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勝手に改編昔話

勝手に改編昔話〜浦島太郎編〜

作者: 島地 雷夢

 むか〜し昔……この典型句から語り始めるのは久し振りですね。おっと、途中で止めてはいけませんね。失礼。では、改めて。

 むか〜し昔ある島に、浦島太郎という若者がいました。彼は毎日のようにクルーザーに乗ってトローリングに出掛けていました。

 ある日の事です。何時ものようにトローリングに出掛け、獲物を釣り上げ港に帰ってきました。

 クルーザーから降りると、近くの浜で若者が波打ち際で何かを囲むようにして群がっていました。しかも騒がしい様子です。

 不思議に思った浦島太郎はそちらに向かいました。しかし、あまりの群れに何を囲んでいるのか分かりません。その何かが原因で言い争いをしているのは分かりましたが、声に声が重なって言っている言葉が理解出来ません。

「何やってんの?」

 浦島太郎は近くに突っ立っている若者に聞きました。

「ん? あぁ浦島か。実はな」

 その若者は親切にも浦島太郎が囲まれている何かを見れるように人垣を分けてくれました。

「これ……海亀だよね」

 若者が囲んでいた何かは海亀でした。別に天然記念物の赤海亀だから物珍しさで見ていた訳ではありません。これは天然記念物ではない青海亀なのですから。ありふれています。水族館に行けば誰だって見れるくらい珍しくも何ともありません。

「これがどうかしたの?」

「いや実は」

 では、どうして囲んでいたかというと。

「この海亀をどうやって食べるかを言い争ってたんだよ」

 食する方法をそれぞれが主張していたからでした。

「こいつらがさ、スープじゃなくて別の料理で食べようって言うんだよ。訳が分からないよ。出汁をとってそれでスープにすれば絶品なのによ」

「いや、スープも旨いけど、煮付けも捨てがたいぜ?」

「いやいや、やっぱり刺身だろ。まだ生きてるんだから活け作りも可能だし」

 もう食べる気満々です。逃がすなんて選択肢は毛頭ありませんでした。彼らの目には野生の色が隠されもせずに輝いています。夜空に煌めく星なんかには負けないくらいの輝きです。

 さて、そんな中。どうやら海亀は自分の未来を悟り、命を永らえさせる為に新たに現れた村人・浦島太郎に慈悲を求める眼をしながら、そして産卵よろしく泣きながら視線を向けるのでした。

「ふむ……」

 浦島太郎は一つ頷き、海亀を囲んでいる若者達に言いました。

「ねぇ」

「何だ?」

「その海亀、僕に譲ってくれない?」

「「「はあ?」」」

「勿論ただでとは言わないよ。もし譲ってくれたら」

「「「くれたら?」」」

「僕が釣った二百キロの黒鮪をあげるよ」

「「「どうぞどうぞ」」」

 若者は浦島太郎に道を開け、海亀までのルートに赤絨毯を即行で敷きました。

「ありがとう」

「「「で、鮪は?」」」

「僕のクルーザーに吊るしてあるからとってってね」

「「「サーイエッサー!」」」

 海軍式の敬礼をすると若者達は音速に近い速度で浦島太郎のクルーザーへと向かいました。

「けほっけほっ」

 砂浜に視界を遮るように砂塵が舞い上がり、それを吸い込んでしまった海亀が咳き込みます。

 視界が回復すると、赤絨毯を踏みしめながら浦島太郎が海亀の目の前に立っていました。

「あ、ありがとうございます。わざわざ釣った黒鮪と引き換えに助けて頂いて」

 海亀は頭を下げて礼を述べますが、浦島太郎はそれが聞こえていないのか、顔を海亀に近付けます。

「あ、あの?」

 浦島太郎が海亀の全身を隈無く見て回ります。まるで品定めをするように。

 そして全身を見終わった浦島太郎は一言言いました。

「……この体格なら唐揚げが一番美味しいかな」

 完全な品定めだったようです。

「スープにするにはボディが貧弱だし、煮付けだと肉が固くなる。かと言って刺身だと歯応えがなさそうだしね、この海亀」

「いぃぃやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 海亀に降りかかった危険は去ってなぞおりませんでした。というか悪化しています。なまじ調理法の言い争いが無い分命の灯火は十倍以上も早く消え去る事でしょう。

