閑話SS-影の会話にて①
「だが! それでは!」
「たかが魔物がどうしたと言うのだ」
世界のどこかに存在する、魔王城。その中にある舞踏場とも呼べる広さの場所で、二人の魔族が言い争っていた。
「“たかが”と言うが、そいつは私が鍛え上げた者だぞ!」
「魔将が鍛えたとは言え、下級魔族へと昇華もできない魔物であろう。」
声を荒げる魔将と呼ばれた剣士風の女魔族と、突き放すように言い放つ魔法使い然とした老いた男魔族。
2体の声が、広間の中に響いている。
「それに所詮『鎌熊』だ。大した知能を持たず、暴れるだけの魔物を倒しただけで、彼処へ密偵を増加など出来ぬ。」
「だから、それには私が行くと」
「お主はここで軍の修練、更には対外勢力への威嚇の人があろう。」
「そちらには別の……。そうだ、“猟奇”を呼び戻せば」
「“猟奇”には連邦方面へ向かうよう指令済みだと言ったであろうが」
「だ、だが……」
どれだけ突き放しても納得がいかないのか、食い下がってくる女魔族。
対する男魔族は呆れながらも律儀に返答を返している。
男魔族は意見を変えそうにない。それは女魔族にも分かっているのだろうが、なんとかならないかと考えを巡らせて発言を続ける。
「しかし、あれは私の」
「無理だと言っておるだろう」
『騒がしいな』
2体の会話がヒートアップしてきた時、魔王城に響き渡るような声が聞こえた。
即座に膝をつき、頭を垂れる2体。
『先程から何を言い争っている。魔将トーン、申せ』
魔王城の主、魔王ムーアである。
姿は見えないが、2体のいる広間が見えているのか、頭を垂れている男魔族に説明を求めている。
「はっ。魔将メルダより要望がございまして、それを却下していた次第でございます」
簡潔に発端と結果のみを告げるトーン。
『ふむ。して内容は』
「はっ。先日メルダが鍛えた『鎌熊』が近場の冒険者に倒されたらしく、その調査に人を割きたいとの事でございます。」
『……魔将メルダ、間違いはないか。』
「は……はっ。トーン参謀の言葉の通りです」
ムーアの意識が向いたのを感じてか、すこし震えた声で返すメルダ。
『何故その魔物が討伐された事にこだわる』
「はっ。件の魔物『鎌熊』ですが、鍛錬の結果4本腕となっております」
メルダの言葉に息を呑むトーン。魔物とは言え、変異を起こしており、更に高レベルとなれば魔族へと昇華するものも少なくない。
メルダの話を詳しく聞かなったことに唇を噛んでいる。
『ふむ……。2人とも知っておるか? つい最近1体の下級魔族の反応が消えた』
「「!?」」
『更に、その下級魔族の迷宮には魔将ヒッツェが飼っていた『黒狼』がいたが、それの反応も消えている』
「ひ……ヒッツェ殿の」
「“獄炎”の飼っていた魔物が……」
『その件と先ほどの鎌熊の件。距離が近いな』
ムーアの言葉に2体は顔を青ざめさせて沈黙する。
“獄炎”こと魔将ヒッツェとは、魔王軍の中でもムーアを除きトップで強く、さらに文字通り炎のような攻撃的な性格をしている。
更に言えば、『己の部下に雑魚はいらん』と豪語しており、子飼いの部下も強者ばかりである。
その強者と、下級とはいえ魔族が消える。それもこの短期間に……。驚くのも無理は無い。
『トーン』
「はっ」
『2件の問題調査に人員を割け。その不足の補充にはメルダを充てろ』
「はっ!」
低く響く命令の恐怖に身体を震わせてトーンが返答する。
『トーン、小事に反応できぬようであれば参謀を降りろ。次はない』
「……はっ!」
ムーアからの重圧の篭った言葉を受け止める。トーンの顔には冷や汗が流れていた。
『そしてメルダ』
「はっ!」
『小事調査の進言は認める。だがそれの解消に自分が動けるよう、他の案件を早急に片付けるのも魔将の勤めだ。学べよ』
「はっ!」
『以上だ。直ちに実行に当たれ。』
「「はっ!!」」
最後の言葉を残して、ムーアの気配は薄れていった。広間を見るのをやめたのであろう。
ムーアの重圧から開放されら2対は、冷や汗を拭いながらほっと胸を撫で下ろす。それだけ怖い存在なのだろう。
2体は何も言わず、魔王城から飛び去っていった。
そしてこの日の命令から、大陸では後に『魔族の大号令』と呼ばれる事態に発展していくのだった。
読んでいただき、ありがとうございます
本日2個目の更新となります。
次回更新は10日です
次から本編に戻ります
よろしくお願いします。




