレブンコの友情の表現、頭ナデナデを食らうヨモギ。

「いいかえ、皆のモノ。今日はちょっとお出かけと行こうぞ」

 おー!

 冒険者たちが賛同の声を上げている中、イシンだけは顔を曇らせていた。

「アイツのところに行くのかね……」

「アイツ?」

 いや、なんでもない。と言葉を濁したイシンに疑念を抱きながらも、ぞろぞろと出立する皆に流されたヨモギ。皆が向かった先は――


 道中は簡単なものではなかった。その感想をイシンに洩らすと、こんな返事が返ってきた。

「ヨモギはアレかい? バスケットにお弁当つめてピクニックのほうが良かったかね?」

 これに対してクスリと笑いをこらえきれなかったゼラ。

「お弁当は持ってきてますから、後で皆さんでいただきましょう」

「なんやー? ヨモギはこんな時までご飯の心配しとるんかいな」

「アティ、キミにだけは言われたくないよ」

 食欲の権化のような妖精に対した一言ツッコミであったが、いつもならその役割は、先頭を歩く剣士ディルが受け持つはずだった。

「ねぇ、ディルは一体どういうつもりなんだろう?」

「ん~、せやなー。自分を安売りするタイプでもないやろうし、何が起こったんやろな」

 三人がひそひそと話をしているうちにも、一行、つまりローズ・マンションの魔女率いる冒険者たちとヨモギ達の即席パーティは道を進む。

「しかし、この洞窟、どうなってんの?」

 ヨモギは周囲を見回す。

 右へ左へ、起伏に富んだ岩肌は時には上下にさえその道をくねらせる。

「ここは、地下洞窟なんです。豊富な水質資源と鉱物なんかが取れる文字通り『穴場』でもあるんですよ」

「ただ、すこーし危ないのは……っと!」

 ガコン、と岩肌が音を立ててへこむ。その岩肌のくぼみから火炎が噴き出す。

「うわぁ!」

 ヨモギは前髪を焦がすが、すんでのところでニクまで炎に焙られることはなかった。

「ほれ、油断してると(トラップにやられちまうよ」

「ここは、一応ダンジョンですから、トラップなんかもけっこうあるんですよ。気をつけてくださいね」

 ヨモギはゼラの忠告に全力で焦がした前髪ごと顔を上下させる。そのうえで、全身の感覚器官で危機を察知しようとしながら先ほどまでの会話に戻す。

「その洞窟の先に、なんだっけ? そのー、魔女さんのくれる宝物でもあるの?」

「ん~、まぁ宝物と言うか――ちょっと人を訪ねに、ね」

「その人のことはイシンも知っているの?」

 そうだねぇ。と口にしたところで、この洞窟に入って来た者へのお出迎えがなされた。

「ホイホイっと。ほら、そんなこと言うてる間にまた出てきよったで」

 アティの職業は「案内者」敵や味方の位置はもちろん、初めて入る迷宮であってもマッピングや位置分析をその旨とし、冒険には欠かせない要員である。

 歓迎のファンファーレとして響くのは聞くもおぞましい鳴き声。光が少ないこの地であるべき場所にモノを見るための器官がなく、その分触覚として長くのびた感覚器官、ヒゲを有した巨大なネズミ。他にもコウモリや、うぞうぞと蠢く形容しがたいモノなど、魔物モンスターとして十分通用する生き物たちだった。

