新月 三、
慎之介は道中、旅籠で眠りに就いていた。
数日間ろくに寝ていなかったのだから酷い顔色だったに違いない。驚いた主人が直ぐに床を用意すると、倒れ込むかのように横になったまま、泥のように眠った。
慎之介は何度も同じ夢を見た。それは、まだ幼い頃の忠行との思い出。共に遊んだ咲埜の山々と闇夜に浮かぶ蛍の群れ。
澄ノ江川の水は美しく、夏場ともなればたくさんの蛍が飛び交う。
気味悪がって背にしがみ付いたままの忠行の眼前に、慎之介は丸めた拳
を突き出した。
「忠行殿、手を」
恐る恐る差し出された小さな掌に、己の手の中のものを移す。
「潰してはなりませぬぞ。そっと優しく」
忠行は両手を椀のように丸めて合わせると、その中で瞬く小さな光に魅入った。
「慎之介、吾が手の中に星がある」
すぐ傍らにある無邪気な横顔を見て、慎之介の胸中は揺れていた。
(忠行殿こそ、この咲埜の地と民を背負うに相応しい御血筋。それを望めば先にあるものは荊の道か。ならば俺の役目は、命を懸けてお守りすること以外にはない!)
忠行の腕が天に向けて伸ばされた。開いた掌から放たれた蛍はふわふわと漂いながら、やがては消えて見えなくなった。
目が覚めた後もあの夜の川辺の青臭い香りが残っている気がして、慎之介は障子を開けた。外は未だ薄暗いが、宿の者がかまどに火を熾す時間なのだろう。階下で人の動く気配がする。
「この命に懸けてお守りすると誓っておきながら、未だこうして生きながらえておるのは何故だ……」
雨が降り始めた。始めのうちは音もなく、ただ土の湿った匂いだけが鼻をつく。そのうちに雨脚はどんどん強くなり、車軸を流す勢いとなった。
慎之介は朝陽の昇らぬ闇の奥を凝視した。知らず強く握りしめた拳から、ぽたりと一滴の血が畳に滲みる。
「許さぬ!」
必ずや下手人を見つけ出し、この手で忠行殿の仇を討つ。腹を切るのはその後だ――。そう心に誓った慎之介は、雨が叩きつける中を再び馬上の人となった。
外岬に辿り着いたのは、それから数日後のことであった。