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白脚と呼ばれた男  作者: アパーム
第2章-アーネス子爵領にて-
34/48

31-リュウイチ は 逃げ出した

 ライド男爵邸での『アリサ御乱心事件』から、6日が過ぎている。俺に言わせればライド男爵乱心事件なんだが……。

 この6日、俺は男爵邸で貴族になるにあたっての勉強……という名の拷問を受けていた。いや、ブートキャンプかな。

 朝、1の鐘がなる前にメイド長 (ヴァルさんという名前)に叩き起こされ、食事を取りながらテーブルマナーを教えられる。

 そして食事が終わったら、3の鐘が鳴るまでつきっきりで貴族や紳士の態度について教えられる。

 昼食はもちろんマナーを覚えながら行い、その後は4の鐘まで男爵による長物の稽古。稽古が終わって汗を流したら、6の鐘まで王国の歴史と各有力貴族を覚える。

 夕食をマナー付きで食べ、それから更に地理や相場他国の状況等を勉強。0時頃になると、ようやくヴァルさんが部屋を出て行き、眠れるのだ。

 それを6日間続けたわけだ。しかも前日等に教えて貰ったことを覚えていないと、容赦なく折檻される。メイド長、すげー怖い。俺をシバキながら「メイドとしての努めですので」と笑顔で言ってくるあの顔は、悪鬼にも思える。

 そして今。つまり7日目の朝な訳だが。まだヴァルさんは来ていない。時計がないので分からないが、早朝5時といったところか……。

 俺は布団を出て、置いておいた装備を装着する。そして手紙を机の上に置き、窓を開けて身を乗り出す。


「さらばじゃあぁぁぁぁぁぁ!!」


 そのまま『天瞬駆』で空中に浮き、斜め上空へ飛び立つ。

 ……そう、逃げたのだ。あの『優しい地獄』から。俺はよくやったよ。

 例えば、男爵が部下につけている稽古に無手で稽古に参加して、気持ちのいい汗を流そうと思っていた所、男爵が「そういえば長物を持ってるが得意ではないそうだな。今日からそれを鍛えよう」と言われて延々と薙刀の操法について厳しい稽古を受けたり。

 因みに『なんでそれを知っているんだ?』と思ってふと稽古場の脇を見ると、大量の焼き鳥を持って喜ぶココアと、ケーキの前で目をキラキラさせているリリが見えた。……売ったな?

 他にも食事の時に肉を食べて、もう一度肉を食べようとするとヴァルさんから鉄の棒が手に振るわれる。びっくりして見ると「食事は順番に調度良く」と笑顔で言われる。

 心の安らぐ時間がないんだよ。そう、これは逃げではない。心の安寧を求めての進軍だ! そう言い聞かせながら空を駆ける。

 とはいえ、このまま帰らないつもりはない。新妻……基婚約者を残して行くわけがないからね。そのために書き置きを残してきたのだ。『2~3日探さないで下さい。戻ってきます』という内容の手紙をね!

 帰ってきたら、ごめんなさいをして、また勉強を再開するんだ。その為の休養なんだ。許してくれ……。そう思いながら、俺は朝日に照らされる空を、方向もわからず飛んで行くのであった。



 「さて、これからどうしようか」


 一念発起して、飛び出してみたものの、その先を考えてなかった。

 今は、『浮遊』で浮きながらどうするか考えている。最初は意気揚々と飛んでいたのだが、角度がキツすぎたらしく、思いの外の高さまで上がってしまった。酸素が薄かったなぁ。

 フヨフヨと浮いて進みながら、考えを巡らせる。……これから。………今、……浮く。……魔法。……! 魔法の練習だ!

 とりあえずひと通りの魔法は、詠唱付きで使ったが、詠唱なしでは殆ど使っていなかった。それの練習をしてみようと思い立った。

 使える魔法の数だけは山ほどあるんだ、2日くらいは暇しなくて済みそうだ。とりあえず、何を使おうか。……空にいるわけだし中級風魔法の『風大砲(ルフト・カノン)』かな。

 『風大砲』は、詠唱付きだと掌から大型の空気弾を撃つ魔法だ。青色タヌキ型ロボットの道具と考えればわかりやすい。

 さっそく発動のために手元に魔力を込める。そして風を撃ち出すイメージを持って放つ……。この際だ、ドカーンとか付けちゃおうか。

 いたずら心が芽生えた俺は、言いながら魔法を放つことに決めた。魔力量を調節して……。これくらいかな?


「どか……っ!!」


 放った瞬間、浮いている俺の身体がものすごい速度で吹き飛ぶ。時速何百キロよってくらいに早い。言いかけたドカーンが空気抵抗のせいで言い切れなかったぞ。

 斜め下に吹き飛ばされながら考えを巡らせる。

 練習したときに撃ったのは、地面に足がついている時だ。それが今は空で撃った。踏ん張れる物も無ければ、『天瞬駆』で固定していたわけでもない。その状態で強化された大砲を打てば……。作用反作用の法則で撃った本人が吹っ飛ばされるというわけだ。……俺は馬鹿か?

 まぁ一番馬鹿なのは、他の魔法で落下するのを止めなかった俺だということに気づいたのは、もう手遅れな段階に来てだった。……あれ、どっちにしろバカは俺だ!?

