昔話
別の場所に移動しましょうと、高槻の後をついて行く。黒鋼ホテル近くにあるカフェに入ると、珈琲を二つ注文する。
「長居はするつもりはありませんので、早速昔話をさせて頂きます」
「は、はい!どうぞ」
眼鏡が似合いすぎて涼からすると、近寄りがたい雰囲気。涼がちゃんと聞くのを待って、高槻は口を開く。
―――――昔、ある王子様がいました。王子は名ばかりで、家の存続が困難な程厳しい状況の立場でした。王子は、いっその事王子も城も捨て自由になろうかと考えました。ところがある日、城に女性が現れました。どうやら王子の母が連れて来たようで一晩、女性は城に泊まります。城を捨てる覚悟だった王子は、女性に精一杯のもてなしをします。
「あの、お伽話が聞きたいわけじゃ」
「昔話です。黙って聞いていなさい」
―――――女性は大変喜び、城のイメージが変わりましたと言います。王子が以前のイメージを聞くと、近寄りがたく厳しい所だと思っていたと答え、そして王子は気付きます。家の存続が厳しくなったのはどうしてか?
民達に優しくも何もしないで税ばかりとって、民達の安泰など何も考えていなかったから逃げ出された事。自分達はお金を出せば良いと、何もしないまま呑気にしていた事。そして、王子は聞きました。どうすればもう一度、民達の信頼を取り戻せるのかと。
「高槻さん、その話って」
「あともう少しで終わります」
―――――女性はこう答えました。
「私にしてくれた事を同じ様にしてください」王子は約束しました。そして、もう一つ王子は約束します。
「再び城の存続が出来た場合、あなたを迎えにいってよいか?」王子は近くにいた猫を抱き、女性の答えを待ちます。
「その猫と共に、私を迎えに来て下さい。待っております」
王子はその言葉を励みに、必死にお家存続を頑張り三年の月日が流れました。やっと、女性に相応しい男になったと喜んだ矢先、女性を迎えに行く為に大事にしていた猫が病気になって死んでしまいました。
どうしようと悩む王子は、一緒にお家存続を頑張った家来に尋ねます。
「猫が死んでしまったら迎えに行けない」
「王子が猫になればいいです」
「もし、覚えていなかったら」
「一週間立っても駄目なら王子の運命の人では無かったと」
家来は王子に猫になるよう魔法をかけました。
「昔話はお終いです。一つこの女性は、再開し思い出せたとおもいますか?」
「高槻さん、どうして私に」
「いえ、あまりに王子が哀れな者で」
高槻の昔話で涼はやっと気付いた。高槻の話していたものとは少し違うが、昔確かにタマと約束したのを思い出す。あの時は前髪で顔を隠し、旅館の見習いか何かと思っていた為思い出せなかった。だけど三年前、猫を抱き告白してきた人物を知っている。冗談と思い、軽い気持ちで話に合わせた事に酷く後悔した。真剣な気持ちだった事、それを冗談と思い適当にやり過ごし忘れていた自分を殴りたい。
「高槻さん、その女性は今思い出して凄く後悔していると思います」
「王子は必死に我慢していますが、会いたがってます」
「その女性も凄く会いたがってるはずです」
「もし女性に会えたら伝えて下さい。王子は、黒鋼ホテルという社長室で閉じ篭もってると」
涼はお礼をいうなり直ぐに向う。
タマが、黒鋼景が閉じ篭もっているという社長室に。ホテルに着くなり受付に社長室に行きたいと叫ぶと、不審者扱いなどされずにすんなり通される。どうやら、高槻が事前に伝えていたようだった。
「ここよね?」
社長室と書かれてるプレートを確認して、扉の向こう側にタマがいると思ったら緊張する。深呼吸を何度もして、控え目にノックをした。
「誰も入って来るなといったはずだ下がれ」
誰かも聞かないで追い払おうとするタマに、少しだけ怖気づいたがそっとドアを開けて中に入る。静かに入り中を見渡すと、タマが床から天井まである大きな一枚ガラスの前に立ち、外の景色を見つめていた。
「はあ、誰も入るなと言ったはずだ。早く出て行きなさい」