「私を助けてくれたんじゃなかったんですか?」

「え、そんな訳ないじゃん。僕が海亀を一人で食べたかったからだよ。滋養にいいし」

 にべも無く無慈悲に言い放ちます。

「という訳で、お前今から僕の家に来て捌かれて♪」

「そ、それは無理なお願いです!」

 涙目になりながらじりじりと海亀は後退し、目を光らせながらじりじりと浦島太郎は前進します。

「わ、若布をあげますから勘弁して下さい!」

「無理」

「な、なら昆布を献上しますから!」

「無理」

「では低カロリーな天草を」

「無理」

「ひじきを」

「無理だってば」

 海亀の後退よりも浦島太郎の前進の方が断然速く歩幅が大きいので海亀はあっさりと捕まってしまいました。

「捕獲完了。あとは家に帰って逆さに吊るし上げて首を切り落として血を抜いて調理を始めて」

「ぎゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 海亀は叫びました。浦島太郎の家までは残り五百メートルです。果たして、海亀は包丁の魔の刃から無事に逃げ出す事が出来るのか!? 乞う御期待!

「次回予告みたいに言ってないで助けて下さいよナレーターさん!」

 それは無理ですね。私はあくまで語り部ですから内容に干渉してはいけないのです。

「猿さんと蟹さんの時は逃げろとか言っていたのにですか!?」

 あの時は話の全容を知りませんでしたからね。あのままでは打ち切りの展開になると思ってしまったが故の行動です。

「今まさに早期打ち切りの展開ですよ!」

 あ、それは大丈夫です。今回は作者を●゛ンガー入り伊達巻で脅して話の全容を把握していますので打ち切り展開にはなりませんよ。

「マジですか!?」

 マジです。なのでまぁ、頑張って下さい。

「そんな無責任な!」

 と叫んで一つ閃きました。

「閃いてません!」

 閃いて下さいよ!

「何で私が怒られるんですか!?」

「首を切り落として、肉を一口大にして、あ、唐揚げの他に竜田揚げにもしよっかな♪」

「ぎゃぁぁああああああああ! もうすぐ処刑場に着いちゃう!」

 と、ここで漸く閃きました。

「だから閃いてないって!」

 いい加減閃きやがって下さいよ!

「何でキレるの!? ……ってあっ!」

 漸く閃きましたか?

「閃いた閃いた!」

 そうですか。では早く浦島太郎さんに言って下さい。もう玄関の戸に手をかけましたよ。

「MATTE!」

「何?」

「私を食べないで下さい!」

「だから無理だっ」

「竜宮城に連れて行きますから!」

 浦島太郎は海亀の言葉に戸を開きかけた手をぴたりと止めました。

「竜宮城?」

「はい!」

「それってどんな所?」

「呑めや食えや踊れや三昧の楽しい所です」

 より正確に言えば、竜宮城とは七つの海に合計で約三百店舗進出している飲食経営のチェーン店です。因みに海亀も勤めています。本店に。

「…………」

 浦島太郎は顎に手を当てて考えます。

「……そこで出る料理は何?」

「若布サラダに昆布の出汁でとった御澄まし、心太に海藻の寒天寄せ、それにひじきの煮物とかですね」

「……………」

 浦島太郎は無言で戸を開け放ちました。

「え!? どうして!?」

「僕はカロリーを求めてるからね。ダイエットしてないし。ねぇ、海藻以外には何かないの?」

 笑顔で海亀に問います。因みに 顔には陰が差し込んでいて怖い笑みとなっています。海亀はまさにターニングポイントに立っている状況です。選択を間違えれば自身が美味しく頂かれる運命に変動します。

