28-大会への乱入者
会場内に響き渡る爆発音に、俺とライド男爵は動きを止める。……なんだ?
「楽しそうナ事をしてるじゃネぇか。俺様も仲間に入れてクれよ。クカカカカ!」
声のした方向を見る。爆発で空いた穴から黒色で人型の何かが立っていた。
頭から爪先まで真っ黒。特徴的な赤い目と角が生えている。・・・魔族か?
あれが魔族だとしたら、結界があるはずの街になんで入ってこれたのだろうか。
「貴様は……中級魔族! 皆、逃げろ!!」
アーネス男爵がそう叫ぶ。やはり魔族で正解だったか。というか・・・中級? ザンドウで出てきた奴より上なのか。
一応『診断』で確認してみる。
名前:ネスト。職業:中級魔族。レベル:81。
81……今まで倒してきた奴の中で一番強いな。
「くっ、俺が結界内に居るときに……! 誰か! 結界の解除を行え!!」
ライド男爵が指示する。言われた審判の男は登場した魔族に怯えていたが、立ち上がり控室の方へ走って行った。
結界の外では観戦していた人たちが逃げ惑っている。魔族は特に動く素振りも見せない。……何しに来たんだ?
「カカカッ、逃げ惑ってるぜ。……こんなトコに居るとは、探したゼぇ、王女」
魔族が第2王女を睨む。回りにいたはずの衛兵は、飛んできた瓦礫が当たったのか、昏倒している。
王女と魔族の間に3人の女性が立ち塞がる。アリサとココアとリリだ。俺は慌てて声をかける。
「皆、王女を連れて逃げろ! 危険だ!!」
だがしかし、3人は逃げようとしない。俺の声が聞こえていないのか、魔族を睨みつけて戦闘態勢から動かない。
「ここは何とかします! 王女は子爵様と逃げて下さい!」
「グルルルル」
「王女様……守り……ます!」
王女を背中に庇い、魔族と対抗しようとしている。ダメだ! 今の皆じゃ敵わない!
焦りが俺を包む。結界の解除はどうなっているんだ。早く、早く解除しろよ!
「クカカカカ! 女同士の友情カぁ? くだらねぇ。俺の目的は王女だけだ、さっさとどっかにいけ!」
魔族の腕から赤い魔力が放たれる。火の魔法か!?
飛んできた魔法に、リリの放った闇魔法がぶつかり、威力を弱める。アリサが火弾を撃ち、その火弾を魔力を纏ったココアが蹴り飛ばして威力を加速させる。
二つがぶつかって、相殺される。
「アーレス! くっ、まだか! まだ結界は解除されんのか!?」
焦ったライド男爵の声が聞こえる。かくいう俺も焦っている。早く、早く駆けつけないと!
「ほぅ、あれを消すか。……面倒くセぇ。魔力は使うが、全員纏めて消し炭にしてやル!」
魔族の口が大きく開く。そこに魔力が集まっている。上級魔法を使えるほどの魔力が。
咄嗟に魔力盾を出し、皆の所へ向かって飛ばす。
が、バチン! という音がして、結界に弾かれる。盾もダメだとっ!
焦っている俺達を尻目に、魔族のためている魔力が膨れ上がっていく。あれはマズイ!
「消し飛べぇ!!」
魔族の口から膨大な魔力を含んだ火球が撃たれる。一直線にアリサ達へ向かっていく。
「くそぉぉぉぉぉ!!」
皆を助けないと! どうやって? 簡単だ、結界を撃ち抜けばいい!
左手に火球を防げるくらいの魔力を持った盾を作る。それと同時に、気力と魔力を混ぜた剣を作る。何の反応なのか、剣は白銀色に光り輝いている。
「お前、それはっ!」
俺の作り出したものにライド男爵が驚きの表情をしている。だが今はそんなことに構ってる暇はない。
「いっけぇぇぇぇ!!」
剣を打ち出し、後ろから盾を追従させる。
剣が結界に接触し、大量のガラスを一気に割ったような音が聞こえる。同時に結界内は白い光に包まれる。
光りだして一拍ほど置いて、爆発音が聞こえる。……間に合ったのか!?
光が収まり、土煙が収まって、俺が目にしたものは。
「あ……あああ…………」
盾の後ろにはいるものの、着ていた服が破けている王女。同じく服がボロボロになって倒れているココア。服が破れて倒れているリリ。その近くには、折れてしまった杖が転がっている。そして
「ああああああああああ!!」
着ていた鎧や服がボロボロになり、肩から血を流して膝を付いている、アリサの姿だった。
「クカッ。まさかあれを防ぐなんてナぁ。まぁ、もう一発やればお陀仏ダ」
火球を放った魔族の声が聴こえる。コイツが……コイツのせいで……!