 各個撃破するツワモノや、コンビネーションプレーによって順次敵とみなされるそれらを狩る冒険者たち。

 槍を巧みに操る老齢の侍ザゼンや、手斧で遠近両方の戦闘を得意とするレブンコ。ナクサはレイピアを華麗に振り、キュラスはカトラスで次々と敵を撫で斬る。

 ヨモギもそれに倣うが、その腰から抜いたものはあまりにもなまくらで、それ以前にヨモギの体力や技術はお粗末で。

「はぁ、はぁ……っく。みんな、強いんだねー」

「『つよいんだねー』やあるかいな。ヨモギが弱すぎるだけや!」

 手厳しい評価をくれるアティでさえも、その針と飛行能力を生かした戦闘技術は、一行のサポートとして十分な役を担っていた。

 ッガシュ。

 中華包丁と思しき肉厚の刃物をネズミの頭骨に叩きこみながらノホホンと笑って見せるのはゼラだった。

「ワタシもそんなに戦闘は得意ではありませんが、やっぱり最低限自分の身を守れるくらいには……なりませんとー」

「のほほ、いいのいいの。ゼラちゃんはワタシが守ってあげるから」

 そう言いながら、素早く杖を回転させ一度に数匹の巨大コウモリを払い落すはゼラの恋人、イシンであった。

 ヨモギがあたふたと小物にてこずっている間に大方の戦闘は終わっていたようだ。

「ふぅ、いい汗かいたぜ。お、あの先じゃねーか?」

 先頭で戦闘していたレブンコが手斧の先で指し示す先には洞窟の出口であろうか、光が差し込んでいた。

 一人、また一人と地下の迷宮たる洞窟を後にする。

 ヨモギが少し狭まった出口から身を乗り出すと、久方ぶりの日の光が一気に顔を叩いた。目を細めるヨモギ。そして光に慣れた眼に飛び込んできたのは一面の青空。

「うわぁ、なんだここは?」

 『あおとアオ』そして『しろとシロ』。

 上には青い空が、下には蒼い湖が。

 空には白い雲が、湖には古びた城が。

「ここは『デュー湖』と言ってな。山の――そう、分かりやすく言えば山の中にある湖なのさ」

「そうじゃ、そして見えるかのぅ? あの湖の向こうに見える城こそ、お主の探し求めているものがあるゴールじゃ」

 一番最後に、お天道様の元へ出てきた魔女はぱっと日避け傘をさして現れた。

「しかしですよ、先生。この湖は結構な広さ。泳いで渡る、と言う訳には――いかないのでは?」

 恭しく頭を下げ、魔女に伺いを立てるのはローズ・マンションの仲間の道化師アテルだった。彼は演奏者バードであり、一行の補佐を受け持っていた。演奏者の奏でる楽の音には、魔物の能力を低下させたり、仲間の士気を上げたりと、便利な能力をもった職業である。

「そうじゃな。ホレ、そこに小さな船があるじゃろう? それで渡ればよいのじゃよ」

 魔女が華美な扇子で指し示した方向に一同の視線が注がれた。

「確かに。船はフネだが…… こりゃあチト小さすぎるんではないかの?」

 槍の石突でコンコンと船のヘリを突いたのは老齢の侍、ザゼンであった。この侍は一同の戦闘要員でここに来るまでの間、イシンやディルと共に先陣を切って魔物をなぎ倒してきた。

