1.再び神官学校へ
アカトュキ大陸北部、王国の首都シエルレード別名月の都には、大神殿がある。
王と女王の居城に隣接し、大陸中の神殿の大本山であり、唯一の神官学校を有する。ずべての神官は、ここで2年間の修行をつむのだ。
今は春。大神殿が新しい見習いを迎え入れる季節。一人の女性が大神殿へとやってきた。
「さぁ、着いたよ。カサネちゃん。それにしてもカサネちゃんが神官学校の先生になるなんてねぇ。がんばって、立派な先生になるんだよ?」
「ありがとう、おじさん。わたしも思ってなかったわ。がんばるね。」
差し出された荷物を受け取りながら、その女性カサネは苦笑いした。
自分を故郷から乗せてきた馬車を見送った後、カサネはゆっくりと大神殿の門を見上げる。
私が教師になるなんて…。カサネはひとつ息を吐くと、その門をくぐった。
神官学校を卒業後、カサネは実家のラウの神殿の神官になった。父親の補助として忙しい日々を過ごし、やっと慣れたと思ったら、兄が戻ってくることになった。それもこの辺りの統括官という大出世で、両親は大喜び。
更に、神官学校の教師で兄嫁のササラがラウの神殿に赴任するという。ようするに、カサネは玉突き人事で神官学校の教師になったのだ。
歩きながらカサネは兄とササラについて、思いを巡らせた。
まさか、二人がくっつくとは思わなかった。そりゃあ、紹介したのは自分だが、深い意味があったわけではない。単に友達を兄に紹介しただけだ。
在学中もつきあってることなかったし、卒業後の手紙にも、男の話なんてこれっぽっちも出てこなかった。兄からの手紙だって同じだ。去年、いきなり結婚することになったという手紙をもらって、家族がどれだけ驚いたか。
カサネは、釈然としない思いで、ずんずん歩き、あっという間に神殿内部へとたどり着いた。
「カサネ!待っていましたよ。」
ライトだ。セナの移動で、ライトは教師から大神殿の神官へと配置換えになった。次期副神官長との声が高い。
「ライト先生。お久しぶりです。」
よろしくお願いしますと挨拶すると、大人になりましたねぇと微笑まれた。
「まぁ、もう24ですし。」
カサネは苦笑した。神官になって早6年。すっかり嫁き遅れだ。
「そうですか。早いですね。」
ライトがすっと荷物を持ってくれる。さすが紳士なライト先生と感心しながら、後を追う。
「もう一人の先生は、さっき着いて、今アカネ先生と話しているんですよ。」
「アカネ先生、いらしてるんですか?引退されたと聞いてたんですが。」
「ええ、君に会いたかったらしいです。」
「まあ、私のほうからうかがうのに。」
「…ここしばらく体調をくずして城から出ていなかったですからね。たまには、気分転換でいいでしょう。」
「あの…、体調は大丈夫なんですか?」
「ええ、どこが悪いっていうわけではないんですよ。まぁ、お年ですから。」
ライトの言葉に、カサネはアカネの年を考えた。たしか、60過ぎのはず。ちょっと、寂しい気がした。
ライトは、神殿の応接室の一つへとカサネを案内した。
「アカネ先生、カサネ先生ですよ。」
ライトに先生と呼ばれ、気恥ずかしさに頬をそめた。扉が開き、中からアカネが顔を出した。
「まあまあ、久しぶりですね、カサネ。あら、もうカサネ先生とよばなくては。」
少し年をとったな、とカサネは思った。
「もう一人の先生も先程いらしたのばかりです。ご挨拶を…。」
アカネに促され、部屋に入った。
「はじめま…。」
その人を見たカサネは目を見張った。金色の髪、碧の瞳。大人になったスオウが立っていた。
「久しぶりだね、カサネ。」
にっこり笑ったスオウが、カサネを抱擁して挨拶した。
「ス…オウ?」
震える指をスオウの頬にのばした。本物だ。琥珀の瞳から、ぽろっと涙が一粒こぼれ落ちた。
「うん。」
スオウがこぼれた涙を親指で拭う。
「…ずっる~い!!手紙に何にも書いてなかったじゃない!なんで、言ってくれなかったの!?私は知らせたでしょう!」
ぎゃんぎゃん抗議するカサネに、スオウはにこにこ笑うばかり。
すると突然アカネが笑い出し、カサネはぎょっとした。
「ほほ、私が内緒にするように言ったのですよ。」
「ア、アカネ先生!?」
「あなたがどんな反応するか見てみたくて…。エリー様も楽しみにされてます。さあ、城にご挨拶に行きましょう。」
ご機嫌なアカネはさっさと歩き出し、カサネとスオウはあわてて後を追うことになった。
カサネの教師生活1日目は、こうして始まった。




