表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第5話


 ヨモギの目に飛び込んできたのは、色鮮やかな垂れ幕や花、屋台や出店の装飾であった。

「わぁ~、今日はお祭りかなにかなの?」

「そういうわけでもないのよ。これがこの街の平常運転でね。活気があるだろう?」

 見慣れぬ装飾に目移りしながらも、ヨモギはウンウンと頷く。

 道中大した障害もなく、朝に宿を出て昼前にはこの街「カメリア」へとついたのであった。

「独りになるなよ? 昨日みたいにオーガが出るかもしれないからな」

 ニッシッシと笑うのは、緑の髪をおさげにした剣士ディルであった。本日の服装は簡素なシャツとレギンス。そんな恰好であっても当たり前のように背には彼女の身長ほどの大剣を担いでいた。

「子ども扱いしないでよ」

 ブスくれるヨモギはディルと大して変わらぬ年齢のようだが、この世界リーストに来てまだ日も浅い新人である。腰には革製のベルトを巻いて先日もらった刀を差していた。

「そうですよ。昨日のヨモギさんはちょっとだけ運が悪かっただけですよ」

「せやなー、迷子になってオーガに襲われるなんてのは、ホンのちょーっとだけツイてなかっただけや」

 優しい言葉をかけるメイド服のゼラ。意地悪そうな笑みを浮かべて同調するのは妖精アティ。

「ここで迷子になってもモンスターは出ないだろうけどねぇ。せいぜいスリにあうかカツアゲされるか……」

着流し姿で氷色の髪を結んで肩にかけていたイシンはボソリとヨモギを脅す。

 ヨモギはどちらも御免とばかりに首を振る。ズボンのポケットに手を入れると、革袋の中に少しだがズッシリとした重みを確認した。

「ボクが仕事をしてもらったお金だもん。大事に使わせてもらうさ」

 ヨモギが拙いながらも薪を割り、水をくみ、畑の野菜の世話をして得た紛れもない労働の代価。袋の中に指を入れると金属のひんやりとした冷たさが心地よかった。

「んじゃ、ボチボチ行こうかね」

 イシンはかごを背負い直し煉瓦造りの大通を進んでいった。

 最初に寄ったのは革製品を扱う露店であった。イシンはカゴから狩りで得た動物やモンスターのなめし皮を取出し、店主となにがしかのやり取りをしている。

「イシンは何をしてるの?」

「交渉だよ。アタイたちはこうして狩りや探検で手に入れた資材やお宝を街で売ってお金にしてるんだよ」

「へー、モンスターがお金を落とすわけじゃないんだね」

「そりゃそうさ。中には金品を貯め込んでるモンスターもいるけど、そんなのは稀だよ。」

「それにしても、スパッと売れるもんじゃないの?」

「えぇ、こうしてお店の『買う側』の人と私たち『売る側』の人がお互いに主張したり、譲ったりしながら売買の値を決めるんです」

「そんでな? そういう『交渉』の能力が高ければ有利に取引できるってことなんや」

 そんなことを話しているとイシンが革袋を手に戻ってきた。

「ん~、こんなもんかな。今回も前に比べて量が少なかったしねぇ」

 革袋を揺らすとジャラっと硬貨同士の当たる音がする。

 このやり取りを他にも干し肉屋、薬屋、布屋といくつも店を回った。どれもイシンやゼラの値段交渉付きで。



「ねー、お腹すいたよー」

 いち早く根を上げたのはヨモギとアティ。雑貨屋の軒先に座り込み空腹を訴えた。

 そこにディルが昼飯を買ってきた。

「これなーに?」

 目の前に出されたのは屋台で売られていたバゲッドサンドであった。

 ディルから受け取り、パリッとした皮にガブッと豪快に歯を立てるアティ。それに習って同様にかじる。

 バゲッド、いわゆるフランスパンを使い、塩気の利いた肉の腸詰と新鮮なレタスやトマト、ソースは少しピリッとした辛みがあり、屋外で食べるにはもってこいの味であった。

