三日月 三、
ほんの僅かばかりの大根葉が浮いた薄い汁を見つめたまま、慎之介は考え込んでいた。
一つは、父である幸右衛門が慎之介を外岬に向かわせた理由。いま一つは、喜田と新堂が共謀し、茶に毒を盛った理由だ。
(とどめを刺そうと思えば容易であったはず。新堂は何故それをしなかった? 殺すつもりはなかったということか? ならば何故……)
考えれば考える程、謎は深まるばかりであった。
「かように汁を眺めたところで中身は変わらんぞ」
三杯目の汁を喉に流し込みながら多嘉良が言った。年寄とは思えない程の食欲を慎之介はなかば呆れたように見つめた。
「何じゃ、不味いと言うなら食わんでもよい」
「そのようなことは申してない」
「目が言っとる」
多嘉良の隣にちんまりと座り、椀を口元に運んでいたななしが、上目づかいに慎之介を見た。その視線に気づいて一息に汁を飲み干すと、
「旨い、旨いぞ」
大袈裟なまでの大声を張り上げた。だが、満更それは嘘ではなかった。
「ななしは良い嫁になれるな」
そう口にした慎之介に、特に深い意味はない。しなびた大根の葉を丁寧に刻み、幾度も味見をしながら汁をこしらえる健気な後姿を思い出したのだ。
「当たり前じゃ。どこのお武家の所へ奉公に出ても恥をかかぬように、すべてわしが仕込んだのじゃからな」
慎之介の脳裏に、今朝がたの多嘉良の言葉が蘇る。
『その時は、ななしも共に連れて行ってはくれぬか? 何も娶ってくれとは言っとらん。女中でも、下働きでも何でもよいのじゃ。ただ真っ当な人生を送らせてやりたいのじゃよ――』
突如、ななしの顔色が変わった。
「嫌!」
「どうしたのじゃ? ななし」
「私はずっとここにいる。爺様と一緒にここにいる!」
幼子のように嫌々をするななしの頭を、節くれだった手が優しく撫でる。
「そうか。爺と一緒に居ってくれるか……」
知らず、慎之介は幸右衛門の姿を思い出していた。幼い頃、頭を撫でさする大きな父の手を。
(父上は拙者に外岬行きを命じた。喜田殿への書状を託したのだ。このような時に何故、という思いは確かにあったが)
そこで慎之介に一つの考えが浮かんだ。まさか、とも思う。そんなはずはないと。
(拙者を咲埜から遠避けるため……?)
慎之介は今、出口の見えない迷路の中にいた。多嘉良の眼がじっと向けられていることにも気付かずに。