「えっと海藻以外海藻以外……鯛とか鯵とか鰹とか鱸とか、蟹、海老、ほたて、とこぶし、鮑、それに海鼠や海蛇とか使用したがっつり料理も出ますよ」

「じゃあ行く」

 因みに浦島太郎が行く気になったのは海蛇の単語を聞いたからでした。何でも海蛇を食べる事は長寿の秘訣だとかなんとか。よく知りませんけど。

「た、助かった……」

 解放され、ほっと一息吐く海亀でした。

「あ、少々お待ち下さい」

 海亀は携帯電話(完全防水仕様)を取り出して竜宮城へと電話します。

『お電話ありがとうございます。こちら竜宮城でございます』

「あ、乙姫様ですか?」

『その声は……海亀じゃない。どうしたの? 欠勤の連絡?』

「いえ、そうではなくてですね。実は今から一人お客を連れて行く事になりまして」

『あら本当? よくやったわ』

 乙姫は急ではありますが、客が食事しに来る事にご機嫌な様子です。因みに乙姫は支配人で大体本店の方にいます。

『で、その方はヘルシーな海藻のフルコースをご希望の方かしら?』

「違います。がっつり魚介系」

『え、がっつり……』

 先程まで喜色がかった声でしたが、何故だか沈んだ声音に変化しました。

『あのね、海亀』

「何ですか?」

『今日はがっつりは無理なのよ』

「……は?」

『実はね、がっつり魚介系の食材を運んでいた黒鮪運送の担当が食材もろとも行方不明になって』

「…………え?」

『食材の方はさっき見付かったんだけど、魚とか鳥とか鯨に食い荒らされてて使えないのよ』

「……………………」

『だから、今日はヘルシーな海藻のフルコースしか用意出来ないのよ。ってちょっと聞こえてる?』

 海亀は携帯電話を耳から離して浦島太郎に問い掛けました。

「あの」

「何?」

「貴方が先程村人にあげた魚って何でしたっけ?」

「黒鮪」

「それ釣った時、胸鰭に紐か何かついてませんでした?」

「ついてたよ。あと、その紐の先にソリっぽいのがついてた」

「…………因みに、釣り上げた時にやたらと魚とか鳥とか鯨が集まって来ませんでしたか?」

「うん、集まった。ちょっと感動的だったよ」

 がっつり魚介系食材が搬入出来なかった全ての原因は浦島太郎にありました。

『ちょっと聞いてるの〜?』

 語尾を伸ばしながら乙姫が海亀の返答を待ちます。

「……あ、はい、聞いてます」

『そ。ならいいけど。じゃあ私は仕込みの確認しなきゃいけないから切るわね』

 ぶつっと通話終了しました。

「……どうしよう」

 海亀は頭を抱えました。



「へぇ〜〜、ここが竜宮城かぁ」

「はい、まぁ」

 結局、竜宮城に連れて行きました。料理がヘルシーな海藻オンリーである事を内緒にして。

 しかし、策はあります。

「いらっしゃいませ」

 中に入ると乙姫が迎えてきました。

「あ、どうも」

「さぁ、こちらにどうぞ」

 乙姫が先導して席へと向かいます。

「(乙姫様、乙姫様)」

 乙姫の隣りを這う海亀が後ろを歩く浦島太郎に聞こえないよう小声でいいました。

「(ちょっとお願いがあるんですけど)」

「何?」

「(今回の海藻料理なんですけど、あたかも魚を使った料理のようにしてもらえませんか?)」

「どうしてよ?」

「(いや、気分だけでも魚を食べてるようにしたいとか何とか)」

「あぁ、成程ね。分かったわ。食材を揃えきれていないのはこちらの落ち度だしね」

 頷く乙姫。

 因みに言えば、海亀は浦島太郎に今日出せる料理は海藻オンリーだとは言っていません。言った瞬間に自分の身がからりと揚げられてしまうのが目に見えていましたから。もうぶっちゃけた話、騙してます。身の安全の為にはやむを得ないのです。恐らく御先祖様くらいは許して下さる事でしょう。