 ディルも軒先に腰かけ、バゲットサンドにかぶりつく。隣ではすでにアティが7割、ヨモギも半分ほどを胃に納めていた。

「あらら、みんなもうお昼にしてたのかね」

 店から出てきたイシンとゼラもサンドイッチを受け取る。カプっとかじり、これからの予定を話した。

「お昼からは生活必需品を買い出しに行くけど、オマエさんたちはどうするね?」

「アタシは鍛冶屋に行ってコイツの手入れをするさ」

 ディルは背負っている大剣を親指で指し示す。

「ウチはお菓子を見に行きたいな」

 ヨモギたち食べていたのと同じ大きさのバゲットサンドを平らげて尚、食欲を誇るアティ。

「ボクは少しゆっくりするよ」

 そうかい、とイシンは午後からの皆の予定がバラバラであることを確認した。

 その後、一旦個人行動となり、ヨモギはお小遣いで買った干し果物に砂糖をまぶした菓子を手にして広場の噴水のヘリに腰かけていた。

 干し果物は砂糖の甘さと果物自体の酸味のバランスが絶妙で非常に美味しかった。

 シャラシャラと流れる噴水のしぶきが、ヨモギの顔に冷たい霧を浴びせる。

 ふと、舌の甘みに向けていた意識を目に戻すと、ヨモギの数歩先に立っている人がいる。いや、正確に言えば彫像のように直立している。

 見るからに派手な服に目元だけを覆うマスクとメイクで表情は読み取れなかった。彫像のような男はでっぷりと出た腹を突き出し、見るものも見ず、といった風貌である。

 しげしげとヨモギが見つめていると、不意に彫像の男は声をかけてきた。

「珍しいな。新入りか?」

 ドキリと心臓の鼓動を早めながらも、相手がニンゲンであると認識し、声に応える。

「なんでわかるんですか?」

「なんでって、装備も見た目も何もかもさ」

 自分の身なりを改めて確認する。確かに質素だがきちんとした身なりはしているつもりだし、この前手に入れた刀も腰に差している。

「そんなに珍しいんですか?」

「あぁ、ここ数年で初めてじゃないか? 新入りだなんて。それにお前『ゲキダン』の奴らとつるんでるだろ」

 げきだん?

 ヨモギは耳に入った音をそのまま口にする。

 男はウム、と答えるのみだった。

 新入りは頭の上に疑問符を浮かべるのみだった。

「あら、ここにいらしたんですか」

 赤髪のメイド服、ゼラが両手に素焼きの瓶をもってヨモギの元にやってきた。

「ハイ、よく冷えたレモン・エードですよ」

 ヨモギは瓶を受け取り、ゼラに問うた。

「この人は?」

「あぁ、この人はザッソさんと言ってこのあたりじゃ有名な芸人さんなんです」

「芸人?」

「えぇ、『動かない芸』というのをする方で、なんでも噂では夜寝る時もこのままだとか」

 へぇ~、とヨモギが声をあげる。するとしばらく遅れてイシンがやってきた。両手には買い物をした食料品や生活必需品でいっぱいだ。

 イシンはどっかと噴水のヘリに腰かけ、ゼラからレモン・エードの瓶を受け取り、グビリとあおる。

「ふぅ、アリガトーゥ。ヨモギ、ザッソに驚いたかね? コイツはこういう習性の生き物だ――ってくらいで気にしなくていいんだよ」

 そういって、『動かない芸』をするザッソの足元に置かれた帽子、逆さまに置かれ芸の評価の器となったソレに小銭を投げ入れた。

 ふーん、とヨモギが納得すると、ディルとアティもほどなくして合流した。

 それぞれが町で得た収穫を見せ合う。ディルは大剣の手入れに使う磨き布。イシンとゼラは宿に持ち帰る食料品や灯の油などの日用品。アティに至ってはすでに半分ほどが胃袋に納められた菓子の詰め合わせだった。

 皆、おもいおもいの買い物ができたようだった。

 ヨモギはここで口にすべきか迷った。先ほどザッソに言われた謎の呼称の事である。

「ねぇ、みんな『げきだん』って……」

 そのヨモギに覆い被さったのは大仰な声だった。

「ばわー!」

 ば、ばわ?

