18-新しい奴隷は!?
信じられない。そんなはずがない。だけどここにいる。なぜだ? わからない。
俺の頭はグチャグチャだった。冷静に判断が下せない。
誰かが変装している? いや、この世界の誰が知っているというのか。誰であろう里美を。
里美もジジィに転送されてきた? 数少ないだろう事故が、俺の周りだけで巻き起こる確率はいかほどだろうか。これも無いだろう。
では……。これは何だ?
緊張で舌が乾く。話しかけたいのに声が出ない。
「あ……」
里美がこっちを向いた。俺を見て、踵を返して走りだす。
「ちょっ……」
追う間もなく、ひとつの部屋に入っていった。
入る前に、里美の姿がぼやける。あれは……。黒い子供?
気づいた時には通路にいるのは俺一人だった。夢を見たか? 白昼夢とかいうやつかもしれない。疲れているのか。
「おぉ、戻られましたか。では、早速奴隷をお選び下さい。入って来い!」
最初に案内された部屋に戻ると、サザーン氏は既に準備を終えて待っていた。
サザーン氏が手を打つと、別のドアから10人ほどの女性が入ってくる。皆薄い扇情的な服を纏っている。
胸が大きなおそらく20代中盤女性を筆頭に、各々会釈をしてくる。美人ばっかりですね。
「いかがですかな? もちろん教育は施しております。夜のほうも、拒否なんてするものはおりませんよ」
教育? 教育っていうか……うん。まぁいいや。
かくいう俺といえば、そんなこと気にしている暇がなかった。
さっき見かけた里美のことが、頭からはなれない。考えがループしてしまう。
考えこんでいる俺を、10人に好みがいないと考えたのか、サザーン氏が女性たちを退出させた。
それからまた、10人ほどの別の女性が部屋に入れられた。
「おい! 誰がこいつを連れて来いと言った!」
怒鳴り声が聞こえる。何だ?
顔を上げると、サザーン氏が使用人だろう人に怒鳴り散らしていた。
怒っている原因の奴隷を見る。黒髪で、黒い服を着た女の子だ。前髪で眼が隠れていて、表情が読み取れない。
身長はだいたい150くらいだろうか。うん、おそらくAだな。
……ん。黒い、子供……?
「早くこいつを……。白脚殿?」
怒鳴っているサザーン氏を無視して、その子の前に向かう。俺が近づいても、何の反応も示さない。
「さっきの、子だよね?」
「さっきの? すでに白脚殿に迷惑をかけていましたか!」
女の子に掛けた俺の言葉を、耳ざとく聞きつけてくる。煩いな。
「こいつは、白脚殿に見せるような奴隷ではありません。魔人族で特殊な能力を持っているという事で買ってきたのですが」
俺の横でブツブツと文句を言っている。魔人族? 亜人なのだろうか。どこからどう見ても、人にしか見えないが。
眼を隠している髪をかきあげてやる。俯いたままの少女に、少し怯えが走る。
少女の眼は緋かった。そうか、これが人との違いか。
綺麗な緋の眼を持った少女の顔には、何の感情もなかった。
いや、感情が無いのではないだろう。さっきも少し怯えていたし。多分これは……何にも期待していない眼だ。
「いくら教育をしても覚えも悪いですし、自分の力を制御することもできない。発育も悪く、そちらの方も満足には足りないでしょう。そしてこの眼、全く「お前」……は?」
サザーンの言葉を途中で遮る。
「お前、少し黙れ」
怒気と殺気を込めてサザーンを黙らせる。こいつ、さっきから邪魔だ。
俺の殺気の余波を感じ取ったのだろう、周りの女性達が引いている。まぁ興味ないからいいけど。
黒い少女の頭を一撫でして、語りかける。
「出たいか?」
少女は反応がない。聞こえたかな? お、頭が縦に揺れた。肯定と受け取っておこう。主に自分のために。
立ち上がり、黙っていたサザーンに振り向く。お、汗びっしょりじゃないか。
引き攣った笑顔でこちらの挙動を伺っている彼に、笑顔で話しかけてやる。
「この娘を貰っていきます」
契約を終えた俺達は、商館を出て、少女に着せるとりあえずの服と靴を買って、ドゥーシェへ戻った。
最後の最後までサザーンは渋っていたが、俺が無視していると一言だけ付け加えてきた。「ウチはこんなのばかり扱ってるわけじゃないです」と。
こんなの呼ばわりに、また大量の汗を流す事になったのは言うまでもないだろう。
宿で風呂に入らせる。その間にお茶を用意しておく。
「お風呂、出ました」
「うん、じゃあお茶でも飲んで……うぉぉ!」
少女の声に振り返る。ちょっと、なんで服を着てませんの!? けしからん貧乳に俺の狼が!