「いえ、神様も許して下さる筈です。というか許されますよ」

 断定ですか。

「断定しますよ」

 まぁ、断定してもいいですけど。

 さて、私と海亀さんが会話を繰り広げている浦島太郎は中央の席へと向かわされました。

「こちらにお座りになってお待ち下さい」

 乙姫は浦島太郎を席に座らせると厨房の方へと去っていきました。

「では、私も失礼して」

 海亀も去ろうとします。

「待った」

 しかし、浦島太郎が甲羅を掴んで引き止めます。そんな浦島太郎の顔には余裕が見られませんでした。

「えっと、何か?」

「僕、金無いんだけど」

「は?」

「だから、僕の所持金は0なんだよ。ここは明らかに飲食店だよね。金のない状態で食べたら無銭飲食になるんじゃないかなって」

「あ、その心配はありません」

「何で?」

「私の奢りで」

 海亀はキメ顔できっぱり言いました。

「奢ってくれるの?」

「えぇ」

 胸を張って答えます。まぁ、実際は自分の命の為なら例えこつこつ貯めていた貯金を全て使ってもいい心構えがあるからです。

 でも、現実本日はがっつり魚介系ではなく海藻オンリーでヘルシーなやつしか出ないのであまり金は消費されませんけど。

「お待たせしました」

 と、乙姫自らが料理を運んできました。

「こちら前菜になります」

 浦島太郎の前に置きました。

「これは?」

「寒天寄せでございます」

 何の、とまでは言いませんでした。

「それでは、失礼します」

 乙姫は去っていきます。

「ちょっと失礼します」

 海亀は乙姫の後を追いました。

「あの、乙姫様」

「何よ?」

「あれってただ紅い海藻をミキサーで粉砕したやつを寒天で固めただけじゃないですか」

「そうよ」

「そうよって」

「でも心配しないで。味は赤身魚だから」

「は?」

 意味が分かりませんでした。海亀は呆けた顔をします。

「どういう……事ですか……?」

「それはね」

 そう言って乙姫は袂から小瓶を取り出しました。中には微小な白い結晶体が入っています。

「えっと、それは?」

「てれれれってれ〜ん。味の素の素〜」

「すみませんけど、それって未来から来た猫型ロボットが所有しているひみつ道具でしたっけ?」

 海亀さん。この話に関係ない事言いますけど、ひみつ道具って全然全くこれっぽっちも秘密じゃないですよね。未来デパートで市販されてますし。

「それはそっとしておきましょうよ」

 そうですね。その方がファンの方々とのいざこざが起きませんもんね。

「はい。……で、乙姫様はもしかして未来から来た猫型……いえ亀型ロボットなのでしょうか?」

「だれが亀型ロボットよ。私は生身の神様よ。……これは未来のひみつ道具なんかじゃないわ」

「じゃあ、何なんですか?」

「私特製の化学調味料よ」

 腰に手を当てて得意満面に言いました。

「この化学調味料はね、何百何千何万も種類があるんだけどそれら一つ一つで効果が違うのよ。そしてそれらの組み合わせで様々な味を堪能出来るって寸法よ」

「簡潔にお願いします」

「これさえあれば海藻の味を鯵の味に塗り変える事が出来るのよ」

 寒い洒落ですね。

「そうですね。何かイメージと違います」

「そこうるさい。私だって洒落の一つや二つは言うわよ」

 ともあれ、と乙姫は一つ咳払いをして場の空気を一掃します。

「今回は雰囲気だけでも魚を食べているようにしたいとの事で、この方法を取らせて貰ったわ」

「成程」

「これが変えれるのはあくまで味だけで、栄養素と食感までは変えられないの。まぁ、海藻ダイエットをしたい人にはお薦めの一品ね。食感は料理する人の腕次第で誤魔化せるし。それにこの化学調味料、今ならランダム封入五千本セットで五十万円の所を半額以下の二十万円でご提供させていただくわ」