 ヨモギの耳に聞きなれない単語が響く。

「おぉ、お久しぶりです」

 イシンが挨拶をした方を向くと一組の男女が歩み寄ってきていた。

 男の方は山吹色を基調とした目にも眩しい鎧をまとっていた。手には大きな戦斧。これも山吹色に輝いている。

 女の方は男に比べれば大人し目だが、それでもヨモギの知るリーストの皆とは違う「目立つ桃色」のドレスを着ている。こちらは手には得物を持っていない。

「おぉ、久しぶりだね。イワトラ夫妻、げんきだった?」

 自分たちの呼称に若干のはにかみを持ちながらもイワトラと呼ばれた男は、これまた大仰な手振りで話し出す。

「いや~、最近は仕事が忙しくて~。それでもナントカカントカ、やってますよ~」

「仕事? この人たちもやっぱり労働をしないとご飯が食べていけないのかな。あんなにハデでお金持ちそうな恰好なのに……?」

 ヨモギの脳裏にあの衣装のまま野良仕事をするイワトラ夫妻が描かれた。

「ウチもほら、新入りが一人、仲間に入ったんでこのとおり。てんてこ舞いさ」

「あぁ、この人が例の――新人ヤングさん?」

 ――ヤング? 確かにボクは若いけど……

 ぐい、とヨモギのほうに身体ごと顔を近づけるイワトラ。糸のような細い目をしながらも漏れる眼光はヤングと称したヨモギを射ぬく。

「へ~、珍しいですね。あ、僕はイワトラっていいます。こっちは相方のリリー。よろしく~」

 リリーと紹介された女性はぺこりとお辞儀をする。

「んで、え~っと……ヨモギさん? 職業ジョブは? メインウェポンは?」

「ジョ……ジョブ? 職業は~、今のところ決めてないけど、刀の使い方を覚えようかと思ってる、ところだよ」

「おぉ、それはいいですね~。イシンさんは杖術スティックファイティングだし、ディルさんは剣術ソードマンでしたよね? お二人とも技術スキル的にも力量レベル的にも申し分ないですし――」

 ヨモギの耳には聞きなれない単語が羅列される。

「確かに戦闘を習うなら良い環境ですよね~」

「う、うん……」

 たじろぐヨモギにイワトラは畳みかける。

「そんで、何がしたいの?」

「なにって……このリースト? この世界を知りたいっていうか、冒険とか……」

「そーなんだ。やっぱり『ゲキダン』の人らしいですね~。ボクたちみたいにボスやったりレアアイテムを探したりってのはあんまり興味ないですか? もしだったら一緒に――」

 マッテ! 待ってまって!

 ヨモギはイワトラの言葉尻をひったくって強引に会話を止める。

「ちょっとまって! イワトラさんの話はよくわからないよ。すきる? れべる? ぼす? れああいてむ? もうチョットわかるように説明してよ! それにさっきから言ってる『げきだん』てなに?」