落ち着いて服を着るよう指示し、座ってお茶を飲ませる。落ち着いた所で話を聞くことにした。
「君は……。そういえばまだ名前も聞いてなかったね。俺はリュウイチ。人間の冒険者だ。君は?」
「リリと、言います。……14歳、魔人族です」
最低限の自己紹介を終えた所で知りたかった事を聞く。
「商館の通路にいたのはリリ、だよね?」
「はい。……ごめん、なさい」
「謝らなくていいよ。でも、どうやったのか聞かせてもらえるかい?」
「……私は、魔物娘です」
魔物娘? また知らない単語が……。
詳しく聞いてみると、魔人族の1000人に一人の割合で、絶滅した魔族 (魔人族の先祖とも言われている)の能力を持った女の子が生まれるらしい。
その力を持った娘を、畏怖と差別を込めて『魔物娘』と呼ぶそうだ。
商館で俺が見た里美は、リリが能力で変身した姿だそうだ。対象の意識にある『対象が一定以上の好意を持っている異性』に変身する能力らしい。ドッペルという魔族の能力だそうだ。
リリはまだ自分の力を制御しきれてなく、無意識に俺の意識を読み取って変身してしまったらしい。
なるほど、これで納得がいった。意識的に変身できるそうなので、もう一度変身してもらった。リリの身体が光り、俺の前に里美の姿が現れる。うん、懐かしいな。
「ありがとう、もういいよ」
「はい。あの……。ごめんなさい」
「お願いしたのは俺だよ、なんで謝るんだい?」
「いえ、……泣いてる、から」
泣いている? 俺が!? 目元を拭ってみる。腕に水がつく。取り戻せないものの一端に触れたからか、感傷的になってしまっていたようだ。
気を取り直して、リリの今までのことを聞く。
リリが能力に目覚めたのは8歳の頃。突然の事に、一族は勿論だが、親までも嫌悪した。そして10歳の時、両親が魔物に食われ、親を失ったリリは奴隷として売られてしまった。
それから奴隷商人の元を転々とし、13歳の時サザーン氏の元へ売られたそうだ。
その間、能力の事や眼の色で散々苛められてしまったのだろう。眼を隠すために前髪を伸ばし、能力を発動しないために何も見ないように、何にも期待しないように過ごしてきた。
14歳の少女にここまでさせるなんて……。話を聞いた時、俺は思わずリリを抱きとめて頭を撫でていた。
最初は驚いて固まっていたリリだが、落ち着いたのか力を抜いて頭を撫でられている。
「俺達と一緒に行こう?」
頭を撫でながら、リリに問いかける。もしリリが嫌がるならば、ディグさんに頼み込んで、契約を解除して普通の暮らしをさせるつもりだ。
「はい……。私は、ご主人様の、ものです。連れて行って下さい」
はにかみながら、そう答えてくれた。
そこには、自分を押し殺していた娘じゃなく。歳相応に嬉しそうに微笑む、かわいい少女の姿があった。
□
変身は予想以上に疲れるらしく、リリはベッドで寝てしまった。
起こさないように部屋を出て、ツィツィちゃんに追加のお金を支払う。ついでに起きたらご飯を食べさせてあげてくれと頼んでおいた。
俺は部屋を出て、冒険者ギルドに向かった。心配しているかもしれないディグさんに、報告しとかないとね。
冒険者ギルドは朝と違い、元通りになっていた。まぁ昼過ぎであのまんまだったら仕事にならないか。
今日も今日とて受付をしているライラさんに、ディグさんを呼んでもらう。笑顔で呼びに行ってくれた。うん、癒される。
少し待っていると、苦笑いのディグさんと寝起きのアリサとココアが出てきた。え、この二人今まで寝てたの!?
二人には顔を洗いに行かせて、ディグさんに事の経過を報告した。
「まぁ、あの人はなぁ」
伯爵の様子を聞いて、悼めしい表情をしている。
なんでも、3年ほど前まではりっぱな領主だったらしい。3年前のある日、伯爵の娘が従者を一人連れて買い物に出かけた際、他領土の暴漢に襲われ、亡くなってしまったそうだ。
伯爵は怒り、即座に暴漢を捕縛。処刑した。その時の怒りと暴漢の言動が、領主の心に深い溝となっているらしい。
そういう経緯があったのか。まぁだからといって領民を道具だと言い張るのを納得はできないけど。
話をしている内にアリサとココアが戻ってきた。二人を連れてギルドを後にする。
帰る道すがら、リリの事を二人に話す。
「魔人族!? っていうか、また女の子が増えるのね」
「奴隷仲間なの~? ココアが先輩なの!」
呆れるアリサに純粋に喜ぶココア。うん、なんかお馴染みの返しだ。
「宿に帰ってリリが起きたら、皆で買い物に行こうな。服とかもそうだし、リリの防具も買わないと」
「リリも戦わせるの?」
「危険なの~?」
「危険なことはさせないよ。自分の力が制御出来るくらいまで、最初の頃のココアみたいに、戦闘に参加してもらうんだよ。」
話の流れでこれからの予定を伝えておく。診断で確認したところ、リリのレベルは2だった。能力の制御も、おそらくレベルが低い為にできなかったのだろう。
まずは能力を制御できるようにする。その後は、リリが希望するならそのまま戦いに参加してもらうし、希望しないなら宿で俺達の帰りを待ってもらう。
方針が決定したところで、3人でリリの待つ宿へ戻っていったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回更新は4日予定です。
よろしくお願いします。




