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白脚と呼ばれた男  作者: アパーム
第2章-アーネス子爵領にて-
32/48

29-戦いの後

「まだ……起きない……ね」


「クゥ~。まだおねむねむなの」


 ボンヤリとした意識の中、二人の少女の声が聞こえる。

 聞き慣れた、心地いい声。だけど何故だろう、どこか悲しげに聞こえる。


「リュー様。今日も起きないの?」


「わから……ない。」


 何かを堪えているような。押し殺しているような声色。何が悲しいのか。なんで落ち込んでるのか分からない。だけど、俺は二人の元気な声が聞きたい。


「もしかして、グスッ。もう、ヒック。起きない……ヒック。の?」


「!! ……そんな……の……ヤダ………。うえぇぇ……」


 本格的に涙声だ。二人の泣き顔も見たくない。、泣き声も聞きたくない。元気に笑ってる、二人の笑顔が見たい!

 奥底から意識を引っ張り上げる。急いで意識を覚醒させる。


「……泣かないで、ココア。リリ」


 無理矢理に目を覚ます。俺の目の前には、見知らぬ天井と、俺を覗きこんでいる2人の少女が見える。驚きの表情をしているが、目の端に涙が残っている。泣かせちゃったな。


「おはよう。ココア。リリ」


 笑顔で二人に声をかける。水分が足りなかったのか、喉が枯れてしまっていた。

 驚いて固まっていた二人の表情が、クシャッと歪む。止まっていた涙が再び流れ出している。


「リゅーざま゛あ゛あ゛ぁぁぁ」


「ごじゅじん……ざばっ……。おぎで、ぐれだ……。うえぇぇぇぇ」


 二人の仲間が、俺の胸に顔を埋めて泣いている。けど、さっきとは違う。喜びの涙だと分かる。

 胸で泣いている二人の頭を撫でる。落ち着いて離れるまで。ゆっくりと。ゆっくりと撫でてあげる。……ただいま。



 数分経って、落ち着いた二人に現状を聞く。俺が今いるのはライド男爵のお屋敷で、魔族の襲撃があってから、既に3日も経っていた。その間、俺はずっと眠り続けていたらしい。

 ランド男爵は、倒れた俺を抱えて、屋敷に連れ帰ってくれた。その後、医者を連れてきたのだが、「魔力消費が多すぎたのでしょう、その他の異常はありません」ということで安静にしていた。ということだった。

 状況確認も終わり、目覚めた事を報告するために部屋を出る。

 右には俺の手を掴んで、嬉しそうにはしゃぐココアが。左には、泣いてしまったことが恥ずかしいのか、赤い顔をしながらも手は握りしめて話さないリリが。両手に花の状態で、ライド男爵がいるという部屋のドアを開ける。


「!! リュウイチ! 起きたのね……。良かった」


 一番に反応したのは、アリサだった。白いワンピースを来てソファーに座っている。手を上げて、心配かけたと声をかける。


「リュウイチ、起きたか。元気そうで何よりだ。とりあえず、座ってくれ」


 ライド男爵も安堵の顔をして、座っているソファーの向かい(アリサの隣)に座るよう示してくれる。

 ご迷惑をお掛けしました、と一言謝ってから、ソファーに座る。

 ライド男爵から、さっきリリ達に確認した事と同じ説明を受ける。アーネス子爵とミリル嬢は、闘技場の修復や領民の安否の確認。それに王女様の相手などがあり、忙しく働いているらしい。

 メイド長さんがお茶を淹れてくれる。コップが机に置かれたのを見計らって、ライド男爵が話しかけてきた。


「お前さんには、言いたいことやら聞きたいことが沢山あるんだが」


 さて、何から話したものか……。と、順番に迷っているようだ。

 横を見ると嬉しそうなココア。控えめにニコニコしているリリがいる。……それはいいんだが、反対方向には。


「………」


 さっき声を掛けてくれた後は、赤い顔をして下を向いているアリサがいた。なんだ、熱か? それとも魔族の攻撃のダメージがまだ残ってるとか!?

 アリサの反応が気にかかるものの、話してくれないと分からないし。まぁ、男爵の話を待とう。あ、このお茶美味しい。


「とりあえず、お前とアーレスの結婚は決定したからな」


「ブーーーーッ! ゲフッ、ゲフッ」


 いきなりの爆弾発言に飲んでいたお茶を吹き出す。ちょっ、今何て!? ってお茶が鼻から逆流してきた! いてててて!!