 顔を見合わせるディルとイシン。その後ろではゼラの肩に座っているアティが微妙に険しい表情である。

「いや、えーっと……それは~……」

 ディルのそれは、いつもの竹を割ったような性格からは連想できない歯切れの悪さだった。

「ねぇ、何か隠してない? ボクに内緒のこと?」

「内緒ってほどではないんだけど、というか、当初の感想と違うというか……ヨモギ、あんたはどうやってこの世界に?」

「どうって、ディル達に出会う前の記憶がわからなくて……まって?この世界って本当の世界だよね? 現実に存在するんだよね?」

 一行は一向に話が噛み合わない。

 イワトラはさも不思議そうに声をかける。

「このリーストが『本当の世界』ですって? 現実? この仮想世界ゲームが? あれ? ゲキダンの皆さんは……そう言うんでしたっけ?」

 その合致しない世界観にヒビが入る音。その音はヨモギの精神にまで亀裂が入った様を表していた。

 自身の変調を制御しきれない心が、ヨモギ自身の足を動かした。

「あれ? こういうのってエヌジーなんでしたっけ?」

 イワトラのバツの悪そうな顔。リリーはオドオドと旦那の袖をつまんでいる。

「あちゃー……いや、何でもない……」

 噴水のへりに腰かけ、頬杖をつくディル。ため息を漏らし、頭を掻くイシン。オロオロと右往左往するゼラ。

 明後日の方向に向かって行ったヨモギ。誰も後を追うことが出来なかった。一粒の光以外は。



 ヨモギはトボトボとどこに向かうともなく両の足に意思を持たせず動かしていた。

 脳が、心が仕事を放棄し、頭の中は疑問と不安が占めている。

「どういうこと? この世界がゲーム? じゃあ、ボクはいつの間にかゲームの世界に入り込んでしまったっていうことなの?」

 ヨモギの心中に置かれた理解に苦しむ状況を自己判断しようと口が言葉を成す。

「じゃあ、そんなゲームの世界にいながらボクが感じている感覚や疲れ、そして痛みは……? 実際に起きてることじゃないの?」

 ぶつぶつと疑問が列を成して口から歩きだす。まるで行くあてのないヨモギ自身と同様に。

 ふと気がつくと街の外れまで来たようだ。視界の先、街を囲む形でぐるりと張り巡らされた水路の向こうで子供が一人、声をあげて泣いているのを見つけた。

 こんなときでも生来の人の良さからか、ヨモギは近づいて子供に声をかけた。

「どうしたの? 君、迷子になったの?」

「あのね、友達がね、ぼくにイジワルを言うんだ。『墓場』に行ってお供え物を取って来いって言うんだ」

「そっかー。それは困ったね。ボクもいま、友達に――友達だと思ってた人に……いや、何でもない。『墓場』はどっち?」

「街の北にあるんだ。『一緒』に行ってくれる?」

「もちろん、ボクも『一緒』に行ってあげるよ」

 子どもはシャツのうえに革製のベストを着た、どこにでもいそうな少年だった。てくてくと小さな皮靴の作る足跡について行くヨモギ。

「おった! 探したんやでー」

 そこに妖精アティが光の筋を残しながら追いつく。声をかけるもヨモギは振りむこうともせずに歩を進める。

「まったく、ウチが『案内者ナビゲーター』で、追跡やら地図作成の能力が高いからこんな風に見つけられたんやけど――チョット、ヨモギ! 聞いてるんかいな?」

「聞いてるよ。そんなのを知ってどうしろっていうのさ。みんなでボクを騙していたっていうのにさ」

「それは誤解や。ウチらはみんな、ヨモギがそういうロールプレイをしてるもんやとばっかり……」

「ロールプレイ?」

「そうや、ロールプレイっちゅうのは何かのキャラクターになりきって、そのキャラクターを演ずる遊びのことなんや。ウチなら妖精、ディルは剣士、イシンは武術家っていうキャラクターを演じてて……」

「それってやっぱり遊びなんだよね? このリーストって世界がお遊び、ゲームってことなんだよね?」

「それは……そうやけど……」

「ボクは一生懸命働いたし、練習もした。それがゲーム? この体の疲れも、心臓の鼓動でさえも感じる。それがすべてゲームの中のことだっていうの?」

 ヨモギは不安と戸惑いを言葉という刃にしてアティに突き立てた。

「せやけどな? こうして各々が自分に見合った、興味を持ったり、したいことをするために能力スキル力量レベルを高めるんや。剣術や杖術なんかの戦うための能力、ウチやゼラやんみたいにナビゲーションや料理といった裏方の能力を練習してやな……」

「うるさい! そんなこと、今更そんなこと言われたって……」

 すっかり閉口してしまった彼女に背を向けたまま、ヨモギは先ほどまでと同じく、道案内をする少年について行った。

「ちょっと、ちょっと待ちや。その子、どないしたんや?」

「この子が墓場に行くって言うんだ」

 ぶっきらぼうに言うヨモギの足は止まらない。

「その子って……エヌピーシーやろ?」

「えぬぴーしー?」

「ノン・プレイヤー・キャラクター、ようはゲーム上でのコンピューターが操るロボットみたいなもんや。そんでヨモギやウチらみたいなのはプレイヤー・キャラクターつまり、中の人がおるってことで……」

