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第1話

 チカ……チカ……。

最初は小さな光の粒だった。その粒は次第に大きく、かつ数を増し、様々な色に変わってゆく。

 暗闇を照らしていくその光――いや、まず「暗闇」という表現すら正しくは無いのかもしれない。

 何もない――光はもちろん、色も音も、五感を刺激するモノは何もなかったのだから、それが「暗」くて「闇」の色をしていたのかも、判別は誰にも出来ないだろう。

「なんだ……ろ……? 眩しい……もっと……まだ寝ていたいのに……」

 つぶやいたその事の葉が、音の形を成していたのかすら――この場合は定かではなかった。そして必要でもなかった。

「なんだよ……ボクはまだ寝ていたいんだ。あと5分でいいから寝させてよ……」

 声がする。

「――――」

今しがた眠たいと、文句を言った者に向かって形を成した声は、不思議と優しく、強制力を有した。

「わかった、わかったよ……起きるってば……」

 光の粒が瞬く。まるでその粒が意志を持ち、頷くように再び瞬くと、「暗闇」が晴れる。

…………

……

「…………? ここは?」

 まるでベッドから起きてきたばかりの姿で、この物語の主人公は立っていた。寝巻、というか薄手のパジャマにスリッパ。背中まで伸びた黒髪は所どころハネており、寝癖であると見受けられる。

「……ん? なんで?」

 今現在、自分の置かれている状況が理解、把握できていない。

「ボクは……寝てたんだっけ……?」

 己の手を、足下を、伸び放題の頭髪に触れる。

「こんなに髪の毛、長かったっけ……?」

 指の爪は長く伸び、足下のスリッパは幼い女児が好むと思しきアニメのキャラクターがプリントされていた。

 暫しの間、自己分析を続けると、次第に意識は鮮明となり、周囲に目を向ける余裕が生まれた。

 寝ていた――にしてはベッドも布団も見当たらず、自分が二本の足で立っているのは――苔むした石畳の上。

 更に周囲には足下と同じく緑の苔がついた石柱が円を描くように立っている。近づいて見ればなにがしかの紋様も彫られているが、判別できないほどの時間からか地衣類で覆われている。

 ぺたぺたとその手で触れながら周辺を観察する主人公。

「なんだろ……まるでおとぎ話にでてくる、えーっとなんだっけ? サイダン? シンデン?」

 乏しい知識でも、それが今までの自分の生活とは無縁な舞台であることは容易に判断できた。

「あれ、ボクはたしか……そう、隣の家――そう、ヒトミちゃんと遊ぼうと……あれ? ここってナニ?」

 自分が何者か、なぜこんなところにいるのか、「分からない」ということしか「分からない」のである。

 頭頂部に疑問符を立てていると、声が聞こえる。先程、彼を眠りから起こした、あの声だ。

「……こ、よ……こそ……へ……」

 ?

 先程の声と同じ主であることは聞きとれたが、不鮮明で雑音の混じったその声。まるで、

「ナニコレ……? ノイズ?」

 いぶかしんでいると、円台状の石造りの祭壇に階段が現れた。光に導かれるように階段を下りる。

「……では、……の……を……」

 かろうじてしか聞き取ることのできない不明瞭な声を聞き流しながら、光の道を進む。

 思ったより不安感は無く、着の身着のまま、ぺたぺたとスリッパのままで石畳の上を歩く。

 だんだんと頭への血の巡りがよくなってきたのか、意識がクリアになってくる。

「ここはなんなんだろう? ボクのいた――ボクの家のあったところとは、全く違う、そう……まるで……」

 そこまで誰ともなく、自分ともなく呟いたところで景色が変わった。石畳は終わり、草の生えた地面に石柱は途絶え、岩肌が左右に見える。

 それまでは意識の外にあったのだが、どうやら石の道は洞穴の中を通っていたらしい。その証拠に風を感じ、見上げた先には――

「わぁ!」

 そこには、白も青も、そして黄金もあった。雲はたなびき、空は広がり、太陽も穏やかに輝いているのである。周囲には緑が増え、木々や草花が笑顔を振りまいている。

「あー、イイ天気だねー」

 などと久々に浴びたかのような日の光に穏やかに目を細めていると、数メートル先の木々の後ろから人影が現れた。なぜ、人影か判別できたのかというと、

「コンニチハ、イイオテンキデスネ」

 と声をかけてきたからだ。

「こ、こんにちはー」

 おずおずと挨拶を返す。見ればいたって普通な壮年の男性がにこやかに挨拶をしてきただけだった。そう、ただ挨拶だけを。

「コンニチハ、イイオテンキデスネ」

 再び挨拶を返してくる男性。顔のつくりは日本人というよりはどちらかと言えば西欧的な印象を受けた。流暢というには程遠い、どこか主人公の住んでいた国とは違う国の人間であるのかとさえ推測できるカタコトなコトバ。