「あぁ、それに伴ってだが。お前、アーネス子爵の名誉子爵になったぞ」


 ファッ!? 言ってることが分からない。何言っちゃってんの、この人!? ボケてんの? ねぇ、ボケてんの!?

 あまりの衝撃発言に頭の回転が間に合わない。


「ちょ、ちょっと待って下さいね。整理する時間を下さい」


 なんとかそう切り返した俺の言葉に、時間がいる? なんて言いたそうな顔で俺を見る男爵。俺そんな急展開を受け止められるような、ぶっ飛んだ思考をしてないもんでねぇ。

 今この人は何て言った? アーレスとの結婚とか言わなかったか? アーレスって……アリサの本名だよな。つまり、アリサと結婚して、貴族になって……。ファッ!?

 混乱が収まらず、隣に座るアリサを見る。丁度アリサもこちらを見ていたのか、目が合う。


「!! ……」


 ボンッ! と音がしそうなほど、一瞬で顔全てが赤く染まり、すごい速さで俯いた。

 あ、これアレや。マジなヤツや。


「えっと、つまり俺はアリサと結婚……を?」


「そうだと言っているだろう。それに、婚約者として名乗り出ていた者を会場でボコボコにしたのだ。どこからどう見ても、お前がアリサを奪うために決闘して勝ったと思われているぞ」


 呆れたようにそんな事を言ってくる。いや、大会に出たのはそもそも婚約を解消させるためで……。って、間違ってはないのか? というかアリサの婚約者? そんな奴いたっけか。

 会場に居た人物と、戦った相手を思い出す。……うん、わからん。


「なんだ、顔も覚えてないのか。ほれ、準決勝で戦ったろう。ノーア・フロントだ」


 ノーア……。ノーア………? はて?

 名前を言われても思い出せずに、更に深く首を傾げる。


「名前も覚えて無いとはな……。ほれ、魔剣『チャクラム』を使っていた相手がおったろうよ」


「魔剣……。あぁ、あの大道芸みたいな丸い刃を飛ばしてきた奴か。へぇー、あれ魔剣だったんだ」


「言うに事欠いて大道芸とは……。あれでも王家が管理する宝具だぞ。相手も一応王国7剣士の一人だしな。まぁ、アイツは少々剣に踊らされておったがな」


 残念な物を思い出すかのように、男爵がため息をつく。あぁ、アイツ外でも呆れられてたのか。

 それにしてもアリサと結婚、か。俺は良いんだけど、婚約が嫌で逃げ出したアリサはどう思っているんだろう。アリサの反応が知りたくて横を向いたが、顔を伏せていて表情が読めない。……う~ん。


「それはわかりましたが、アリサ本人の意志が……」


「意志? 何を今更。闘技場で半裸で抱き合っておきながら」


「!! お父様!!」


 …………ファッ!!??

 再び放り込まれた爆弾発言に思考が停止する。半裸で、抱き合う……!?


「ななななな、なにおおおお」


「なんだ、覚えておらんのか。裸同然のアーレスの胸に顔を埋めて泣いておったではないか」


「!! もう! お父様ったら!!」


 アリサの言葉もどこ吹く風。ニヤニヤと意地が悪い笑みを浮かべながら、そんな事を言ってくる。え、裸って……胸って………!

 思わずアリサの胸元に視線を向ける。うん、美乳!

 そんな俺の視線に気づいたのか、アリサが両腕で胸を隠して赤い顔で唸っている。ま、マジか。ちょっと待て、感触覚えてないぞ!?


「ブッ……。アッハッハッハ! この場でそんな事を言ってのけるとは、相当な大物だな! アッハッハッハ。」


「……うぅぅ。」


「リュー様、えっちなの」


「ご主人様……。私、だって……。」


 大爆笑する男爵。恨めしそうに視線を送ってくるアリサ。ジト目で睨んでくるココア。頑張る方向が間違っているリリ。

 え、俺今一番漏れちゃいけない心の声が漏れてた……!?