「お師匠、それはつまり全員では渡れない、ということですかね」

 ウム、とザゼンはヒゲをなでながら唸る。

「イシン、お師匠ってどういうこと?」

「あぁ、ワタシはこの杖術を極めるために、戦闘をこの『伊東一槍斎』こと、ザゼン師匠に習ったのよ。ヨモギ、アンタがディルやワタシから戦闘方法を習ったようにね」

 槍と杖、この両者の扱いには両手持ちの得物として通じるものがあるそうだ、とはナクサの弁。

「イシンはよい弟子じゃった。努力もし、勉強熱心であった」

「お、お師匠……」

 イシンが珍しく本調子ではない様子。

「が、最近は色恋にのぼせているようで、師匠としては心配ではあるな」

「そ、その辺で勘弁していただけませんか……」

 ゼラも困ったような笑顔を浮かべるばかりである。

「イシンはなー、どうにもザゼンに頭が上がらんのよ。まぁ、弟子だの師匠だの、そういう間柄だからなのかもしれんけどな」

 一同もこのやり取りがいつものことと、笑っている。

 魔女がコホン、と咳払いを挟み、しずしずと小舟の前に歩み寄る。

「それでは、船に乗って城に向かうメンバーを選出するでのぅ。今回はワシと依頼主の小僧、ヨモギじゃ」

 名前を呼ばれただけでビクリと背筋を伸ばしたヨモギ。きょろきょろとあたりを見回してから、自分で自分を指差す。

「そうじゃ、そして今回ワシの奴隷となることを自ら買って出た剣士のお嬢ちゃん、ディル。」

 大剣を担いだディルは黙って前へ進み出た。

「そんなもんかのぅ。残りの面々は湖畔に残ってキャンプじゃ。ワシらの帰りを待っていておくれ」

 ざわつく一同。

「ヨーヨー、そんなことはイインダヨー。じゃあ何か? この七つの海をまたにかけた海賊、キュラス様の航海術や操舵術を頼ってきた訳じゃないのかヨー」

 片目の眼帯とパイレーツハットが目を引く海賊崩れのキュラス。元が無法者であったが為か、その言動が威圧的になることもしばしばだ。

「キュラスや。お主の技術は買っているんじゃよ。しかし今回は、すまぬが留守番をしていておくれ」

 今一つ納得のいかないキュラス。

「しっかたねぇなぁ~。おい、ヨモギとかいうガキ! オレのハニーに手ぇ出したらブッコロスからな!」

 カトラスの切っ先を向けられ、威嚇にも似た釘を刺されたヨモギは既に涙目になりかけている。

「いったい、いつワシがおぬしの蜂蜜酒ハニーになったのじゃ……まぁいいじゃろう。それでは皆のモノ。よろしくのぅ」

 三人が乗ってやっとの大きさの――それもそこかしこに十分ともいえないような補強の入った木造船。その船首に優雅に腰をかけた魔女。真ん中でヨモギがオールを握り、ディルが船尾で舵を取る。

 小舟はゆっくりと湖岸を離れていった。

 残された一同の内、小舟が小さくなっていく様を面白くないと見ていた海賊崩れは、未だにボヤいている。

「行っちまった。俺らは一体、ここでなにしてろってんだヨー?」

「キュラス、ワタシたちはここでゆっくり火でも起こして待ってようじゃないの。酒でも飲みながらね」

「お、さすがイシン。わかってるじゃねぇか! ローバイ、レブンコ! 飲もうぜ!」

「ホッホッホ。わしもご相伴にあずかるとするかいの」

「おぅ、こっちにこいや爺さん。おいおい、これっぽっちじゃ足りねぇんじゃないか? なんせみんな酒飲みだからな」

 イシンの酒を飲もうと、皆が集まる。

 ドシン、重量感に溢れる音がした。

一行の道具方、フルーが背から下ろした荷物の中から折り畳み式の椅子やらテーブル、果てはテーブルクロスから食器に至るまで、様々の物を並べ出した。

「ところでよう、イシン。オメーはあの湖の城に何があるか、わかってるんだろ?」

 カバンから取り出した干し肉に歯を立てブチブチと筋繊維を食いちぎる、実にワイルドなレブンコ。

「ん~、何がって言うか……そうね。あの城にいるのはワタシと、魔女のトモダチさ。むかーしのね――」

 