「コンニチハ、イイオテンキデスネ」

「ん、うん……」

 主人公の意識が警鐘を鳴らす。

 ――アヤシイ! このおじさんさっきから同じことしか言ってないし、顔も作り物みたいでなんだか気持悪いよ……

 どう対応していいか困っていると、事態を打開するかのように音が鳴る。

 ぐぐぅ~。

 腹の虫だった。

「そういえば、何も食べてなかったから……オナカすいたなぁ」

 その音と呟きを聞いてか、おじさんは着古したシャツの懐から果物を取り出し、差し出した。

 みれば赤く艶やかな果実。リンゴであった。真っ赤な艶のある実、ヘタには緑の葉っぱが一枚揺れていた。

 片言のおじさんをいぶかしみながらも、食欲中枢の指示に負け、おずおずと手を伸ばす。一歩、そしてもう一歩。主人公の足が洞を完全に抜けた。

 ッドン!

「なに!?」

 主人公は理解できなかった。ものすごい速さで目の前にいたおじさんが自分に飛びかかり、押し倒し、馬乗りになったという事実を把握するまで数秒かかった。

「なになに?」

 そして、おじさんは異様な音を発しながら己の顔の皮を破きはじめた。

「お、おばけ?」

 びりびりという音と共に現れたのは、バケモノには違いないだろう。

 人の良さそうなおじさんの皮の下に潜んでいたのはサルだった。それもただのサルではない。いびつな、そう、昆虫の複眼のような目をもったモンスターであった。

「うわぁ……」

 率直な感想だった。今までの自分の常識で測り知れない者と遭遇した時、人は驚きや恐れよりも感嘆の声を漏らしてしまうものなのだ。

 サルは口角を大きく裂き、赤い三日月のように口元をつり上げた。それは明らかにこれから腹が満たされるという事実に対しての笑みであろう。

 主人公は淡くも死を覚悟した。

「そっか、ボク死んじゃうんだ……」

 フラッシュバックするこれまでの人生。おとうさん、おかあさん、そして友達や……

「あれ? なんだろこれ……?」

 一点モヤがかかったように不明瞭な記憶の回帰があったが、目をつぶり歯を食いしばり、地面に生えていた草を握りしめ、己の生に別れを告げた。

 サルのバケモノは先ほどと同じく、こんなときにもお行儀よく挨拶をした。

「イタダキマ――」

 はずだった。

 確実に来るはずの死はやってこなかった。主人公が恐る恐る目を開くと、そこにあったはずの赤い三日月もギラギラと輝いていた複眼も姿を消していた。

 そう、それらを有したサルの頭ごと。

 「え?」

 主人公が事態を把握できずにいると、横からすごい衝撃を受け、サルの胴体が吹っ飛んだのだ。

「あー、やっちまったよ」

 衝撃の元はしなやかにのびた足だった。主人公から見て太陽を背にした何者かが、結果的に主人公を襲ったサルの首を刎ね、残った死骸を蹴飛ばしたのだ。

 おたおたと立ち上がれずにいる少年に手を伸ばし、立たせてくれたのはシャツとズボンという軽装に必要最低限を守る程度の甲冑を身にまとっていた。スリットの入った兜をかぶり、大剣クレイモアを右手に携えた剣士だった。