その声を聞いた瞬間。俺の理性はプチンと音を立てて
切れた
□
「クカカカカッ。さぁて、コレで面倒くせぇ命令も終わり……。ん?」
上級魔法クラスの火球を防がれた魔族ネストは、もう一発火球を出そうとして、もう一度王女達を見た。
たしかそこに居たのは、人間族が二人と亜人が二人。闇魔法を使える魔人族には興味があったが、どれも弱そうで、その保有魔力も吹けば飛びそうな者だったはずだ。
そのはずが、膝をついている人間族の前には、見たこともない魔力を蓄えた盾が出来上がっていた。
たかが人間族風情に魔法を変革できる者がいるとも思えない。まさか、『勇者』か?
ネストは疑問に思い、あたりを見回す。
「……何だ、テメェは。」
闘技場の中央部に浮かんでいる一人の人間族を見つけた。浮いているということは『浮遊』を使ったのだろうか、魔力の形跡が見られない。
魔法ではなく、スキルで浮いているのだが、そのようなスキルを聞いたことがないネストには、『浮くだけの雑魚』という印象だ。
「あぁ、さっき真ん中で戦ってたやつか。逃げればいいものを。そんなに俺様にヤられたいか? クカカカカッ!」
浮いている人間族を嘲笑う。だが、そこまで言われて尚、怒りもせず顔を下にむけている。
何かあると思い、釣られて下を向くが、そこには呆然と上を見上げているもう一人の人間族しか居ない。
ネストは、本格的にその男を雑魚だと決めた。恐怖で顔を上げることすら出来ないのだと。
一瞬で男に興味が失せた。ネストは、魔将ヒッツェの部隊に所属している。弱いものに興味が無いのだ。
その主人の命令だからこそ、興味もない弱い王女を殺しに来たのだ。他の雑魚に構う気もない。
そう思い、男から視線を外して王女がいた方向を見る。
「な……なにっ!」
ネストは驚きの声を上げた。
先ほどの一撃を防ぐほどの盾。それが形を変えて、王女たち一人ひとりを囲む結界となっている。
しかも王女達だけでなく、逃げ遅れた他の人間達にまで展開されていたからだ。
ざっと数えてその数は80人。つまり上級魔法80発分の魔力が使われたのだ。魔力の扱いに長ける、魔族に気づかれずに。一瞬で。
もしやと思い、浮いている男を見る。左腕が上がっている。……まさかこの男が?
「……何しやがった」
焦りの色を見せながらも、威圧的な言葉をぶつける。
上級魔術80発分。言葉にすれば単純だが、その魔力を手に入れるのには、魔族といえども容易ではない。しかもそれを一瞬で構築、展開できるほどの術士ともなれば、上級魔族にも居るかどうかわからない。
いや、おそらく居ないだろう。出来るとすれば、魔族が王と崇める者くらいだ。
ネストの威圧を物ともせず、男が右手を上げる。一瞬で、剣が現れた。
「『魔力剣』……? だが、あんな高濃度で?」
おそらく魔力剣だろうと当たりをつける。だが、普通の人間族が使う魔力剣とは訳が違う。アレは恐らく、禁術クラスの魔力を保有しているはずだ。
あれは、魔法の変革。
その事に人間族が気づくのは、早くても50年ほど後だろうと高をくくっていたが、目の前で起こっているのは間違いなくソレだ。
「ハッ、どうせ見掛け倒しだろうガっ! 撃ってみろよ雑魚!!」
バカにした顔で、ネストが挑発する。
目の前の魔力剣が保有する魔力に気づかないわけではない。ネストは、その保有する魔力が狙いだ。
ネストの固有スキルには『魔力還元』というモノがある。その効果は『身に触れた魔法を分解し、その魔力を吸収する』というものだ。
ソレを使って魔力を補給し、余った分は上級魔法の連打に利用してやろう。そう考えたのだ。
挑発に引っかかったのか、男が右手をネストに向ける。
異常な速度で魔力剣が飛んで来る。心の中で『バカが』と思いつつも、飛来するソレを右肩で受け止める。
右肩に当たった瞬間にその魔力は拡散、ネストは回復し、周りには大量の魔力が残る。……とは、ならなかった。
「バ……バカな」
ネストの表情が驚愕に染まる。
魔力剣は分解されず、その直撃を受けた右半身が吹き飛んでいる。その考えられない事実が、彼をそうさせる。
ネストが魔力剣だと推測した物は、惜しいが違う。
あれは、魔力と気力の混合されたもの----後に『鬼神力』と名付けられる----で作られた剣である。