「ふーん、じゃあ、この子はロボットと同じってこと?」

「せや、案内エスコートは特定のキーワードに反応してクエストを進めていくんや。ただ、今は墓場に案内をするエヌピーシーなんておらんはずなんやけど……」

 そこまでアティが言葉を濁していると、いつの間にかヨモギは案内されるままに墓場の中へと足を踏み入れていた。陽は既に西の山に隠れ、辺りには墓場特有の死臭ともいうべき、どんよりとした空気が明るさに反比例するかのように漂い始めていた。

 ボッ。

 音のする方向に目を向けるヨモギとアティ。そこには誰もいない。誰もいないはずなのに、墓石の前の燭台に火が灯る。

 アティの顔に不安の明かりが照らされる。

 ボッ。ボッ。

 他の燭台にも次々と火が灯る。

「アカンよ! コレはマズイかもしれんで……ヨモギ!、はよ逃げな!」

 アティの声がヨモギの耳には届いていた。しかし逃げる様子はない。それどころか、その場に立ち尽くすのみで、腰に差した刀を鞘ごと地面に突き立て、動くそぶりすら見せない。

「オニーチャン……」

 エヌピーシーの少年が呟く。そして次の瞬間――

ドロッ。

 少年の体中の全ての肉が崩れ落ち、骨だけとなった。

「なんや!?」

 アティの危機意識が光となって体中から洩れる。

 「オ……ニー……チャン……」

 言葉を成す為の舌すらも溶けてしまったのか、骨となった少年の言葉は聞きとれるものではない。そして、ガシャガシャと鳴る骨が墓場中の遺骨を吸い寄せ、見る間に大きくなっていく。

 それを見上げるヨモギ。可愛らしさの残る少年だったそれは、この前のオーガよりも二周りは大きな骨の化け物となった。

「『地を鳴らす大骸骨ラージ・スケルトン』や! ヨモギ、逃げるんや! ウチら二人でどうこうできるモンスターとちゃうで!?」

 アティは腰に差した一本の針を抜き放つ。まるで刀の抜刀のように。そのまま、ヨモギの前に割り込んだ。

「なにしてるんや!」

「なにって、どうせこれもゲームなんだろ? そんなに慌てて何になるって言うんだよ」

 グイとアティを邪険に扱う。その向こうでは巨大なガイコツが歪に膨れ上がった右手を振り上げていた。

 キャァッ!

 思わず漏れた悲鳴と共に、地を舐めたのはヨモギであった。ガイコツの大振りな一撃は、ヨモギとアティをまとめて薙ぎ払う結果となった。

 ボタボタと音を立てては湿った地面に吸われていく、ヨモギの流した赤い滴。

 ――これがゲーム? この痛みが、この血が、本当に現実のものじゃないって言うの?

 ジンジンと焼けつくような頬の痛みに、ヨモギの意識が覚醒する。

 カラカカラァァァ……

 地の底からやってきたガイコツは再びその腕を振り上げた。振り降ろそうとしている先にはアティが。先ほどの衝撃で、彼女はまだ体勢を持ち直せてはいない。

「アティ!」

 覚醒したヨモギの意識は理屈や理論よりも簡単に、そして速く己の足を動かした。

「な、なにしてるんや……ウチは逃げろって言うたやろ……」

 己の身を盾にしたヨモギ。振り下ろされる骨の槌。

 アティもヨモギも、各々がその身が砕けることを覚悟した。

 食いしばった目蓋。やってくるはずの痛みも衝撃もない。あったのはパラパラと言う、まるであられのよう粒状のモノが響かせる音。

「間に合ったかね?」

「まったく、迷子になる能力スキルだけはあるようだ」

 声の主はイシンとディル。二人はそれぞれヨモギの両の手を引き、その身を起こす。

「心配しましたよ~。だいじょうぶでしたか?」

 ゼラの声もする。

 ガイコツの振り下ろした手はゼラの包丁で軌道をずらされ、イシンの杖で受け止められ、勢いと威力が殺がれたところでディルの大剣によって砕かれた。結果として微塵の破片となったのだ。