 それから5分ほど、大爆笑する男爵と、乾いた俺の笑い声と、唸っているアリサの声だけが響いていた。



「えー、それで。結婚の件は置いときまして。俺が貴族にっていうのは……?」


 ようやく笑いが収まったのか、メイドに渡されたタオルで顔を拭いている男爵に、話を変える意味を込めて聞いてみる。


「ん? あぁ、それはもちろん。仮にも男爵の令嬢が、何の爵位も持っていない男と婚約をするというのは無理があるだろ? だから結婚……。まぁ今はまだ婚約だな。それをするにあたって、必要な事なのだ」


 確かに、そう言われれば理に適っているような……。

 ん、ちょっとまてよ? アリサと婚約 = 貴族になる。 大会優勝 = アリサと婚約。 つまり 大会優勝 = 貴族になる。

 ……ハメられてね!?


「ちょっと待って下さい。つまり俺が大会に出る事になれば、結果として貴族になる事が決まっていた……って事ですよね?」


「おぉ、気づいたか。勿論、そう考えていたが。……しかしな、お前自分が負けるとは全く思わなかったのか?」


 男爵がいけしゃあしゃあとそんな事を言う。は、謀ったな!


「まぁ、負けるつもりは無かったですが……。はぁ、手のひらで踊らされてたって訳ですか」


「そう落ち込むな。お前ほどの逸材を捨て置く訳にはいかなかったのだよ。それに、名誉貴族というのは楽なもんだぞ。普通の貴族みたいに領地やら何やらに縛られることもないしな。まぁ、相応の態度は必要とされるが」


 ガックリと肩を落とす俺に、男爵から慰めの言葉がかかる。まぁ、そうなんでしょうけどもねぇ。

 と、アリサ本人の事を忘れていた。アリサはこれでいいのだろうか。本人に確認してみなければ。

 未だ赤い顔をしているアリサの方を見る。なんというか、目が泳いでるな。


「アリサは、いいのか? 相手がその……俺で。婚約が嫌で家を飛び出したんだろ?」


「え、あ……うん………」


 俺の言葉に言葉少なに頷いてくれる。恥ずかしいのか、足をモジモジさせながらチラチラと俺の様子を伺っている。え、誰この美少女?


「家を飛び出した時は、『婚約なんてヤダッ』って思ってたけど。……相手が、リュウイチなら、その……。いい。……いいっていうか。その……リュウイチじゃなきゃ、……ヤダ」


 ポツリポツリと、自分の想いを伝えてくれる。赤い顔で、モジモジしながらだけど、一生懸命に。


「リュウイチは……どうなの? 私じゃ、その……イヤ?」


 手を弄りながら、上目遣いで聞いてくる。ちょ、コレ反則っ。


「お、俺は……。アリサだったら……」


「ハイハイハイハイ、バカップルの会話は後に回してくれるかね。」


 俺の言葉を男爵が遮ってくる。アリサは「ば、バカップ……あぅ」なんて撃沈してるし。なんつータイミングで止めるんだよ! 恨めしい目で男爵を睨んでやる。


「後で時間を取ってイチャコラやればよかろうが……。で、ここからは真面目な話だ。リュウイチ、魔族を倒した時のことを覚えているか」


 途中まで呆れた顔をしていた男爵の顔が変わった。俺も態度を引き締めて話に臨む。


「朧気ですが、覚えています」


「そうか。空を浮いたこと、逃げ遅れた皆に結界を張ったこと。それらも含めて聞きたいことは大きいが……。お前が出した剣を覚えているか?」


 男爵の言葉に、先の襲撃を思い出す。たしかあの時は、魔力と気力を合成した力で作り出した剣を、結界を打ち抜くのと、魔族を屠るときに使ったんだった。


「はい、覚えています」


「ふむ。……俺もよくは知らんが、その白銀の剣は『創世の勇者』が使っていたという『聖剣』の光とそっくりだったらしくてな」


 男爵が思い出すように言葉を紡ぐ。創世の勇者が使っていた聖剣と、それに酷似していた俺の作った剣。それがどうしたと言うのだろう?

 疑問に感じながら、男爵の次の言葉を待つ。次に男爵の口から出たのは、思いもよらない言葉だった。


「……単刀直入に聞こう。お前は『召喚された勇者』か?」

読んでいただき、ありがとうございます

次回更新は19日予定です

よろしくお願いします

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