三日月 四、
――慎之介はまんじりともせずに次の朝を迎えた。
隗を宜しく頼む。
夜更け、そう書置きして出てゆく慎之介の足を多嘉良がむんずと掴んだ。
「どこへ行く」
ななしは寝息をたてている。多嘉良もつい今しがたまで大いびきをかいていた。その枕元を行き過ぎようとした時、閉じていた筈の瞼がかっと見開かれたのだ。
「どこへ行く?」
再び問う。
「隗の傷が治る頃、また来る」
ななしを起こさぬよう小声で言った慎之介は、未だ横になったまま慎之介を見上げる老爺に向けて頭を下げた。
「世話になった」
「新堂のところへ行くのじゃろうが?」
多嘉良がおっくうそうに躰を起こしながら言った。
「行ったところでおぬしには勝てん」
「このままおめおめと引き下がるわけにはいかぬ。忠行殿のことも新堂らがいかにも怪しい。行って確かめねばならぬ」
薄いせんべい布団の上で胡坐をかいた多嘉良が、夜目にもはっきりとわかる深い皺だらけの顔をぐいと慎之介に向けた。
「忠行殿に毒を盛ったのは、新堂ではない」
「では誰だというのだ。新堂ではないと何故わかる」
「誰だと問われれば、それはわしにはわからん。何故わかるかと問われれば、それはわかる」
「――?」
妖怪じみた顔がにたりと笑う。
「新堂はその昔、わしの弟子であった」
「弟子……? 鬼祓師、か?」
「あいつは優秀な弟子じゃったよ。真面目で頭もようきれる。わしを凌ぐ程の素質をもっておった。……じゃが、わしが気づいた時は既にどうも出来んようになっておった。あいつは鬼に魅入られたのじゃ。ここを出てゆく時、この世で最も恐ろしいものは人間の中に巣食う鬼じゃと言っておったよ」
まるで昔を懐かしむような口調で多嘉良は言った。
「忠行殿を殺したのは新堂ではない。あいつはもう、鬼は祓わん」
朝陽が昇り、ななしがごそごそと布団から這い出す気配がするまで、慎之介は多嘉良が話した言葉の意味を考えていた。
多嘉良はといえば話終えた途端にどうと仰向けになり、陽が高くなるまで轟々といびきをかき続けていた。