 ギィコ……ギィコ……

 一葉の船はゆっくりと、儚い足取りで対岸を目指す。

「あの~、魔女さん。ちょっとでいいので手伝っては……もらえないですか?」

 地力がついてきたとはいえ、その膂力では船を漕ぐという慣れない動きに筋肉がついて行っていないヨモギ。情けなくも弱音として助力を仰いだ。

「フン、そのゴーヨク魔女が手伝う訳ないだろう」

 辛辣な言葉を吐いて、操舵を続けるディル。ここにきて久しぶりにその口が開かれた。

「全くじゃ。ワシに何かして欲しかったら代価を差し出すべきじゃな」

 クスクスと日傘の下で笑い声が聞こえる。

 ハァ、と深く嘆息を洩らしながら、軋む船に負けずに腕の筋繊維を軋ませる。

「しかし、驚いたのぅ。今時こんなにも弱いオトコがいたとは」

 魔女の言葉はストレートにヨモギのココロの臓器を抉る。

 確かに、ここに来るまでに何度も戦闘があった。イシンやディル、ローズ・マンションの面々はもとより、ゼラやアティでさえもその手に武器を持って道を切り開いたのだ。

 弱いのは……ほんとうのことだから……

 苦笑を顔に浮かべる。その心と並行して。

 ヨモギの心の声は呟きとなって波間に消えた――ハズだった。

「弱さを認めるな!」

 船が揺れる。船尾に体重をかけていたディルが立ちあがったのだ。

「ヘラヘラするな!」

 いきり立ったディルの剣幕は漕ぎ手に叩きつけられた。ビクリと身をすくませたヨモギ。

「それに魔女! あんたもろくに戦っていないじゃないか! 一体どういうつもりなんだ!?」

 ディルの突き刺すような視線が日避け傘の下の佳人に向けられる。

 こんな時まで手にしていたティーカップを船のヘリに置き、魔女の金色の瞳がディルに向けられる。

「お主こそ一体どういうつもりじゃ? 自らを質に入れて何がしたい? まさか隷属に思慕するような性癖がある訳でもあるまい?」

 正に一触即発。

 二人の視線は真っ向から対峙し、チリチリと空気と空間を焦がす火花を発しているようだった。

 ヨモギは言葉を発するどころか、その圧力に呼吸さえもまともに出来ない息苦しさを覚えていた。

 その時であった。

 チャプンッ……

 波だった。湖面に生じた小さな波。

 その波は次第に波紋となり船を揺らす。

「!?」

 ヨモギが覗きこんだ水面には黒い影が映った。影は次第に膨らみ、そして確実に三人の乗った小舟に近づいてきた。

 この異常事態に気がついたのは、湖畔で宿営キャンプの準備をしていたウチの一人、海賊崩れのキュラスであった。

 索敵サーチのスキルを持つ彼は遠くの敵の接近を察知する技術に長けていた。

 キュラスは酒瓶を口から離し、彼方の小舟、湖の中ほどにいた三人に起きた異変に声を上げた。

「湖のボスだっ!」

 キュラスの声に酒瓶や携帯食料、一部のニンゲンの好物であるアップルパイを手にしたまま、一斉に湖の上の小舟に目を向けた。

 ヨモギの目の前に現れたのは大きなガザミのバケモノだった。その身は毒々しい玉蜀黍色の甲殻に覆われ、その表面には苔や水草が張り付いている。三人の乗った船と同質量のハサミを振り上げたことから分かるように、遠く湖岸からでもその存在を確認できた。

 そして天を向いたハサミは鋭く重い爪先から目標に振り下ろされた。

 重い、重い音だった。ハサミは空を切って水面へ。その重量から水柱が立つ。

「わわ! うわわ!」

 バシャバシャと水滴と言わず、水のカーテンが船の上にかぶさる。そしてそれは一葉の上にいた者にも等しく。

「ほほぅ、あの重量を良くもまぁ……バカ力だけではないようじゃのぅ」

 魔女は傘のおかげで水をかぶってはいないようだったが、濡れ鼠のヨモギは『ナゼ、ガザミのハサミがアタらなかったのか』を理解した。

「だいじょうぶか?」

 ディルがその手にした大剣でガザミのハサミを逸らしたのだ。

 これは難しいことだ。

 元来、攻撃に対する防御手段と言うのは限られている。

 「避ける」

 これはその物理的な攻撃から当たらないように身を動かすことだ。しかし今回は、避けるほどの機動力も足場も無く、不可。

 「受ける」

 正面からその攻撃を受け止めることは機動力が無くとも出来る手段だが、質量として負けていればもとより、足場の不安定な船の上では無理に等しく、仮に実行に移していればそのまま船が木端微塵であっただろう。

 「受け流す」

 今回ディルのとった防御手段はこれだ。

 超重量のハサミの向かってくる勢いを殺さずに、力の流れだけを変えてやるのだ。これには受ける側の重量も機動力も必要ではない、必要なのは技以上に――

「大した胆力じゃのぅ」

 ディルはその大剣の切っ先から鍔に至るまでの全てを使い、滑べらせるように逸らした結果、ガザミのハサミは船ではなく、水面に突き刺さったのだ。

 ディルの剣の切っ先は滴に濡れながらも一点に向けられる。

「魔女! アンタも戦え!」

 空気に水分が多量に含まれている。そんな中、魔女は日避け傘を畳む。

「答えは、Noじゃ」

 !?

「まじょさん!? この状況分かってます!? 戦わないとみんな沈んじゃいますよ!」

 魔女はそんなヨモギの言葉にもどこ吹く風、青く晴れ渡った空を見上げているではないか。

「えぇい! もうアンタには頼まないよ!」

 ディルはガザミからの第二撃に備えている。

「ヨモギ、アンタも刀を構えな! 油断するなよ!」

 ディルの構えを見て、ヨモギは魔女の手を取る。

「魔女さん、お願いです。ディルは、ディルはもう……」

 魔女の金の瞳が紅を捉える。

 ディルは先ほどのガザミのハサミを完全には逸らし切れていなかったのだ。剣の柄から紅い滴が湖面に落ちる。

「ディル! もういいよ、泳いで逃げようよ」

 ポスッ。

 ディルが傷を負い、力の入らない腕でヨモギの胸に拳を当てる。

 心もとないコブシであった。

 その心がコブシを通してヨモギに流れていくことを念じて、ディルは言葉を紡ぐ。

「逃げるなんていうな。アタシは……アタシはアンタの――」

 おろろろろろぉぉおん。

 ディルがヨモギに向き直った瞬間だった。

 ガザミが体勢を立て直し、その爪を向けたのだ。

 両手で大剣を構えられなかったディルはこの追撃に一呼吸、反応が遅れた。

 ――いなしきれないっ!?