「やけに高いですね」

「自家製だもの。それなりにコストは掛かるのよ。それに国から認可なんて取ってないげふんげふん」

「え、今何かヤバい発言しませんでしたか?」

「してないしてない」

 まぁ、嘘ですけどね。ヤバい発言しましたよ。

「黙っとれナレーター。あんたにもこれ使った料理を食わせるよ?」

 すみませんでした。口チャック。

「あの」

「あぁ、気にしないで頂戴。じゃあ海亀。私は調理に戻るから」

「あれ、乙姫様が作ったんですか?」

「そうよ。この味の素の素は素人じゃ扱えないから」

 じゃあそういう事で、と乙姫は足早に去っていきます。

「……素人じゃ扱えないって、販売出来ないじゃないですか」

 あ、突っ込み所はそこですか。

「それはまぁ、突っ込まざるを得ない情報でしたから」

 成程。確かにあの化学調味料は使用料を少しでも間違えるとヤバいげふんげふん。

「ナレーターも何か言いかけませんでした?」

 気の所為ですよ。

「そう? だったらいいんですけど」

 そして、海亀は浦島太郎に呼ばれて戻っていくのでした。



「……どうしてこうなった」

 海亀は頭を抱えています。

 理由は自分が今まさに捌かれようとなっているからです。

 嘘です。海亀の身に危険は及んでません。

 では、何故頭を抱えているのかと言うと。


 浦島太郎が急速に老化して、しわくちゃよぼよぼの爺に成長したからです。


「何がどうしてこういう非科学的な現象が……」

 そりゃ決まってますよ。あの味の素の素の摂取量が多かったからこうなったんですよ。

「はぁ!?」

 あれって元は海藻の成長促進剤として乙姫さんが作ったんですけどね、間違って料理にどひゃ〜とぶちまけられてしまい、それを近くにいた従業員に廃棄させようとしたんですよ。でもその従業員が聞き間違えて賄いとして処理してしまったんですよ。そしたら旨いと言って乙姫さんびっくり。自分も食べてみたら料理の味の他に食べ慣れた食材の味がするじゃないですか。これはこの成長促進剤の味だと分かったんですよ。だったらこれを基にして成長促進剤から化学調味料にシフトしてしまえと開発されたものがこの味の素の素です。因みに適量以上に摂取してしまうと成長ホルモンが過剰分泌され、細胞分裂が異常に速く起きてしまうのです。まる。

「長々と説明ありがとうございますが何故そんな危険物を使う乙姫様を止めなかったんですか!?」

 いや、だって浦島太郎がお爺さんになる方法がこれだったもので。作者のプロットでは。

「流石に無理がある展開ですよ作者!?」

 とは言っても、もう過ぎた事ですから。それにもう海亀さんも食べられる心配はない訳ですし。

「それはそうだけど」

「海亀……唐揚げ……竜田揚げ……」

「済みません。私、浦島太郎にバリバリ食べらる心配ありまくりなんですけど」

 身体は衰えても思考は衰えてないようですね。亀は長寿の象徴ですからね。食せば長生き出来ると思われてるんじゃないですか?

「それは全ての亀に対していい迷惑ですよ」

「外はパリパリ……中はふっくら……」

「とにかく、乙姫様に何とかして貰わないとですね」

 海亀は浦島太郎のおどろおどろしい怨嗟の声から逃れるようにその場をあとにし、厨房へと乗り込みました。

「乙姫様」

 辺りを見渡しますが、乙姫はおろか、従業員を一人も見つけられませんでした。

「あれ? 誰もいない?」

 ふと、調理台の収納扉に一枚紙切れが貼り付けられているのに気が付きました。

 海亀は紙切れを見ました。どうやら乙姫が残した書き置きのようです。

 曰く、


『――分量間違えちゃった。

   メンゴ☆

       ――乙姫――』


「って何がメンゴ☆ですかっ!?」

 海亀は息を荒げて書き置きを強引に引き剥がして丸めてシンクの三角コーナーに投げ込みました。

「もしかして逃げた? 逃げたんですか乙姫様!?」

 もしかすると、海亀さん以外の従業員全員を連れて夜逃げしたのかもしれませんね。

「やめて! そんな事言われると必要のない爬虫類だったんだなって思っちゃいますからやめて下さいっ!」

 あ、所で無職さん。

「誰が無職ですか!?」

 後ろに浦島太郎さんが……。

「え゛っ!?」

 振り返ると、そこには蛸引き包丁と中華包丁を携えた老いた浦島太郎が佇んでいました。

「生き血……元気の源……」

「それは海亀じゃなくてスッポンでしょう!?」

 いや、生き物全てに流れる血液は生命の象徴ですからね。スッポンじゃなくとも栄養価は豊富ですよ。日本じゃあまり好まれていませんが、他国では豚の血で作られたソーセージとかもあるくらいですし。

「言いたい事は分かりますよ命をいただくのだから血の一滴も残さずに食べるのが礼儀であると言いたいんでしょうが今はそれ所じゃ危なっ!?」

 海亀は首を引っ込め、難とか浦島太郎の一撃を回避したのでした。

「……生き血、生き血ぃ……………………かゆうま……」

「ひぃ!? 何かもう浦島さん老人と言うよりもゾンビになってませんか!? 目が血走ってますよ!」

 どうやら細胞分裂が活性化し過ぎたようですね。新陳代謝も異常に促進してしまい、細胞の破壊が見られます。一時凌ぎのATPとADPのエネルギーだけでは完全に賄えないようですし。

「何冷静になって解説してるんですか!?」

 だって私は蚊帳の外の存在ですもん。冷静でいられますよ。

「貴方も一度はこちら側に来て下さいよ!」

 嫌ですよ! 私は作者の悪ふざけの被害に遭いたくありませんから!

