待ち合わせ
「涼ちゃーんご機嫌ね、もしかして久々のデート?」
「なっ!違いますよ先輩」
無意識に鼻歌をしていたようで、同じ部署の三年先輩の春子がからかう。ニターと不気味な笑いに、本当の事など言えず又、自分が鼻歌を歌って浮かれていたと気付き恥ずかしい。
「正直に答えなさいよ、相手は誰?社内?それとも取引先?」
「だから違いますって。猫を・・・大きな猫拾ったんですよ」
「大きな猫?」
怪しい、そんな目をしている春子に涼は唾をごくり飲み込む。多少いや、かなり事実とは異なるかもしれないが猫と言えば猫だ。
「そ、その昨日家の前に捨てられて」
「ふーん」
「だから、一時ですが飼い主が見つかるまで」
「へー」
「何か無いと可哀そうで、今から揃えに行くだけで・・・」
「ほー」
明らかに信じてない春子に段々、言葉数が少なくなり声が小さくなっていく。
「まっ、検討を祈る」
何を察したかはわからない。きっと明日からネタにからかわれるのだと、ちょっとだけ憂鬱になる。溜息を吐き、涼は春子の後を追いかけるかのように慌てて更衣室から出た。
***
駅前に約束より、十五分早く着いた。
「早く着きすぎちゃった」
時計を見て時間があるので、近くの本屋に寄る事にした。特に用事があって入ったわけでも無いから、適当に漫画コーナーやファッション雑誌をぐるぐる回る。ふと、手に取った雑誌をパラパラ捲ると若くして成功した、有名ホテルオーナー兼社長の黒鋼景。
三年前に小さな旅館を営み拡大、現在三十二才独身男性と書かれてるのを何気なくみた。
「あっ、この旅館一回行ったことある」
三年前高校卒業後、苦労してやっと就職した。初のボーナスで奮発して予約していた有名ホテルが手違いでキャンセル扱いになる。相手側の不手際のくせに仮のホテルさえ紹介されず、遠くまで来ていたせいで途方に暮れていた。そこに格安で良いから、泊まって欲しいと逆に頼まれたのが黒鋼旅館。
「へー、この旅館潰れないで頑張ってたんだ」
当時は人気が無かったのか、小奇麗なわりに客が全く居なく潰れかけてると思った。だけど、料理は新鮮で美味しく客が居なかったせいもあって、丁寧さが涼一人に集中して気分が良かったのを覚えていた。
「そうそう、猫がいて凄く可愛かったな」
独り事をいう涼に周りが変な人と、そんな目で見てるとも知らずに笑いながら思い出していた。そして本来の目的を思い出し時刻を確認、約束の時間から二十分以上遅れている事に慌てる。
走って待ち合わせの駅前に行けば、一部人が集まってるのに気付く。
「ねえ、ちょーカッコいい男がいるらしいよ」
「マジ!?いくいく、何処?」
「駅前にいるってあれじゃない?」
「イケメンだったらゲットしちゃおう」
女子高生が騒ぎ、世のOLが数人その男の周りを囲んでるのに『まさか』と、涼は野次馬として一緒になって覗いてみた。そこには壁にもたれ、目を瞑ってるタマがいた。
「さっきからずっと、いるんだよ」
「彼女と待ち合わせやだ、ドタキャンされたんじゃない?」
「暇かもしれないし逆ナンしてみる?」
女子高生やOLの女性が、こそこそ話してるのを聞き入り辛い。彼女では無いが、何となく今行ったら何かされそうで腰が引ける。携帯で電話して移動してもらうにも、タマの携帯番号は知らない。そもそも、携帯を所持してるかさえ不明だ。
(どうしよう・・・あんな面食い共の群れに入る勇気ない)
少しオロオロしてると、タマが涼に気付く。
涼の挙動不審が不思議に思いつつ、声を掛けようとして周りの群がりに漸く気付いたタマは察したようだ。
「涼さん」
「ちょ、馬鹿!こっち向って話しかけないでよ」
ずんずん周りの群がりを押しのけて、涼の所まで辿り着く。周りが、あれが彼女?と疑う様な目で嫉妬の顔した女達が怖かった。
「涼さん、待ちくたびれちゃったー。もう、早く行きましょ」
「へっ!」
「もうー、涼さん私の服コーディネートしてくれるんでしょ?」
話し合わせてと、耳元でタマの声がする。
何が起きてるかわからないが、何度も首を縦に振って頷く。
「服買ったらー、帰りにスイーツの食べ放題行きましょ。あ、その前に食事が先ね」
「そ、そうね」
「私、新しい下着も欲しいの。うーんとヒラヒラのついた可愛いの」
オカマ言葉に周りの女達が一気にドン引き。
顔は良いのに、オカマは興味ないと各々散っていった。
「涼さん、怖い人達はいなくなりましたよ」
「もしかして・・・私の為に」
涼の唇にタマの人差し指が立てられ、これ以上は何も言わなくていい、黙ってと。そう言ってるかのように見え、少しだけ男として意識してしまった。
(タマのくせに、タマのくせに、タマのくせに!何なのよ)
「涼さん?」
「タマはタマ!わかった!?」
「え?あ、その・・・はい」
「宜しい、じゃあ早く買ってご飯食べに行こう」
涼の言ってる意味がわからないまま、タマは後を追っていく。そんな姿を一人の男が、疲れた様子で見守っている事に涼だけ知らない。
「社長、流石にあれはないです」
自分の上司の姿に、部下の男も少しドン引きしてしまったのであった。
ごめんなさい・・・短い上
もう少しお付き合いください。