 横薙ぎに船の上のニンゲン、全てを刈り取ろうとしたハサミ。

 覚悟したディルに衝撃はやってこなかった。

 ディルを庇う形でヨモギがこれを受けた。そう、受けて、跳んだのだ。正しくは弾き飛ばされた、と言うのだろうが。

 超重量のハサミの直撃を受け、木の葉のように吹き飛ぶニンゲン。

「ヨモギー!」

 ドブン、と着水したヨモギを襲ったのは、ガザミではなく水だった。まるで糊のように粘性のある水がヨモギの四肢を掴む。そしてそのまま重力に従い水底へ。

 ゴボゴボと口から空気と入れ替わりに進入してくる液体。この冒険に、と身につけた防具が加速度的にその身を沈めていく。

 薄れゆく意識の中、ヨモギの眼は水面へと向かう。

「あぁ、あの時ディルはボクのことを心配してくれていたんだ……」

 その呟きが肺に残った残りの空気と共に泡となって上昇して行った。


 ……ギ……。

 ?

 ……モギ……!

 なんだよ?

 ……ヨモギ!

 眼が開く。ヨモギは天には召されていなかった。水底に沈んだと思ったヨモギは胃に残った水を吐く。

「ヨモギ! 大丈夫か!? 起きろ!」

 ゲホゲホとせき込み、空気を求めたヨモギを覗きこんでいるのはディルだった。

「やぁ、ディル。どうしたの? びしょ濡れだよ」

 ばかッ……

 ヨモギはどうやら仰向けに横たわっているようだった。そのヨモギの上体を抱きかかえるようにディルがうつむいていたのだ。

 ポタポタと、ヨモギの顔に暖かい滴が垂れる。それが水なのか、それともディルの目から流れるものなのか。

 心が温かい。そんな感情が第一に訪れた。

 一命を取り留めた、その事よりも彼女と共に生きていたという事実が嬉しかったのだ。

 ついで、金属製の肩当てや胸当てを取り払い、ぴったりと身体に張り付いたシャツがヨモギの目に飛び込んできた。

 そこでなにがしかの欲求がムクりと頭をもたげたが、自分やディル、仲間が置かれた状況を思い出し、上体を刎ね上げる。

「モンスターは!?」

 ヨモギとディルがいたのは大きな水草の葉の上だった。よくよく見れば、同じような葉が湖の上に無数に浮かんでいる。

「これは?」

「足場だよ。ボスのガザミが出てきて暫くすると水面に出現して、大勢でも戦えるような足場になるんだよ」

 ディルが向いた方向に視線を送る。そこでは仲間たちがガザミと戦っている。

 刃を突き立て弓を引く。剣や槍、トマホークや爆薬など遠近を織り交ぜた様々な攻撃がガザミを叩く。

 しかしながら、ガザミもこの湖の主、反撃はもちろん、その甲殻の防御力に中々手を焼いていた。

 そこに一艘の船が近づく。先ほどまでヨモギとディルが乗っていた船だ。

「離れるのじゃ!」

 広い湖の上、戦闘で入り乱れる音に負けない一声が響き渡る。

 船の上には、魔女がいた。

「なんだ? あの……光?」

 ヨモギの目に映ったのは、妖気とも言うべき光を体中から立ち昇らせる魔女の姿だった。

 紅茶のカップを船のヘリに置き、魔女が天に手をかざす。

 晴れ渡っていた青空。湖上の空にどこからともなく雲が流れてきた。雲は渦を巻き、太陽の光を遮断し暗雲となる。

 ゴロ……ゴロゴロ……

 暗雲が唸りを上げ、魔女がその指でガザミを指し示す。そして生まれた光。

 ピッシャァァアアン!!