出て行けと怒りながら振り向いた瞬間、タマは手に持っていた携帯を落とす。落としても拾いもしないで固まってる姿に、涼は近くまで行くと携帯を拾いタマに渡す。
「ど、どうして此処に?」
「高槻さんが、昔話してくれたの」
「昔話?」
「うん、王子様が迎えに来てくれたのに忘れていた馬鹿な女の話」
王子様だの昔話だの、タマは話がついていけない。
「本当に涼さんなの?本物?夢じゃない?」
「夢じゃないよ。偽者でいてほしいなら、偽者でも良いけど」
「駄目!・・・此処にいるってことは、思い出したって思ってもいいの?」
「うん。高槻さんのおかげで、全部思い出した」
タマに抱きついて、遅くなってごめんねと謝る。タマも遅いと抱き締め返してくれ、暫くは二人の時間が楽しめた。だが、ドアの向こう側でがやがや騒ぎ始める声に気付く。
「ちょ、押さないでよ」
「バカ!声がでけーよ気付かれるだろ」
「社長ってば一途よね。あーあ、私もあんな王子様いないかしら」
従業員達が、タマと涼の姿をこっそり覗き見していた。
「でも、あの社長がタマって・・・くくっ可笑しい」
「確かに、あの社長がタマって彼女さん最高」
「皆さん、失礼ですよ。陰で聞こえない様に笑っても、社長が可哀想にならないでしょう」
秘書である高槻までも、こっそり傍観していたのであった。勿論外でのやり取りは、涼達に丸聞こえでタマは二人の邪魔をされた事に顔が引きつっている。涼に関しては、適当につけた名前が皆の笑いものになっている事に恥ずかしくて、自分を責める始末。
「そろそろ退散しなければ社長のお叱りがありますよ」
高槻の不気味な笑みが目に浮かぶタマは、ワザと聞こえる様に話してるなと拳を震わせる。もう少しという従業員に、気付かれない様タマはドアまで近付くと一気に開け放ち驚かす。
「お前ら全部聞こえてるんだ!」
うわーっと驚き叫び逃げいて行く者達。一人だけその場に残った高槻は、仏の様な完璧な笑顔にタマはしてやられたと思った。
「約束は守れてなかったはずだが」
「三十分早く黒鋼景に戻りましたのでその分を計算したら、一週間ギリギリかと」
「そうか・・・」
頼もしい秘書を持ったと改めて実感し、今も恥ずかしがってる涼の元へ行く。
「涼さん、皆は追い返しましたよ」
「タマ、ごめんね。社長さんなのに、イメージ傷つけて」
「泣かないで下さい。タマは涼さんの猫ですよ?猫にタマと付けて何が可笑しいのですか」
「だって、タマは人間なんだよ」
「それでは、魔法は終わってしまったので人間の名前で呼んで下さい」
人間の名前それは、タマの本当の名前。ずっと、タマと呼んできたせいもあって逆に恥ずかしいと呼べない。するとタマは、自分の名前はそんなに恥ずかしくて口に出せれないほどの名前なんだと悲しみ始めた。
「ち、違うの!呼び慣れていないからでタマの名前が恥ずかしいわけじゃ」
「いいんです私の名前は口に出せれない程、恐ろしく恥ずかしい名前なんですから」
「違うってタマ。恥ずかしくないから、全然恥ずかしくないからね?」
「じゃ、名前呼んで下さい」
早くと訴える目に、うっとなってしまう涼。
急に言われても心の準備があると察してくれないタマに、半ば恨めしく思ったが仕方ない。深呼吸を一つし、名前を呼ぶ為の心構えをした。
「いい?呼ぶわよ」
「はい、涼さんどーんと言って下さい」
「それじゃあ遠慮なく・・・け、け、」
「け?」
「・・・黒鋼景さん」
フルネームなんですがと、不満に訴えるタマに涼はいつかちゃんと言うと逃げてしまう。そんな涼に、三年も待ったのだから気長に待ってあげると、余裕の笑み。
「でも、あなた自身を待つ我慢はもう出来ません」
涼の左手を持ち、何処から用意したのだと驚くほど素敵な指輪が涼の左薬指にはめられた。
「涼さん幸せにします」
やっと終わりました。
これで最終話となります。
もし宜しければ、直ぐに投稿しますちょこっとした番外編らしきものもどうぞ。