黒鋼景
タマと出会ってから、七日目の朝。
二日目の夜、宣戦布告されてから涼に対し異常な程くっついたりする。セクハラまがいな事も多々あって、涼の中でタマの見る目が次第に男になりつつあった。
「涼さん今日は日曜だから、映画行きません?」
「やだ、眠たい」
「そう言わず、ほら!」
タマに無理やり起こされ、日曜の朝から着替えさせられる。
本当に眠たくてちょっとだけ気分が落ちるが、タマと一緒と考え直し少し張り切った。
「涼さん」
「な、なによ」
「今日は凄く可愛い。スカートまで着てるなんて食べちゃいたい」
「ば!馬鹿な事言わないでよ・・・たまたまスカートだっただけよ」
少しでも可愛くしようとした考えがタマにはわかったのか、涼は恥ずかしくて顔が真っ赤になって拗ねてしまう。そんな所も可愛いと、涼を抱きしめるタマに心が温かく浸透し始めてるのを気付かない様に蓋をした。
(いつかは居なくなる人。本気になっちゃ駄目)
「涼さん、早く行きましょう」
「うん・・・」
「デート楽しみだな。今日は忘れられない日になりそうです」
「まるで遠くに行くみたいね」
そんな事ないと慌てた様子に涼は、今日が別れの日なのかもしれないと思った。
タマが何処の誰でどんな人か、涼は知っている。そして、いつか居なくなって遠くの存在になることも。
***
「今日は早く帰れそう。タマはお腹空かしてるかな」
宣戦布告されて次の日、冗談と思っていた涼は呑気にタマのお腹の心配していた。取引先からの直帰で、いつもより一時間も早く家に帰れた。家に誰がいるのか、何を話してるかそんな事知らずに。
「あれ?この前見た大きな車だ」
誰かの知り合いなのかと、特に気にもしないで家の前に辿り着く。だが、タマ以外の声がぼそぼそ聞こえる気がして、そーっと気付かれない様にドアを数センチ開けた。
「社長、やっぱり止めましょう」
「まだ四日ある」
「たかが一週間で何が出来ますか!?考え直してください」
「高槻、お前が条件を出したはず」
高槻と呼ばれる男は、自分で言い出した条件だとタマに問われ何も言えなくなった。
「社長が昨日の様な行動に出なければ良いのです。ネット情報は怖いのですよ」
「それを上手く片付けるのが高槻の仕事だ」
「・・・あと四日、思い出してもらえない場合潔く諦めてもらいます」
諦めた様子の高槻が玄関に向かってくるのに気付き、慌てて離れる。タマをこっそり見れば溜息しかしていない事に、涼は理解が出来なかった。そして社長と呼ばれていたタマが気になって、高槻の後をタクシーを捕まえて追いかけた。
「此処って」
涼が高槻を追いかけて辿り着いた場所は、黒鋼ホテル。此処に泊まっているのかと思ったが、従業員用出入り口に入ってくのを見た。此処で働いてるとしか考えられないうえ、高槻がタマの事を社長と呼んでいた事から知ってしまう。
「タマはタマじゃない・・・って当たり前か」
涼の勘違いと願って本屋に行き、黒鋼景について手当たり次第探した。一冊だけ、顔写真が小さく載ってるのを見つけ、良く見る。髪を上げ、雰囲気が違うがそっくりな顔に双子と思い込みたかった。しかし、黒鋼景には双子の兄弟などいない。
(タマは何でうちに来たの?)
「涼さん・・・涼さん!」
「え?」
「え?じゃないですよ、目の前電柱」
タマの正体を知ってしまった日を思い出して、ぼーっとして電柱に当たりそうになるのを涼は気付かなかった。タマが無邪気に笑いながら涼の手を握って、それを拒めば電柱にぶつかっては困ると離さないで進んで行く。
「どんな映画みたいですか?」
「決めていなかったの?」
特にみたいわけもなく連れて来られた涼、選べと言われ適当に指を差した。
「涼さん朝から大胆ですね」
「?・・・タマはチケット、私は食べ物買うから。はいお金」
何の映画か知らずに指を差した事が間違いだった。今やっている映画を少しは把握していたつもりだが、マニアックな映画まではチェックしていなかったようだ。
『君の唇に恋したのさ』
『私の唇はあなたのものよ』
ちゅっちゅ、ひたすらキスをするシーンばかりでセリフもあまり無い。
周りを見れば、スクリーンに顔を向けてる者など無いに等しい。同じようにキスをしているカップル多数で、涼はタマの言った意味をやっと理解した。
「涼さん」
小声で話し掛けて来るタマに、この場から出ようと提案されると期待したが無駄だった。
「私達も皆さんと同じようにキスします?」
「なっ、なに馬鹿な事言ってるの映画館よ!人前で出来るわけないじゃない」
「二人っきりならいいのですか?」
「なんでそうなるのよ」