 主人公が礼を言うべきか、それともこの状況の説明を求めるべきかとおどおどしていると、剣士はチッと舌打ちをして背を向けた。

 これに主人公はさらに動揺した。

 ――何か怒らせるようなことしちゃったかな……

 剣士は無言で離れて行った。

「あ、あのっ!」

 主人公の声がむなしく岩肌に響く。

「あー、アレダ。気にしなくていいのよ」

「そーなんですよ」

 声のする方を振り返る。そこには二人の女性が立っていた。一人は灰色の着物に青い氷色の帯を締め、先が鉤状に丸まった長い杖を携えた長身の女。

 もう一人は柔らかそうな赤髪にフリルのついたメイド服、にこやかな笑顔の女。

 どちらも先程のサルの化けていたおじさんとは異なり、人間としてのぬくもりや温かみが伝わる、正真正銘の人間であると感じ取れた。

「あの、どういうこと……ですか?」

 おずおずと問うと、ピシャリと叱咤が飛ぶ。

「ソッチ、そんなことも知らんの?」

 この二人のどちらかに叱られたのかと、ビクリと身をすくませるが、先程の声とは違う。もっと鋭く甲高い声だった。

 着流しの女の背後から光の玉が現れた。

「こいつらはサルのモンスターでピコテスて言うねん。全然強くは無いけど面倒な習性を持っててん。いいから黙って見とき」

「え? え? 誰が喋ってるの?」

「ウチやウチ! ソッチの目の前におるやろ」

 光の玉はずいぶん口の悪い様子で主人公に話しかける。

「まぁまぁ、アティ。この子もずいぶん混乱してるようだよ?」

 アティ、と呼ばれた光の玉は肩に乗る。フゥと息を吐いた音が聞こえたかと思うと次第に光を収めた。するとそこには小人が乗っていたのだ。人と違うのは大きさだけではなかった。

「妖精……さん?」

「そうや、ウチは妖精フェアリーのアティや」

 帯と同じ氷色の髪を結んだ着流しの女は左手を懐に構えたまま主人公に自己紹介を始めた。

「ワタシはイシン、そしてこちらが――」

「ゼラです。よろしくおねがいします」

 と、続けたのは赤髪のメイド。スカートの裾をつまんでペコリと頭を下げる。

 と、自己紹介が終わったところで周囲にざわついた気配を感じた。見れば左右の岩肌、崖の上から両の手の指、いやそれ以上の数のピコテス達が現れたのだ。

「これがコイツらのメンドクサイところでな。数だけはワラワラ出てくんのや」

 見れば仲間をやられたからか、食事にありつけると思ったからか、ピコテスの群れは鼻息荒く、複眼もギラギラと光っている。

 そして一匹の雄叫びと共に奴らは剣士に襲いかかって行った。

「ちょ! だ、大丈夫なの?」

 狼狽ぶりをよそにイシンと名乗った着流しの女はノホホンと説明を始めた。

「ワタシたちはちょうどこの近くに来ててねぇ。もう、この神殿を使う人間なんていないはずだと思ってたのにねぇ。」

 自分の細いアゴを撫でながら言葉を続けるイシン。

「オマエさん、神殿から出たら襲われただろう? バケモノの類じゃあ、聖なる地には手を出せなくてねぇ。ちょうど反応って言うか気配がするってディルが言うもんだからさ」

「あぁ、ディルてのはそこで闘ってる剣士さんの名前でねぇ」

「いやいやいや、一人で戦ってるけど大丈夫なの? 一緒に戦わなくていいの?」

「えぇ、ディルさんならあの程度は何の問題もないでしょう」

ゼラは焦りも恐怖もなく、さらりと言ってのけた。

 たしかに、見ればディルという剣士は右手一本で大剣を振り回し、一薙ぎ、二薙ぎとその手に携えた大きな得物を振るう。

 ザッカザッカという軽快な音と共にピコテス達をなぎ払っている。

 暫し見ていると、それまでサルのバケモノだったモノが散らばって行く様が見て取れた。毛皮、肉片、血のむせ返るようなニオイが辺り一面にひろがっていく。

 一仕事終えた剣士は仲間であるイシン達の元に歩み寄ってきた。そして血の臭いを何者とも思わず声をかけた。

「アンタ、『召喚』されてきた人だね?」

 兜を脱ぐと、そこにはうっすらと汗ばんだ健康的な肌、緑の髪をオサゲの形に二本結った少女がいた。少女は髪と同じ形の良い緑の瞳で主人公を見つめ、

「とりあえず、ようこそ『リースト』ヘ!」

 ディルは大剣を背負い直し右手をとるとグッと握った。その顔はほころび、ニカッと太陽のように笑った。

「よ、よろしく……お願いします」

「アンタ、名前は?」

 ここで名無しの少年は滑らかに己の名前を口にした。それまでの記憶らしい記憶がおぼろげにしか思い出せないのに――である。

「ボクはヨモギ…… そう、ヨモギです」

「そうか、よろしく! ヨモギ」

 これから、このヨモギの物語が始まる。このリーストで生活して行く物語だ。その左手には、先程倒されたときに握った草が。その草の名は「ヨモギ

 奇しくも同じ名前であった。


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