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三日月   二、

「では、新堂を知っておるのは何故だ? おぬしらまさか……、拙者を(たばか)っておるのではあるまいな」

「謀ってなどおらぬよ。あやつは昨晩突然ここへ来て、お前さんを置いて行った。ただそれだけのことじゃ」


 多嘉良(たから)は、よっこらせと上がり口に片足をのせると、ななしに手を借りてもう一方の足ものせた。曲がった腰を庇うように、そろりと慎之介に歩み寄る。


「ああ、そうそう。鬼退治を頼むとも言っておったな」

「鬼……?」


 慎之介のすぐ鼻先で、老獪な眼がきらりと光った。


「おぬし、鬼か?」


 その言葉の意味を問う前に、馬の(いなな)きが外に響いた。慎之介は裸足のまま土間に飛び降りると、穴だらけの障子戸を勢いよく開けた。

 はたしてそこには慎之介の愛馬、(かい)が、艶々とした栗毛をなびかせて繋がれていた。


「隗、無事であったか」


 慎之介が寄ると、隗は甘えたように鼻先を近付けた。


「無事ではないぞ!」


 多嘉良が隗の足を指差して言う。そこにはぐるぐると手拭いが巻かれていた。


「一体どのような乗り方をすればあのような酷い有り様になるのじゃ。薬を塗ってやろうにも、おぬしを案じてか一時もじっとしておらん。ななしが居らんかったらわしは今頃、馬に蹴られてあの世行きじゃ」


 隗は、これまで慎之介以外の者をその背に乗せることを許さなかった。それどころか触れられる事さえ拒み、決して人に懐こうとはしなかった。

 自尊心の高い馬である。だからこそ慎之介はこの馬を愛した。

 、

「危ない!」


 慎之介が叫んだ。そんな隗に、ななしが近づき手を伸ばしたのだ。


「不用意に手を伸ばせば指が無くなるぞ!」


 だがそうはならなかった。隗は大人しく、ななしが撫でるのに身を任せているのだ。

 慎之介はわが目を疑った。


「まったくもって不思議な奴じゃ。拾って五年にもなるが、未だに何一つ思い出せんと言う」


 多嘉良の表情がふっと緩み、孫を慈しむ好好爺のそれになった。しかしそれは束の間のことで、すぐさま悲しげなものに変わった。


「弟子などと思ったことは一度もない。あれ以来、二度と弟子は取らんと決めたのじゃ。あいつは鬼に魅入られ、人であることを捨てた。ななしには、普通のおなごとしての一生を送らせてやりたいのじゃ」


 多嘉良は慎之介の襟を掴んで、自らの眼前にぐいと引き寄せた。その顔は今までの飄々(ひょうひょう)としたものではなく、どこか切羽詰まった雰囲気を漂わせている。


「あの馬は三日もすれば再び走れるようになる。その時は……、おぬしと共にななしをここから連れて行ってはくれんか? 頼む!」


 多嘉良は禿頭を下げて懇願した。

 慎之介は一心に隗を撫でる少女の姿を、その眼に映していた――。


  




 




 

 


 


   

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