タマのセクハラ発言には慣れて来たが、それでも受け入れられるわけじゃない。とにかく今直ぐ出たい気持ちを我慢して、その場に留まる。前を見れば相変わらずキスシーンだけで、淫らな行為をしないだけマシに思えてきた。
「キスだけでお互いの気持ちを伝えるのがテーマらしいですよ」
「くだらない。しかも、さっき恋したとか言ってなかった?」
「確かめてみます?」
「だから、セクハラ発言は止めて」
もう一回言ったら殴るわよと、タマの方をみれば真剣な顔に思わず黙ってしまう。
「涼さん、キスで私の気持ちを気付いて下さい」
「ちょ、タマ人前でやめて」
「なら、これで涼さんは誰も見えないから問題ないですよね」
そういった後に、タマが涼の視界を掌で隠してしまった。徐々にタマの顔が近付く気配がし、涼は固まってしまう。
「涼さん、覚悟を」
そんな言葉に覚悟など出来ず、いつ来るか来ないかの悶々とした気持ちになるだけだった。変に呼吸が乱れ、いっその事早く済ませろという気持ちになってもタマは動かない。
次第に我慢した笑い声が聞こえて来るのに気付き、からかわれてるんだと知った。
「ご、ごめ、んなさい。つい、可愛くて」
「ついじゃない!」
涼の怒った声が響き、一斉に煩いと出て行けの言葉を浴びせられ、二人はこそこそ退場した。まるで泥棒みたいな歩き方に、涼とタマは可笑しくて笑う。それからは、ブラブラしながら昼食とったり、おやつを食べたりとあっという間に時間が過ぎていった。
「そろそろ帰ろう」
「少し寄り道しませんか?」
夜の十時を過ぎ、タマが寄り道したいと言い出す。直感で別れの言葉を言われると思い、素直に首だけ縦にして従った。誰も居ない公園のベンチに座り、この一週間で朝晩急に冷え込んで肌寒い。
「これで我慢して下さい」
タマが涼の手を握り、摩ったりしながら温める。
「話があるんでしょ」
「それは・・・涼さんは一週間私と居て、何か思いませんでしたか?」
「思い出すの間違いじゃない?」
「何か思い出したんですか!」
期待に満ちたタマの顔に、涼は首を横に振る。落胆するタマに一体何があるのか、タマと何か約束をしていたのか、記憶を辿るが思い付かない。
「本当に思い出せませんか?」
「タマが誰かは知ってる。でも、何か約束した覚えがないの」
「そう、ですか」
正体を知ってる事に驚きもせず、悲しい目をするタマに心が痛むが本当に記憶が無い。ずっと、手を握るだけで何も話さないタマに、時間だけが過ぎていった。
「そろそろ時間切れのようです」
「タマ?」
「涼さんのタマはいなくなります。今から、黒鋼景に戻ります」
さよならと告げられた言葉の後に、社長と呼ぶ高槻の姿があった。一体タマは何が言いたかったのか、涼に何を思い出して欲しかったのかわからない。タマは高槻がドアを開けると、振り返りもしないで車に乗り込んだ。
一瞬、高槻が涼の方をみて立ち止まるが直ぐに運転席へ消えていった。
「タマ」
バンバンと窓を叩き叫んでもタマは反応がない。
拒絶するかのように車は、涼の前から去っていき車に乗り込んでも見向きもしなかったタマ。涼さんと、笑顔で名前を呼んでいたタマとは別人だった。
***
「涼ちゃんなんかあった?最近元気ないよ」
先輩の春子が心配する。
タマが居なくなって三週間、涼はずっと落ち込んで暗かった。仕事は何度もミスの繰り返しで、そろそろバカ上司のお腹に抱えてる爆弾が落下しそうだ。
「ほら何があったの言ってみなさい!」
「先輩・・・」
「この春子さんに何でもぶちまけなさい」
逞しく自分の胸に涼を抱きしめ、ただ泣くのを我慢した。強情だと春子に笑われても今はまだ、整理がつかないから春子に何も言えない。ずっと、タマの言っていた思い出すを考えていたが意味がわからなかった。タマと出会った記憶がないはず、関連があるとすれば三年前の黒鋼旅館。そこから拡大して、今の黒鋼ホテルがある。三年前旅館に泊まる、拡大して黒鋼ホテルそして、オーナー兼社長の黒鋼景。
旅館もタマがオーナー兼社長として経営していたなら、出会ったとすれば三年前しかない。しかし当時、頼まれ旅館に泊まった時、女将さんでありタマの様な人は見掛けてなかったと思う。
春子に先に行ってもらって、暫く更衣室で考えていた。だが、考えても何も思い浮かばないのでトボトボ、会社を出る。会社を出て直ぐ、見覚えのある顔に走り寄った。
「あなた確か、タマじゃなくて黒鋼さんの」
「秘書の高槻です。不躾ながら会社に待ち伏せさせていただきました」
「待ち伏せってなんで高槻さんが」
「ある昔話をしに参りました」
最終話にする予定でしたが、もう一話追加。次回が本当の最終話です。同じ日にアップします。もう暫く、お付き合いください。