 暗雲から一条の稲妻が。

 イカヅチはガザミを貫いた。

「魔法……なの?」

「あぁ、アタシもあんなに凄いのは見たことないよ」

 天候すら操ってしまう魔法の規模に、そしてその魔法を操ってしまう魔女に、一同は息をのんだ。

「さぁて、夕食はガザミのフルコースかのぅ?」

 クスクスと口元を抑えて笑う魔女。

 一葉の船の船首には魔女の飲んでいたお茶のカップが、湖畔の波に同調し、中身の液体を揺らしていた。

 ガザミの断末魔の泡が途切れ、その巨体を水面に浮かばせる。暗雲が晴れ、皆の勝ち名乗りが青空に上がった。


 その夜行われた宴は大いに盛り上がった。

 湖畔に設営されたキャンプでは火が焚かれ、大鍋にグツグツとスープが炊かれている。皆が戦利品として得たこの湖の主であった。

 ヨモギは火の前、適当な岩に腰をかけ、ゼラによそってもらったスープに口をつけた。水棲生物特有の臭みが香辛料と下ごしらえによって見事に消えた料理は絶品であった。

「食べているかのぅ?」

 ヨモギの隣にやってきたのは主を仕留めた英雄、紅い魔女だった。

「うむ、こうしてみるとカニと言うのも美味いものだのぅ」

 スッと、汲みあげた匙の中身を口にする。

 ふぅ、と息を吐く。それだけの所作にヨモギはなにかドキリとする感情を抱く。

「しかし面白い。弱き存在でありながら勇気を併せ持っている。それは好いことだ。しかし、勇気と無謀は同じものではないのぅ」

 ヨモギはアハハ、と笑って頭を掻く。

「分かってるよ。分かっているけど、あの時は身体が動いたんだよ」

 そうか、と呟き魔女は天を仰いだ。

「あの男も、ワシを守ってくれていたっけ……」

 魔女の目には満天の星空が映る。

「そういえば、あの城に何か、ヨモギのことに関して手掛かりになるようなものはあったのかよ?」

 ディルはヨモギを挟んで魔女の反対側に座った。手には殻にも焦げ目のついた焼きガニと思しき香ばしい料理が。

わしわしと殻の中の肉を食む。

「なかったさ。全てただのガラクタだったよ」

 そう、と肩を落とすヨモギ。

 だが。

「だが?」

「日記があったのだよ。彼の、あのお城の持ち主だった男のな。その日記によれば、かれはこの世界『リースト』を隅々まで見て回ったらしい」

「まって、その彼って一体……だれなのさ?」

「ワタシと、魔女の共通の友人だねぇ。よく三人でつるんでたっけねぇ」

 イシンがヨモギの背後から現れた。三人とは違って腰を下ろすことなく、立ったままで会話に参加してきた。

「彼はいつの間にか姿を消した。その姿を消す数日前までの行動を日記に残していたらしい」

「しかし、その『全てを見た』と言うことが不可能に近いのじゃ」

 どうして? 

 キョトンとするヨモギ。ディルは何かを悟ったようだ。

「このリーストというゲームの世界は広すぎる。『一応の』サービス終了までに更新され、拡張された世界は広く深く、その情報量は膨大なものであり、一個人が全てを知るなど不可能だ。」

「うむ、そんなことが出来るのは……この世界の統治者だけだ」

「統治者? このリーストは既にサポートがされていないって……」

「ヨモギにはそう説明した。だけどそうでもなければ説明がつかないんだよ。つまり――」

 つまり?

「ワシとイシンの共通の友人はもういないのではないだろうか?」

 魔女の仮説は、誰もが知らない『フリ』をしていた問題だった。生き物でもなければ自己修復も自己進化もありえない。その不思議……

 パチパチと炎のはじける音。周りでは仲間たちが騒いでいるにも拘らず、静寂がヨモギたちを包んだ。

「そうじゃ、ディルとかいったかの。情報の見返りにお主と言う代価を受け取ったが、どうやら返却せねばならぬようじゃ」

 どういうこと?

「ワシには今回の冒険と――」

 魔女は匙を料理に向ける。

「この料理が美味かった。それで満足したのだよ」

「珍しいこともあったもんだ。強欲が人間の皮をかぶっているようなお前さんが」

 ヒューイ、と口笛を吹いて茶化すイシン。

「なに、ワシもそろそろ……そういう歳じゃ」

 ヨモギには魔女の年齢など推測も出来なかったが、恐らく相当な年齢と言う設定なのだろう。

「いいか、ヨモギ。お主はお主じゃ。自分をしっかり見つめ、そのうえでこの世界を見ておくれ」

 魔女の神妙な言葉に、ヨモギは背を正した。

 人差し指で口元を隠しながら、魔女はクスクスと笑う。

「さ、今日は食べて飲んで、歌でも歌っておくれ」

 魔女の目くばせに、道化が頷く。ギターともリュートともつかない楽器は不思議な楽の音を奏で、蛮族の戦士と少女が樽や瓶を用いてリズムを叩く。楽しげな、それまでの皆の労を労うような調だった。

 ディルが立ちあがり、ヨモギの手を取った。踊る二人。ヨモギにはステップもリズムも滅茶苦茶だったが、楽しかった。それだけは心と記憶に刻まれた。

 皆が炎を囲み歌い、奏で、踊った。

 光が流れた。

 流れ星が――。




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