 その勢いのまま俺は、森の中に突っ込んでいったのだった。

 ものすごい音を立てて、背中から着地……基不時着する。受け身は取ったが、あの速度だ。少し痛い。


「イタタタタ、……ん?」


 背中を擦りながら起き上がろうと目を開けると、目の前に何かわからない茶色が見える。……何だコレ?

 疑問に思いながらも、目の前のソレに手を付ける。うん、暖かいし柔っこい。なんというか、スベスベしてるのに手にしっとり貼り付いてくる。んむ、コレなら1日じゅう触っても飽きないな。


「……お褒めの言葉をどうも」


 俺が茶色の物体に夢中になっていると、そんな声が足元から聞こえた。女性の声だ。

 驚いて声のした方向に視線を向ける。そこには綺麗な白色髪をした、褐色の肌を持つ女性の顔があった。そしてその顔は胴を通して俺が撫でている茶色に繋がっている。こ、これは……ラッキースケベ?


「け、結構なものをお持ちで」


 手を離そうにも、驚きと吸い付く肌の気持ちよさに手を離せないでいる。なので褒めてみた。褒められて喜ばない女性はいないって、ジッチャが言ってた!


「……褒める前に。 離 し な さ い よ !」


「げぉうふっ!」


 俺の鳩尾に、女性の膝がめり込む。あまりの衝撃に俺の口からは蛙を潰したような音が出る。ふ、不意打ちとは卑怯なり……!


「卑怯なり! じゃないわよ。まったく……」


 ブツブツ言いながら、女性が立ち上がる。さっきの衝撃で、俺の手は外れていたらしい。

 咳き込みながら、背を起こして座る。謎の女性を観察してみることにする。

 褐色の肌と、長い白色の髪をしている女性。身長は俺よりちょっと低いくらい。170くらいか。これまた整った洋風の顔立ちをしている。そして特徴的な長い耳。更には膨よかな双丘。……件のダークエルフか?


「……とりあえず、貴方は何者?」


 ついついジロジロと見てしまっている俺に、女性から疑問が投げかけられる。そういえば自己紹介もできてないな。


「あぁ、ごめん。俺はリュウイチという人間族だ。今はそこのウーデンの街で冒険者をしている。」


「そう。“変態”リュウイチね」


「……」


 ついさっきのことがあるのでグゥの音も出ない。ヤダわー、Sっ娘だわー。


「フン……。私はエルミア。ダークエルフよ。とりあえず一緒に来てもらうわ。なんでここにいるのかとか、そういう疑問は歩きながらね」


 そう言いながら、俺に手を差し伸べてくる。起き上がれということだろう。


「拒否権は……?」


「あら、あると思ってるの? 痴漢さん」


 手を取りながらそう軽口を叩いてみるが、手痛いしっぺ返しを食らった。攻撃的って、そういう意味だったのか?



 エルミアの先導に付いていきながら、俺はエルミアがなぜ森の中にいたのか聞いた。

 話によると、彼女の所属する村が森の中にあるらしい。人間に見つからないのか聞いてみた所、不可視の結界が張ってあるので、同族もしくは魔力の感知力がある者でないと気づかないらしい。

 なんでも、少し前に森の一部が大規模に破壊されていたらしい。破壊された現場で彼らが見たのは、何かに燃やされてしまった跡や、強大な力で掘り起こされた跡だ。そして何故か、一部は何かによって修復されていたらしき跡もあったらしい。

 魔力操作に秀でた数人が1日を費やして調査した所、強力な魔法によるものだと結論が付いたそうなのだが、それを認めると災害級の魔法を使う者が近くにいたことになる。それを警戒するために、村の実力者が一定間隔で見回っていた。そこに、俺が空から突撃してきた……ということだ。

 というか、もしかしなくてもそれって俺達のせいだ。数日前の魔法の練習がそんなことになってたなんて……。

 まぁ、言わなかったけど。ただでさえ機嫌を損ねているのに、見回りの原因が俺だなんて知られたらこの場で襲い掛かられても不思議じゃないしな。くわばらくわばら。

 ちなみに俺が森にいる理由だが、素直に空中で『風大砲』を撃ったことを告げると、一蹴に付された。「アホね」と。

 これについてもグゥの音も出ないので、ジト目で睨んで唸るだけにしておいた。

 そんなことを話しながら歩いていると、とある地点でエルミアが立ち止まった。どうやらこの先に村の入口があるらしい。

 目を凝らしてみても、何の変哲もない森があるだけだった。変な魔力の流れは感じるが、どういう構造なのか全く判断がつかない。

 走行している内に、エルミアがなにやら呪文を唱え始めた。


「“御身は森の影に、我が身は森の中に。我が側に導を垂らせ。”『影動森(シャーテン・ウッド)』」


 エルミアの詠唱が終わると、目の前に広がる森が動き、アーチ状に変形する。俺達の目の前には、あっという間に1本の道が出来上がっていた。


「この先に私達の村があるわ。中で村長と会ってもらう。私の言うとおりにしなさい。悪い様にはしないわ」


 そう言って、スタスタと歩き始める。拒否権は……無いんだろうなぁ。

 街から逃げ出したその日にトラブルに見舞われるなんて。お祓いでもしてもらおうかな。

 そんなことを考え、ため息をつく。俺に出来るのは、イキナリ戦う事にならないように祈りながら、エルミアの後を付いていく事だけだった。

読んでいただきありがとうございます

次回更新は21日予定です

よろしくお願いします


12月21日 誤字修正

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