新月 五、
「どうなされたのですか! 慎之介殿、慎之介殿!」
「……もうよい。新堂」
「……」
「猿芝居はそれ位にしておけ」
「猿芝居とは、則充殿も酷いことを申される。これでも若かりし頃は役者を夢見たこともあるのですぞ」
「嘘を申せ」
畳の上に昏倒したままの慎之介に歩み寄った則充は、血の気をなくしたその顔を見下ろした。閉じられた瞼は二度と開くことがないかのようだ。
「大きくなったものだ……。以前会った時は、まだ歩くのも覚束ない赤子であったというのに」
「もう十五年以上も昔のことですぞ」
「つい昨日のことだ――」
則充は慎之介の口元に残った僅かな液体を、細い指で拭った。
「まったく厄介なものだ」
「では、忠行殿は……」
「まだわからぬ。しかし、あの者を呼んだ方がよかろうな」
「あの者を、で御座いますか?」
「そうだ」
「おお、恐ろしい。くわばら、くわばら」
「おぬしにも怖いものがあろうとはな」
「何を申される。この世の中、恐ろしくないものの方が少ない」
言いながら、新堂は力なく横たわる慎之介の躰を軽々と片手で持ち上げると、ひょいと肩に乗せた。そのまま大股で座敷を横切ると、
「それでは、後の事はこの新堂にお任せ下さい」
慎之介を担いだ新堂の大きな背が廊下に消えた。
闇の中、遠くで聞こえる笛の音に耳を傾ける。
心地よく響くその音色は、ずっと以前に聴いたことのあるものだ。
一体誰が吹いているのだろう。いくら目を凝らしてもその姿は見えない。
ただ、狂おしいまでに懐かしい。涙が止めどなく溢れ出る。
いるのだろう? すぐ近くに。
一目会うことさえ叶わぬのなら、せめてその声を聞かせてほしい。
せめて、もう一度だけでも――。
朝陽の眩しさに目覚めた慎之介は、見慣れない天井を暫く凝視していた。襖一枚隔てた廊下を足音が徐々に近づいて来るのを感じて、枕元の刀をそっと引き寄せ身を隠す。
その直ぐ後、開いた襖の間から姿を現した人影に音もなく飛びついた。
その首元には刃がぴたりと当てられている。
「きゃっ」
「――っ⁉」
驚く程薄く華奢な肩に、慎之介の方がたじろいだ。
「お、おぬしは誰だ」
「私は……」
「その娘はななしじゃよ」
しわがれた声と共に姿を現したのは、古木のような皮膚をした老爺であった。
「ななし? おかしな名だな」
「わしが拾って名を付けた。自分の名も覚えとらんと言うのでな」
齢は十四、五といったところだろう。男児のように髪を無造作に後ろで束ね、小袖からはみ出した腕や脛はひょろりと長い。
黒目がちな大きな眼、小作りな鼻梁、花びらのような唇。それらは全て、少女が美人であることを物語ってはいるが、少年のような身なりに隠されてしまっていた。
「拙者は何故ここにいるのだ?」
(志)どうもはじめまして。真澄と申します。
(慎)ええ!今頃?
(志)挨拶もせず、いきあたりばったりで書き始めてしまったものですから。
(慎)いきあたり……。なんとなく気がついてはいたけどね。
(志)そんな訳で、あらすじもあんな感じになってしまいました。意味不明。
(慎)計画的にやろうよ、ホント……。
(志)でもなんだかんだで、新月1~5は終了。次は、三日月でーすっ!