「それは私も同じですよ! こっちに巻き込まれないという選択肢は皆無なんですよ! 強制イベントなんですよ! 今までだってサイコロでこの話の目が出ない事を祈ってたんですよ! でも神様は無慈悲にも聞き届けてくれなかったんです!」

 いいじゃないですか。もう当たってしまったんですから、二度と災厄は降りかかる事はありませんよ。

「確かにそうよね。当たらない状況でびくびくしてるよりも、いっそ当たってしまった方が後が楽だわ」

「それもそうですけど。……って乙姫様っ!?」

「よっす☆」

 何時の間にやら乙姫が海亀の隣に降臨なされていました。しかも気楽に片手を挙げて挨拶しました。

「よっす☆じゃないですよ乙姫様! よくもこんな状況を作り出しやがりましたね!」

「取り敢えず落ち着きなさい。言葉遣いが乱れているわ」

「これが落ち着いていられますか!? 私は食べらそうになってるんですよ!」

「だからこそよ。落ち着かなければ生き残れないわ」

 乙姫は海亀の頭を撫でて宥めます。

「い、生き血ぃ……」

「うっさい黙っとれ」

「うぼぁっ」

 近寄ってきたゾンビ浦島太郎に華麗な回し蹴りを繰り出し、厨房から追い出しました。

「あの、一応お客様なんですけど。そして一番の被害者なんですけどあの人」

「そんなの関係無いわ。従業員を食べようとしてる奴を客として接する必要無し」

「お、乙姫様……」

 海亀は部下想いな乙姫に涙を流しました。

「さて、じゃあ実験でもしてみますかね」

 そう言うと乙姫は何も無い空間に手を突っ込みました。すると亀裂が走り、そこからバズーカ砲を取り出しました。

「どういう原理ですか?」

「漫画的な原理」

 海亀の疑問に乙姫は答えになっていない答えを言いました。

「というか、こんな狭い空間でバズーカをぶっ放すつもりですか?」

「そうだけど?」

「私達爆風に巻き込まれて死にますよっ!?」

 海亀はシャウトします。

「あ、その心配はないから」

 にへらっと笑う乙姫。

「だってこれ只の中和剤だもの」

「………………………………は?」

「だから、味の素の素の中和剤。私だって失敗する時があるんだから、万が一の対策はしてあるわよ。これを味の素の素を過剰に摂取してしまった相手に撃ち込めば、立ち所に元通りになるわ。この便利な中和剤の名は」

 肺に一杯空気を溜め込んで言い放ちます。

「タマテバコ!」

「あ、玉手箱ってこういう形で原作の伏線回収されるんですね」

 はい。作者は強引に玉手箱を使いましたよ。

「因みにタマテバコはね、

 たとえ

 まがさしてかじょうせっしゅさせても

 てんにめされることもなく

 ばくはつさせてなおすおくすり

 コングラッチュレーション

 の略よ」

「何か不穏な単語が含まれた略ですね。というか最後だけ何故横文字?」

 さぁ? 乙姫さんの趣味じゃないですか?