 一連の流れるようなコンビネーション。拍手を送るものこそいなかったが、観衆がいれば盛大な歓声が沸き起こっていたであろう。

「さ、立てるか?」

 ヨモギを立たせる三人。

「あれだ……えっと、黙ってたのは……悪かったよ」

「そうだねぇ、ワタシ達の勘違いだったみたいだね」

「スミマセン。でも悪気はなかったんです」

 口々に謝罪の意を表す。

「せやな。久しぶりに仲間が増えると思って、焦り過ぎてたみたいや」

 いつの間にか、アティも持ち直し、ひらり、と翅を使って身を翻す。ディルの肩に、いつもの位置に止まる妖精。

 謝意の表情を露わにしていた4人(三人と一匹)は、ヨモギに向き直る。その眼には強い意志が光っている。

「たとえ、これでワタシたちがヨモギの信用を失ったとしても」

「アタシ達はこれだけは譲れません」

「たとえウチらが嫌われても、や」

「アタイ達は『仲間』だから!」

 この言葉が、ヨモギの胸の内に火を燈す。

 それまで、意識のはっきりしなかったあのまどろみの世界からこのリーストで覚醒し、自分を仲間と言ってくれた。何よりもヨモギはそれが嬉しかったのだ。

「……うん!」

 力強く頷き、肯定する。

 カラカラカラララァァアアア!!!

 ガイコツが雄叫びを上げる。砕かれた筈の右腕は尖った骨として、槌よりも危険な矛となっている。

 左手も、牙も、ガイコツは振り回し、攻撃を仕掛けてきた。狙いはヨモギだけではない。

 四人が再度、武器を構える。今度はヨモギもその腰のモノを抜いた。

 反撃開始であった。

 ガツッ。

 カカァァンッ。

 それぞれがそれぞれの武器を巨大な骨に突き立てる。

 ガイコツの攻撃は大ぶりで、単体を狙ったものであれば避けれないものではなかった。しかしその巨体ゆえかヨモギやディル達の攻撃がダメージとして通っているか、ははなはだ心もとなかった。

「これはちーっと手に余るかねぇ?」

「いえいえ、そうでもないと思いますよ」

 と、いうと?

 ゼラが指し示した方向からは援軍がやってきたのだ。イワトラ夫妻とその友人たち、更には冒険者の宿、ミスルトの冒険者仲間達もだ。

「おーぅ、楽しそうなことやってるじゃないか! オレたちも混ぜな!」

 イワトラやローバイ、フジノスケといった前衛で攻撃と防御を行う戦士。

「せーのっ!」

 装飾豊かな鎧と同じ、山吹色の戦斧を振り降ろすイワトラ。その掛け声に合わせるように浪人者フジノスケは身の丈以上に長い野太刀でラージスケルトンの大腿骨を攻める。

「さぁて、この高貴な一撃をかわせるかな?」

「いーから、ガツッとやっちまいな! こんな風によっ」

 弓を引き絞るナクサや手斧を投擲するレブンコ達は距離を置きながらも、巨大なモンスターの手足の末端を狙い、機動力や攻撃力を着実に削ぎつつあった。

「え、えぇと……えとえと…… みなさーん、ケガをされたらこちらに~」

 援護を行うリリーは傷ついた仲間たちを薬品や包帯で傷を癒す。喋るクマやネズミたちなども芸なのか戦闘方法なのか、大きな骨に牙や爪を突き立てる。彼ら『パーティ』はこの『パーティ』を楽しんだ。

 ヨモギもこの戦闘と言う宴に参加した。

 ヨモギにとって、現実であることも、ゲームの世界であることも、今は関係なかった。

 只、ただただ仲間や友達がいるということが嬉しかったのだ。

 戦闘時間はおよそ一時間、『地を揺らす大骸骨』は崩れ墜ち、文字通り地に還った。

 勝ち名乗りを上げる一同。そこには傷つき疲労の色もうかがえるヨモギの姿が。しかしその目は、単純に疲れただけではなく、何がしかを得た目をしていた。

「仲間、か。良いモノだよね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