故にネストの『魔力還元』は効果がなく。切っ先が触れただけで、右半身が吹き飛んだ。
「グォォォ!」
ネストは急いで自分に再生魔法をかける。目の前の男を、強敵と認めざるを得なかった。
「ガァァッ!!」
口に先ほどと同じくらいの魔力を込めた火球を作る。
1つだけでは安心できない。自分が作れるありったけの数の火球を用意する。その数20。
それを全て。目の前の男に向けて放つ。
「死ねぇぇぇ!!」
魔術師が見れば、それは絶望しか感じ得ない光景であろう。それを前にしても、男は動かない。
ようやく動いたかと思えば、先ほどのように右手を動かし手の上に掌を作り上げるだけだ。
ただ、その掌が異常であった。遊に10メートルはあろうであろう掌を、一瞬でつくり上げるのだ。
そして、その掌に握りつぶされて、火球は全て消え去ってしまう。
「な……何なんだテメェ。」
ネストは、ようやく事の重大さに気づいた。
本来であれば、自分の火球を喰らってまだ残っている盾。それを形を変えて、80人分も一瞬で作り上げる。その事実だけで相手を脅威と判断しても良いのだが、辺境の街と舐めてかかっていたネストには、その判断は出来なかった。
コイツは、俺の手に負えない。
中級魔族と呼ばれる俺様が太刀打ちすら出来ない。その存在の出現を報告しなければ。
そう思い、命令は遂行できていないが、この場から逃げ出そうとする。
『ジャラジャラジャラジャラ!!』
「な……何だコレは!」
踵を返そうとしたネストの四肢に、鎖のような物が巻き付く。動こうにも身動きひとつ取れない。
まさかと思い、鎖が繋がっている先を見た。その鎖は、やはり目の前の異常な男の左腕に巻きつけられていた。
男が、ゆっくりとネストに近寄っていく。
歩けるはずもない空中を、ゆっくりと、一歩一歩歩いてくる。
「リリの持っていた杖は、あの娘が初めて魔法を撃ったやつでね。野営の時も、肌身離さず持っていたんだ」
「は? ……テメェ、何を言ってやがる!」
男は近づきながら意味の分からない事を言っている。杖? 何のことだ?
「ココアの着ていた服は、アリサと買い物に行った時に初めて買ったやつだ。なんだかんだ言って、嬉しかったのかお気に入りなんだそうだ」
「テメェ、頭イカレてんのか?」
ブツブツと呟いている男に言葉を浴びせかける。内心は逃げようと必死なのだが、それを隠すように精一杯威勢を放っている。
「アリサは、今日の日を楽しみにしてくれていた。俺が手を振ると、呆れた顔をしながらも笑ってくれていた」
「…………」
男がネストのすぐ近くまでやってきた。ここまで来ると、さすがにネストは何も言い返せない。
得体の知れない力を持つナニカ。それがすぐ目の前に居る。恐怖を押し殺すのに、必死である。
男は何も言わず、右手を上に掲げる。と、同時に『鬼神力』で作られた剣が現れる。
1つ、2つ、4つ……。目の前でどんどん量産される剣。その光景に、ネストの表情が驚愕に変わる。
512……1024……。数えきれないほどの数が浮かび上がる。そしてそれは、全て全く形の違う剣であることに気づく。
ようやく出すのをやめたのか、ネストの周りが剣で埋め尽くされ、その切っ先がネストに向かう。
その時初めて、男が顔を上げる。
「あ……あ………」
男の顔を見て、ネストは恐怖に震える。
いや、恐怖なんてものじゃない。絶望という言葉すら生ぬるい。本能的な察知。
“コイツニテヲダシチャイケナイ”
魔王様に謁見した時に受けた威圧すら、この恐怖と比べればやさしいものだ。
その感情の抜けたような眼。魔族である自分が、脆弱な人間族に感じるはずもない筈の悪夢。
ソレに怯え、頭の中が真っ白になる。
そしてその元凶から、無慈悲な言葉が降りた。
「消えろ」
男は言い終わると同時に手を振るう。
ネストの周りの剣群が、一斉に身体に突き刺さる。
指が弾き飛び。
足はもげ。
内臓を損傷し。
眼球を潰し。
喉を抉り。
舌を切断し。
頭蓋を割る。
津波のように襲ってくる激痛を感じながら、ネストの耳には男の言葉が聞こえた。
「…………『剣群』」
その言葉が聞こえたのを最後に、ネストの意識と身体は、跡形もなく消滅した。
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