「いえ、公募の結果こういう名前になったんだけど」

「公募してたんですか? 私知りませんよそんな事あったの」

「丁度その時海亀は有給取ってたからね。知らないのは当たり前よ」

「いや、それでも普通は連絡網的なの回しません?」

「そんな七面倒な事はやってらんないわ」

「…………」

 海亀は何か疎外感を味わい、ほろりと涙を流しました。

「やっぱタマテバコよりもTMTボムの方がよかったかしら?」

 そんな海亀の様子に気付かずに乙姫はバズーカ砲を見て思案顔をします。

「……いえ、それだと本当に危ない爆薬になりそうなのでタマテバコでいいですはい」

「あらそう? って何で泣いてるの?」

「泣いてませんよ」

「もしかして産卵間際?」

「私は雄です」

 あの、お二方。

「何?」

「何ですか?」

 浦島さんが進化しましたよ。

「「へ?」」

 海亀と乙姫は厨房の出入り口に視線を向けました。

 そこには体が倍近くに巨大化し、瞼と唇が消失プラス右腕が鉤爪のように鋭利になり、心臓が剥き出しになった浦島太郎がいました。

「はぁぁあああああああああっ!? 何ですかあの●イラントは!?」

「あ、やば。時間経ち過ぎた」

 乙姫は額に手を当てました。

「それどういう意味ですか!?」

「いや、時間経ち過ぎて味の素の素が破壊された細胞を再生させちゃったって事。しかも強化される方向に」

「あんたどんなT●イルスを作り出してんですか!?」

「ウイルスじゃないわよ。化学調味料よ」

「いや絶対違いますからねってげっ!?」

「うぼぁぁああああああっ!!」

 何て言い合いをしていると浦島太郎が突進してきました。

「ぎゃぁぁああああああっ! 殺されるぅぅうううううう!」

 海亀は泣き叫びました。

「くたばれ」

 乙姫は冷静にバズーカ砲の照準を浦島太郎に合わせ、ぶっ放しました。


 ぼっかぁぁああああ……んっ!!


 厨房は白い煙に包まれました。

「けほっけほっ……」

 大丈夫ですか? 海亀さん?

「み、耳が物凄く痛いですが何とか」

 そうですか。それは息災です。にしても乙姫さんは豪快な方ですね。物怖じも躊躇もせずに射出ですよ。

「まぁ、あの人は●゛ョーズさえ手懐ける人ですから。精神が常人のそれを逸脱してますよ」

 成程成程。

「だからあんな危険な薬を作るんでしょうね。全く、とんだマッドサイエンティストですよ。見た目に騙されちゃいけませんね。もしかしたら知らぬ間に実験に付き合わされてたかもしれません。いや、乙姫様ならやってても可笑しくないと思ってしまいますよ。今日のような酷い目に遭うと」

「へぇ〜、雇い主の事をそう言うんだ海亀は?」

 海亀が愚痴をつらつら呟いていると、突如背後から甲羅が割れんばかりに物凄い握力で肩を掴まれました。

 年代物のブリキ人形のようにギギギと首を後方に向けると、そこにはにっこりと笑っている乙姫が立っていました。

「私は従業員を実験体にしようとは一時も思ってないわ。だって従業員なくしては店が成り立たないもの。というか、もし海亀の言う通りに実験体にしてたら、今頃従業員は全員●イラントになってるでしょうね。でも海亀は何の変化もないわね。だって最初から従業員で実験をしてないもの。実験は植物と藻類菌類にしかしてないし」

「あ、その……すみませんでした」

 海亀は乙姫の放つ威圧感に負けて頭を下げて謝りました。

 取り敢えず、バイオハザードは食い止められました。

「あ、やっぱり生物災害の部類に入るんですかあれ」



 さて、どうにか元に戻った浦島太郎を地上に戻した海亀は安堵の一息を吐……きたかったなぁと目の前の異常事態に溜息の方を吐きました。

「…………」

「いやぁ、今日はご馳走になったよ。ありがと」

 バイオハザードが起きた時の記憶を乙姫の放ったタマテバコにより綺麗さっぱり消し飛んでいる浦島太郎は海亀に礼を述べます。

「あ、いえ」

 海亀は歯切れ悪く曖昧に言います。

「じゃあね」

 浦島太郎は手を振って帰っていきます。

 いえ、違いますね。正確には翼を振って帰っていきますですね。

 何せ、今の浦島太郎の姿は人間ではなく、鶴なのですから。

 そう、鶴なのです。海中から陸上に上がったら何故か鳥類に変質するという現状によって海亀は溜め息を吐いたのでした。

「……ナレーターさん」

 はい?

「何で浦島さんが鶴になってるんですか?」

 そりゃあ、原作でも浦島太郎さんは最後鶴になりますからね。無理矢理原作遵守したんですよきっと。

「作者の都合はこの際無視して、実際には何が原因なんですか?」

 恐らく乙姫さんがぶっ放したタマテバコの所為ですね。何せ未認可所か作ってから一度も実験してないやつでしたからね。外気に晒されると起きてしまう副作用なんでしょう。

「そうですか。因みにこの事乙姫様は」

 勿論知りません。

「……はぁ」

 海亀は溜め息を吐いて海の中へと戻っていきました。

「取り敢えず、副作用の事を報告して治す方法を探しましょう」

 でも、乙姫さんは実際に副作用が出る所を見ていないので、信じない可能性もありますよ?

「その時は、ナレーターさんに味の素の素を多量に摂取して●イラントになって貰い、タマテバコを過剰摂取して地上に出て貰えばいいだけです」

 それは勘弁して下さい。 



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